転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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お久しぶりです




だから彼女はそう決めた

 

 ゼノン・グリフィ侯爵…いや『元』侯爵によるアレクシア王女誘拐事件。およそ一週間の間王都を揺るがし続けたこの事件は、ゼノンおよびその一派の拿捕によってひとまずの結末を見せた。

 

「…はあ。」

 

 そしてその事後処理に追われるアイリスは1人、自室で大きなため息を吐いた。彼女の机の上には大量の資料が山積みになって置かれている。

 

「まさか、ゼノン侯爵がだなんて…。」

 

 再びの大きなため息。だが、王家の重鎮とも言える男の起こした犯行、そしてその影響の大きさというのは確かに決して小さなものではなかった。しかもその犯人が事件の調査を主導していたのだというのだから目も当てられない。

 

「それに、まだ私か騎士団が解決していたのなら市井の評判もどうにかできたのですが…解決したのは彼ですし…。」

 

 マスール・デ・カイーナ。今回の誘拐事件における容疑者筆頭。収監されていた彼は突然に牢を壊して脱獄したかと思えば、浅くない傷を負いながらもゼノンを打倒してアレクシアを救出していた。そしてどこから漏れたのかは知らないが、いつのまにかこの事実がまことしやかな噂として市民たちに知れ渡っている。

 

 王女に害を加えようとした奸臣を、ただの町人である1人の少年が救い出す。なんて民衆受けしそうな題材なんだろうか。そして実際に、この事件を題材にした唄を吟遊詩人たちがそこらじゅうで歌っている。

 

(いえ、この際それには目を瞑りましょう。確かに今回は国の失態。それを非難されるのは仕方ありません。むしろ、それ以上にこれからが大切になってくる。)

 

 信頼していたゼノンの悪行。それに伴って、今や国内では誰が信頼できるのかがわからない状況になっていた。そんな状況にあって、アイリスは一つの私設騎士団を立ち上げようとしていた。その名は、『紅の騎士団』。

 

(誰が信頼できるかわからない今、闇雲に人を増やすわけにはいかない。だけど、できることなら彼にも参加してほしくはある。)

 

 マスールはミドガル魔剣士学園に在籍しながらも、本職はカゲノー領の衛兵。おそらく卒業したら衛兵団の幹部、あるいは最低でも幹部候補として務めを果たすのだろう。だからこそ騎士団に入団してもらえる確率は低いが、一応声はかけておこうとアイリスは決めた。

 

「そう言えば、アレクシアが言うには彼はトレニー家の出身、と。」

 

 『トレニー家の忌み子』。アレクシアが言うには、ではあるがゼノンはマスールをそう呼んだらしい。そしてその家の名を、アイリスは知っていた。その家は剣の国、ベガルタにおいて決して小さくない影響を持つ貴族の家名。そして、もう一つ。

 

「もし彼が本当にトレニー家の出身であるのならば…。」

 

 その家は遠縁ではあるが、ミドガル王家とも血縁のある家系でもある。

 

 そして偶然ではあるが、マスールはアイリスと髪色と目の色が全くの同じであった。おそらく2人が隣に立てば、整った顔立ちも相まって普通に姉弟に見えるだろう。

 

「いえ、これは考えても意味がないこと。それよりもいまやることを終わらせないと。」

 

 そう言ってアイリスは再び机の上の紙の山に手を伸ばした。もはやどれが信頼できる情報かわからないそれらを一つ一つ吟味し、判断を下していく。終わりの見えない作業に内心で悲鳴を上げながらも、アイリスはしだいに己の職務に没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも、無事に全ての嫌疑が晴れましたマスールです。いやー、シャバの空気がうまい。世界はこんなにビューティフル。

 

 無事に潔白を証明できた俺を祝福するかのように初夏の太陽が燦々と照りつけてくる。まだまだ夏本番と呼ぶには早いが、それでもしっかりとした暑さを感じさせる。そんな中で、俺はアレクシア殿下とあるベンチに腰掛けていた。

 

「と言うわけよ。事件は表面上は解決。ただ、姉様は専門の調査部隊を立ち上げるつもりらしいし、私もそれを手伝うつもり。」

「なるほど。」

 

 せめて木陰に入りたいなあ、と思いながら相槌をうった。いや、俺はいいんだ。別に日焼けしても気にしないし。でも王女様って日焼けしたらダメなんじゃないの?

 

「ええ。それと…今更だけど怪我はどうなの?もう治ってる?」

「ああ、それなら…」

 

 アレクシア殿下に聞かれた俺は右手を差し出した。俺の拳はあの時ゼノン教官の一撃を受け止め、拳の中程まで断ち切られていた。その右手を彼女の前でひらひらと振る。

 

「この通り。跡も残らず治ってます。」

 

 その傷は今やどこにも見当たらない。気を失った俺は最初王宮お抱えの医師のもとに抱え込まれたらしいが、どうもそこでは俺の治療ができなかったらしい。というのも、どうやら俺には薬も、魔力による治療も意味をなさなかったらしいのだ。

 

「…そう。」

 

 無事に完治した右手を見せていると、その手がそっとアレクシア殿下に握られた。俺の手を見るその目は随分と優しい目をしていた。

 

「無事に、治ったのね。」

「…その節はご心配をおかけしました。」

 

 手をにぎにぎとされながら苦笑いで返す。気絶していたから直接は見ていないが、アレクシア殿下はどうやら医師団が俺を治療できないと分かった時随分と取り乱したらしい。にしても俺薬はともかく魔力治療も効かないんだなあ。今まで大した怪我してこなかったから全然知らなかった。

