「おお、やってるやってる。」
ある晴れた夏の日。炎天下であるにもかかわらず、僕─シド・カゲノーはカンカンに照りつける屋外にいた。幸いにして僕のいる場所は日陰ではあるけれど、他の人たちは汗をダラダラ流しながら目の前で行われている試合に目を奪われている。
そう、今日はカゲノー領最大の剣術大会が開かれた日。既にほとんどの試合は終わっていて、残すは今やっている準決勝と決勝戦、それから3位決定戦のみとなっている。
「『やってるやってる』じゃないわよ、シド。」
自分の試合が終わってのんびり観戦していると、その言葉と共に頭を叩かれた。こんなことをするのは僕の知る限り1人しかいない。王都から一時帰省している姉さんだ。
「…姉さん。」
「全く。あんたが3回戦で負けたっていうから様子を見にきたのに。ぜんっぜん気にもしてないじゃない。」
姉さんの言う通り、僕は3回戦で負けた。それも、例のマスール君にだ。彼を見たのは1年ぶりとかだったけど、思ったより強くなっていてちょっとびっくり。多分今の彼は単純な強さだけなら七陰のみんなにも引けは取らないんじゃないだろうか。
「あれはマスール君が強かったんだよ。まさかツヴァイヘンダー*1で槍の真似事をしてくるなんて思わなかったし。」
これは半分本当で半分嘘。ツヴァイヘンダーという武器はただその重さを利用して叩き切るだけでなく、殴ったり突いたり、それどころか刃の部分を持って扱ったりする武器だ。そういう意味では彼の戦い方は教科書通りと言える。ただこの武器を使う人が少ないから知られてないだけだ。
ただ、予想外というべきか彼との戦いはものすごくやりにくかった。というのも、彼が魔力を持たないのが関係している。普通の魔剣士が魔力で身体強化をして戦う一方、彼は己のフィジカルのみで戦っている。そのため魔力操作によるムラが存在しないので、動きが読みづらいのだ。
魔力を探るのに慣れてしまった僕にとってこれは思ってもない誤算だった。これからは筋肉の動きだけで相手の動きを読めるようにならないといけない。思いがけず浮かんできた課題に、実は僕は密かに胸を躍らせていた。
(今回も本当はもっとモブらしいやられ方したかったんだけどなあ。流石にあのパワーで組み伏せられたら誤魔化しようがないや。)
今回の試合、手を抜いていた僕は圧倒的なフィジカルを持つ彼に組み伏せられ、首筋に剣を突きつけられて敗北。そのまま無事に彼は決勝まで駒を進めたというわけだ。
「彼が強いのなんて百も承知よ。ただ、私が怒ってるのはあんたが彼に手も足も出なかったこと。そんなんじゃ将来碌な就職先がないわよ?」
「あー…うん。そうだね。」
姉の小言を聞き流しながら試合場の方へ目線を向ける。そこではようやく試合が終わり、次の試合である決勝戦が行われようとしていた。いかにもモブ、と言った風情の茶髪の剣士と、衛兵団のエンブレムの入った
「姉さん、始まるよ。」
「…だからあんたは…ってもう決勝?」
「うん。」
放っておくといつまでも小言を続けそうな姉さんを促すと、姉さんは試合場の方へと熱を帯びた目を向けた。その目は僕の見てきた姉さんのどれよりも真剣なものだった。
「勝つかしら、マスール。」
試合場を見たままぽそりと呟いた姉さんに、僕は確信を持って返した。
「勝つよ。間違いなく。」
どうも、無事に優勝しましたマスールです。いやーみんな強かったですね、はい。正直男爵様(というかクレア様)から貰った武器にめちゃくちゃ助けられました。あれなかったら武器壊れて負けた試合ありましたよ。
あれ普通の金属よりも強度が遥かに高いから、魔力のない俺でも使いやすいんだよね。ただその代わりに魔力伝達率が悪いとかでこの数十年はずーっと蔵に放置されていたらしい。で、クレア様の一件のあとお礼代わりに、ってことで俺が譲り受けたってわけ。
