転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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他学年の教室に行くのは勇気がいる

 

 シド・カゲノーは悩んでいた。

 

 彼は自らを『陰の実力者』たらんとして日夜研鑽を重ねる男であり、普段はしがない学生として生活を送っている。そんな彼が今、懸命に『普通』を装いながら思考をフル回転させている。きっと大層なことを考えているに違いな─

 

(マスール君の必殺技どうしようかな…)

 

 割とくだらないことだった。

 

(冷静に考えたら彼って肉弾戦しかしないから必殺技みたいなの作りにくいんだよね。しかも魔力ないせいで自分に合う武器もないから武器使った技もないし…てかそもそも技術がそこまで高くないからなあ。)

 

 昼休みの教室で、周囲の喧騒に耳を傾けることなく考える。途中で女子生徒の黄色い声が上がったような気がするが、特に気にしない。

 

(うーん…ここはいっそ僕が直接技術指導するべきかな。彼の身体能力とセンスなら一回戦えば技術を習得できそうなんだよね。)

 

 先日目の当たりにしたマスールの身体能力を思い浮かべながら、これからのプランを考える。マスールの持つ、魔力が無いながらにしてそこらの魔剣士を置き去りにするその力。それは魔力抜きの戦いならシドとて確実に負けると断言できるほどの代物。

 

(技術さえ磨けばあとはいい感じのパンチを必殺技にしてくれたら…て言うか彼あの時のパワーが全力なのかな?体格的にはもうちょい出せたりすると思うんだけど。)

 

 最高の陰の実力者プレイをするために熟考するシドだったが、慌ただしく自分に近づいてくる気配に気がついた。足音の具合からそれが誰かを判断した上で、反応する必要もないかとそのまま思考を続ける。

 だが、その思考はすぐに断ち切られた。突然に肩を叩かれたのだ。

 

「おい、聞いたかシド!」

 

 強く肩を叩かれたシドが顔を向けると、そこには彼のモブ友フレンズ、ヒョロとジャガがいた。2人とも何やら鼻息荒くシドの方へと詰め寄ってくる。

 

「なんの話?」

「いやいやシド君、君のお姉さんについての話ですよ!」

 

 面倒くさげに頬杖をついたシドに対して、ジャガも声を荒げた。何せこの2人、以前にシドと彼の姉であるクレアの関係を知った時に『是非とも紹介してほしい』とやたら付き纏ってきたのである。そのことを思い出したシドは本気でダルいと思っていた。

 

「姉さんがどうしたのさ。」

「なんだマジで知らねえのかよ。まあ俺もさっき聞いた話だけどよ…さっきあのマスールがな?」

「うん?マスール君?」

 

 俄然興味が湧いてきた。一見してだるそうな雰囲気は崩さず、それでいて脳だけを本気で稼働させる。

 

「そうなんですよ。あのマスールくんが、なんと…」

「お前のお姉さんにプレゼント贈ったらしいじゃねえか!」

 

 ……ほう。

 少しばかり予想外の話に、僕は片眉だけを僅かに吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの次第は少しばかり時間を遡る。そもそもの原因は3年の教室前を歩くマスールであった。片手にミツゴシ商会の紙袋を持った彼は、誰かを探すかのようにキョロキョロと辺りを見回していた。

 

(クレア様のクラスは知らねえけど3年の教室なら多分ここであってる…はずなんだけどなあ。)

 

 3年の教室前に1年が、しかも色々な意味で目立っているマスールがいると言うのは非常に人の目を引く。周囲から好奇の目に晒され続けているマスールのメンタルは既に限界になっていた。

 

(めっちゃ目立ってるじゃねえか俺…あーくっそ帰りたい…やっぱアポ無しは無理だったか…。)

 

 ゲンナリしながら重い足取りで廊下を歩く。特待生であり、王国の騎士団からもスカウトが来るほどに優秀なクレアは当然のように放課後も多忙であるために昼休みの方が会えるかと思ったのだが、生憎とそう上手くは行かないようだ。

 

(まあチョコって甘いし日持ちはするだろ。別に今日じゃなくても…)

「あら?マスールじゃない。」

 

 マスールがもう諦めて帰ろうとした時、ある教室の中からひょっこりとクレアが顔を出した。3年の高嶺の花であるクレアが、よくわからない男子に声をかけたことで周囲の男子がざわめいた。

 

「どうしたの?3年の誰かに用事?」

「あー…誰かってかクレア様にですけど。」

「私に?どうしたの?」

「いやー、そのですねえ…」

「まあいいわ。ちょっと場所変えましょ。」

 

 チラリと周囲を見渡したクレアはそう言ってマスールを連れて歩き始めた。2人は少し歩いて人気(ひとけ)のない空き教室に入ると。

 

「で、どうしたの?またシドが何かした?」

「あ、今回はシド様関係ないです。で、これなんですけど…」

 

 ガシガシと髪を掻くマスールに、クレアが小首を傾げた。そんな彼女に、マスールが持っていた紙袋を差し出す。

 