 

「ほんとよ。それから…その、伝えたいことが2つあって。」

「はあ。なんでしょう。」

 

 アレクシア殿下は俺の手から目を離し、俺の方へと顔を向けた。

 

「まずは、助けてくれて本当にありがとう。あの時、あなたが来てくれなかったらどうなっていたかわからないわ。」

「…最後は、私たち2人ともシャドウに助けられましたけどね。」

「そうね。でも、事実私は貴方のおかげで助かってる。」

 

 俺の目線とアレクシア殿下の目線がぶつかった。2つの赤い目が交差する。

 

「ありがとう、マスール。」

 

 そう言って彼女は可憐に微笑んだ。

 

「……っ」

 

 いやあ、その、うん。それは卑怯では?破壊力えぐいって。美少女に手を握られて微笑まれるとか大体の男はイチコロなのよ。俺は人生2周目だから耐えられた。人生2周目じゃなかったら耐えられなかった。

 

「ええ、まあ、はい。それで、その、もう一つとやらは?」

 

 あかん。めっちゃキョドッた。耐えられてないじゃないか。

 

「そうね。この件に関しての褒賞とかは姉様とかからまた連絡があると思うのだけど…それとは別件ね。今、私たち付き合っているふりをしているでしょう?」

「…そうですね?」

「で、今回の事件で私の婚約者関係は一回全部白紙に戻ったの。だからまた私との結婚をしたい貴族たちが近寄ってくるのよね。だから、提案なんだけど…。」

 

 そこで口をつぐんで、アレクシアの赤い目が少し宙を泳いだ。ちょっとだけそうしてから、意を決したかのように口を開いた。

 

「その、この関係をもう少し続けてみない?」

 

 俺の手を取り、頬を赤く染めて少女はそう言った。

 

「…そう、ですね。」

 

 上目遣いでこちらを見てくる少女に対し、俺もその返答をするべく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、アイリスは妹のアレクシアに変なことを聞かれた。

 

「田舎の衛兵に一気に爵位と領地を与える方法、ですか…?」

「ええ。いい方法、知りませんか?」

 

 急に自分の部屋に来たかと思えば一体何を聞いているのか。そう尋ねようとしたアイリスだったが、アレクシアの目を見て尋ねるのをやめた。見る限り、アレクシアの目が据わっている。かなり真剣な様子だった。

 

「いえ、流石にその方法は知りませんが…衛兵なら順当に功績を上げるしかないのでは?」

「そうですか…。それってどのくらいかかります?」

「衛兵からだと…まず騎士爵位を授かるところからでしょう。それも与えられるかは知りませんが、そこからだと亡くなるまでに城伯になれたら御の字ではないでしょうか。」

 

 私の発言にアレクシアは思いっきり眉を顰めると急に何やら指折り数え始めた。一体何があったと言うのだろうか。

 

「…ちなみに、王族と結婚するとなるとどのくらいの爵位が必要ですか?」

「…アレクシア。一体何があったのですか?」

「少し気になっただけです。で、どのくらいが目安ですか?」

 

 アレクシアの妙な迫力に、アイリスは人生で初めて妹に敗北しつつあった。

 

「…侯爵、あるいは公爵レベルが必要になるかと。よほど勢いがあれば伯爵でも可能かもしれませんが…。」

「そう、そうですか。最低でも伯爵と。」

「ですが伯爵だと相当な降嫁になるのでまずないと思った方が…アレクシア?聞いていますか?」

 

 アイリスの発言に耳を貸さぬまま、アレクシアは扉を開けて部屋の外へと出ていった。よほど集中しているのか、扉も開け放たれたままである。

 

「…一体何があったのでしょうか?」

 

 1人部屋に取り残されたアイリスは静かに首を傾げ、扉を閉めるべく席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

「最低でも、伯爵…。」

 

 ブツブツと呟きながらアレクシアは王城の廊下を歩いていた。そんな彼女の脳裏に、マスールの言葉がリフレインする。

 

『…今回で分かったでしょう?私ではダメですよ。』

『私はほら、立場も何もありませんから。いざという時に権力やらを使ってお守りすることができないのです。』

『ですから、次に殿下の隣に立つ方は、力も、立場も持つ殿下をお守りできる方をお選びください。なに、殿下のお眼鏡に適う方は探せば絶対にいますよ。』

 

 苦笑いしながら告げられた言葉。それが正論だとは分かっている。王族として、国家の繁栄のために他家に嫁ぐことは自分の使命であることも。そんな彼女でも、幼い頃は絶体絶命の自分を助けに来てくれる白馬の王子様、なんてものを夢想したことだってあるのだ。

 

 そして、彼女は出会ってしまった。そいつは王子なんかではないし、白馬なんて乗っていなかったし、剣よりも拳を振るう男だったけれども。自分の危機に駆けつけてくれる男、と言うものに出会ってしまったのだ。

 

 知ってしまえばあとは早かった。最初は嫌いだと思っていたのに、今では妙にあいつの一挙手一投足が気になって仕方がない。だから意を決してあの提案をしてみたのに…結果としてあっさり振られてしまった。

 

「まずは、姉様が立ち上げるはずの騎士団にねじ込むところからかしら…。」

 

 それでも、そう簡単に逃してなるものか。立場を理由に逃げるなら逃げられない理由を作るまでだ。そう決めて、アレクシアは廊下を歩いていった。

 

 

 





嘘次回予告!
絶対に自分の領地に残らせたいクレアvs王都の騎士団に入団させたいアレクシア!勝つのはどっちだ!

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