転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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男爵令嬢救出作戦〈上〉

 

 【教団】の隠しアジト付近。夜の帳が下りたその場所に、黒いボディスーツを着た7人の少女達が潜んでいた。いずれの少女も見失ってしまいそうなほどに気配が薄く、相当な手練れであることが窺える。

 

「アルファ様。」

「なに、ベータ?」

 

 魔力を操作し、周囲に溶け込んだままで2人のエルフが会話する。

 

「シャドウ様を疑う訳では無いんですけど、マスールって人は来るんでしょうか?」

「来るわ。」

 

 ベータ、と呼ばれた銀髪のエルフにアルファが即答する。確信している、ともとれるそれは己の主たるシャドウの発言を信じているからだけではなかった。

 

「来るわよ、彼は。」

 

 それはもはや朧げになった記憶。自分の肉体が腐り落ち、醜い肉片となって異臭を放ってなお、己のそばにいてくれた人がいたという事実。檻越しにではなく、その隙間から直接己に触れてくれた世界にただ1人の少年。あの苦痛の日々にあって、己に温もりを与えてくれた人。

 

 そんな彼が今朝見せたあの目は、何かを覚悟した男の目だった。

 

「アルファ様…。」

「それに、見なさい。」

 

 アルファを見つめるベータではなく、ある方向を見つめて彼女は薄く笑った。その方向から、何かが猛烈なスピードで走ってくる。下手すれば─いや、確実にここにいる誰よりも速い。それも、()()()()()()()()()()()()()だ!

 

「魔力が、感じられない…!」

 

 これこそ世界の失敗作(バグ)。生まれついての劣等品。誰もがほんの欠片でも持っているはずの魔力を一切持たない、生粋の異常者(イレギュラー)。本来存在そのものがあり得ない生命。

 

「ほら、来たわ。」

 

 闇夜を切り裂き、大地を弾ませるあまりにも鮮やかな【赤】がシャドウ・ガーデンの前へと姿を現した。

 

「─それじゃ全員、手筈通りに。」

 

 

 

 

 

 

 

 マスールは月明かりの下で1人、全力で走っていた。昨日の時点で下手人の行った方向はわかっている。ただ問題は、奴らがどこへ逃げたのかという話であって。

 

(俺が下手人ならどうするかを考えろ。)

 

 一つは逃げる。できるだけ速く、そして遠くまでだ。ただ、これは山と森ばかりのこの辺りの地形と、昨日向かっていた方向を考えると考えにくい。

 

 そしてもう一つは‘隠れる’。森の中にアジトを作り、そこに拉致したクレア様を監禁。ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって移送、と言ったところか。個人的にはこっちの方があり得ると思っている。

 

 その考えに至ったマスールが遮二無二構わず走っていた時だった。彼がギリギリ感じられるかどうか、といったところで誰かが動いているのを彼の超人じみた感覚器官は察知した。

 

(例の犯人か!?)

 

 それを察知した瞬間、マスールは走るのをやめて全力で()()()。元々走っていた際にも出来るだけ足音を消していたが、今のそれは先程までのとは比にならない。出来るだけ動きを緩慢に、だが相手を見失わない程度には素早く。そして呼吸も抑え、衣擦れを出さないように。

 

 相手が動くのに合わせて決して離されないよう、そして距離を詰めすぎないように追い続ける。そのままどれくらいの時間が経っただろうか。森を抜け、幾つもの崖を下り、薮を潜り抜けた後のこと。

 

 追っていた相手が突然に消えた。臭いのかけらも残さずに、だ。

 

(はっ……?)

 

 これはまずい、と脳内に警鐘が鳴り響く。さっきのは俺を誘い出すための罠か。奴さん俺のことに気がついた上で、俺をここまで誘き寄せたのか?

 

 ダラリと冷や汗が流れる中、耳をすませば少し離れた場所から声が聞こえてきた。突然のことで驚いたが、どうにか慌てながらも急いで身を隠してそちらの方へと近づいていく。

 

「なあ、今回のターゲットってお嬢様なんだろ?」

「ああ。ガキだし気は強そうだったがとんでもなく上玉だったぜ。」

「見たのかよ、お前。」

「まあな。」

 

 相手まで10メートル、といったところで一度歩みを止めると男たちの下衆な会話が聞こえてきた。どうにも不愉快だが、下手人の本拠地が分かっただけ良いとしよう。

 様子を窺うと、2人の男は武器を持ち、何かの入り口の前に立っている。要は見張り役のようだ。そこで俺は見張りなのだろう連中に気づかれないようにジワリ、ジワリと距離を詰める。あと5メートル。

 

「へえ、なら上玉ってのも間違いねえみたいだな。それなら…」

 

 連中は完全に気を抜いている。なら、動くのは

 

「ちょっとは美味しい目をさせてもらいた─」

 

 今。

 

「─い!?」

 

 2人の門番のすぐそばの暗闇に響く轟音。それはマスールが大地を信じられないほどの膂力を持って蹴飛ばした音。彼を神速の砲弾へと変える号砲。

 そして2人がその異常に気がついた時にはもう遅かった。音がした方向に顔を向けた時には、()()はもう眼前に迫っている。

 

