いつも誤字報告ありがとうございます。
本当にガバガバ日本語で申し訳ない…。
『出し切った』。
地に伏したゼノンを見下ろしたマスールは、全身の力が抜けていくのを感じた。握りしめていた拳がゆっくりと解かれていき、赤い血が床を濡らしていく。
「ちょっと、大丈夫!?」
力が抜け、グラリと上体を傾けたマスールをアレクシアは慌てて支えた。血と泥で汚れたその身体は不自然な程に熱い。
「…服、汚れますよ…。」
「もう汚れてるから今更よ。」
限界を迎えたマスールを支えたアレクシアはそう言ってマスールの服を握りしめた。その身一つで戦い抜いた彼は、全身に傷を負っている。そこから流れる血も気にせず、アレクシアは崩れ落ちるマスールを抱き止めた。
「…ひどい傷。」
「…かすり傷、ですよ。この程度。」
そう言ってへらりと力なく笑うマスールに、アレクシアはなんと言えばいいのかわからなかった。これまで彼女が彼にとってきた態度は決していいものではない。むしろ、悉くが彼の地雷を踏んでいたと言ってもいい。それでもこの男は自分を助けにきてくれたのだ。
「傷を塞いだりは…できないのよね。」
「…全くもって不便な限りです。」
「…早く帰って、手当をしてもらいましょ。それから、」
魔力を持たないマスールは自分の回復ができない。改めてそのことを実感させられたアレクシアは、力を振り絞ってマスールを肩に担いだ。彼女もまた数日の監禁で弱っていたが、この程度の余力は残っている。いや、残っていなくても今の彼女ならしただろうか。
「……るな。」
そんな2人の耳に、怨嗟の声が響く。
「ふざけるなああああああああ!!」
叫んだのは倒れ伏していたはずのゼノンだった。先程まで死に体だったはずのゼノンの方を2人が慌てて見ると、そこにはよろめきながらも立ち上がるゼノンの姿がある。
「嘘でしょ…!?まだ立つの…!?」
「私を舐めるな…!私は次期ラウンズ!こんなところで終わる器などでは断じてない!」
叫びながらゼノンが手をベロベロと舐め回す。一見して見ると奇怪な行動だが、2人には何をしているのかがわかった。
─ゼノンは、あの錠剤を摂取している。先程の連撃で破壊されて、粉になった錠剤を。
それに気がついたマスールの背中を冷や汗が伝った。確かに、ゼノンはあの錠剤が1つしかないとは言っていない。なら切り札とも言えるそれを複数持っていてもおかしくなく、かつそのことを思い浮かべなかった自分の間抜けさを呪った。
「錠剤の連続使用…身体への負担は大きい、などで済むような生ぬるいものではないが…それでもお前を殺す。」
先程と比較しても遜色ない魔力を携えたゼノンはそう言ってゆっくり歩を進めた。その迫力にアレクシアが押されるなか、マスールがそっとアレクシアの支えを解いた。
「マスール…?」
「逃げてください。」
ゆらり、ゆらりとおぼつかない足取りでマスールが歩く。限界を超えているはずの身体に鞭を打って。
「逃げてください、アレクシア殿下。貴女が逃げ切れば俺の勝ちです。」
「そんなの、できるわけないじゃない!」
「できるできないじゃない。してください。なんとしても。」
対峙する両者は共に徒手。通常ならば圧倒的にマスールが有利な状況。だが、今は全快したゼノンの方が圧倒的に有利だった。
「時間は、俺が稼ぎます。」
「そんなことができるとでも?」
「してみせるさ。」
少し笑ってマスールが大きく息を吐いた。そんな彼をゼノンは冷徹な目で見ている。それは油断も、慢心もない戦士の目であった。
「……っ!」
そこまで言われたアレクシアは睨み合う2人に背中を向けた。彼の遺志を無駄にしないために。少しでも速く、少しでも遠くまで逃げるために。後ろを振り返った彼女は、驚いたように目を見開いた。
「誰…?」
「………。」
誰かが向こうから歩いてくる。コツリ、コツリと足音を立てる黒いコートを着たその人物はアレクシアの呟きに返さないまま彼女の横を通り過ぎてマスールの方へと歩いていく。
「その必要はないぞ、マスールよ。」
その声にマスールもまた肩を跳ね上げた。勢いよくそちらの方を向いて、思わずと言った様子で声を漏らす。
「シャドウ…!」
「どうやら王女は助け出したようだな。」
マスールとシャドウ。幾度に渡って対峙した2人が、この時初めて肩を並べた。
(いやー流石マスール君!それに流石はアルファ達が探してきた相手!いい感じに僕の出番を作ってくれるじゃないか!)
