似非中華ファンタジーだけど科挙はあった   作:金木桂

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奴隷から解放した傍仕えが偉くなって帰ってきた件

 

 

 

「何でいるの? いえ、失礼、いらっしゃるのでしょうか?」

「敬語は止めてください」

 

 やっと見つけました、なんて声が聞こえたから振り返ったら見覚えがある顔だった。

 

 いやそうじゃなくて。そうではなくてね、本当に何でいるの?

 目の前の女性を俺は見遣ってみる。

 白と青を基調とした特徴的な服装は刺史の正装である。中でも胸元にピンで刺さった猛々しい白鳥。これは嶺瑛(りんえい)で最も厳しい試験、天授試験を及第した者だけが身に着けることを許されるバッジだ。まあ要するに超偉い。凄い偉い。

 

 一応知り合いではある。数年ぶりだけど、うん。見間違いじゃない。くすみのない金髪は昔と変わらず肩で整えられて、深海を映した瞳は俺を見遣る。彼女は昔俺の傍仕えとして働いていた、元奴隷の煌葉(きらは)だ。俺が奴隷解放して一般市民としての戸籍を買ってからは会ってなかったものの、しかし、見ない内にとんでもない成り上がりをしていたみたいだ。いつの間に俺なんか足元にも及ばないくらい偉くなってしまって。

 

 天授試験(てんじゅしけん)に合格ともなればこの国では勝ち組も同然だ。倍率にすれば1000倍以上、地位や身分に拠らない平等な試験であるが故に受験者は恐ろしく多い。合格すると成績順に官吏として配属が決まる。大抵はそのまま働くが一部貴族の子供は配属によっては親の家業を継ぐため辞退をするそうだ。俺にとっては天上の話である。

 煌葉は前者だろう。服を見れば明らかだ。奴隷を脱した後も一般市民として生活をしていたはずだから貴族とのコネもないと思う。ともかく、こんなところで油を売っていて良い人間じゃない。

 

「お戯れはよしてください。武力で生計を立てるしか能の無い下賤の身である私が、どうして天子様より号を授けられるようなお方に敬意を捨てられるというでしょうか」

 

 努めて平易に俺は言った。何で俺の前に現れたのかは分からないが、官吏にぞんざいな言葉遣いをすれば速攻で絞首刑だ。

 しかし煌葉は少し悲しそうに瞳を伏せながら言う。

 

「命令です。敬語はお止めください」

「出来ませぬ」

「命令です。私と黄玲(おうれい)様は木漏れ日の中で転寝をした仲のはずです」

「過去は過ぎっていく川の如く、恐れながら私は今を泳ぐ身であります。故に出来ませぬ」

「黄玲様は何かあればいつでも来て良いと……!」

「勿論歓迎しますとも。脳の無い力ばかりの冒険者でしかないので天上貴族様の満足するような物は出せませぬが、その分心を込めて歓迎いたしますとも」

 

 俺が低頭にしてそう陳述すれば、煌葉は声を上げて泣き始めた。端正な顔を崩して俺の服を引っ掴んでいる。

 すかさず近くにいた衛兵がやって来て、厳しい目を俺に向ける。

 

「貴様。官吏様に何をなされた」

「私は何もしておりませんよ」

「怪しいな。付いてこい、詰め所で問うてやる」

 

 俺はため息を吐きそうになるのを堪える。

 最悪だ。特にこの町の衛兵は非常に悪い噂がある。曰く、検挙率を上げるために冤罪などもお構いなく、全て犯罪者として十把一絡げにしょっ引いているらしい。そのために強引な尋問、時に拷問すら厭わないと言う噂すらある。俺みたいな身分保障も無い冒険者など木端微塵だろう。

 

 どうするかと頭を悩ませていると煌葉が顔を上げる。まだ瞳は涙で濡れているが、目力は強い。

 

「待ってください。この方は私の恩人です。私が取り乱していただけで、何事もありません」

「本当でございますか? その者は官吏様を侮辱するような云為をしたわけでないと?」

「はい。天に誓ってありません」

 

