まだまだゴリラが足りませんね。
もっと厳しく鍛えてやってください。
身体的にも、メンタル的にも。
深い眠りの底から、意識が覚醒する。
ガサガサと布団を捲り、ベッドの上から起き上がろうとする。寝巻きにしてはゴワゴワした服の触感がやけに気持ち悪い。というか、これ制服じゃないか?着替えもせずに寝ちまうとか、どんだけ疲れてたんだよ。
「─────うん.....んん?ベッド?」
いや、そんな筈はない。衛宮邸は和風の家だ。俺の部屋は畳が敷かれてるから、ベッドなんて置いたら傷んでしまう。そもそも、俺の寝床は低反発な敷布団だ。誰かの家に泊まったっけ?
薄目を開いて辺りを見回すと、そこに有ったのは高級ホテルみたいな一室。王宮とかの写真で見るようなカーテンに、いかにも高級な雰囲気を醸し出しているアンティークなタンス。なんだこれ、知らない間に英国王室にでも誘拐されたのだろうか。
「時計時計って....痛った!なにこれ、血!?」
枕元に置いてあった時計の指す時刻は午後12時の20分前。しかし手を伸ばすと、全身が嫌に痛むのを感じた。布団の中の身体を覗くと、全身に包帯やらガーゼやらが貼られてミイラ状態にされている。御大層なベッドで寝てるくせに、こんなんじゃ病院のベッドで寝てた方が────
『無事なんだな!早く逃げろ、アイツは───』
『悪いな、遊びは終わりだ』
『じゃあな、今度は迷うなよ』
────待て。なんで俺、生きてるんだ?
確かに俺はアイツに殺されて.....いや、トドメを刺された瞬間は覚えていない。代わりに記憶に残ってるのは、誰かの手の感触に、翻った赤い外套。誰なのかは分からないが、彼らが自分を助けてくれたのだろうか。
「全部夢だったって事は....無いよな」
包帯を巻かれた腹をなぞると、これまで以上の激痛が走った。一文字に斬られた傷跡に触れたからだ。どういう方法で修復したのかは知らないが、元の傷は内臓にまで至っていたのだろう。今までの中で、特段に気持ちの悪い傷だと直感した。
「.....取り敢えず人を探そう。助けてくれたって事は、俺を取って食うような奴じゃないだろ」
ベッドから這いずるように抜け出て、痛む体を引きずりつつ部屋の外を目指す。部屋の中にはアロマでも焚かれているのか、どこか良い匂いが漂っている。チラリと匂いの元であろう机の上を見てみると、なにやら宝石だの羊皮紙だのが散りばめられていた。どういう趣味してるんだ、ここの部屋主は。
「結構、同年代だったり.....ん?開かない?」
ドアノブに手を掛けてみるが、鍵穴もないのに開く気配がない。押しても引いても手ごたえはなく、まるで壁に持ち手を引っ付けただけのオブジェを触っているような感覚になる。南無三とばかりに全力でドアノブを引っこ抜きにかかるが、ドアノブ自体が軋むばかりでドアが開く気配はない。これ保護じゃなくて監禁されてないか?
どうしよう。勝手に家探しするのも失礼だろうし、無理やりドアを壊すのもアレだからな。でも、だからといって部屋主の帰りを大人しく待つというのも如何なものか。非現実的な事が立て続けに起こったせいで、何かしら説明が無いと落ち着かない。
「包帯の替えも必要みたいだし。しゃーねえ、一回寝て───」
枕元に身体を寝かせてようやく気付いた。先ほどまで寝ていた枕の下に、なにやら書置きが残されてある。偶然という事はありえない、間違いなく俺を手当てした人からだろう。急いで紙を広げ、折りたたまれた紙を更にしわくちゃにしながら読み始める。そこに書かれていたのは────
なんという効率重視の箇条書き。ここまで酷いのは葛木先生が自習監督になった時に渡された伝達プリント以来だ。でも書いてることは大体わかる。いや、分かるけど遠坂って何者?というか、なんで士郎のところに?もしかして学校に残ってた件といい、遠坂と士郎で何か関わりが有るのか?いや、でも士郎は危ないことをする方じゃなくて、止める方の人間だろ。となると....
「────まさか」
蒼い獣が脳裏に浮かぶ。そうだ、あの男だ。現代の人間では考えられない身体能力に、規格外の魔術を併せ持つ怪物。あの場に居合わせたのが自分だけでなく、士郎の存在にも気が付いていたとしたら?途中で乱入してきた俺を容赦なく殺そうとした男だ、目撃者の存在を知れば地の果てまで追いかけてくるに決まっている。
妄想だと信じたいが、決して有り得ない話ではない。それに、先に彼と遭遇していた遠坂も心配だ。どういう手段で逃げ切ったのかは分からないが、あんな化け物を完全に殺しきれたとは思えない。もし士郎の元に行く途中で鉢合わせでもしたら、今度は遠坂まで危険に晒される。
「....インクが乾ききってない。今から走れば間に合うか?」
俺とヤツが殺しあってから三時間が経過している。もしかしたら間に合わないかもしれない。行った先では遠坂と士郎の死体があって、呆然とした俺の首をアイツの槍がチョンパする、だなんていう結末も十分に有りえる。
....いや、そもそも行ったところで何になる。あんなのを相手にしても、俺じゃ時間稼ぎにすらならない。遊びに付き合えれば御の字、少しでも殺意を覚えられたら即死だ。一度仕留めそこなった相手とくれば、ヤツも手加減なんかしないだろう。そんな状況で、俺に何ができる?
