転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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春の日

 

 あれから大体3年が過ぎた。今では俺も13歳、まだまだ背丈は小さくとも既に立派な村の労働力である。え、働くの早くないかって?舐めるな。田舎の貧乏孤児にそんな甘えは許されないぞ。18から働き始めるようなそんな優しい世界なのは貴族連中でもごく一部だけだ。

 

「よおマスール!相変わらずチビのくせに力持ちだな!」

「うるせえ!俺の成長期はこれからだわ!」

「あらマスールおはよう。今日もがんばるねえ。市場に着いたらこれをお食べ。」

「おばちゃんありがとう!おばちゃんのパン美味しいから超嬉しい!」

 

 村で採れた野菜や保存食なんかを市場で売るために大量に担いでいると、あちこちから声がかかる。まあ確かに目立つよな、俺。髪も目も真っ赤だし、背負ってる荷物は100キロ超えてるし。荷物が山盛りすぎて俺が見えないって言われるもん。

 

「おはようマスール、今から市場か。てことは…今日は帰りに衛兵詰所(ウチ)寄ってくのか?」

「おはようございます!今日も詰所行きます!」

「はは、そうかそうか。お前は俺らの期待の星だからな。頑張ってくれよ。」

「はい!」

 

 村の出入り口にいる衛兵のおっさんに挨拶をして、俺は村を後にする。今まで剣を教えてもらってきたおっさんの口利きもあって、俺は割と衛兵たちに顔が知られている。ついでに俺が衛兵志望であることも知られているらしいが、意外とみんな応援してくれている。俺は余所者なのに本当に有難いことだ。

 

「市場まで急がないと…。」

 

 挨拶を済ませた俺は1人荷物を背負って駆け出した。目指す市場はこの辺りの村からほど近い、領主の屋敷のある街だ。ほど近い、って言っても歩いたら荷物を背負ってなくても2時間とかかかる。だけど魔力で身体強化した奴や俺みたいなイレギュラーならほんの15分程で駆け抜けられるから、俺が市場での売り手に選ばれているのだ。

 

「早く行かないと、いい場所が取られちまう…!」

 

 市場へと近づくにつれて荷馬車や人足たちが増える中、その隙間を縫うようにして俺は駆け抜ける。右へ左へ、本当に躱せない人混みはその上を飛び越えて走っていく。

 

「お、あいつやっぱ今日も来たな。」

「いつ見てもとんでもねえ走り方だよなあ。」

「ケッ、くだらねえ。ちょっと魔力が使えるからっていい気になりやがって。」

 

 後ろから聞こえる声は全無視。それに付き合って時間を無駄にするのが馬鹿らしい。あと俺は魔力は使えないぞ。

 

「みっなさーんおはよーございまーす!今朝取れた野菜を持ってきましたよー!」

 

 幸いにして目立つ容姿とこの大量の荷物のおかげで俺は割と認知されている。それも武器にして俺は市場での地位をどうにか確立することに成功していた。

 来たか来たかとわらわら集まってきた人も、そうでない人も。とにかく背中の商品を売り捌くために俺は声を張り上げた。

 

「明日はご領主様の娘様、クレア様が王都へご出立されるめでたい日!そいつをうちの酒と食べ物で祝いませんかー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎまで市場で野菜とかを売り捌いて、帰りに衛兵たちのところに顔を出す。そこで勉強と剣術とかを教えてもらうのが今の俺の1日だ。特に衛兵のみんなに至っては完全な厚意でやってくれているので、本当に頭が上がらない。

 

「お、いい月。」

 

 衛兵のところから帰っても俺はやることが多い。俺はまだ寝食は孤児院でしているのだが、そこだと子供たちが寝るまではずっと世話をし続けなければならないし、彼らが寝てしまえば灯りはつけられない。そうなると最も便利な光源は月明かりになるのだ。

 俺は煙突のところまでひとっ飛びに跳び上がって、衛兵たちから借りた教科書のページを開いた。そのまましばらく黙々と読み進めていき、相当な時間が経った頃だ。

 