 そう言うと面白くなさそうに衛兵は去って行った。官吏に天を説かれて食い下がるほど分厚い面も無いようだ。

 すれ違いざまに煌葉には一礼をしたが、俺には舌打ちが送られた。早速嫌われてしまったようで肩身が狭い。

 

「黄玲様。人目のない場所へご案内します。私に付いてきていただけますか」

「……承知しました」

 

 思わず頷く。断ったらもう一度泣いてやると顔に書かれていれば、肯定以外の返事が出来るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 そもそも何故こんなことになっているのか。

 それを語るには子供時代に遡らねばならない。

 

 まず、俺は俗にいう転生者だ。生涯が転ぶと書いて転生者。全然そんな語源じゃない気がする。

 

 ともかく、気づいたら俺は知らない部屋にいて、知らない記憶があった。

 どうやら俺は嶺瑛(りんえい)という似非中華ファンタジー国家にある、かなり下級な貴族諸侯の次男坊として生まれてきたらしい。記憶にあったからすぐに分かった。俺は今、自分に前世があるということを思い出したのだ。

 

 夏楼黄玲(かろうおうれい)。それが俺の今世の名前だ。

 俺はどうやら紅泰(ほんたい)一帯を治めるこの夏楼(かろう)一族では低い立場のようだった。

 俺には兄がいた。俺は6歳で、兄は8歳だった。夏楼一族は兄に家督を継がせるための英才教育をしつつ、一方で俺は天授試験の勉強ばかりさせられていた。記憶が無い頃の俺はその勉強の日々に鬱憤を溜めていたようで、部屋中に竹文が散乱していた。

 

 天授試験というものについて、厳格な父親から何度も言い聞かせられている。

 これはもう、簡単に言えば科挙だ。高官を選別すべく中国で歴史上もっとも長く運用された試験制度。天授試験もこれに似ていて、しかし非なる制度だ。

 

 科挙とは異なる点はいくつもある。例えば試験が郷試と県試と国試の三つしかないこと。出題される分野に術式学が存在すること。受験は30歳以下の健康な男女に限るということ。他にも様々だが、どれも俺の知る科挙と違う。

 しかし同様の点も存在した。難易度がバグっていることや、高名な著人の詩や訓示を何十万字も丸暗記しなくてはならないなど、一番苦しい箇所は天授試験でも同じだ。

 

 天授試験を通過した者は人生の成功者として扱われる。何せ官吏だ。天子の下で働くと言う意義や栄誉は共通観念として代えがたいものがある。加えて時代も味方している。この嶺瑛には貴族諸侯も存在するが、現在、官吏は全て天授試験を通過した人間に転換する流れが形成されている。言わば貴族解体のような流れを進めている途中だと思う。当然それが貴族の反発を招いているが、それでも天子に真っ向から逆らえる人間はこの国にはいない。

 

 俺の父親は貴族諸侯の中では前世で言うコウモリ外交を展開していた。一方では他の貴族と同調して天子の行動を非難しつつ、一方で俺に天授試験を合格させて一族の発言力を増そうと考えている。だから兄には貴族としての勉強をさせ、次男の俺には天授試験を勉強させるのには納得だ。しかし俺にはロクに教師役もつけられていなかったようだ。週1で教師が来るは来るものの、基本は独学。あまり真面目に受かってほしいと考えているようにも見えない。恐らくこの父親は今の趨勢を見つつも、無意識では現在の状況がまだ続くと考えているのだろう。だから天授試験を軽視している。やるにしても中途半端だ。無能なんだなこいつと思う。

 

 ともかく、一応天授試験の勉強をしてみようと散乱した参考書を少し読んでみた。すぐにギブアップした。出来るわけねえだろと悪態を付く。暗記暗記次も暗記。内容は当然現代では考えられない旧態とした教えで面白くもない。更に答えのない詩の素養まで求められる。流石は倍率は四桁倍、天才中の天才しか通らない試験だ。記憶の無い俺が六歳にして苦労する理由も分かる。人生を捧げたとて及第点を取れない人間ばかりの試験で、俺みたいな凡人が及第できるはずが無い。

 

 やめるか。うん、やめよう。

 

 俺は早々に諦めた。別に受験をしなくてはならない理由など俺には存在しないし、父親も俺には期待していない。

 