「ああ、クソッ!考えるな、今はここから──!!」
頭をブンブンと振るって、雑念を削ぎ落す。こんなのは見苦しい言い訳に過ぎない。助けられなかったら、助けなかったのと同じだ。どれだけ死力を尽くしても、その人を救い出せなければ何もしなかった人と同じ結末を見せられることになる。
だからって、それを言い訳にしてはいけない。昔から、そういう生き方をするって決めていただろう。生きている間に報われようとするな。俺が求めるのは、他人より少しだけ恵まれた死に場所だけでいい。そこに辿り着く過程で、どれだけ傷つこうと構うものか。
「扉はダメだ、俺でも開けられねぇ。となると、外に繋がるのは.....」
壁、はダメだな。木造住宅を下手に壊せば柱を壊しかねないし、ドアと密接している以上は何かしらの細工をされている可能性が高い。となると窓だが、こんな分かりやすい脱出口なんて細工されてるに決まってるよな。常識の範疇に囚われてはいけない。遠坂が思いつかないような脱出方法は.....
「────やっぱ、床か」
まさかの、本日二回目の床抜きであった。
「ハァッ、ハァ、駄目だ、こんな傷さえなけりゃ────」
血が滲み出る傷口を、包帯の上から押さえながら街を走っていく。今日も人通りは少なく、夜十二時を目前とした閑散とした夜中では、住宅街だというのにトンネルのように靴音が響き渡っていた。いや、今は逆に好都合なんだけど。
「痛い、というか、熱い。何だこれ、邪魔臭い」
息を切らしながら、衛宮邸へと続く坂道を登っていく。いつもの元気はどこへやら、あれだけ鍛えてきたのに、笑っちまうほど身体がいう事を聞かない。筋繊維だけでなく、神経系まで裂かれたのだろうか。思い通りに手足が動かない。
「ハァ、ッ、ハァ────クソッ、この気配.....!!」
嫌でも分かる。坂の上から立ち昇る魔力に、獣じみた気配。さっきの槍使いが、確実にいる。あんなのは人間の相手できる代物じゃない。軍隊とか国家とか、そんな規模の群体でなければ話にもならない食物連鎖のトップだ。いくら魔術が出来る士郎とはいえ、一対一で戦うには分が悪すぎる。
間に合え。いや、きっと間に合う。間に合ってもらわなきゃ困る。きっと遠坂も助けに入った頃だろう。俺を助けた時みたいに、きっと士郎も助けて貰ってるんだ。それで俺が家に帰ったら、お互い死にかけたなってお茶を濁して、勝手に出てきた事を遠坂に言い訳して。
そうだ、きっと大丈夫だ。
だから、この塀越しに見える、
きっと、何かの間違いで────
「──────遠坂?」
坂を上がりきると、二つの赤い影が佇んでいるのが見えた。片方は男、恐らく身長は槍使いと同じくらいだろうか。もう片方は女、それも学生。そして、暗闇の中でも分かる見慣れた風貌。間違いない、アレは遠坂だ。でも一体何をしてるんだろう、早く士郎を助けに行かないと。
「ねぇ、アーチャー。これ、もしもの話?」
「さあな。だが、さっきの男がそうだとしたら....頭数は揃った事になるぞ、凛」
二人が何かを言っているが、意識が朦朧としていて上手く聞き取れない。いや、そんな事より。早く士郎を助けに塀の向こうへと行かなくては。さっきの光が見えてから、何故か寒気が止まらない。落ち着け、アイツと殺しあっても恐怖は感じなかったはずだ。まさか、アレよりも強い怪物が出てきたなんて、そんな馬鹿な事があるものか。
「.....落ち着け、取り敢えず遠坂に────」
遠坂の元へと駆け寄ろうとした次の瞬間、俺の甘い期待は砕け散った。
先ほどの光の次に塀の向こうから舞い込んだのは、つむじ風のような突風。その追い風を受けるように一人の人間が空を舞い、二つの赤い影へと襲い掛かる。その刺客の得物は剣か、斧か、それとも槍だったのか。どれにせよ刃物で有ることに変わりはあるまい。だって、あんなにも血が噴き出てる。
「────、────!!」
声にならない、嗚咽にも似た慟哭が喉から漏れる。足が動かない。恐怖で動かないのか、あまりにも唐突な出来事で脳がフリーズしてしまったのか。それとも、純粋に助かりたいという生存本能が足を止めてしまっているのか。俺は一度死にかけた。死ぬのは怖い。どれだけ取り繕っても、誰かに殺されるのは理不尽の極みでしかない。
動けば死ぬ。動けば死ぬ。動かないと遠坂が死ぬ。でも動けば死ぬ。
殺される。俺が殺される。遠坂も殺される。二人とも死ぬ。
共倒れだ。あのまま大人しく待っていれば。いや、それでいいのか。
まだ死ぬって決まったわけじゃない。動け。足を動かせ、せめて盾代わりになれ。
どうせ死ぬなら誰かを助けろ。俺の役割、俺の使命を全うしろ。
俺は──────
「マスター、ではないのか」
可憐で、それでいて冷酷な声がした。