「……?」

 

 妙な違和感を覚えて本を読んでいた顔を上げた。

 

「なんだ…?」

 

 座っていた煙突から腰を上げ、違和感の方へと目を凝らす。幸いにして今日は月夜。そしてわずかな光さえあれば俺は昼と大差ない視界を確保できる。

 

「……。」

 

 じっと目を凝らすが、特に目立った何かは見当たらない。耳を澄ませても、何も聞こえない。ただ遠くで何かが動いている気配を感じるのみ。方角として市場のある街の方から。そして付け加えるとこの速さが出せるのは馬か、あるいは魔剣士しかいない。だが存在には気づけても視界には映らない。

 つまり、それが意味することとは。

 

「魔力による隠密か…!」

 

 それに気がついた俺は舌打ちをすると、本を勢いよく閉じて立ち上がった。悲しいことにこの村は小さく、衛兵も少ししかいない。俺は魔力操作には全く詳しくないが、あそこまでの芸当ができるのならば相当な手練れと見ていいだろう。それならこの街の衛兵では対処ができるはずがない。

 

「狙いはなんだ…?この村か?」

 

 最悪俺が戦うしかない。そう思っていつでも動けるように靴を脱ぎ捨ててじっと動きを探るが、その気配は一向にこちらへ向かってくる様子がない。それどころからこの村から離れていく始末だ。

 

「離れて行った…ってことは狙いはこの村じゃない。盗賊かなんかの類か?だとしたらこの村をスルーするのは不自然な気はするけど…。いや、もしかしたら領主様の懐刀みたいな騎士だったのかも。」

 

 もしそれならば、『使命を果たすために姿を隠し、この村に興味を示さない』ことに対して一応の納得はいく。あまりにも不自然と言えばそれまでだが。

 

 村の他の方向を見回しても特に異変は見当たらない。星月夜の中で草木の擦れる音が聞こえてくるだけである。

 

「異変、なしか。ただまあ…。」

 

 念には念を入れるとしようか。そう決めて俺は煙突に腰掛けるとそのまま足を組んだ。本来ならこの後すぐにでも眠ろうと思っていたのだが、この状況ではそんなことはできない。万一奴らの気が変わって今のこの村に襲いかかってくれば、戦えるのは俺だけなのだから。

 

 その体勢のまま、俺はその夜を寝ずの番に費やした。

 …結果としてはただ目の下に隈ができただけということを報告しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その朝、俺が眠い目を擦って市場へ辿り着くと、そこは普段とは違う妙な騒めきに満ちていた。

 

「…何かあったのか?」

 

 騒めきから感じ取れるのは恐怖と不安。昨日まではなかったその雰囲気に思わず眉根を顰めてしまう。そして嫌なことに、その雰囲気は市場が動き出してからもよくなるどころか、悪くなる一方だった。

 

「知らないのですか?」

 

 そんな俺に話しかけてきたのは何度か話したことのある金髪の少女だった。おそらく同年代であろう彼女はいつも上着のフードを被っていてあまり素顔を見せることがないが、訳アリなのだろう。多分エルフだし、この子。体臭薄いし。

 

「ええ、まあ。盗賊でも出たので?」

「それだったらまだマシでしょうね。……ここだけの話、」

 

 そう言って彼女はちょい、と俺の服を引っ張った。そして俺の耳に口を寄せ、小さく言葉を紡ぐ。耳に息がかかってくすぐったいのは内緒だ。この世に生まれ変わって13年、初めての感覚に若干心臓が高鳴る中、

 

(クレア様が攫われたらしいです。)

「っっは…!?」

 

 全部吹っ飛んだ。驚きすぎて大声が出そうになったのをなんとか堪えたのを褒めてほしい。それほどに彼女の発言は衝撃的だった。ただ、それなら市場のこの空気にも納得できる。

 

「えっ、えっ、マジで?」

「あくまで噂、ですが…昨日の夜中のことらしいですね。」

「昨日の、夜中…。」

 

