吐瀉物ASARはいいぞ。
血塗れの虎杖君を、そっと施術台に下ろす。
素人目にも分かるほどの重傷。衛宮君の心臓を治した時とは訳が違う。呪いの刺槍で心臓を貫かれた時は心臓ごと取り替える事で蘇生に成功したが、非魔術的な負傷を全身に受けたとなれば私でも手に負えない。いくら魔術師でも、ダイナマイトで粉々になった肉塊は元には戻せないのだ。
────だから一般人と同じく、こうして
「────凛。お前はつくづく、私を困らせるのが得意なようだな。死体を持って来て"治せ"と言われても困る。電化製品ならまだしも、人間相手では訳が違う」
「いいから早くしなさい、綺礼。二次被害を受けた一般人の治療は監督役の責務でしょう?」
「やれやれ、これが遠坂のご令嬢の姿か。未来の配偶者が気の毒でたまらない....いや、そんな物は必要ないか。お前は百年と言わず、二百や三百は軽く生きられそうだからな」
此処は言峰教会。一般人からすれば冠婚葬祭の場であり、特別な催しの際に訪れる所なのだろう。ああ、その点は魔術師も同じかもしれない。確かに、特別な催しだからこそ此処に足を踏み入れている。そうじゃなかったら、こんな所に自分から来てやるものか。
「それで、治せと言ったな。それは可能だが不可能だ」
「.....どういう事よ。ちゃんと説明して」
「なに、先ほど自分で言ったではないか。学生の身にして、もう更年期障害かね」
カソック.....いわゆる神父服を着こなした男が、神父らしからぬ言葉と表情で此方を見てくる。彼の名前は
監督役という言葉だけを聞けば、彼が聖杯戦争のゲームマスターのように聞こえてくるが、実態は少し違う。
彼の業務の一端を挙げるとすれば、主に神秘の隠匿。魔術師は魔術の存在が一般人へと伝わるのを忌み嫌う。だが、サーヴァントとかいう歩く災害みたいな存在に「大人しく戦って」だなんて言えるはずもない。
だからこそ、監督役の彼が裏から色々と偽装してくれるのだ。その他にも召喚されたサーヴァントの召喚や退去を記録したり、敗退したマスターの保護や、戦闘に巻き込まれた一般人の記憶消去や治療なども一任される。正直、マルチタスクが苦手な私には縁遠い役職だろう。
「いいか。私が治療できるのは一般人のみだ。中立の立場を取るべき監督役が令呪を持った人間を治療するなど、教会どころか他のマスターからも恨みを買うことになる。清貧で名の通った私の教会だが、そう簡単に戦火に晒されては困る」
「屁理屈は良いから治しなさい。令呪を持っていても、サーヴァントを失った限りはマスターじゃないでしょ。そもそもサーヴァントを召喚していなかったとしても猶更。令呪の兆候だけじゃマスターとは認定されないはずよ」
はぁ、と嫌味ったらしくため息を吐く綺礼。本当、見れば見るほどに神の加護が付いているとは思えない人間だ。しかし、与えられた仕事は必ずこなす人間だというのも事実。死にかけの人間を前にここまで粘るとは、何か理由が有るのかもしれない。
「良いか、凛。監督役というのは聖堂教会から霊基盤と呼ばれるモノを与えられている。これにより、監督役はサーヴァントと契約せずとも召喚や退去を随時確認する事が可能となる。これはお前でも知っているだろう」
「ええ、それで残りの枠を確認していたものね。でも、私がアーチャーを召喚した時点で残りは二枠になっていたはずよ。それが衛宮君の召喚したセイバーで残り一枠になって、それで────」
「いいや、もう枠はない。昨日の
午後八時、という言葉に息を飲む。彼がランサーと激闘を繰り広げていた時間だ。
私が見ている限り、何も異常は無かったと思うが....
「正体不明....有り得ない。霊基盤には、召喚したサーヴァントのクラスも映し出されるはずよ。確かに真名を把握することは不可能だけど、流石に正体不明だなんて有り得ない。言葉の綾でしょう?」
「いいや、全く以って正体不明だとも。召喚されたという事実のみ投射され、残りの情報は一切無し。それどころか、午前零時過ぎになると完全に反応が
「.....午前零時よ」
「ほう。これを全くの偶然と呼ぶには、些か乱暴が過ぎないかね」
「いいから本題に入りなさい。どうせ、見当は付いてるんでしょ?」
そうだ。こう見えて、このエセ神父は霊媒治療のスペシャリストなのだ。聖堂教会は異端を嫌い、魔術の習得は基本的にはご法度。だが、彼は教会の一員でありながら、ちゃっかり魔術協会にも籍を置いている異端者狩りの中の異端者。
それなのに、使い走りとかではなく第八秘蹟会なんて重役に就いてるんだから腹が立つ。あんな大組織だ、自分の教会を持てない神父や修道女が何人いるかなんて分かったものではないのに。
「では単刀直入に言うぞ。虎杖悠仁は、既にサーヴァントを召喚している」
「.......は?」
有り得ない。そんな事が有るはずがない。
そもそも、彼の令呪は"兆候"のまま。兆候とは契約する前の令呪。サーヴァントが召喚可能であるサインでは有るが、本物としての効力は一切持っていないはずのモノだ。加えて、もし仮に召喚に成功していたとしても、あれだけ死にかけて主を守らないサーヴァントがいるものか。
「テキトーな事を言わないで。もしそうなら、アーチャーが見逃すはずがない」
「そうだろう。だが凛。私とて、コレにお目にかかるのは初めてだ」
「お目に.....?何よ、先祖返りでも起こしてるわけ?」