まあそれはさておき、無事に優勝して賞金と勲章手に入れた俺に、団長から指令…ではないけど提案があった。今の俺の目下の考え事はもっぱらそれである。
「『ミドガル魔剣士学園』ねえ…。」
名前は知ってる。それ以外はあんま知らない。正直そんな存在である、貴族御用達超エリート校への特殊推薦とやらが今回の優勝を経て俺に舞い込んだ。
推薦の条件は3つ。
1つ目は年齢。入学時点で15歳であること。
2つ目は家柄。爵位を持っていないこと。まあ爵位持ちの貴族なら推薦いらないし、事実上これはないものとする。
3つ目は実績。必要なのはある程度の規模の剣術大会で優勝した実績。今回の大会はこの条件を満たした大会だったらしい。
そして今回優勝したことで、俺はこの全ての条件を満たしてしまった。ついでに団長とかは俺が昔『学校に行きたいなあ』って言ってたのを覚えてたらしく、この話を俺に持ってきてくれたらしい。まじで部下思いの上司すぎて涙が出る。一生ついていきます。
「まさかこんな話が舞い込んでくるなんてな。」
貴族から奴隷へ、そしてそこから孤児院に入って、衛兵に。そこからまさかの学生と来た。俺の人生波瀾万丈すぎである。大人しく学生してた前の人生からはとても想像ができない。
「学費免除におまけに衛兵団にも籍を置いたままでいいって…太っ腹すぎるでしょ、ほんとに。夢じゃねえよなあ。」
王都はこの国唯一の、国際的に見ても希少な100万都市で、かなり発展した街である。きっとここにはないものもたくさんあるんだろう。そう、たとえば─
「【教団】に【シャドウガーデン】。最近この辺りじゃ聞かないけど、王都に行ったらまだ活動してんだろうか…。」
前に相対した2つの秘密結社。衛兵団に入ってからこっそり資料とかを盗み見たが、生憎と田舎であるカゲノー領内ではそれに関係すると思わられるものは見つけられなかった。クレア様からの手紙でも、今のところは王都でもその話は聞かないらしい。
「まあ別に活動してないならそれはそれでいいんだけどさあ…。」
それよりも、次に会った時の話だ。今の俺はだいぶ体格も出来上がってきていて、両手剣の扱いも上達している。が、だからといって【教団】や【シャドウガーデン】をまとめて相手どれるほどかというと、答えは否だ。まだ足りない。
もしもあいつらと戦うとなると、今の俺では足りない。今よりも強くなる必要がある。魔力が無いというハンデを補えるほど、圧倒的にだ。
(そう考えると、本当に今回は願ってもないチャンスだ。)
田舎の、ではなく都会の名門校。そこならば俺は強くなれるかもしれない。あの怪物のような強さを持つシャドウを止められるほどに、だ。
「行くかあ、王都。」
そうと決めたら話は早い。とりあえずは団長にお礼と、それから王都へ行くことを伝えよう。そう決めて俺は団長室へと歩き出した。
そしてその後。そのためには授業について行くだけの学力がいる。そのことに気がついた俺は慌てて山のような教本に目を通すのだった。
時は流れ、翌年の春。
無事に学園への入学を許可された俺は、圧倒されていた。王都に着く前、というか向かう前の段階で、だ。
「ちょ、まじで…?」
唖然とした俺の前にあるのは黒光りする鋼の塊。煙を上げ、汽笛を鳴らして大地を駆ける大鉄塊。
「この世界って鉄道あったんだ!?」
この世に生まれて早いことでもう15年。それでもこの世はまだまだ俺の知らないことばかりだった。
ツヴァイヘンダー
詳しくはググっていただきたい。
ありとあらゆる武器の中で筆者がかなり好きなタイプの武器。
蒸気機関車
あるんかーい。