ハッピーハロウィン
2対1と3対1。
文字にしてみれば1しか変わらないが、こと戦いとなればこの2つには大きな差が存在する。
「……っ!」
「おおっと。」
それは両手で同時にさばききれるか、ということ。3人からの攻撃は死角を突かれやすく、両手の数を超える3という数字は攻撃の枚数においても防御を抜ききれる可能性が極めて高い。
だがこれが2人になるとどうか。相手の両方を視界の両端に同時におさめつつ、両腕による反撃が可能となる。
─ただしこれは、しょせん机上の空論、である。
「…ああ、うん。」
身体の左右両側から自分を挟んで対角の軌跡を描いて迫る白刃をマスールは危なげなくいなす。時に掌で受け止め、時に裏拳で弾き、そして躱す。相当な手練れを2人相手取っているというのに、彼の表情には一切の危機感というものが感じられない。
それほどまでに隔絶した力の差が両者には存在した。それこそ机上の空論にすぎないはずの戦闘を容易く可能にするほどに。
何回目かわからない衝突の後、2人の刺客は大きく後ろへと飛びのいた。大方このままでは仕留めきれないと判断したのだろうが、まるで鏡合わせのようなその様子を見てマスールはある種の確信を得た。
「やっと分かった。お前たちの動きの違和感の正体が。」
ゴキ、と肩を鳴らしながら語り掛ける。その声は届かないと知りながら。
「思えば最初から違和感はあったが今確信した。お前ら決まった動きしかできないんだろ。」
思い返すのは幾度も受け止めた剣閃。そのいずれもが全く同じ軌跡を描いていた。それこそまるでプログラムであるかのように。
「まあ剣くらいならたまたまめちゃくちゃに似てる、で済むんだがな。今の引き際。その足の動かし方、空中での体勢の立て直し方、おまけに飛距離まで同じなんてあり得ねえ。」
当然ながら動きというものには癖が出る。大きなものでいえば利き手利き脚、小さなものでいえば剣の握り方から拍子の取り方。これが全く同じ人間というのはあり得ない。
だが、この刺客たちはそれが全く同じだった。
「どうやったのかは知らねえが、元の動きを完全に再現できるように頭ん中いじられたんだろ。んで、決められた動きの中から相手との距離と味方との連携に応じて判断し、動きを決めてるって感じか。」
狩りゲーのモンスターかっての。そう吐き捨てたマスールが目を伏せ、拳を握る。
「「我ら…」」
「…ああ、もう手の内はわかった。そろそろ…」
「「シャドウガーデン!!」」
目を伏せた。その隙を好機と捉えた刺客が弾かれたかのようにとびかかる。今回は身を屈めた片方が脚を、もう片方が首を狙っていた。そしてほんの瞬きするほどの間で両者の剣がマスールに肉薄する。
獲った、と、もし彼らが喋れたのであるならそう言っていただろう。だが、
「終わりだ。」
彼らの剣は空を切った。そしてその声がしたのは、首を狙っていたほうの刺客の後ろからだった。そして、もう片方が身を屈めていたのが仇になる。
「……───っ!?」
声にもならない悲鳴の後、屈めていたからだが「く」の字に折れ曲がる。そのまま遥か上へと飛んでいった。
「っっ!!」
口から血反吐をまき散らしながら上へと蹴り飛ばされた相方を見て、最後の刺客は慌てて振り向いた。標的の赤髪はそこにいる。
その脳内ではエラーが生み出されている。
何故外れた、何故もう一人は反撃されている、何故─
そのエラーは途中で途切れた。
外れた顎をぷらぷらさせながら崩れ落ちる刺客の前で、マスールはゆっくりと拳を開いた。振り向きに合わせて視認不可の速度でのジャブを顎に叩き込んだ結果、ただの一発で顎を砕き、外し、脳を揺らすことに成功していた。
相手がどう動くかによって最適な反撃を行う戦闘兵器は、どう動いたかもわからないほどの速さの拳を受けて沈黙した。
「…ふう。」
数秒の間をおいて落ちてきた刺客が地面に叩きつけられる前に掴み取ってマスールは小さくため息をついた。思った通り、1人1人だとこいつらは大層な脅威になり得ない。
(とは言え一般の衛兵で勝てるかっていうと怪しいか…)
少なくともカゲノー家領の衛兵団だと勝てる奴など相当限られるだろう。数の利があればなんとか、といったレベルか。それほどの戦力を使い捨てにできるあたり、【教団】はかなり戦力の層が厚いと見える。
(にしてもこの洗脳、解けたりするのか?)