有り得ないと反射的に思ったが、その声の主は刺客のものだった。あれほどまでに無情な一刀を振るいながら、月明かりに照らされた彼女の面立ちは、戦いとは縁遠そうな少女の顔そのものだった。
「負傷兵。貴方に聞いている」
「──────俺か?」
自分に声をかけられたのだと気づき、ようやく朦朧とした意識が完全に自由を取り戻す。いや、自由を取り戻すという言い方は間違っているな。俺と遠坂の生殺与奪権は、あの少女に握られているのだから。
「答えなさい。返答できないのであれば────」
「ちょっと待って。彼はもうマスターじゃないわ」
聞き慣れない単語の意味を問おうとしたところを、遠坂に遮られた。
マスターというのについては良く分からんが....多分、庇ってくれてるのだろう。
「令呪は有るけど、サーヴァントは連れていないじゃない。彼は前哨戦で脱落したマスター。そういう奴の管轄は教会になるはずよ」
「ほう.....」
視線が向けられる。恐らく、この発言の真偽について問われているのだろう。
マスターに続いてサーヴァントとかいう全く知らない単語が飛び出してきたが、少女の後ろから送られてくる遠坂の目付きを見るに、でっちあげの嘘だろう。彼女の思惑を潰したくはないので、取り敢えず首を縦に振っておくとする。
「確かに、こんな状況下でもサーヴァントの気配が露一つ無いのはおかしい。加えて、令呪を使う素振りも見せなかった」
「....って事は、彼は見逃してくれるのよね?」
「サーヴァントを真正面から打ち倒し、敗北したマスターを教会に護送していたというのは信じましょう。残兵処理に意味は無い。だが貴方は別だ、アーチャーのマスターよ」
霞のように揺らめく凶器が、遠坂に突き付けられる。
なんでだよ。なんで遠坂を殺そうとしてんだよ。
いや、理由は分かる。何を言っていたのかは分からないが、遠坂に庇われたからだ。元々二人とも殺される運命だったはずだ。それを彼女が頑張って、積み上がる死体を一つ減らしたのだ。
それでも「何故」と思ってしまう。
なんで俺を助けてくれた人が、こんな風に殺されなきゃいけないのか。
「......待て、待ってくれよ」
「まだ何か有るのか」
「お前、何をする気だ────?」
唾を飲み込む事すら忘れ、乾いて裏返りそうな声を振り絞る。
そんな俺に対して、少女は"何故そんな事を"とばかりに、幼子に当たり前の事を聞かれたような、どこか困惑したような表情をした。
そして、その"当たり前"の事を答えるように────
「
....凄い。キャパオーバーの激情と恐怖が混ざり合って、一周回って何も感じなくなった。
数時間前に出し切ったはずのアドレナリンが巻き上がり、傷口から痛みが引いていく。
まるで他人事のように、
左腕、筋繊維裂傷多数。靱帯陥没。
右腕、主要骨が数本脱臼。神経系に損傷有り。
胴体、大量出血の傷口。動けば確実に開く。
両足、大火傷。壊死の可能性否定できず。
──────よし。全て、問題なし。
「.....馬鹿、何構えてんのよ!私はいいから教会に行きなさい!これ以上戦ったら確実に死ぬわよ、自分がどんな姿になってるかも分かってないの!?」
悪い、分かってない。相当ヤバいってのは少し分かってるけど。
でもしょうがないだろ、意見の相違だ。お前は俺を助けたくて、俺はお前を助けたい。それなのに片方だけが死ななきゃいけない状況になったとしたら、そりゃこういう事になる。まあ、ここは俺に花道を譲ってくれ。こういう生き方をしようって、何年も前から決めてたんだ。
もう迷いはない。後は当たって砕けて、遠坂が逃げる時間を作るだけ。
単純な話だ。俺が今まで生きてきた意味は、ここで──────
『────だがな、助けた分だけ他人を頼れ。』
それは走馬灯か、何かの偶然か。
とうの昔に忘れていたはずの、あの日の遺言の続きが、俺の脳裏に浮かんだ。
自分にとって特に重要でもなくて、少しだけ都合の悪かった、あの一言。
.......俺は──────
今回の分岐によって、ルートが確定してしまう選択肢が有ります。じっくりとお悩みの上でご回答ください。
また、高評価や登録はモチベの励みになります。
アンケートついでに一手間、ご協力をお願い致します。
なんで今さら、こんな事を。俺は────
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あの少女を倒す
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遠坂を守り切る
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遠坂と協力する