転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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凡人

 

 その男は色々な意味で有名人だった。

 

 その国のもう1人の王女を想起させる、燃えるような赤い髪に赤い瞳。貴族に溢れた学園内においての数少ない庶民。そして魔剣士として“落ちこぼれ”、いやそれ以下の欠陥品と称されてもしょうがない、魔力を持たない特異体質。そのくせに、3年の特待生であるクレアから目をかけられている男。

 

 ここまで目立つ要素があれば、流石のアレクシアと言えど話したことはなくとも彼のことは知っていた。だからこそ、彼からのラブレター(実際は違うが)を受け取った際には少しばかり興味が湧いたのだ。魔剣士として“落ちこぼれ”な彼と、優秀な姉と比べられてきた出来の劣るアレクシア。その一点に少しだけのシンパシーを感じたから。

 

 だから、彼の偽の告白を受けることにした。どうせ卒業後は決められた政略結婚をすることになる。だから、それまでに舞い込んでくるであろう告白への隠れ蓑にはちょうどいいだろうと。そう思ってのことだった。

 

 だけど、いざ蓋を開けてみたらどうだ。

 

 彼は、確かに落ちこぼれ(魔力無し)だった。魔力を使った身体強化も、武器の強化もできない。間違いなく、魔剣士としては致命的な欠陥を持っていた。

 

 なのに、彼の振るうその剣は。

 

 アレクシアの忌み嫌う、“天才”のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無駄に豪華な体育館の真ん中で、マスールはある男子生徒と向かいあっていた。騎士団長の息子だと言う彼はロングソードを構え、それに対してマスールは自分の身の丈にも迫らんかと言う長大な両手剣(ツヴァイヘンダー)を構えていた。

 

「それでは…始めて。」

 

 睨みを利かす両者の沈黙を破ったのは教官であるゼノンだった。

 教師として今から行われる模擬戦の審判役を執り行う彼がその号令と共に上げていた手を振り下ろすと、2人は弾かれたように肉薄した。

 

「うおおおおお!!」

 

 吠えながら男子生徒が床を弾ませる。彼が一歩を踏み出すたびに魔力を纏った脚が床をひずませ、磨き上げられたそこに跡を残していく。その勢いのままにマスールの方へと飛び込んだ彼は、上半身と剣を魔力で強化して剣を大きく振りかぶった。

 

「……ふう。」

 

 そんな彼に対して、マスールは肉薄しながら剣の構えを変えた。上段の構えから、両手の間隔を開け、少しだけ前に突き出した防御寄りの構えへ。その構えは、言葉を発さずにしてこう宣言している。

 

『来いよ。』『全部受け止めてやる。』

 

「っ…!はあああ!!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされたロングソードが、待ち構えていた両手剣とぶつかり合い重い金属音を響かせた。見事な速さと勢いを持っていたその一撃だったが、生憎と迎え撃つのは重量武器。鍔迫り合いに持ちこむことすらできず、軽々と弾き返された。

 

「……っ!」

 

 弾き返された、と言うのは間違っていない。だが、同時に正確でもなかった。彼はロングソードが弾き返される、などと言うことは最初から織り込み済みであったのだ。防がれてからいかに攻め立てるか。それだけを考えていた彼の剣が光る。

 

「おおおおっ!」

 

 2度、ロングソードが唸る。それもまた弾かれた。3度目、4度目と、何度も何度も、角度も、軌跡を変えてそれが放たれる。そのたびに剣が激突し、甲高い音を立てた。次第にロングソードは加速していき、観戦している生徒たちの目でも追いづらいほどになっている。

 

 そしてマスールはその全てを、両手剣という速さに劣る武器で受け止め切っていた。迫り来る剣戟を、剣の腹で受け止め、または刃で弾き、あるいは剣に沿わせて受け流す。

 全力で振るわれる無数の剣に対して、その全てを余裕を持った状態で凌ぎ切るマスールの姿はまさに鉄壁。こちらが攻めれば攻めるほど、マスールはその剣を学んで、天与の才覚(センス)を戦いの中で1秒ごとに成長させて対処してくる。