「その、この間俺のために王女様に直訴してくれたじゃないですか。そのお礼と言うかお詫びと言うかなんですけど…」

「ああ、あの件ね。そんなの気にしなくていいのに…待って。これ高いやつじゃない?」

「高いかどうかはさておき、今人気のやつらしいです。」

 

 マスールが持っていたのは最近の王都のトレンド、ミツゴシ商会の高級チョコレートとコーヒー豆の詰め合わせである。貴族用の商品ということもあってかなり値は張ったが、今のマスールにはアレクシア救出の件による褒賞金とゼノンによる冤罪の賠償金が一気に入ってきていたためそのあたりは問題なかった。

 

「へー…チョコレートに、コーヒー…。コーヒーって本当に豆なのね。」

「あれ?もしかして飲んだことなかったですか?」

「飲んだことはあるわよ。ただ、自分で淹れたことはないわね。」

「なるほど…まあコーヒーって入ってきたの最近ですしね。」

 

 盲点だった、とマスールはうめいた。というかよく考えたら貴族令嬢である彼女が自分でお茶を淹れたりとかするわけないのである。ましてや馴染みのないコーヒーなら、言わずもがなである。

 

「そうねえ…マスール?」

「なんでしょう。」

「貴方、コーヒー淹れられる?」

「道具さえあれば。」

 

 即答したマスールを見て、クレアは小さく頷いた。

 

「そ。なら今日の放課後淹れてくれる?道具は私が借りておくわ。」

「…はい?今日、ですか?」

「そうよ。場所は…私の部屋でいい?マスールの家とは別方向にはなるけど。」

「……いやいやいや!」

 

 ここまできてマスールが勢いよく首を横に振った。その様子にクレアが不機嫌そうに眉を顰める。

 

「なに?文句でもあるの?」

「文句というか!年頃の女性の部屋に野郎を上げるのはまずいでしょう!他所からなに言われるかわかったものじゃない!」

 

 ついでにうっかり地元のオトン・カゲノー氏にバレたら殺されるかもしれん。いやあの方よりも奥様の方が怖いか?でもあの人俺を見る目が妙に生温かいんだよな…まあどっちにせよ周りにバレたらまずいことには変わりない。

 

「気にしなくていいわよ。それともなに?私に何かする気?」

「いやそれはしませんけど!でもですね…」

「ならいいじゃない。今日また放課後にうちの教室の前に来てちょうだい。」

「…あっはい。」

 

 マスールの意見を聞かずに話を進めていくクレアに、そういやこの人割と強引なとこあるよな、ということを思い出していた。というか姉なるものは大体こんな性質をしている気がする。

 

「じゃあ、また後で会いましょ。」

「あ、はい。わかりました。」

 

 そう言いのこし、黒髪をたなびかせて去っていくクレアをマスールはただ眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って感じらしい!」

「2人で人目を忍んで空き教室に…一体なにをしてたんでしょうか!」

「へーそうなんだー。」

 

 テンション高くそう言ってくるヒョロとジャガの2人に、僕は超ローテンションな口調で返した。

 

「にしてもマスール君と姉さん、ねえ…。」

 

 シド的にはありそうと言えばありそうだし、無さそうと言えば無さそうな2人ではある。陰の実力者としてはマスール君にはもっとヒロインっぽい相手を探してほしいところだが…

 

(アレクシア王女様はともかくとして、最近はアルファもヒロインになりそうなんだよね。そう言えばあの2人同じ馬車の中にいたわけだし、一応の接点はあるのか。)

 

 アレクシア相手の『王道王女様ルート』、それとアルファ相手の所謂『敵幹部との波瀾万丈ルート』。最近ではこの2つがいいんじゃないかと思っているのだが、まさかの3択目である。

 

(まあ姉さんにせよ王女様にせよアルファにせよ、ヒロインレースは本当になにが起こるかわからないからね。僕はなにが起こってもいいように陰の実力者ムーブに励むとしようか。)

「いやシド違うぞ。正直あいつのことはもうどうでもいい。」

「いやどうでもいいって。ならなんで話したの?」

 

 自分で話題を振っておきながら手のひらを返すヒョロに、シドは呆れた声を出した。

 

「決まっているでしょう!今回のこの件から導き出される答えは!」

「世の中の女は甘いものに釣られる、ということだ。ふっ…知っちまったな、真理。」

「これで僕たちもモテモテですね!」

 

 ない。これは、ない。シドは内心で友人たちのモブっぷりに呆れていた。

 

「というわけでだ。早速今日俺たちも買いに行くぞ!」

「ええ、そうしましょう!」

「え、僕も行くの?」

 

 そんな話をしていると予鈴が鳴った。午後からは実技の選択授業だからきがえて移動しなければならない。シドはブシン流の練習着を手に立ち上がった。

 

(にしても異世界のチョコレートか。どんなのなんだろうな。)

 

 この後自分の知っている顔に出くわすことを、今のシドは知らない。

 

 

 

 

 





もしマスールがシドの内心を知ったら『なに勝手に人の恋人を選ぼうとしとんじゃワレ。』ってキレると思う。


あとマスールのパワーアップ方法はなんとなーく決めています。逆に言えばなんとなーくにしか決めてません。

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