「なんだぁがぁ!?」

 

 まず1人。マスールはその勢いのまま、寸分違わず片方の男の顎を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされ、脳を揺らされた男の視界が一瞬にして黒に染まり、気を失ってその場に倒れ込んだ。

 

「ちょ、おまっ……」

 

 2人目。こっちにはとにかく騒がれたく無い。男を一瞬で気絶させたマスールはそのまま流れるような速度でもう片方の男に襲いかかると、組み伏せてすぐに背後をとった。不意をつかれ、地面に叩きつけられて慌てる男の首に、マスールの剛腕が迫る。

 

「……っ!……っっっ!!」

 

 そこからは早かった。ほんの10秒足らず、マスールの腕が男の頸動脈を締め上げるだけで泡をふいて男の意識は闇に落ちた。最後まで自分を締め上げる腕に対抗した腕がダランと垂れ下がったのを確認して、マスールも拘束を解いた。

 

「さて、と。」

 

 マスールは無事に気絶させた2人を手持ちの荒縄で縛り上げて、自分の周囲と、それから門の様子を窺った。先程まで自分が追っていた相手の気配は一切感じ取れない。もはや諦めるしかなさそうだ。今度は門に近寄って色々と確認してみると、そこには鍵穴があり、当然のように門には鍵がかかっていた。

 それを確認したマスールは躊躇いなく門番の荷物を漁った。門番ならここの鍵を持っているだろうと判断したためである。

 

「…あれ?おかしいな…。」

 

 が、鍵がない。よっぽど連中は警戒心が強いのだろうか。もしくはこの2人が信用されていないのだろうか。彼ら2人は門を開けるための鍵を所持していなかった。

 

「マジか…あれは絶対やばい音するからしたくないんだけどなぁ…。」

 

 諦めきれずにしばらく荷物を漁っていたマスールだったが、ようやく諦めて立ち上がった。速くしないと他の連中がここに来ないとは限らない。それに気がついたマスールは門に近寄ると、門に手をかけた。そのまま一度深呼吸をして…

 

「…どっこいしょぉぉ!」

 

 全力を込めて後ろに引っ張った。どれほどの力を込めているのか、彼の腕には幾つもの血管が浮かび、プルプルと震えている。それでも彼は力をこめるのをやめなかった。

 そうしてすぐ、門から金属にヒビが入るかのような嫌な音が断続的に聞こえてきた。その音はだんだん大きくなっていき、次第に門がガタガタと揺れ始める。そしてそれからは早かった。

 

 バギィ!と金属が砕ける音と共に、門が根本から後方へと引きちぎられた。

 

「ぐぇっ!」

 

 それはあまりにも突然だったので、その勢いに耐えられずマスールは後ろに尻餅をついてしまった。だが幸いというべきか、そのおかげで金属製の門が地面にぶつかる音だけは最小限に抑えられている。

 

「あたた…よし、開いたな。」

 

 これを開いたとは言わない。壊したと言うのだ。

 

「…急ごう。」

 

 その手に持っていた門だったものをその場に置くと、マスールはアジトの中へと走り出した。あっという間に外からは彼の姿が見えなくなる。

 

「…あり得ないんだけど。」

 

 彼がいなくなって数秒後、闇から溶け落ちるかのように1人の少女が現れた。どうやら一部始終を見ていたようで、黒いボディスーツに身を包んだ彼女は呆れたように口を開く。

 

「鍵がないから壊して進む、は脳筋すぎない?」

 

 そう言いながら彼女は門番たちの方へと歩いていき、鞘から鈍い光を放つ剣を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男は地下施設内の薄暗い廊下を歩いていた。歩くたびに、彼の足音が地下に響く。その重厚な足音からは、彼が鍛え上げられた見事なる体躯を持っていることが容易に察せられた。

 

「カゲノー男爵家の娘はここか。」

「この中です、オルバ様。」

 

 その廊下の突き当たりで彼は一度立ち止まると、そこにいた兵士に鍵を開けさせた。軋んだ音と元に扉が開き、中の様子が窺えるようになる。中は石造りの地下牢になっていて、そこに固定された鎖に1人の美しい少女が繋がれていた。

 

「クレア・カゲノーだな。」

 

 オルバの呼びかけに、クレアと呼ばれた少女は気の強そうな目で睨みつけることで答えた。寝込みを連れ去られたからかネグリジェしか纏っていないその姿とあいまり、その態度には随分とそそるものがある。

 

「あなた、確か…オルバ子爵だったかしら?王都で見たことあるわ。」

「ほう、王都ということは近衛でか?」

「いいえ、ブシン祭よ。無様に斬られていたわね。」

 

 そう言って嘲笑うクレアを、オルバは睨みつけた。

 

「あれは“試合”だ。実戦なら負けるつもりはない。」

「実戦でも同じよ。ねえ、決勝1回戦負けのオルバ子爵?」

「ほざけ、決勝の舞台の価値すらわからん小娘が。いや…わかるはずもないか。お前はあの舞台に立つことはできんのだからな。」

「私ならあと1年で立てる。」

「無理だな。お前にはあと1年はない。」

 