 お目付け役がいないことを良い事に俺は目を盗んではサボり始めた。代わりに興味があった術式の勉強を始める。術式とは別の国の言い方をすれば即ち魔法だ。この世界には魔法がある。術式は魔法の下位互換であり、俺は外国の書籍で魔法を学んだ。

 俺には魔法の才能があるようだった。恐らく前世でちゃんとした高等教育を受けていた賜物だろう。化学と魔法は通じるものがある。

 17歳になって家を出る前には兄から久しぶりに話しかけられた。

 

「黄玲は天才だね。僕とは違う道を行くだろうが、楽しみだ。家はともかく、僕とは仲良くしてくれ」

 

 兄とは家であまり話さなかったが、大概天才だったと思う。俺と同様に父親を早々に見切っていたようで、商才を生かして官吏としてではなく商人として一族を立て直そうとしていた。名を夏楼青碁(かろうせいご)という。兄は俺を評価していたが、俺は兄のことがそんなに好きではない。胡散臭いからだ。閑話休題。

 

 話は逸れたが、7歳になって俺は傍仕えが必要という話があった。貴族の子息という立ち位置上、次男の俺ですら対外的に必要だそうだ。

 兄は分家から金を使い傍仕えを雇っているようだが、しかし俺にその金を使おうという気は父親には無かった。必然的に奴隷市場から購入しようということになる。

 

 この国には奴隷市場が存在する。商品、つまり奴隷に落ちた人間の事情は様々だ。身売りをしたり、口減らしのために家族から売られたりと、当然ながら望んで奴隷になった人間は存在しない。

 市場の空気は淀んでいて長居したい場所でもなかったので、足早に決めてしまおうと思い同年齢の子供を購入することにした。

 

 子供は農民の出であり、農作物の不作に遭って親から売られたらしい。身体は薄汚れていると同時に瘦せこけていて、身体を洗ってみて女であることを知った。金色の髪からして異国の血が混ざっているんだろう。嶺瑛を東に行けばメリウスデウル皇国、更に行けばデール、水瞑郷。他にもある。どうでもいいが水瞑郷という地域は前世の日本と似た文化があるみたいで個人的に興味があったりする。

 

 ともかく、傍仕えとなった少女はとんだ掘り出し物だった。いわば天才だ。俺や兄なんか足元に及ばないくらいに天才だった。

 貴族作法はすぐに覚えて、俺が後学のために教えた教養もスルスルと覚える。その様が楽しかったので魔法も教えてみたがやはり呑み込みが早かった。万学の天才だ。アリストテレスの再来かと思った、この世界の人間じゃないが。

 

 俺は少女に煌葉と名付けた。葉っぱというのは得てして季節の移ろいにより枯れて土に落ちるものだ。この少女の人生もそうだったかもしれない。しかし落ち行く葉の中でも一際輝く存在であってほしい。いずれそういう葉が大地を潤し、大樹を興すのだから。

 そんな想いを告げると感服したように平伏された。一生仕えますとか言われた。その時には俺は既に煌葉の奴隷解放を考えていたから、困ったように今後も頑張れと言うに留まったが。今思うと煌葉は俺に心酔していたのかもしれない。

 

 煌葉を哀れに思った俺は仕事の傍らで、色々と連れ出してやった。質素な服に着替えて、近くにある森や湖。時に町にもお忍びで連れて行っては物を買ってやった。親に捨てられた子供という点で同情できる事情しかなかったし、何より俺は煌葉のことを気に入っていた。優秀だし、意外に芯がある。間違いを間違いと上の立場の人間へ陳述できる人間は貴族社会では多くない。

 

 15歳の時に俺は煌葉を奴隷としての身分から解放した。年齢的にも能力的にも問題ないだろうと思ったのと、それから準備が整ったからだ。市民権を購入して信頼できる筋の人間に預けることにした。紅泰(ほんたい)の有力商人で、兄のコネで交渉してみれば意外と乗り気で引き取ってくれた。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいとのこと。特に煌葉のような出自が奴隷とは言え、貴族が保証する有能な人材なら寧ろこっちが金を払いたいくらいだと言っていた。

