転生した。落ちこぼれになった。   作:チキンうまうま

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陰に潜むもの

 

「ぐ、…ここ、は?」

「げ、起きた。」

「思ったより早かったわね。」

 

 顔面に走る鈍痛と、全身に鎖が巻きつけられた感覚。それに苛まれながらオルバはゆっくりと目を開けた。

 いったいどれほど気絶していたのだろうかは分からないが、相当な時間をかけたのだろう。拘束されていたはずのクレアは既に解放され、マスールもまた止血がなされている。

 

「…まだ帰っていなかったのか?」

「その準備中よ。私の拘束具壊すのと彼の止血。それからあなたの拘束にどれだけ時間がかかったと思ってるの?」

「ま、全部終わったから帰るんだけどな。」

 

 そう言われてオルバが自分を縛る鎖を見ると、それには見覚えがある。これは先程までクレアを拘束していた鎖。つまり、魔力そのものを封じる効果がある代物だ。そうなると、今のオルバにこの拘束から逃れる術はない。

 

「ほんじゃ、このおっさんは俺が担ぐとしまして…クレア様歩けます?」

「ええ、その程度なら問題ないわ。マスール、あなたこそ怪我は大丈夫なの?」

「問題ありませんよ。切ったのがここなので血は派手に出ましたが…。」

 

 マスールはトントンと額を叩いた。そこにはオルバの剣を受け止めた際についたのだろう傷跡が残っている。

 

「傷自体は大したことありませんから。わざと(ここ)で受け止めた甲斐がありましたよ。」

「そう。ならいきましょうか。」

「わかりました。」

 

 そう言ってよっこらせ、とマスールはぐるぐる巻きにされたオルバをひょいと担ぎ、歩き出した。割と雑に持たれているせいで定期的に来る振動がオルバの傷に響くが、そんなことよりも聞かなければならないことがあった。

 

「…待て。俺もか?」

「当たり前でしょう?あなたには聞かなければならないことが山ほどあるもの。」

「ついでに言えば罪人を裁くのは法。んでそのためにはここじゃダメだろ。」

「法、か。」

「たりまえだろ。罪刑法定主義はこの国の刑法の基本だぜ?」

「お前は随分難しい言葉を使うな。」

 

 誘拐した側とされた側。そしてそこに乱入した側。三者三様の立場を持ちながらも、ひとまずは全員がカゲノー領へと戻ろうとした時だった。

 

「─少し待ってもらおうか。」

 

 ゾクリ、と全員に悪寒が走った。

 

「なっ…!?」

 

 真っ先に動いたのはマスールだった。彼はオルバを担いだまま、更にはクレアをも抱き寄せると全力でその場から飛び離れ、()()()()()()()()()()()()に相対する。そこで2人を地面に落ろすと、震える手を必死に抑えながら拳を握った。

 

「お前は…シャドウ!?」

「ほう…我を覚えているか。」

 

 そこにいたのは3年前、意味深な言動と共にマスールを奴隷から解放した謎の少年、シャドウだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスールは随分と悪い顔色で、2人を庇ったまま必死に震えを押し殺す。それほどまでにシャドウの放つ威圧感は絶対的なものであった。

 

 震えながらも武器を持たないマスールはどうにか構えをとった。ボクシングに近いマスールのその構えはシャドウにとっては稚拙極まりないもの。この世界の他の格闘家たちに比べたら随分合理的ではあるものの、シャドウを相手取るには純粋に研鑽が足りていない。

 

 そんな彼を、シャドウは品定めするかのように眺めていた。心なしか、その雰囲気には歓喜が隠れているようにも思える。

 

「…なんだ、来ねえのか?」

「それがお前の望みか?お望みならそうしてやろう。」

「…まさか。」

 

 できんのなら絶対戦いたくねえよ。

 苦々しくそう言いながらもマスールはシドから目を離さない。3年前の件を鑑みるにシャドウが敵か味方か判別できていない、と言ったところだろうか。

 

「お前の目的はなんだ?このおっさんか?」

「まあそうだな。その男に用がある。」

 

 シャドウがそう言ってオルバを指差した。突然に指名されたオルバの眉間に皺が寄る。

 