マスールの横に並んだシャドウはウッキウキであった。
(勢いよくアジトに潜入したはいいけど迷子になった時はどうしようかと思ったけど…すごい音に気がついて近寄ってみたらこれだもんね。いやあ僕も運がいい。)
マスールとゼノンの戦い。それを陰でこっそりと眺めていたシャドウはご満悦であった。
(ゼノン先生は序盤ボスとしての立ち回りをしてくれたし、マスール君もめっちゃ主人公ムーブしたしね。それにまさか王女様がこんなにヒロインみたいな顔してるなんて思わなかったよ。)
戦いながら2人がそっと話をしている時なんてシャドウはもう喜色満面の笑みを浮かべていたのだ。ニッコニコである。そんな笑み、実姉のクレアですらみたことないんじゃないだろうか。
(いーい感じにお互いに必殺技撃ち合ってるし…。しかも相手の一撃受け止めての自傷カウンター?いいじゃん。やっぱり主人公の作戦は王道の正面突破だよね。)
ただ必殺技名を叫んでくれたらもっと良かったのになあ、なんて考えながらシャドウはゆっくりと剣を抜いた。ついでに上がりまくったテンションを必死に抑えて、顔面と雰囲気はできるだけ『得体の知れない陰の実力者』モードにしている。
「…シャドウ。」
「どうした?マスールよ。」
「その、助けに来てくれたのか?」
「そのつもりだが。」
シャドウがマスールの前に出る。これでゼノンに対峙するのはマスールではなく、シャドウになった。そこに立って初めて、シャドウが魔力を解放する。
「……なん、だと…!?」
シャドウから放たれた魔力がゼノンを叩いた。圧倒的、などと言う言葉では済まされないそれがゼノンの魔力を押し返す。
「なんて魔力…!」
「…わかっちゃいたけど、やっぱやべえな。」
まだまだ遠いや、とマスールが苦々しく呟いた。そんな彼にチラリと目線を向け、シャドウが呟いた。
「…覚醒の時は近い、か。」
「……覚醒?」
「こちらの話だ。」
そう言ってシャドウはゼノンに目線を戻した。シャドウに相対するゼノンの目に込められているのは感嘆、衝撃、畏怖、そして─恐怖。気がつけば彼の身体は彼自身も気づかないうちに震え出していた。
「なんだ、この魔力は…。」
ゼノンは今まで生きてきて、これほどまでに美しく練り上げられた魔力を初めて見た。これほどまでに一切の無駄なく、緻密に魔力を組み上げる者など、彼の知る限り1人もいない。そんな神業を、目の前にいる者は容易くやってのけていた。
「なんなんだ!お前は!」
「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者…。」
震えながら後ずさるゼノンに対して、シャドウは追おうともしない。ただその剣をゆっくりとまるで『突く』かのような構えをとった。
「ゼノンよ。偽りの最強を名乗った者よ。」
シャドウの剣に螺旋を描いて魔力が収束していく。
「真の最強とは何か、その身をもって知るがいい。」
螺旋を描いた魔力が、剣に紋様を刻む。それを眺めていたマスールとアレクシアには、まるでその螺旋が全てを吸い込んでしまうのではないかとまで思ってしまうほどの圧倒的な力であった。
「やめ、やめろ…やめてくれ………!」
ガタガタと全身を震わせ、ゼノンが恐怖する。そんな彼に、無慈悲にも刃は放たれた。
「刮目せよ。」
一瞬、世界が凪いだ。螺旋を描いていた魔力の奔流が止まる。
「【アイ・アム・アトミック】」
そして全てが放たれた。シャドウが突き出した剣から光の奔流が溢れ出し、壁も天井も、全てを貫いて夜空へと光の柱が立ち昇る。
数秒の奔流の後、そこにはもはや誰だかわからない程の傷を負ったゼノンが倒れ伏していた。息はヒューヒューと弱々しく、手脚は引きちぎれ、傷を負っていない場所が存在しない。─いや、今の破壊を見せてなお、ゼノンが生きていると言うことがマスールには信じられなかった。
「案ずる必要はない。奴は生きている。」
静かに剣を鞘に納め、シャドウはコートの裾をはためかせた。
「殺さなかった、のか……?」
「お前が最初にそう言ったのだろう。『敵でもできるだけ殺すな』、と。」
それに従ってやっただけだ。と言い捨ててシャドウは立ち去ろうとした。そしてシャドウが離れたことによって、緊張から解放されたマスールもまた地面に倒れかける。
「……ぐっ!」
「マスール!大丈夫!」
「…いや、待ってくれ!シャドウ!」
慌ててマスールを抱き抱えるアレクシアの腕の中でマスールは叫んだ。その声にその場を離れようとしていたシャドウも足を止める。
「なんだ?」
「シャドウ。お前の目的は、なんだ?【悪魔憑き】に、あいつに興味を示していたのはなんでだ!てか【教団】ってなんだ!?お前達【シャドウガーデン】は何者だ!?」
「ほう…」
立つこともできないまでに衰弱していながらシャドウに問いかけるマスールに対してシャドウはチラリとだけ視線を向けて、すぐに元に戻した。
「─お前にもいずれわかる。今はまだ、お前の知る必要のないことだ。」
「…お前も、そう言うのか…!」
「我らは必ずまた巡り合う。」
今度こそ、振り返らずにシャドウが離れていく。漆黒のコートを纏った彼が闇の中へとまるで溶けるかのようにその姿を消していく。
「いずれまた会おう。」
最後にそう言い残してシャドウは完全に姿を消した。その姿をもはや2人は眺めることしかできなかった。そしてシャドウの姿が消えてからすぐ、マスールの視界が暗くなる。
(……血を流しすぎたか。)
極度の緊張に負傷と疲労、それから出血による気絶の前兆にマスールはもう抗えない。必死に呼びかけるアレクシアの声を聞きながら、マスールは彼女の腕の中で目を閉じた。
「アレクシア!アレクシア!無事なのですか!」
「姉様!姉様ですか!」
「アレクシア…アレクシア!その男は!」
「姉様!アイリス姉様!早く!早く医者を呼んでください!」
マスールの意識が消える直前、遠くからそんな会話が聞こえた気がした。
マスール
覚醒?なにそれ?するの、俺?
なお発言者はシャドウ様である。
アレクシア
割とお互いに嫌ってた相手のはずなのに血まみれのズダボロになってまで命懸けで助けに来てくれたことに割と揺らいでる。
シャドウ様
ご満悦。
この度辺りは破壊してもゼノンはギリ殺してない一撃とか言う神業魔力制御を披露。
ゼノン教官
下手したら楽に死ねただけ本編の方がマシかも知れない。