 そう言われると思い当たる節がある。昨日の謎の魔力。あれは確か領主の屋敷がある方角から来たはずだ。もしそれがクレア様を攫った奴のものだとすれば、いきなり全てに辻褄が合う。夜中にあの速度で動いていた理由も、わざわざ夜中に隠密していた理由も、だ。

 

「…なにかあったのですか?」

「…いや。何も。」

「そうですか。ただ、クレア様を攫った連中の理由はなんなのでしょうね?」

「…身代金とかでは無いのですか?」

「でしたらもっと話は単純だったでしょうね。」

 

 色々と含みを持たせたその言い方に、嫌な方向へと思考が向かっていく。

 当然ながら、俺は領主の娘であるクレア様と面識はない。街の収穫祭のパレードで遠巻きに見たことがある、程度だ。そんなチラ見程度でも分かったことは、彼女が随分と美少女であるということである。

 

 と、なれば。

 

「………。」

 

 領主の娘を誘拐しておいて身代金を要求しないのも、おそらく、目的は()()()()()()だからだ。

 …俺は元奴隷として、そういう場面は何回も見てきた。まだ若い少女が、下衆な要望のもとに売られ、壊され、朽ちていくのはこの世界では割とよくある話なのだ。

 

 だからこそ、見過ごせない。

 

 かつて人でない人(奴隷)だった者として。何より1人の人間として。俺はそれを知らないふりはできない。

 

「そう、なんですね。」

「ええ、そうらしいです。…あくまで噂、ですよ?衛兵にも言っちゃダメです。」

「なんで、また?」

「衛兵ですらまだ動いてませんから。多分、男爵様にも色々な考えがあるのでしょう。」

「…そうですか。」

 

 少女の発言にため息を一つつくと、俺は天を仰いだ。多分、この街で唯一俺だけがあの情報を知っている。ただ、領主の意向のせいで衛兵が動けないとなると、それを伝えてどうするのかという話になる。

 

 その上で、この状況の中で俺にできることは何か。

 

 するなら、夜だ。1人決意すると、俺は少女に向き直った。俺の雰囲気が変わったのを察したのか、少女がこちらを見る目も変わった気がする。

 

「…それでは、私はこれで。」

「ええ、またお会いしましょう。」

 

 少し頭を下げて去って行った少女を見送って、俺は両頬を勢いよく叩いた。今はとにかく気合いを入れなければ。気合い入れて売って、一分でも早く帰らなければ。

 

「…はい、いらっしゃーい!新鮮な野菜も牛乳も揃ってるよー!」

 

 こわばる表情を無理に営業スマイルに作り替えて、俺は声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これで、いいのよね。」

 

 マスールから離れ、裏路地に入った少女─アルファは静かに呟いた。

 

『うん、そうだね。今回は巻き込もうか、マスール()。』

 

 【教団】によるクレアの誘拐を伝えたシャドウ─シドは、なんでもないことであるかのように彼女にそう言った。

 

『マスール…私があなたに治される前に共にいた人よね?』

『そうだね。うん、今回は彼にも動いてもらうことにしよう。』

 

 理解ができなかった。何せアルファの知る限りマスールは極めて身体能力の高いだけの一般人。衛兵たちから剣を習ってはいるみたいだが、その技術もナンバーズには遠く及ばないだろう。

 なのに、何故彼を巻き込もうとするのか。というか、彼が面識もないクレアをわざわざ探しにいくわけがない。

 

『行くよ。彼は間違いなく行く。』

 

 彼女の反論に、シドは断言した。絶対に行くと、そう確信している様子だった。

 

『彼は“主人公”だからね。』

 

 シドの言っていることがよくわからなかった。ただ、彼の持つ叡智に自分たちには遠く理解が及ばないのは常であるので、ここでアルファは思考を止めた。

 

「…別にあなた(マスール)に情はないけど。」

 

 遠くの人垣の中、猛烈な勢いで商品を売り捌く彼に目をやってアルファは1人ごちた。

 

「無事でいてちょうだいね。」

 

 その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

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