もしそれが可能なら情報面でのアドバンテージはかなりのものになる。【教団】についての情報は全くない今、対応は全て後手に回らざるを得ない。それを少しでも改善できるならそうしたい。
「……ん?」
そう考えているなか、マスールは遠くから誰かがこちらを見ているに気づいた。できるだけ気取られないように顔を逸らしたままで視線だけそちらに向ける。マスールに気づかれることを知ってか知らずか、その人物は500メートルほど離れた屋根の上に立っていた。
相手は1人。黒いローブを被っているため性別、人相は不明。ただ立ち方と腰の剣からしてそれなりの強者だと判断できる。マスールを見ているのはそんな人物であった。
(正体不明の怪しい奴…確かめる価値はあるか。)
そう決めてマスールは片脚に力を込めた。その直後に、足元の石畳がバキリと音を立てて割れる。その割れたうちのそこそこな大きさの塊を手に取ると、彼は軽く左脚を上げた。
「ふっっっ!」
そして放たれる豪速球。まるで野球ボールであるかのように放たれた石塊は、周囲に突風を起こしながら正確に対象へと肉薄、着弾した。着弾した際の衝撃だろう、その周辺から幾枚もの屋根板が吹き飛んだ。
そしてマスールはその着弾を待たずして謎の人物の方へと走り出していた。先ほどの投擲は牽制。真の目的は自らが肉薄し、相手を確保することにある。
屋根を伝い、木々を飛び越えながらほんの数秒でマスールは相手の元にたどり着いた。だが、そこにはその人影はいなかった。代わりに残されていたのは屋根に残されている剣だった物の残骸と血痕のみ。
「まじか。」
マスールは驚愕した。今の投擲は所詮牽制に過ぎないとは言え、それなりの─それこそ先ほどの刺客程度なら一撃で戦闘不能にできる程度の威力はある。それをこの相手は手傷を負ったとはいえ真正面から受け止めたというのだ。
「まあいい、血痕は…」
相手の実力に驚きながらもそれでも血は出させた。なら追跡は容易だと、そう思った彼は直後に舌打ちした。確かに地面に血痕がポツポツと続いてはいるが、それはすぐ先の下水へと繋がっている。こんな濁った水の中に入れば血なんてすぐにかき消されてしまうだろう。おまけにそれはマスールの嗅覚でもこの先は追えないことを意味していた。
「完全にしてやられた…。」
マスールは暫く忌々しげに下水を見ていたが、くるりと踵を返して刺客と戦った場所へと戻って行った。得られなかった情報を悔やむよりも倒した刺客の確保とその情報の共有をするために。
「…………。」
そんな彼をドロドロとした下水の中から見つめる姿があったことには、マスールはついぞ気づくことはなかった。
「戻りました。」
【シャドウガーデン】の隠れ家の一つの中で、ダークブラウンの髪をした女性が金髪のエルフ─アルファの前で跪いていた。彼女の両手には包帯が巻かれており、随分と派手な傷を負ったようにみえる。
「お帰りなさい、ニュー。どうだった?」
「【教団】の刺客は想定通り
「そう。戦いにもならなかったでしょうに。」
「はい。相手は3人いましたが、そのうちの1人を速攻で仕留めた後彼は何かを確かめるような動きをしていました。洗脳にも気が付いたかと思います。」
「でしょうね。」
そう言ってアルファは頷いたあと、ニューの両手に巻かれた包帯に目をやった。
「それで、その傷はどうしたの?」
「…最後に監視しているのを見つかった際に受けた傷です。まさかあの距離を投擲してくるとは思わず…。」
苦々しげに語るニューの脳裏に、あの時の瞬間が蘇る。奴は突然足元の石畳を砕いたかと思うと、振りかぶってこちらに投げてきたのである。予想外のことすぎて一瞬身をすくませた時にはもうすでに石はすぐ目の前に。回避することはできないと悟ったニューは迎撃を選択し、剣を失い、手に傷を負うことと引き換えに逃げ出せたというわけである。
「…そう。それだけ距離を開けていて気付かれたということね。」
「力及ばず、申し訳ありません。」
「いいえ。これはあなたの責任じゃないわ。彼を監視するよう指示した私の責任よ。」
そう言ってアルファは小さくため息をついた。自分の見通しが甘かったと、シャドウが目をかけるほどの人物の実力を見誤っていたとそう内心で自省する。
「ニュー。あなたは傷を治すことに集中して頂戴。」
「はい。ですが、それでは彼の監視は…?」
「そうね。私か、七陰の誰かでやろうと思うわ。」
マスール's 投擲
ただその辺の石を投げるだけ、のはずなのだがもはや大砲のごとき威力と速度を誇り、かつ残弾はその辺に石ころがある限り無限というクソ技。
連射はできず構え直すのに多少の時間が必要になるのが救いか。
マスールの持つ技の中では唯一の遠距離技である。