 

 そうして俺は煌葉を手放した。今から4年前の話だった。

 

 

 

 

 

 俺が連れて行かれたのは如何にもといった高級料亭だった。貴族や官吏御用達の店だろう、店員の所作も洗練されている。

 四人分の席しかない個室に案内されると、煌葉は口を開いた。

 

「黄玲様……黄玲様!」

 

 感極まった風だった。抱き着かれて思う。確かに俺は煌葉からすれば恩人かもしれないが、積年の思いを晴らすような甘えた声音を出されると困惑するしかない。

 

「ええと、久しぶり。どうしてここに?」

 

 敬語は外して言った。この場所に連れ込んだ時点で多分そういう意図があるんだろうなと思ったからだ。

 煌葉は俺に抱き着いたまま頭を擦らせた。

 

「黄玲様を追って参りました……私が仕えるのは黄玲様だけですから」

 

 おいおいおい!?

 思わぬ失言に辺りに視線を張り巡らせる。誰もいないが肩荷は下りない。天子への悪口は平民が言っても懲罰物であるのに、ましてや天子に仕える官吏が口にしたとあっては良くて免職、悪くて死刑だ。

 

「煌葉、気持ちは嬉しいけど心臓に悪い」

「私の気持ちを知って欲しかったのです。手紙一つで放り出した罰です」

「言うね煌葉」

「言わねば分からぬ黄玲様には何度でも言います」

 

 漸く離れた煌葉は目を涙で濡らしていて、少し悪いことをしたなという気持ちになった。俺としては後腐れないよう、そうしたつもりだったが。

 まあいいか。聞きたいことは沢山ある。

 

「色々と積もる話はあるけど、何故官吏に?」

「黄玲様と結婚する為です」

 

 最も気になったことを聞けば、予想外のボディフックが来た。煌葉の顔を見て首都で流行っているジョークではないことを思い知る。俺の目は点になった。

 

「4年前、平民になった私は考えました。どうすれば再度黄玲様に仕えることが出来るかと。夏楼一族の屋敷での下働きなら可能でしたが、奴隷に戻ってまた黄玲様に仕えるのは無理そうでしたので方針を変えました。不幸中の幸いとして私は平民でしたので、天授試験を受けられます。官吏になれば貴族である黄玲様と釣り合いが取れます。なので天授試験を受けて官吏になりました」

 

 ツッコミ所が多々ある。奴隷に戻ることも視野に入れていた点とか、天授試験を婚約の踏み台にしている点とか。歳を重ねてまた我が強くなったなとか感心してしまった。

 我が子のように成長を実感しているとジト目で見られる。

 

「ですのに私が官吏として採用された時にはもう黄玲様は貴族としての地位を放棄し、夏楼家とも縁を切っているだとか。本当でしょうか」

「本当だよ。天授試験を受ける気がないことが親父にバレてね。放逐される形で家名も剝奪されたさ」

 

 口にするとどうしようもないくらい親不孝者に聞こえる。実際そうだろう。俺はこの世界の親を親として認識していなかった。青碁のことはちゃんと兄と認識していたが、親は駄目だ。俺とは相性が悪い。

 煌葉は溜息を吐いた。

 

「全く、儘ならないものです。現状維持を望めば離され、追いかければ舞い散る花弁のように避けていくのですから。ですがもう終わりです。この煌葉、これより永劫として黄玲様のお側で尽くさせていただきます」

「いやいや官吏の仕事は?」

「姿を眩ますことくらい訳無いでしょう。官吏に思い入れもありません」

 

 天授試験を受ける人々が聞けば激怒するか、あまりの感性の違いに呆気に取られるだろう。本当の天才は思考回路が違う。

 別に俺は良い。冒険者だし、活動拠点を変えることくらい訳がない。嶺瑛を離れれば煌葉と一緒に居て不自然に思われることもないはずだ。

 ただ一つ、懸念点があるとすれば。

 

「まあ良いけど、俺の今の職業は魔物を駆除する力仕事だよ。動ける?」

「勿論問題ありません。教えていただいた魔法はまだ研鑽を重ねてます」

 