 これこそが異端の怪物。対処不能の、対峙するものの全てを喰らい尽くす獣。今になっては相対する生徒にとって、自分と同じ年頃の少年が目の丈を遥かに超える怪物に見えていた。

 

 そしてその事実が、その恐怖が男子生徒の剣を狂わせた。

 

「うおおおおお!」

 

 一際大きな挙動で放たれた大振りの一撃。マスールの首目掛けて放たれたそれは今までに放たれたどれよりも速く、そして鋭かった。まさに全霊、と言えるその一撃は、当たればまさに必殺と呼んでよかっただろう。たが、生憎と─

 

「………。」

 

 その一撃は勢いよく空を切った。それも『外れた』のではなく『外されて』。正確にマスールの首を狙って放たれたその一撃は、ほんの僅か首を動かした彼によって躱され、風切り音を立てた。

 防御に徹していた彼が、まさかのここにきて初めて見せる回避。完全に剣を振り切った生徒にとってそれは、あまりにも予想外すぎる動きであった。そしてそれゆえに、マスールの攻勢を許すことになる。

 

「これで、終わりです。」

 

 淡々と告げられたその言葉と共に、気がつけば彼の首には剣が突きつけられていた。それは攻撃とも、反撃とも言えない静かな一撃。躱して、剣を首筋に突きつけただけのそれはあまりにも優しく、残酷。そして何よりも騎士団長の息子としての自負を持つ彼にとってこの世の何よりも痛い一撃であった。

 

「はい、そこまで。カイーナ君の勝ちだ。」

 

 ゼノンの宣言に周りからおざなりな拍手が起こるが、そこに込められた感情は様々。敗北した騎士団長の息子に対する同情、嘲り。魔力を使うこともできない彼に対する侮蔑と、称賛。

 そしてマスールの強さに対して羨望を抱いた自分への、叱咤。それらが籠った拍手を打ちながら、アレクシアは僅かに下唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分強いのね。」

 

 放課後、マスールと貴族専用の寮へと向かう道すがらにアレクシアは口を開いた。口ぶりだけでは褒めているように聞こえるが、その表情からはそんな風には見えない。

 

「…ありがとうございます?」

 

 周りに対する虫除け、といった理由だけで連れ回されるマスールは首を傾げて答えた。

 

「ですが、王女殿下もお強いでしょう。殿下と相対した女子生徒を歯牙にもかけていませんでした。」

「お世辞はやめて。私が強くないのなんて私がよく知ってるわ。」

「生憎と本心です。殿下は持ち前の資質と磨いた基礎はお持ちですから。」

「それで?」

「私からすれば、曲芸みたいな技よりも基礎でのゴリ押しの方が怖いですよ。今までにこの道を歩んできた先人が無駄を切り詰めて切り詰めて、そして残った最後の結晶こそが基礎。あくまで経験談にはなりますが…それを使いこなせる剣士は一芸持ちよりも遥かに強いです。」

 

 それは衛兵団で多くの魔剣士と訓練をしてきたマスールの、紛れもない本心だった。魔力を使った派手な一撃こそ持たないが、確実に、そして堅実に剣を振るう。実戦で最後に立つのはそういった団員たちだった。

 

「そう。」

 

 だが、マスールの返答を聞いてもアレクシアは素っ気ない態度を崩さなかった。そのまましばらく2人は無言で歩き続けていたが、あるベンチの前でアレクシアが足を止めた。

 

「…殿下?」

「少し付き合いなさい。」

 

 そう言ってアレクシアはマスールの返事を待たないままにさっさとベンチに腰掛けた。とは言えこの状況でマスールにはどのみち拒否権はないため、座ったアレクシアの横に立つ。

 

「座らないの?」

「殿下と同じ場所に座るなどあまりにも恐れ多いので。」

「あらそう。ならそのままでいいわ。」

 