 オルバが吐き捨てるのと同時に、彼の首元でクレアの歯がガチン、と噛み合わされた。もしもオルバがそれを察して首を傾けていなければ、彼の首からは今頃血が噴き出していただろう。

 

「随分元気なことだ。まあいい、無駄話はここまでにしよう。」

 

 少し鼻を鳴らした彼はそう言ってクレアを正面から見据えた。

 

「クレア・カゲノー。最近身体の不調はないか?魔力が扱いづらい、制御がしにくい、魔力を扱う際の痛み、身体の黒ずみ。そう言った症状はないか?」

「なに?わざわざ私を連れ去ってまですることは医者の真似事?随分と暇なのね。」

 

 小馬鹿にしたように笑うクレアに対して、オルバは淡々と返した。

 

「…これでもかつては娘がいた身だ。できるだけお前に手荒な真似はしたくない。わかるか?」

「なに、脅し?生憎私は脅されれば脅されるほど反抗したくなるわよ?」

「素直に答えろ。なにが最善かはわかるだろう?」

 

 2人の間に静寂が流れた。

 

「…いいわ。答えましょう。」

 

 その静寂を破ったのはクレアだった。彼女は大仰にため息を一つつくと、静かに語り始める。

 

「身体と魔力の不調、だったかしら?今はこの鎖以外になにもないわね。」

「…今は?」

 

 その言葉に引っかかるものがあったオルバの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「ええ、今は。1年くらい前にはあなたがさっき言っていた症状は出ていたわ。」

「…治ったというのか!?あれが!?」

「そうね、ああ、そうそう。治る前に弟に確か‥すとれっち?の練習をさせてくれとか言われて…それから調子がいいわね。」

「すとれ…?なんだそれは。まあいい、お前は【適合者】で確定だな。それから、お前の弟も調査しなければ…」

 

 オルバがそう言った途端、彼の鼻に熱が走った。軟骨が折れる音が頭蓋に響き、熱い液体が流れ落ちてくる。

 

「ぐっ…貴様、なにを…?」

 

 あまりにも予想外だったからか彼はヨロヨロと扉まで後退し、クレアを睨みつけた。そして彼の目に映ったのは、拘束されていたはずの右手が自由になって、さらにそこから血を流しこちらを睨みつけるクレアの姿だった。

 

「あの子に。」

 

 魔力を封じる鎖から逃れるために筋力だけで肉を削ぎ落とし、骨を砕き、自分を殴り飛ばした。その事実にオルバが驚く中、憤怒に満ちた彼女の声が響く。

 

「あの子に何かあったら絶対に許さない!お前も、お前の愛する人も、家族も、友人も、全員殺してやる!」

 

 その鬼気迫る声に、オルバは自分の何かが切れるのを感じた。一瞬にして魔力で自分を強化し、拳を振り上げる。

 

「小娘が…!」

 

 そして彼が今まさにクレアを殴り飛ばそうとした時だった。

 

 彼の背後からバキリ、と何かが砕ける音がした。

 

「‥なに?」

 

 そしてそれと同時に誰かの手に握られた自分の拳。その手の出所は─今音がしたばかりのオルバの背後。つまりは扉を突き破ってだった。

 

「…え?」

 

 先程まで憤怒に満ちていたクレアの目が今度は驚愕に満ちる中、オルバは自分を掴む手に必死で抵抗した。彼は間違いなく相当な実力者。その彼が全力を出しても、彼を掴む手は一切緩む気配がない。いや、それどころかオルバの身体が後ろへと引っ張られていき─

 

「ぐあああ!?」

 

 バゴン、と扉を吹き飛ばしながら背後へと引き摺り飛ばされた。そのせいで暗闇だった地下牢に廊下の光が差し込んでくる。

 

「お前がクレア・カゲノー男爵令嬢誘拐の下手人だな?」

 

 あまりにも理解できない状況にオルバが混乱する中、彼の前に人影が差した。彼よりもはるかに小さい、声からしても子供といっても差し支えない大きさの影だった。

 

「…だったらどうする?」

 

 動揺を悟らせないようにできるだけ冷静に。そう意識して放った問いかけの答えはたった一つの拳だった。歴戦の魔剣士である彼の目にも止まらない速さで放たれたそれがオルバの腹に突き刺さり、胃液と苦悶の声が漏れ出る。

 

「…そうだな。」

 

 苦痛に呻くオルバの前に立っているのは、1人の少年だった。

 赤い髪に赤い目。持っているのは粗末な短刀(ナイフ)。服装だってつぎはぎのある、着古されたもの。そして少年からは魔力は欠片も感じられない。

 

 唐突に2人の前に現れた少年(マスール)はオルバとクレアの間、彼女を守るかのように立ち塞がった。

 

「飯食わせてやるよ。豚箱の、だけどな。」

「…面白い!」

 

 クレアの前で短刀を構えるマスールに、オルバもまた剣を抜いた。そのまま数秒睨み合った後。

 

 狭い地下施設に金属音が響き渡った。

 

 

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