【転生】と言うものがある。
宗教的に言えば肉体が死んだ後に魂は今までと違った形態の肉体のもとで新たな生を送ること、サブカル的に言えば『俺TUEEEEE!!』的な意味合いの単語である。ただそのどちらにも共通して言えるものといえば─そのプロセスには必ず【死】が含まれることだろう。
一度死んで、生まれ変わる。宗教によっては割と一般的な考えの流れに、俺は組み込まれた。ただし前世の記憶、とやらを持ってだが。…余談ではあるが、世界そのものが違えば前世の記憶なんてものは割と役に立たないことをここに記しておく。
話を戻すと、俺の2度目の生は1度目の平凡な家に比べてかなり大きな家に生まれた。と言うか、貴族だった。ちょっと大きくなって周りを見たら執事とかメイドさんとかいてビビったのは今でもよく覚えてる。あの頃はまだ良かった。だってほら、これからの2度目の人生は薔薇色だって信じてたからさ。そう、『信じてた』。つまり過去形さ。
ここまでくれば分かるだろう。俺の2度目の人生はクソなんだ。
その理由は『魔力』とやらにある。どうやら俺の生家はかなり優秀な魔力を持った一族で、皆が『魔剣士』とやらになるらしい。当然俺も生まれてすぐはそうなるように期待されたし、俺自身もそうなるものだと思っていた。
が、残念。俺の体には魔力とやらが無かった。それも、欠片もだ。魔剣士ではない、その辺の一般人の魔力を100とした時の1に当たる魔力ですらが俺には無かった。魔力0。完全な0だ。なんだこれ。生きている限り全ての生命に魔力は宿るんじゃないのか?教科書に書いてたアレは嘘か?
ただその代わりに身体能力そのものは馬鹿みたいに高かった。俺が5歳の時点で魔力で身体強化した大人よりも遥かに強かったと言えばその程度はわかるだろうか。…どこの天与呪縛だこの野郎。転生特典とやらにしては欠片も嬉しくないぞこんちくしょう。
魔力0。魔剣士になれる可能性も0。びっくりするくらいの落ちこぼれ、と言うか異常者。それを知った俺の両親の行動は早かった。
結果から言えば、俺は売られた。両手足に特殊な鎖をつけられ、二束三文で奴隷として買い叩かれた。多分対外的には死んだってことにしたんじゃないかな。最初に俺はそれなりの規模の商会に買われ、雑用係としてこき使われた後─
「おぉいお前!水汲んでこぉい!」
「…はぁい。」
盗賊のもとで奴隷してます。
実のところ、俺が前にいた商会は悪く無かった。何せ奴隷は財産。いくら俺が買い叩かれたとは言っても、実際のところ奴隷はかなり高い。だからこそ、奴隷の主人は俺たちにキツイ労働はさせても、潰すような真似はしなかった。そのあたりが商人のいいところだと思う。
精神的にキツイながらも天与呪縛フィジカルであくせくと働き、仲間と慰め合っていたある日のこと。商会が盗賊に襲われた。当然用心棒なんかは雇っていたんだろうが、かなりの数がいた盗賊たちの夜襲を受けてはひとたまりもなかった。あっという間に主人は殺され、老いていたり病気がちの奴隷もあっさりと殺された。最後に残った、要は『商品価値のある奴隷』は俺を含めて数人だった。
そこで生き残った俺たちはクソボロくて狭い荷馬車に放り込まれ、盗賊たちに連れ去られた。そのあとはまあ予想通り。今までよりもはるかにクソみたいな環境で1人、また1人と死んでいき、最後に残ったのが俺ってことだ。…俺の両手足を縛るこの鎖がなければ、もう少し色々と変わっていたんだろうが、今更言っても仕方ない。
「…はあーぁ。人生クソじゃんねえ。」
ため息を吐いて俺は馬鹿みたいな大きさの水桶を持った。盗賊団がこの辺りの廃村を拠点にすることにした時、周囲の使えそうな井戸には軒並み毒を投げ入れている。だからこそ水汲みは相当離れた川の上流まで行かなければならない。それも、とんでもない重さの水を持ってだ。
「なら死ぬか、ってのもあり得ないんだよなあ。…もっかい死ぬのはマジで無理。怖い。」
ぶつくさと言いながら俺は藪を突き進んでいく。獣道すら無い藪は葉っぱも鋭い上に、鎖のせいで俺の歩幅はものすごく小さい。せいぜい30センチあるかどうかってところだろうか。このせいでちょっと歩くだけでもすごい時間がかかる。ようやく水辺について水汲みを終えた時には、すでにかなりな時間が経っていた。
「あー水冷た。…はあ。重いんだよなあ、これ。何キロあるんだろ。」
桶一杯に汲んだ水を抱えて俺は立ち上がった。多分だけどその辺の大人よりも遥かに重い。確か水は1リットルで1キロで、これに入る水の量が…何リットルだ?浴槽くらいなら200キロくらいだろうか。それを抱えられる俺やべえな。
「…最近どうも独り言が増えて困るね。今日は頑張って早く終わらせてベト助と話すか。」
