姉に愛されたかった話   作:ぎー

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01.Hallucination

千景(ちかげ)は陽織のことが大好きねぇ』

『うん』

『ひーちゃんも、ちーちゃんだいすきだよ!』

『はは、姉妹仲がいいのは良い事だな』

『そうねぇ。千景はお姉ちゃんだから、陽織のこと大事にしなきゃね』

『うん。わかった』

『むむむ、ひーちゃんもちーちゃんのことだいじにするもん!』

『……ひーちゃん、ありがと』

 

 

 

 

 

 

「皆さん羨ましいですわ。わたくしも"朝練"してみたいのに……!」

 

 ホームルームの15分前。殆どの生徒が揃った時間帯に漸く登校してきた紗良は、教室で話していた私達を見て開口一番そう言った。

 今年は奇跡的に部員全員が同じクラスになったとはいえ、教室でまで三人揃って駄弁っているのは朝活をした日くらいのものだからすぐ分かったのだろう。或いは、朝から満足気な顔をしている奏と凛央の表情を見て察したか。

 

「あはは、紗良は朝忙しいからねぇ。それに朝練じゃなくて朝活ね。各々がやりたい事をやってるだけで、放課後と違って目標を立てて練習してるわけじゃないよ」

「それでも羨ましいんです! うう、わたくしも朝のお稽古さえ無ければ参加致しますのに……」

 

 紗良の実家は誰もが知っているような大企業を幾つも経営している起業家の家系だ。はて、お嬢様のキーボード奏者ってどこがて聞いたような気もするが。

 

 お兄さんが二人、お姉さんが一人居るようで末っ子である紗良はかなり甘やかされて育ったらしいけれど、それも財閥令嬢としての質が担保されているという前提での話。

 放課後をバンド活動に充てる為に、平日は朝から茶道のお稽古を入れられているらしい。

 

 その上部活動の時間が終わっても家でピアノだ語学だ何だかんだと夜遅くまで習い事がびっしりなのだ。それだけ多くの習い事を掛け持ちながら、定期テストの成績は毎回上位一桁に名を連ねているのだから頭が上がらないというもの。

 

 奏はそんな紗良の事情を承知の上でスカウトしたし、紗良も自分のキャパシティを理解してその誘いに応えた。

 紗良が我儘を──自ら何かをやりたいと言い出したのは初めてのようで、ご家族はかなり驚いていたとか。

 

「今日の放課後は紗良も一緒にやれるからさ。そうそう! 実は今度のライブに向けた新曲、デモ音源はできたから聴いて欲しかったんだよね」

 

 そう言いながら凛央はスマホを操作して、私達四人が入ってるSNSアプリのグループにMP3ファイルをアップした。

 

「私はもう聴いたけれど、『Faith』にも劣らない良い曲だと思うわ。歌詞はまだ仮置きだけれど、イメージは掴めると思うから」

 

 うちのバンドでは基本的に作曲は全メンバーが、作詞は奏が担当している。アレンジは担当に関わらず全員で意見を出し合って進めるのだ。

 パソコンを使えば楽器がなくても作曲できる時代だし、凛央は作曲の為にギターもコード進行は覚えたらしい。

 前回作った曲は私が、その前は紗良が作曲を担当したので、今回は凛央の番という訳だ。因みにFaithは私が初めて作曲した曲で、奏の一番のお気に入りだったりする。

 ……タイトルは奏の趣味だ。私の意向は入っていない。

 

 新曲について二人が朝活の時に言い出さなかったのは、紗良に遠慮したからだろう。二人とも気遣いなんて知らないってタイプに見えて、割と繊細なのだ。そういう二人──三人だからこそ、私は一緒に居られるのだけど。

 

「ホームルームが終わったら聴いてみるよ。二人ともお疲れ様」

「凛央さんの作る曲も奏さんが綴った詞もとても美しいですから、楽しみですわ。ああ、勿論陽織さんが作られた曲も、わたくし大好きですけれど」

「はは、ありがと。じゃ、席戻るね」

 

 そう言ってフォローしてくれている紗良の言葉は本心なのだろう。彼女は特に嘘や誤魔化しが下手だからすぐに分かる。

 奏もその手の小細工は苦手で、意外にも直情的に見える凛央が一番腹の底を見せてくれなかったりする。本人は気付いていないようだけど。

 

 自分の席に座って、教室に掛けられた時計を見る。そろそろ担任が入ってくる時間だ。

 

 ガラガラと音を立てて教室に入ってきたのは私達3年C組の担任であり英語教師でもある饗庭(あえば)先生。中学を卒業するまでイギリスで過ごした帰国子女であり、学校英語では無いネイティブな英語を程よく教えてくれる人気教師だ。

 授業以外でも公平公正で担任としても文句の付け所が無いが、強いて欠点をあげるなら常にリアクションがオーバーな事だろうか。

 美人のオーバーリアクションは様になるのでさして問題は無い。あの人は饗庭先生のことが少し苦手なようだけど。

 

「皆さんおはようございます。今日の日直は……高梨さんね。挨拶を」

「きりーつ。礼──」

「おはようございます」

「着席〜」

「はい。では今日の連絡事項ですが、定期考査が再来週に迫っていますので皆さんは平時以上に予習復習を忘れないように。来週から学内の部活は全面休止ですからね」

 