 それならいいか。煌葉のような万学の天才が仲間にいるメリットの度合いは俺でも推し量ることすら出来ない。ただ、煌葉は冒険者になるには勿体ないほどの才覚がある訳だから将来の人生設計として官吏の方が良いとは未だに思うけども。

 

 前みたいに頭に手を置くと嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

■────煌葉────■

 

 

 

 

 

 

 私が黄玲様と出会ったのは正しく運命なのでしょう。

 出会った日は未だに覚えています。 

 

 私は全てに対して絶望していました。

 人生、家族、社会、運。

 この世界のありとあらゆる物に悲壮感を覚えていました。

 

 それは当然のことだと今でも思います。

 私は農民の中でも一等、貧しい家で育ちました。家族は何人もいて、私は四女で一番年下でした。当時の私はまだ幼く満足に鍬や鋤を持つことは不可能でした。

 或る年、家の畑が不作でした。飢饉という訳でもなく私の畑だけです。個別の問題に君子や領主が動くはずもなく、私の家はより困窮を極まりました。

 

 口減らしとして選ばれたのは私でした。力仕事の頭数にならず、にもかかわらず食べるものは食べる。当たり前の選択でしょう。

 奴隷商に売られ、奴隷になって初めて都市へやって来ました。私の住む村から最も近い都市、紅泰です。明かりが夜でも灯り、人の往来が絶えぬ都市。それは初めての光景でしたが特に思うことはありませんでした。私の将来はこの都市のように明るくはない。

 

 奴隷商により身体を改められました。検品と言います。裸になって何も持ち込んでいないことを確認されます。奴隷商というのは恨みを買いやすい職業だからです。過去に奴隷として入ってきた人物の口の中に毒や爆発物を隠し持っていたりして、奴隷市場が破壊されることがあったようです。だから検品を行い市場に危険物を持ち込ませないようにあります。私も身体を徹底的に調べ上げられました。

 

 奴隷商によってはそこで女奴隷に対して性欲をぶつける不埒な行為を働くこともあるそうですが、幸いなことに紅泰の奴隷商は職務に忠実でしたし幼女趣味でもありませんでした。後から分かることですが黄玲様の兄者である夏楼青碁様も一枚嚙んでいたそうです。あの方は悪い方では無く、次期領主として紅泰にある市場経済の健全性や透明性を常に考えていました。ただ雲のように捉えどころがありませんので私は少々苦手です。黄玲様も同じようでした。

 

 奴隷商により私は陳列されました。奴隷は質によって扱いが違います。物書きが出来たり容姿が良い奴隷は最上級品とされて競売入札に掛けられますが、私のように何も取り柄の無い奴隷は雑多に一纏めにされて柵に入れられます。私も子供ばかりを集めた柵に入れられました。

 

 柵の中は世界が終わる前日のような冷たく重い、鉛のような空気が鎮座していました。

 村では見たこともない光景でした。子供といえば元気で五月蠅く、無意味に身体を揺らす存在です。物静かな私は中でも変わった子と思われていたのに、ここではそれが当然のようでした。

 違うのはどの子供も目が死んでいることです。餓死した農民を見たことがありますが、どの子供の目も死人のようです。違和感がありましたが、数日で慣れました。私自身もそうなったからです。

 

 何十日経ったか分からないその日、黄玲様に買われました。

 指を差されて柵から出され、初対面でやんごとない身分の子供だろうと思いました。細かい意匠を施され、立派に仕立てられた服を着て、髪や顔も見たことのないほど健康的で見目よいので貴族なんだろうと呆然と見ました。買われることはないだろうと思っていたのですが何故か一考もされず買われました。後から理由を聞けば唯一同じ年齢だからだそうでした。農民の年齢、況してや奴隷の年齢など容易に詐称できるので今でも黄玲様の真意は分かりません。

 

 その後私は黄玲様によって身体を洗われ、綺麗な服に裾を通しました。奴隷の扱いではないのを不思議に思い聞くと、傍仕えにすると言われました。傍仕えは身元が保証されている分家から出すのが貴族として一般的です。しかし夏楼一族には金がありませんでした。長男かつ一族の後継者である夏楼青碁様にはちゃんとした人材を付けられましたが、黄玲様はとにかく安く身分が保証できる人間、奴隷に傍仕えを求めました。