「…なんだ?失敗した俺を殺すために教団が送り込んだ手先か?」

「そんなわけがないだろう。」

 

 シャドウが余裕の冷笑を浮かべ、濃密な魔力を放つ。その魔力の強さは、一昼夜にわたる監禁で衰弱していたクレアが気を失うほど。

 

「っっ……クレア様!?」

 

 そしてそれと同時に彼の背後に影が現れた。その数総勢7つ、いずれもが黒いボディスーツに身を包んだ少女たちであった。随分と華やかな彼女らは傷一つない肌に返り血を浴びている。

 

 

「我らはシャドウガーデン。陰に潜み、陰を狩る者。」

 

 

「シャドウ、ガーデン…?」

「…なるほど。お前たちがそうか…。」

「知ってるなら話は早いわね。」

 

 コツリ、と少女の中の1人、金髪の少女が一歩前へ出た。マスクに隠されたその目は、マスールの方を向いている。

 

「私たちは【シャドウガーデン】。私たちは【教団】の全てを知る者。」

「そういうことだ。さて…マスールよどうする?今ならお前とそこの娘の命は助けてやろう。」

「………っ!」

 

 絶対強者から突然に選択を迫られてマスールの顔が歪んだ。

 

「…シャドウ。あんたは…こいつを殺す気か?」

「その男次第だ。さて、どうする?」

 

 クレアの救出は絶対的優先事項。だが、そうするためにはマスールはオルバを見捨て、殺さなければならない。敵であったとしても、自分で選択して人の命を奪う。それは戦士としてまだ未熟な彼にとって、あまりにも重い選択であった。

 

「迷うな小僧。俺を置いていけ。」

 

 そんなマスールに、鎖で縛り付けられたまま地面に転がっていたオルバが口を開いた。全員の目線が彼に向き、マスールの目が驚愕に見開かれる。

 

「お前の目的はあの娘の救出だろう。それを見失うな。それに…遅かれ早かれしくじった俺には【教団】の刺客が来る。それが少し早まっただけの話だ。」

「…そうかよ。」

「そうだ。だから迷うな。あいつの気が変わらんうちに小娘を連れて逃げろ。」

「…わかった。」

 

 マスールは一つ頷くと、クレアを横抱きに抱き抱えた。そして全員に背を向け、その場から離れるべく足を進める。

 

「そうだ、小僧。」

 

 そんなマスールにオルバが声をかけた。その言葉を聞いてマスールの歩みが止まる。

 

「…なんだ?」

「お前の名を聞いていなかった。お前の名はなんという?」

「俺の名前?」

 

 

「俺は“マスール・ド・イナーカ”。…“イナーカ村のマスール”さ。」

 

 

「そうか。そしてマスールよ、お前の強さをこのオルバが認めよう。故に、これからはこう名乗れ。」

 

 

「“マスール・デ・カイーナ”。“強靭なるマスール”、と。」

 

 

「…殺し合った相手に名前を贈る奴がどこにいるんだよ。」

「ここにいるだろう。」

「それもそうだな。」

 

 2人はお互いに逆の方向を向いたままうっすらと笑い、そしてマスールは薄暗い地下通路を歩き始めた。しばらく彼が歩く音は通路に反響していたが、すぐに聞こえなくなる。

 

「…別れはすんだか?」

「充分だ。」

 

 もはや完全にマスールの気配が消えてからシャドウが口を開いた。それは間髪を容れずオルバが返す。

 

「もう、充分だ。」

「そうか。」

 

 どこか満足げにそう言ったオルバにシャドウは近寄りながら腰に佩いていた剣を鞘から抜き放った。少女たちが見守る中、シャドウはさらに近寄っていく。

 

 

 その夜、【教団】のアジトは完全に壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【誘拐されていたクレア・カゲノー男爵令嬢が帰還した。本来王都へ向かう日に誘拐された彼女は、2日後の日の上る前に現地に住む少年に連れられて屋敷にたどり着いたとのこと。誘拐犯からクレア男爵令嬢を取り戻した少年は─】

 

「…団長。またその記事読んでんすか?1年前のやつですよ、それ。」

 