同じ荷馬車で暮らす親愛なる隣人…人?のことを思いながら俺は歩き出した。当然履き物なんて履いていないから、歩くたびに木の枝や小石が足の裏に突き刺さる。もう随分と慣れてしまったその痛みに一つため息を吐いて、俺は拠点へと歩き出した。
そして水汲みを終えて帰ってきた俺が見たものは。
「え?え!?ちょいちょいちょい!?何これ!?」
真っ赤に染まったキャンプと、大量の盗賊たちの死体。そしてそこに立つ俺と同じくらいの少年だった。
「あれ、盗賊の生き残り…ってわけじゃ無さそうだね。」
俺のことに気がついた黒いフードを被った少年はそう言った。その手に持った剣からは赤い血が滴り落ちていて、確実にこいつが今回の主犯であることが窺える。
「一応聞いとくけど君、盗賊?」
「…まさか。ただの奴隷ですよ。いい値段が付いたら売られるだけの、ね。」
「うーん、そっかあ。」
そう言って俺は頑張って持ってきた水桶を足元に落として両手を上げた。今の発言から立てた俺の予想が正しければこいつは盗賊専門の
「だから両手足が縛られてるのか。ふーん…。」
ジロジロと舐め回すかのように見てくる男の視線に耐える。ここでしくじったら死ぬ。肉体的にはそれなりに抵抗できると思うが、何せこいつは人を殺すことに躊躇いのない
「君さ。」
「…なにか?」
しばらく俺のことを眺めていた少年だったが、突然に俺に近づいてきた。そのまま俺の手を縛っている鎖を弄び始める。
「その鎖ちぎらないの?君ならできるでしょ?」
「…できませんね。こいつは特殊な魔道具とやらでして。」
…それができるならとっくの前にやっているさ。
「魔力を流し込まない限りどんな力でも絶対に切れない鎖、だそうで。魔力の操作とやらができない俺には絶対切れないんですよね。」
「ああ、それでか。君全然魔力無いもんね。……ん?」
ジャラジャラと鎖を鳴らしていた少年が、何か気になることがあったのか変な声を上げた。そしておもむろに鎖から手を離し、俺の体へと直接触れてくる。…ああ、やっべえ。死んだかこれは。
「魔力が…全然どころか0?完全に魔力の無い人間?」
「…まあ、はい。そのせいで親に売られて奴隷になってますので。」
「ふーん…。君さ、もしかして元々は貴族だったりしない?」
「?そうですが…。」
「へぇ…そっかそっか…。」
やばい。少年の雰囲気が変わったのを察して全身から冷や汗が滝のように落ちてくる。魔力を感じることのできない俺ですらわかる、こいつはやばい。纏っている魔力の量が盗賊のお頭とは段違いだ。異常、なんて言葉では言い表せられないくらいに。少なくともろくな物食ってない俺では抵抗の一つもできない。
(…南無三。ここまでか、俺も。)
クソみたいな人生だった。前世の家族や友人の顔が走馬灯のように浮かぶ中、静かに俺は数秒後に襲いかかるであろう痛みに備えて目を瞑った。
「魔力0の元貴族の奴隷…少なくとも頭は悪く無さそうだし身体能力はかなり高そうだ。まさか彼が…?」
だが、いくら待っても痛みは来なかった。不審に思って恐る恐る目を開けると、そこにはブツブツと何かを呟きながら考え事をしている少年がいた。
「ねえ、一つ提案なんだけどさ。」
「…なんでしょう?」
「君さ、僕についてこない?」
…何を言っているんだこいつは。あまりにも唐突すぎるその提案に俺が眉を顰めるのも気にせず、ものすごくいい笑顔でそいつは続けた。
「
………死ぬほどうさん臭え。心の底からそう思ったが、何せ今の俺はまな板の上の鯉。猛獣の前のウサギ。
「…よくわかりませんが、それで俺の人生がマシになるのなら。」
その提案を受ける、以外の選択肢は俺にはなかった。
俺の答えを聞いた少年はニコニコと笑いながら両手足の鎖を切り捨てた。数年ぶりに自由の身となる。だいぶ感動だ。
「そっかそっか!そうだ、君の名前聞いてなかったね。てか名前ある?」
「まあ、一応。」
ようやく自由になった両手で俺はフケだらけの、ボサボサの髪を掻き上げた。炎よりも赤い髪と瞳がフードを被った少年を射抜く。
「俺はマスール。家名は無しの、ただのマスールです。以後お見知り置きを。」
「赤い髪に目、それに異常に整った顔立ちだよ?どう考えてもモブじゃないじゃん。」
「奴隷にしては言葉遣いもしっかりしてるし、僕を見て即座に武装解除して降参する程度の知恵もある。」
「あとは筋肉のつき方が異常だったんだよね。碌なもの食べてなかっただろうに、フィジカルだけなら今の僕よりも遥かに上だ。」
「しかも魔力0の奴隷にされた元貴族だって?そんな美味しい役を持つのなんて世界に一つだけでしょ。」
「彼こそ【主人公】。」
「僕が【陰の実力者】になるために絶対必要な存在だ。」
「だからこそ、僕は彼を絶対に主人公にして見せる。」
「僕の夢のために、だ。」