ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
ウィィィィィン……ガガガガガ……
シュレッダーが紙を飲み込む単調な音だけが、薄暗い資料室に響き渡る。
ここ1週間、私がしていたことといえば、庭の雑草むしりに落ち葉の掃き掃除に倉庫で埃を被った大量の備品仕分け、そして今日は終わりの見えない機密書類のシュレッダーがけ。
「……やってらんねー」
ミカのパシりを卒業して晴れてナギサから直接依頼を受けるようになった。そこまではよかった。いよいよトリニティの暗部に迫る裏稼業……なんかとは程遠い。やってることといえば誰もやりたがらないような地味で面倒な肉体労働ばかりである。
学籍不詳、どんなことにも使えるフリーの傭兵に頼むのがこれ?用務員のおじさんかなにかだと思われてない?いや、確かになんでもしますとは言ったけれども!
……給料はいい。ヘルメット団をしていた時とは比べものにならないくらいに懐は潤っている。とはいえそれはミカのパシりをしていた時からだったし、旅行気分でキヴォトスのいろんな場所を巡っていたこれまでの方が楽しかった。
なによりこんな調子ではエデン条約編の結末を見届けることなど夢のまた夢だろう。ナギサの信頼度はどこまでいってもお金を払えば雑用を片付けてくれる外注先の人が関の山だ。
なんかないのかな……こう、一発でナギサの信頼を得られるようななんか……ドカンと一発逆転満塁ホームラン的な仕事。
「はああ……」
「お疲れ様です、レイさん」
頭の中で愚痴をこぼしながらシュレッダーに紙の束を突っ込んでいると、ふと背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには以前ミカへの供物……もとい、お茶請けを中継してくれていたサイドテールのモブちゃんが立っていた。
彼女は最近、ナギサからの雑用を私に回してくる窓口担当のような役割をしている。たしか名前は……なんだっけ?死ぬお母さんキャラめいた儚げな雰囲気と髪型のティーパーティーモブちゃん。
なんだか両手で嫌な予感がする紙の山を抱えている……
「今日も大変そうですね。ティーパーティーの裏方仕事は目立たない上に量が多くて……いつも助かっています」
「いえいえ、これも金……じゃなくて!トリニティの平穏のためですから!」
「その割には大きなため息をついていらっしゃったようですね、ふふ」
「い、いや、そんなことは……ワーイ、シュレッダー。レイ、シュレッダーダーイスキー」
「隠さなくとも不満がお顔に書いてありますよ」
ふふ、と口元に手を当てて上品に笑うモブちゃん。
「……そりゃあ、まあ。私、一応、裏稼業的なことができる人間として売り込んだつもりなんですけどね……ティーパーティーの懐刀どころかティーパーティー御用達の清掃業者として一生を終えそうなんですよ」
「清掃業者……あはは、確かにそうかもしれませんね」
彼女はくすくすと笑いながら、やや小さくなり始めた機密書類の山をずいっと私の目の前に差し出してきた。
「でも、ナギサ様も決してあなたを軽んじているわけではないと思いますよ。ただ、あなたの使い所を見極めている最中なのではないでしょうか」
「シュレッダー係で、ですか?やんわりお祈りされているのでは?」
「そうですねぇ……もし、本当にご自身の力を示したいのでしたら」
モブちゃんは少しだけ声を潜め、辺りを見回してから私に顔を近づけた。
「今日の業務報告、私が代行するのではなく、レイさんが直接ナギサ様になさってみてはいかがですか? 」
「えっ!? いいんですか!?」
「ええ。今日はナギサ様もそれほど忙しくされてはいませんからね。ただし、チャンスを掴めるかどうかはレイさんの腕次第ですよ?」
おお……! まさかこの死ぬお母さんみたいなモブちゃんが、こんな絶好のアシストをしてくれるなんて!……フラグか?死ぬのか?