 木と石でできた質素な建物で、マスールは目の前で古新聞を読む壮年の男性にため息混じりに声をかけた。団長、と呼ばれた男性もまた、マスールの声に応じて新聞から顔を上げる。

 

「そりゃまあ、なあ。なにせあの野良犬みてえにガリガリだったチビッコがこんな立派なことしてんだ。俺たち衛兵団の自慢だぜ、ほんと。」

「やめてください、マジで。」

 

 マスールはまた一つ大きなため息をついた。そんな彼は今、白を基調とした衛兵団の制服を着用している。あの事件から1年が経った今、彼は無事に衛兵になれたのだ。

 

 1年、そう、1年だ。その間にいろいろなことがあった。

 

 クレアの王都への進学、オルバ子爵の死亡とスキャンダル。マスールに関してはオトン・カゲノー男爵から直々に剣と勲章を下賜されたり、衛兵に採用されたりだ。ついでに住む場所も孤児院から衛兵団の寮へと変えた。

 

「なんでだ?こんなの一生自慢できるだろう。」

「…まあ、色々あるんですよ。」

 

 この事件のたびに思い出すのが、シャドウとその一味─【シャドウガーデン】、そして法のもとで裁くこともできなかったオルバのこと。確かに彼は紛れもなく悪人なのだろうが、それでも法の審判を待たずにシャドウたちにその命を奪わせてしまったのは今でも彼の心に重くのしかかっている。

 

「…そうか。まあ深くは聞かないでおくぜ。そんでだ、マスールよ。」

「はい。」

 

 マスールの態度に何かを感じ取ったのだろう、団長は古新聞を折りたたむと机の上に置き、マスールの方を向いた。

 

「今度カゲノー領(うち)で剣術大会するのは知ってるよな?」

「もちろん。衛兵団からも何人か出すんですよね?」

「そうだ。衛兵団からは俺と上層部で選んだ精鋭を出場させる。」

 

 それは今度行われる剣術大会についてであった。この世界は魔力があり、魔物もその辺を彷徨いているという環境も相まって割とこの手の大会は多い。その中でも、今度の大会はカゲノー領で行われる中では最大規模のものになる予定だった。

 

「それにだ、マスール。お前、出ろ。」

「……はい?」

「だから、出ろ。お前。その大会に。」

 

 怪訝な顔をするマスールに、団長はカ茶の入ったカップを傾けて言った。

 

「いや、出ろというなら出ますが…いいんですか?自分、まだ入団1年目の新人ですよ?」

「強い弱いに新人もベテランもあるか。さっき言っただろ?精鋭を出場させるって。なら今の衛兵団(俺たち)で1番強いお前を出さねえ理由はねえだろ。」

 

 いちばんつよい。マスールは口の中でそのフレーズを転がして首を傾げた。

 

「…これもしかして褒められてます?」

「もしかしなくても褒めてんだよ。そんで?出場するんでいいんだよな?」

「あ、はい。出ます。」

「よっしゃ。ならいい。ただ、出るなら絶対に優勝しろよ?いいな?男爵家の息子(ボン)もでるらしいが、気にしなくていいからな。」

「流石にそれは気にしなければならないやつでは?」

 

 圧の強い団長に呆れつつも苦笑いしてマスールは言った。割と─いや、かなり雑なところはあるが、なんだかんだ言いつつもマスールはこの団長のことを慕っている。

 

「今回はいいんだよ。なにせ─今回ばかりは()()()()()()()()()()()()()からな。」

「…?それはどういう意味で?」

「んじゃ、そういうことでさっさと仕事戻れ。団長命令だ。」

「横暴すぎる…。」

 

 しっしっと追い払うように手を振る団長に一礼してマスールは去っていった。その後に1人残った団長が、机の引き出しからある書類を取り出した。その書類を眺めて、彼は細く息を吐く。

 

「勝てよ、マスール。今回逃したらもうチャンスはないぞ…。」 

 

 その書類には、『ミドガル魔剣士学園特殊推薦枠について』と書かれてあった。

 

 

 

 

 





 そう言えば陰実世界ってミドルネームないですよね。

マスール→シャドウ について
 やばい(やばい)。何考えてるかがわからないし行動理念が謎。
 ただし少なくとも倫理観はないと確信している。

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