転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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お久しぶりです。


みなさんギックリ腰には気をつけましょう。マジで動けなくなります。


甘いひととき

 

「そう言えば副学長っていい人ですよね。」

 

 コポコポとコーヒーを淹れる音を背景にマスールは言った。

 

「急に何の話よ。」

「いやこの間ちょっと色々ありまして。単位の件でちょっと副学長のところ行ってたんですよ。」

 

 あれは先日の魔力に関する実技テストの後のことだった。…『魔力』の『実技』のテストである。そう説明すればクレアは一瞬で全てを悟ったのか目を伏せた。

 

「…そのテストの結果って…。」

「ええ、まあ、はい。当然不合格というか追試というか…ただほら、俺は何回やっても無理なわけで。」

 

 無理でござる。こんなの無理でござる。

 3回目の追試に落ちた直後、そう叫ぼうとしていたマスールの元にふらりと現れたのがルスラン副学長であった。そして副学長は事情とマスールの特異性を聞いた上で一つの決断を下した。

 

「『体質上できないものは仕方ないからわたしの雑用とレポートの提出で単位を認めよう』って言ってくれまして…あれなかったら俺来月にはこの学校退学になるところでした…。」

「思ったより切羽詰まってたのねあんた…。」

 

 必修だったんですよ、と遠い目をしながらコーヒーを啜るマスールにクレアはため息をついた。ため息の後、マスールが持ってきたチョコを摘んで口に放り込む。高級品なだけあって上品な甘さがクレアの口いっぱいに広がった。

 

「あ、美味しい。」

 

 口の中に広がる甘さを堪能した後、クレアはもう一つチョコを摘んだ。摘んで、いまだに遠い目をしているマスールの口に捩じ込んだ。

 

「はぶっ!?」

「ほら、そんな顔してないでマスールも食べなさい?美味しいわよ。」

「…ういっす。」

 

 クレアの指が唇から離れた後、マスールもチョコを咀嚼する。コーヒーの後に食べたからか、それは思っていたよりも甘かった。

 

「甘いですね。それに…」

 

 懐かしい、という言葉は発する寸前で飲み込んだ。

 

「それに?」

「…いや、なんでもないです。ただ思ったより甘かっただけで。」

「そう?ならいいけど。」

 

 クレアがもう一つチョコを摘んで、口に含んだ。それから、指についたチョコを少しだけチロリと舐めた。

 

「…はしたないですよ。」

「そう?でもまあ、いいじゃない。今はあんたしか見てないし、それに…。」

 

 そう言ってクレアは艶やかな笑みを浮かべた。浮かべて、もう一度指先に舌を這わせた。

 

「こんな甘いもの、そうそう味わえないじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いなく奴は我々の障害になる。」

 

 薄暗い室内で、1人の老人が言った。

 

「魔力がないにも関わらずそこらの魔剣士よりも速く、硬く、そして強い。私も少しばかり観察してみたが、あれは若く、青いが相当な手練れ。あれならゼノンが敗北したのにも納得はいく。」

「ああそうかい『痩騎士』さんよ。」

 

 『痩騎士』と呼ばれた老人の独り言に、傍らにいた男が口を挟んだ。野良犬のような目をした男だった。

 

「そんで?要はそいつを殺せってことだろ?」

「そうだ。だが、一筋縄ではいかん。何せ奴は一切の魔力を持たん。つまり『強欲の瞳』を使っても奴はなんの制限も受けんということだ。」

「…そりゃ厄介だ。」

 

 男はそう言って肩をすくめた。

 

「だが、決して無敵ではない。奴が速く、硬く、強いというのならば枷をつけてやろう。」

 

 そう言って痩騎士は薄く笑った。あまりにも冷酷なその笑みに、男の顔が少し引き攣る。

 

「─人、という名の枷をな。」

 

 その一言で男はある程度を察した。そして恐怖を押し隠すように口笛を吹いて、彼もまた笑みを浮かべる。

 

「その後はあれか?数の暴力で嬲り殺しってことでいいのか?」

「構わん。それで確実に殺せるのならな。」

「ガキ相手ならそれで充分だ。きっちり首落としてやるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シドの自室。基本的に来客のないその部屋に、その日は珍しくアルファの姿があった。

 

「アルファはさ。」

「なに?」

「マスール君の強みって何だと思う?」

 

 部屋に入るやいなや部屋の片付けを始めた彼女を眺めながらシドがそう尋ねた。そしてその質問に、忙しなく動いていたアルファの動きが急に止まる。急に止まったせいで、滑らかな金髪がふわりと揺れた。

 

(急になにかしら…。そもそも彼の強みだなんて、シャドウがわからないわけない…。なら、それを急に聞いてきた意図は…?)

「分からなかったら別にいいんだけど。」

「…類稀な身体能力。その一点に尽きるんじゃないかしら。」

 

 シドの質問の意図がわからないまま、思い浮かんだことをそのまま答える。事実、シャドウガーデン屈指の実力者であるアルファの目から見てもマスールの強さは驚異的であった。それこそ、肉弾戦に限ってならデルタでも敗北しかねないと思う程に。

 

「だよね。なら弱点は?」

「…魔力が無いこと?」

「それ以外で。」

 

 促されて、アルファは考え込んだ。シャドウのなすことに無駄なことはない。ならば、この問いにも必ず意味がある。そう考えて、アルファは数秒の沈黙の後に口を開いた。

 

「…弱点、と呼べるかはわからないのだけれど。」

「なに?」

「『殺せない』こと。『殺さない』のではなくて、彼は『殺せない』。」

 

 思い返せば、彼は必ず生かしたまま捕えることに全力を尽くしていた。それも少し不自然なほどに。

 そしてアルファがそう答えると、シドは薄い笑みを浮かべていた。それを正解の証だと捉えて、さらに続ける。

 

「昔のベータがそうだったけれど、敵を殺すことに精神的な苦痛を持つ人はいるわ。だけど、彼はそれ以上。」

 

 いつか聞いた話ではあるが。本当に人を殺さない人というのは、自分が殺されようとも殺せないらしい。

 

「…彼は優しく、そして甘い。その甘さが、いつか彼を殺すわ。」

「………。」

 

 そう言ったアルファに何も返さず、シドは大の字でベットに身を投げ出した。

 

「…ねえ、シャドウ。」

「なに?」

「あなたは、彼をどうしたいの?」

「……そうだねえ。」

 

 天井をぼんやりと眺めたままシドは言った。

 

「彼はね。」

「ええ。」

「これから先で絶対に必要になる人だよ。」

 

 これから先。それはつまり【シャドウガーデン】と【教団】の決戦のことだろうか。そこに必要になる、ということはマスールもまたその戦いに身を投じるということだろう。その時に、彼のその甘さは命取りになる。

 

「…なら、どうにかしないといけないわね。」

 

 マスールに甘さを捨てさせなければならない。そう分かってはいても、それでもアルファは。

 

『おーいベト助ー、元気かー?』

 

 自分に触れてくれたあの日の温もりを捨てて欲しくないと。心の底からそう思うのだ。

 

 





シャドウ
(いやー、そんな深いこと聞いてなかったんだけどな。単に僕以外からの目線が欲しかっただけで。)


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