「なにはともあれ恩に着ます!ありがとうございます!えっと……」
「イリアですよ。ティーパーティーの裏方の的場イリア、覚えてくださいね」
モブちゃん改めイリアはそう言って、今日のノルマである書類の山の上に、ここへ来る時に持っていた書類の山を重ねた。
ようやく減り始めた書類の山は一瞬にして倍の高さへと積み上がった。
「それじゃあ、もう一踏ん張り、頑張ってね」
「……オゥ」
冗談だよね……?冗談だと言ってくれ。
目が合うとイリアは悪戯っぽく笑った。
「……ということで、本日の指定業務、全て完了いたしました」
数時間後。イリアの手引きにより、私は執務室にあるナギサのデスクの前に立っていた。
優雅に紅茶を傾けながら書類に目を通していたナギサは、そんなことわざわざ報告しに来たのかコイツと言わんばかりの(※個人の感想です)冷たい目線を送ってきたのもほんの一瞬のこと、すぐに百点満点の営業スマイルを作った。
「ご苦労様でした、レイさん、明日も引き続きお願い──」
「──ち、ちょっと待ってくださいナギサ様!」
退室を促そうとするナギサの言葉を遮り、私はずいっと身を乗り出した。
「……何か?」
ナギサの営業スマイルがピクリと引きつった。無理もない、ただの清掃業者がいきなりティーパーティーのホストに食ってかかったのだから。だが、ここで引くわけにはいかない。
「その……私、一応なんでも屋として売り込ませていただいたはずですよね? 掃除もシュレッダーもやります! やりますけど! 私の真骨頂はもっとこう……そう、例えば凶悪犯の確保とか、敵対組織の密偵だとか! もっと、こう、今よりティーパーティーのお役に立てるような重大な任務があるはずです!」
「重大な任務、ですか……」
ナギサはペンを置くと紅茶を一口。それから営業スマイルのまま私を値踏みするように一瞥した。
「あいにくですがレイさんがおっしゃるような重大な任務がいつもあるわけではありません。ましてや校外の方を頼らなければならないようなものはなおのこと、です。正義実現委員会もティーパーティーの皆さんも優秀ですので」
「で、ですよね〜。差し出がましいことを申しました。失礼しますぅ」
ここで引きます。ていうかその面接官みたいに私をみるのをやめて!ゲロ吐きそうになる!
「……せっかくいらっしゃったのですから、少し雑談でもしていきませんか?」
「……はい?」
帰ろうと踵を返しかけた私の背中に、ナギサから声がかかった。
振り返ると、ナギサは手元の書類をトントンと揃えて脇に退け、優雅な手つきで空のティーカップに紅茶を注いでいる。
「どうぞ、おかけになってください」
「あ、は、はい。失礼します」
私はナギサに勧められるがまま、空いた椅子に腰を下ろして紅茶をいただく。
「レイさん、最近のトリニティの風紀についてどう思われますか?」
「ふうき?ええと、大変よろしいかと!校内で爆発も銃撃戦も起きていませんし」
「ええ、表向きは」
ナギサはカップをソーサーに置くと、細めた目で私を真っ直ぐに見据えた。
「実は最近、トリニティの一部の生徒たちの間で、奇妙なサプリメントが流行しているという噂があるのです」
「サプリメント、ですか?」
「はい。なんでも飲むだけで痩せる魔法のダイエット薬だとか。そんなキャッチコピーに踊らされ、裏ルートで出回っている素性の知れない薬に手を出してしまう生徒が後を絶ちません。健康被害も報告され始めています」
「……なるほど」
銃弾を頭に受けてもたんこぶで済むけど毒物への耐性は人並みなのかキヴォトス人。
「それは大変ですね。でも、それこそ正義実現委員会の出番なのでは?」
「ええ。ですが、問題はそこからです。正義実現委員会が調査に乗り出しましたが、学内で薬を捌いていた末端の生徒を捕まえた途端、大元の売人はさっさとトリニティの自治区外へ逃亡してしまいました」
困りましたねとわざとらしくため息をつくナギサ。
なるほど!つまり他学区でも動けるこの私にその元締めをしょっぴいてこいと言うわけだな!
「わかりました!お任せくださいナギサ様!」
「いいえ」
「へ?」
「……これはあくまで他愛のない雑談ですよ、レイさん」
「……は、はあ」
じゃあなんでこんな話を私に?
「ヴァルキューレに要請はだしていますが、任せきりにしていてはいつ対応していただけるかわかりません……例えば、より緊急性が高い別の揉め事を起こして現行犯で捕まった、となれば話は違うのですが」
「わかりました!お任せくださいナギサ様!」
「……」
「……あ、す、すみません。ただの雑談、ただの例え話、ですよねナギサ様」
「ええ。学校の風紀を憂う一人の生徒としての、単なる愚痴です。外部の傭兵であるあなたになにかを依頼するような話ではありません」
ナギサはそう言って、優雅にカップの縁を指でなぞった。
……依頼ではないけど“たまたま”どこかの誰かがやってくれたらうれしーなーと雑談というか独り言を言っているだけなのだ。
やらしい、実にブリティッシュ仕草である。しかし、これこそが私が待っていたチャンスだ。
「……つまり、公式な依頼ではないし、私が業務時間外にどこで遊んでいようと誰にも文句は言われない、ということですね」
「ええ、もちろんです。それはあくまで個人の自由の範疇ですので」
ナギサはそれ以上何も言わなかったが、その口元には先ほどまでの営業スマイルとは違う、確かな愉悦の笑みが浮かんでいた。
交渉成立、というやつだ。
「お茶、ごちそうさまでした。それでは、ちょっと趣味の散歩に行ってまいります」
「……あ、そうだ、レイさん」
執務室の扉に手をかけた私を、ナギサの落ち着いた声が引き止めた。
「もしその「散歩」の途中で、何か面白いものを見つけたら……まずは私にだけ、こっそり教えてくださいね」
「はい、承知いたしました」
今度こそその場を後にして趣味の「お散歩仲間」に連絡を取るのだった。
更新頻度をあげるためにAIを導入しようと思うの
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