 そう言ったアレクシアはポケットから一枚の金貨を取り出すと、マスールに向けて放り投げた。日の光を浴びて輝きながら放物線を描くそれは、地面に落ちる前にマスールによって掴まれた。

 

「………。」

 

 金貨を掴んだマスールは、一つため息をついて金貨をベンチに置いた。その様子を見て、ふうん、と呟いたアレクシアが足を組み替える。

 

「やっぱりそうするのね。それは今回巻き込んだお詫びみたいなものなのに。」

「…庶民の私からしましたら裏金ほど怖いものはありませんよ。」

「じゃあ、私的な報酬って言えば?」

「私は正当なものしか報酬とは呼びたくないですね。」

 

 上辺だけで交わされる会話。そこに込められた感情は恐ろしいほどに冷え切っていた。

 

「それでも普通は欲しいものじゃないの?1枚10万ゼニーよ?」

「欲しくないと言えば嘘にはなりますが、今のところプライドを捨てるほどではありませんね。」

「…やっぱりムカつくわね。」

 

 しゃあしゃあと返したマスールに、吐き捨てるようにアレクシアが言った。

 

「…何がです?」

「全部よ、全部。折角魔力無しの落ちこぼれだって聞いたのに、実際はとんでもなく強い剣の天才なところも。大金を目の前にしても余裕ぶって態度変えないところも。煽ってもその余裕崩さないところも。…自分の人生変える機会があったことも。全部、全部嫌いでムカつくのよ。」

 

 ぎゅっ、とアレクシアの手が強く握られる。それに対してマスールはただ黙ったままだった。

 

「あなたにはわからないでしょう?『凡人』なんて呼ばれる悔しさが。努力しても努力しても、天才には絶対敵わないってことが。」

「…まあ、わかりませんね。」

 

 マスールが口を開いた。

 

「私は、凡人にすらなれなかったので。」

 

 その言葉には、アレクシアの背筋に寒気が走るほど恐ろしいほどなんの感情もこもっていなかった。慌ててマスールの顔を見ると、アレクシアを見るその目は見たことがないほど冷え切っている。

 

「…隣の薔薇は赤い、ですよ。少なくとも私は剣の才能を捨ててでも魔力があって欲しかったと思っています。」

「…嘘言わないで。」

「本当ですよ。だって()にもし魔力があったら……」

 

 そこまで言って、マスールは口を閉ざした。少しだけ首を横に振って、もう一度口を開く。

 

「いえ、この話はやめましょうか。楽しい話でもありませんので。」

「…ええ、そうね。それと、今日はもう帰っていいわ。」

「かしこまりました。」

 

 そう言って、こちらを見もせずにマスールは去って行った。後には、人気(ひとけ)の無いベンチで1人座り込むアレクシアだけ。そんな彼女の頭の中では、先ほどのマスールの言葉が反響していた。

 

『凡人にすら、なれなかったので』

『俺にもし魔力があったら……』

 

「なんなのよ、一体………。」

 

 それはマスールがアレクシアの前で初めて見せた怒り。年齢不相応に余裕を崩さない彼の逆鱗。そこに触れてしまったことを、彼女は1人後悔していた。

 

 そしてそんな彼女の背後には、恐ろしいほどの魔力制御をもって気配を消し切った男が現れていた。だが、間の悪いことに思考の海に沈む彼女はそれに気づかない。

 

「…!誰…!?」

 

 気がついた時にはもう遅かった。突然の不意打ちに、アレクシアは反撃すらも許されないまま、ほんの一瞬で彼女の意識は闇に沈むこととなる。そのまま彼女はローファーの片足を脱がされると、担ぎ上げられてその場を連れ去られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【七陰】の第一席であるアルファは事実上シャドウガーデンの統括官である。そのため、【シャドウガーデン】のこれからの動向を決定したり、良くも悪くも癖の強い【七陰】やナンバーズの世話を焼いたりと何かと忙しい立場にある。