 考査前に部活動が全面休止になるのは毎回のことだ。区内では有数の進学校ではあるし、文武両道を校訓にしているからか一応体裁を整える必要があるらしい。とは言え、名門大学に毎年数十人と生徒を送り込む様な本当の進学校ではないのだが。

 

「去年は規則を何度も破る生徒が居ましたから、今年からは放課後に校内を見回ることになっています。特に三階は重点的に見回りますからね、身に覚えのある生徒は重々気を付けるように!」

 

 饗庭先生が厳しい目付きで奏と凛央の方を見る。二人は去年何度も饗庭先生に叱られていたから、目を付けられているのだろう。

 私と紗良が見逃されているのは、二人と違って成績がいいからだ。私は紗良の様に成績上位者という訳では無いが、試験はどの教科もそれなりに結果を残している。

 奏も凛央も、主要教科は何れも赤点ギリギリをホバリングしているような危険な成績だ。試験前に行われる紗良の熱烈指導がなければ留年していたのではないかと疑ってしまう程に。

 

 教師なんてのは誰であっても、優秀な生徒には甘く劣等生には厳しいものだ。学校という箱庭で生活している以上、そのシステムに抗うことは出来ない。

 授業さえきちんと聞いていれば平均点を割るなんて事態には陥らないだろうに、二人とも不器用というか音楽(好きなこと)に愚直過ぎるというか。

 

「連絡は以上です。ああ、櫻井さんは話があるのでこの後職員室に来るように」

「え? あ、はい」

 

 ──前言撤回。試験の成績だけでは高校生活を穏便に過ごすことはできないらしい。

 

「陽織〜。何やったのさ、先生に呼び出されるなんてめっずらしいね」

「……(まどか)

 

 悪戯っぽい笑顔で話しかけてきたのは、バスケ部主将であり私の唯一の幼馴染でもある町田(まちだ) (まどか)

 163cmとバスケ部にしては小柄だが、圧倒的なスタミナとコート全体を見渡せる視野の広さ、そしてハンドリングの上手さが買われてU18の日本代表にも選ばれているポイントガードだ。既に複数の実業団から卒業後のお誘いが来ているらしい。

 

 普段は授業をサボったり居眠りをしたり遅刻を繰り返したりと問題児であるが、部活動における貢献度が高すぎて多少の問題は学校側も黙認している状態だ。恐らく、コートに立っている時の円と日常の円は別の人格が宿っているに違いない。

 

 なぜこんな日焼けギャルが世代ナンバーワンバスケットボールプレイヤーなのか、私には理解しかねるが。

 

「私にはさっぱり。私よりも不良の円が呼び出されるべきだね」

「手厳し〜。ま、それはあたしも思うケド」

 

 まあ、呼び出される理由については見当がついている。先日提出した進路希望調査のことだろう。真面目な饗庭先生は、大事な教え子(いち生徒)が白紙で提出したのが余程気に入らないらしい。

 まだ五月なのだからそんなに過敏にならなくてもいいのに。進路なんて、私の一存で決められることでは無いのだし。

 

「……まだ千景と仲直りしてないの? 陽織が呼び出される理由なんて、大抵それ絡みじゃん」

「してない……というより、そもそも喧嘩なんてしてないもん。私が一方的に嫌われてるだけだしね。てかその話、教室ではしないでって」

 

 奏にも凛央にも紗良にも、我が家の特殊な家庭環境と姉妹仲については何も教えていないのだ。余計なことを言って心配を掛けたくないし、何より知られたところで他人にどうこうできる問題では無いから。

 極普通の一般家庭に生まれ育った、極普通の女子高生で通しているのだ。

 

 幼稚園からの仲である円には諸々バレてしまっているが、我が家の事情を知る者はこの学校に三人しかいない。円と、当事者の姉と、もう一人だけ。

 どうせ卒業すれば会うこともないのだから、それでいい。

 

「ごめんごめん。でも凛央は薄々勘づいてると思うよ?」

「ほんと円って変なところ鋭いよね。でもまあ凛央は大丈夫だよ。ああ見えて私達の中じゃ一番気を使えるタイプだから。勿論円よりもね」

「ひっど! あたしはこんなに陽織の事を想ってるのに〜」

 

 シクシク、とわざわざ口で言いながら私に抱きついてくる円。私の気持ちを察して軽く流してくれる、こういうノリは正直助かる。

 ──そもそも彼女が言い出した話なので、ただのマッチポンプのような気もするが。やっぱり感謝するのはやめておこう。諸悪の根源はコイツだった。

 

「それより職員室行かなきゃ」

「ぎゃっ」

 

 グイっと円の身体を離して席を立つ。円が分かりやすく頬を膨らましているが気にしない。チラッと教室の後ろに目をやると凛央と紗良が心配そうにこちらを見ているが……それも見て見ぬふりをした。

 

「授業に遅れんなよ〜」

 

 ヒラヒラと手を振る円に見送られて教室を出る。円にだけは言われたくないわ、という突っ込みは飲み込んで。

 

「……はぁ。話したくないなぁ」

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