 

 私は求められることを全て熟しました。奴隷になる前も含めて、待遇が一番良かったのもあります。しかし一番大きな理由は黄玲様に報いるためでした。

 

 黄玲様は私に様々な知識を与えました。中には嶺瑛では型破りな見識すらあり、今でも感服します。そのことについて尋ねれば天で学んだと言いました。冗談にしようという意思を感じましたが、今では的を射ずとも近いと思っています。嶺瑛でも革新的な思想を持ち、広い分野で見識を持っている黄玲様は天子様の祖の生まれ変わりなのではと考えています。少なくとも私にとっての天子様はずっと黄玲様です。

 ただ不思議なことに、天子様としてはその深い知識を私以外には授けている様子を見たことがありません。しかし極めて個人的な感情として、その事実に優越感を覚えているのも本当のことですので、その点においては追及したことはありません。

 

 更に、広いようで狭い農村でしか生きて来なかった私に黄玲様は世界を見せました。

 都市外にある、幾千年と続く森林では駆けっこをしました。野原では一緒に昼寝をしました。紅泰では目を盗んで露店に行ったり、飲食店で食事したりしました。

 

 そうした生活が続いていれば、私が黄玲様を慕うようになるのは当然のことです。

 しかし、そのきっかけを語るとあれば一つ明確に存在するのです。

 

 その日は快晴で、紅泰では青百簾(あおびゃくれん)の花が芽吹く頃合いでした。

 いつものように家を抜け出した先は野原でした。唯一ある大きな一本木の下の木陰で、露店で買った肉串を食べていると、黄玲様は言いました。

 

(ゆき)、葉が髪についてるよ」

 

 その時、私は雪と呼ばれていました。雪の日に買われたから雪、単純な名づけでしたが嫌いではありませんでした。どんな名でも構わないと考えていたからです。

 黄玲様はハッとしたように手を額に当てました。

 

「そういえば雪っていうのは仮の名前だったね。あまりにも似合っていたから忘れていたな」

「私の名前ならどのようにでも」

「いいや、これは重要な問題だよ。名は体を表す。名が心を彩るんだ。ただの呼び方じゃないよ」

 

 そう告げて悩むと、頭上をゆらゆらと落ちていく葉を見詰めて黄玲様は口を開く。

 

煌葉(きらは)、というのはどうだろうか」

 

 聞いて、私の髪と葉っぱを掛け合わせのかと思いました。私の髪は嶺瑛でも珍しい金色。簡単に私を表していると思いましたが、そんな私の浅慮と黄玲様が考えていることは違いました。

 

「葉というのはいずれ落ちる。でも枯れて無くなった後も土壌を潤す、言わば大地の恵みなんだ。その中でも一際輝く葉になってほしい、どうかな」

 

 思わず泣きそうになって、俯いて傅くのも当然のことです。

 私の見た目でもない。私の今の中身でもない。私の未来を想って、黄玲様が考案されたのです。それを知って感激しないはずがありません。

 

 煌葉として私は名乗りを変え、黄玲様から離れた後も名前は変えませんでした。この名前は私の人生における最大の誇りであり宝玉です。

 

 15歳になって数日して、私は手紙一つで黄玲様の傍仕えを追われました。秘密裏に黄玲様は私に市民権を買い与え、同時に奴隷身分を解放したのです。

 

 奴隷から解放された元奴隷の多くは自由に苛まれて再度奴隷になると聞きます。ですが私については行く先も黄玲様が既に整えていたようで、紅泰で鉄材を主に扱う堂角商会、その経理として雇われました。

 

 最初こそ嘆くことしか出来ませんでしたが、仕事に打ち込むことで冷静になれました。いつしか天授試験を受けて官吏になることを思いつきました。天授試験を受ければ黄玲様とほぼ同じ身分になることが可能です。そうすれば近づく方法は幾らでもあるでしょう。最も簡単なのは結婚でしょうか。

 そう考えて、よりやる気が出た私は勉強を始めることにしました。

 