 

「……はあ。」

 

 眉目秀麗にして文武両道、冷静沈着な彼女だが、この数日はため息をつく頻度が多くなっていた。今だって例外ではなく、書類に向かいながらもその手が止まっている。

 

(マスール)に彼女…いえ、シャドウのすることだから絶対に無駄なことでは無いんでしょうけど。)

 

 マスールに彼女ができた。それを聞いたアルファがシドを問い詰めたところ、自分が仕組んだのだと彼はあっさり吐いた。その上で、今は泳がせろ、と。

 

(泳がせる…。まさかまた彼が【教団】と関わるってこと?シャドウはそれを知っているの?)

 

 アルファは知らない。シャドウはアルファの気迫が怖くて適当に逃げただけであるということを。

 

(もしもこれがクレア様なら、まだ納得はできた。だけど、相手に今まで関わりの全くなかった王女を選んだということは、それなりの理由があるはず。それも【教団】絡みの。)

 

 アルファは知らない。『いやー、あの性格の姉さんにメインヒロインは無理でしょ。』『やっぱここは王道の王女様ヒロインだよね』とかいうだけの理由で選ばれただけであることを。

 

 そんな彼女は、手を止めて昔のことを思いだしていた。

 

『見ろよベト助、いい星だぜ。』

 

 まだ彼女が悪魔憑きで、彼が鎖に繋がれていた頃。2人はあたりが寝静まった夜中に小さな声で話していたのだ。マスールは彼女の檻にかけられていた布をこっそりと外して、外の世界を見せてくれていた。

 

『この世界って星座あるんかな…そういや知ってるか?星って色々明るさあるけどよ。』

 

 檻の隙間から手を入れて、私をいじくりまわしながら彼は言った。

 

『星座の中で一番明るいのをα(アルファ)星って言うらしいぜ。…まあ俺も詳しくは知らんけど。』

 

 彼がいなくなったのはその話をした次の日だった。それからしばらく私の意識は朦朧としていて─目が覚めたらアルファは元の姿に戻っていた。そこで与えられた名が『アルファ』。それは奇しくも彼と最後に交わした言葉だった。

 

 それからは【シャドウガーデン】での仕事の合間を縫って何度か一般人を装って市場にいる彼と話をした。クレアが誘拐された際にはクレアの救出に向かった彼を見送り、そして対峙した。その時に(アルファ)に見せた目は、(ベト助)に向けた親しみの込もったものでは無い、敵を見るときのそれだった。

 

(…ダメね。今は何よりも【ディアボロス教団】への対応が優先なのに。)

 

 自分と同じ【悪魔憑き】として不幸な目に遭っている人の被害をなくすために。そのための道をシャドウから示され、そのために今は邁進している。だから、今は彼との記憶に浸っている暇なんてないのに、どうもこうして思い出してしまう。

 

「はあ…こうしているヒマは無いわ。早くアジトの全貌を掴まないと…。」

「ア、アルファ様!!」

 

 気持ちを切り替えた彼女がため息をついて、あらためてペンを持ったときのことだった。突然にドアが勢いよく開けられ、ベータが飛び込んでくる。その手には新聞が握られていた。

 

「ベータ?どうしたの、ノックもしないで。」

「す、すみません!ですが、これ、これ見てください!」

「いったい何…」

 

 不満げに言いながらも、押し付けられた新聞に目を通す。そして3秒もしないうちに彼女の目が大きく見開かれた。

 

「アレクシア王女殿下、誘拐…!?」

「はい!その犯人として、マスールさんが逮捕されました!」

「彼が逮捕、ですって…?」

 

 確かに新聞にも堂々と書いてある。名前こそ伏せられているが、『アレクシア王女誘拐の犯人は同校所属の一般人!?』などと書かれたらもはや特定したも同然だ。

 

「【ディアボロス教団】……!!」

 

 ギリ、と歯を食いしばってアルファはこめかみにすじを浮かべた。

 

 






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