 天授試験は難しい試験ですが、昔から記憶力や頭脳面では自信がありました。傍仕えをしていた頃に面倒だと言って受験放棄した黄玲様から興味本位で多少教わったり、参考書を読むこともありました。

 仕事の傍らで勉強をして、翌年の郷試に及第しました。次の試験は県試のため、紅泰よりも大きな街で受験することになります。堂角商会の店主、堂角一燈(どうかくいっとう)様に話を通して県試を受けることになりました。私の人生の一番の恩人は紛れもなく黄玲様ですが、二番目は堂角商会の方々になるでしょう。少ない期間でしたが、私が奴隷出身であることを知りながら非常に良くしていただきました。

 

 県試は試験場にて泊まり込みで丸二日使って挑む長丁場でしたが、何とか及第しました。黄玲様から教わった知見と試験で正答とされている思想が異なるので、非常に大変な試験ですが最後の国試に挑むことになります。

 

 国試は嶺瑛の都、蝶香(ちょうこう)で行われました。県試と同じく二日間、試験場に文字通り監禁されます。県試を及第した受験生を意識してか、内容もこれまで以上に難しくなりましたが問題はありませんでした。ここで落第しては黄玲様の顔に泥を塗ります。

 国試から術式の実演が試験項目に追加されます。筆記が終わった二日後、再度受験生が宮廷内の広場へ集められると実演をしました。

 

 術式は五行説が基礎とされており、才能あるものでも扱える属性が異なります。私の術式属性は木でした。黄玲様は五行説を否定していて、所詮は外部から輸入した技術を示威のために自国流に改造して出来たのが今の嶺瑛の術式だろうと言いながら傍らで五属性を収斂させた玉でお手玉をしていましたが、才覚が無い私では術式の方が扱いやすい技術です。一部取り入れられる部分は取り入れていたので、私は術式では圧倒的な成績で国試を及第しました。

 

 最後に覆試と殿試があります。どちらも試験という側面以上に、儀式的な要素が強いようでした。覆試は殿試で天子様が試験監督を務められる関係上、失礼を働かぬよう受験生を場慣れさせるべく実施されました。その後の殿試も天子様が監督はしますが、基本的には席次を付けるだけであり受験生は全員合格するような試験となっていました。

 

 その後、官吏として登用された直後に黄玲様が家を出奔されたことを偶然耳にします。すぐに官吏を辞職しようと申し入れしましたが慰留の末、遊任刺史として仕えることになりました。刺史とは各地を治める官吏や貴族諸侯が不正をしていないか、君子の観点から監視を行う役割です。しかし遊任というのは特例中の特例のようでした。一年の内に不特定の群や県を一定数を回り、報告を上げればいいそうです。試験の成績は良かったとはいえ実績も無い私に対してここまで好条件を打診されるのは少々不気味でしたが、黄玲様と合流した後に続けるかどうかは結論付くことですのでそれで吞むことにしました。

 

 そうして県を回りながら痕跡を辿り、黄玲様を見つけることが出来たのは正しく天からの導きだったにありません。

 

「黄玲様、次は何処へ行かれるのでしょうか」

「考えてないけど、本当に官吏を辞めるなら国外逃亡一択かな」

「因みに官吏に思い入れはありませんが、逃げる必要性はありません。一応、私は遊任刺史をしておりますので。もし黄玲様から断られていても影ながら黄玲様を追いかけその手伝いをしつつ、仕事をするつもりでした。無論、国外へ行かれるのであれば身分を放棄しお供いたします」

「いや怖いよ。もっと穏便にいこうよ」

「傍仕えを手紙一枚で話もせず追いやった方から学んだ方法故、改めるつもりはありません」

「本当に言うようになったね、煌葉」

 

 名前を言われて胸が疼いた。

 煌葉となってからもう長いですが、それでも黄玲様から呼ばれるのは格別です。

 

 名前に冠する通り、私はこれからの煌びやかな未来に思いを馳せた。

 

 

 

 





明けましておめでとうございます。挨拶代わりの短編です。

他に投稿してる作品を優先するので、
ここから先は皆さまの想像力に委ねます……。
設定は色々と考えてたりするので一旦向こうの作品が落ち着いたら続けるかもしれません。
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