まるで、白毛のライオンでも見るような好奇の目で虎杖を見る綺礼。本当にやめてほしい。その目は、人間に対して向けちゃいけないものだと思う。
ククッと柄にもないような笑い声を漏らすと、私の方に向かい直る綺礼。
そして彼は────
「課外授業だ、凛。宿儺の器という言葉を知っているかね?」
宿儺の器。
それは隔世遺伝ならぬ、覚醒遺伝による特異体質。つまりは、突然変異でのみ発生する生物の特異点だ。その性質を帯びた人間は魂のエネルギーに強力な耐性を得て、その副次的な効果で肉体的な恩恵を手に入れる。
魂とは、肉体に依存しない個体の存在証明。魂さえ健在であれば、人間はひき肉にされようが、自分の肉体をDNA単位で破壊されようが、かつての自分を復元する事が出来る。もっとも、魂は肉体無しには現世に留まれないのがネックなのだが。
そんな珍妙なエネルギーに対する耐性なんて、得たところで普通は何にもならない。せいぜい他人より運動能力の優れた人間として生き、少し長めの一生を終えるのが関の山だ。そもそも母数自体が極めて少なく、千年に一度とまで謳われる超常現象か都市伝説のような存在。魔術協会は、そのようなモノは無いも同然として扱ってきた。
話を変えよう。
英霊召喚におけるマスターの役割とは、主に二つ有る。
一つは、サーヴァントに対する魔力の供給。こちらが主目的だと思われがちだが、実は殆ど意味を為していない。サーヴァントが現世に現界している間は、彼らは聖杯による魔力のサポートを受ける事が出来るのだ。戦闘による継ぎ足しの魔力補給が必要になる事はあるかもしれないが、平常時は契約さえ繋がっていれば魔力を送り込む必要すらないわけだ。
もう一つは、サーヴァントを現世に留める
では、ここで問題。
宿儺の器が英霊を召喚すると、どうなる?
そして、その召喚が極めて不完全なモノだったとしたら?
魔力の不足か、あまりにも乱雑な召喚だったのか。英霊を半端に呼び出し、吹けば散ってしまうような低級霊という状態で召喚してしまった場合、より強く魔力と依り代を求めて英霊はマスターの内側に召喚される。並みの魔術師であれば半受肉し、元の人間の魂が負けて肉体が崩壊してしまうだろう。
しかし、宿儺の器であれば話は別だ。
むしろ弱体化された英霊の魂は内側へと取り込まれてしまう。
要するに英霊の魂が打ち負かされ、一体化してしまうのである。
「────何処かの学術会議で出た、デミ・サーヴァントにも近い現象。こんな存在が公になれば、コイツは瓶詰めにされて叩き売りね」
二人きりになった施術室の中で、後悔にも似た当てつけを呟く。
綺礼から、彼の"直し方"は教えてもらった。後は実践するだけだ。
「ごめんね。効かないかもしれないけど、麻酔はしてるから」
胸の中に溜まった罪悪感を吐き出すように、意味もなく語り掛ける。
ああ、なんて滑稽なんだろう。
今からの行為が、彼への贖いになるかすらも分からないというのに。
「う.....うぅ。ああっ....うえっ....」
────彼を元に戻すには、サーヴァントの力が必要となる。
今の彼は、サーヴァントの魂を半分しか取り込めていない。
つまり、今の彼は只の容れ物だ。英霊の特殊な能力は、何一つ獲得していないのである。
だから、私が残りのサーヴァントの魂を召喚して、その機能を限定的に開放する。
サーヴァントには凄まじい自然回復能力が有る。この程度の傷、数刻あれば全回復するだろう。
「......ごめんね、本当、ごめっ.....っ...!」
しかし、ここで一つ問題が有る。
彼が如何に宿儺の器といえども、残り半分の魂に耐えられる保証はない。
だからこそ、魔術的に"補強"する必要が有った。
よって、教会で保管していた非生物危険魔術品37種に、生物型魔術品13種。
これらを経口投与、及びエキスを肝臓に直接打ち込む事で、彼の身体の強度を上げさせる。
綺礼によれば、これは「マスター確立の援助」として中立行為となるそうだ。
聖杯戦争の円滑な進行のために、必要な事として認められるとか。
まあ、そりゃそうだ。一つ飲ませるたびに、こんなに苦しんでるんだから。
こんなのが彼の為になるなんて、そんなはずがないって話で。
「これで、最後.....最後、だから....!」
全ての魔術品を詰め込み終えれば、後は残り半分を呼び出せば良い。
そうだ。これで、私の仕事は終わりだ。これで彼は息を吹き返す。
これで、助けられた恩なんて忘れて────
「─────それで、殺せばいいの?」
サーヴァントを完全に呼び出すという事は、私の敵になるという事だ。聖杯戦争を終結させるために必要な犠牲となったからには、彼の人権は無いも同じ。殺し殺される殺戮の螺旋階段に、私の手で引き戻される事となる。その余波で、今こうして生死を彷徨っているというのに。
喉までせり上がってきた胃液を押し戻し、頭を冷やす。
.....そうだ。今日まで、私は遠坂の魔術師として十年も鍛錬を続けてきたのだ。親しい人を失う覚悟もしてきたし、人の命を奪う事も有ると分かっていた。
ただ、その二つが重なっただけなのだ。自分を助けてくれた恩人を地獄に引き戻し、もう一度殺すだけ。ただそれだけなのに、こんなに両手が重い。
「......なんでアンタなのよ、本当に」
遂に、手が止まる。こんな事なら、このまま安らかに眠らせた方がいいと、私の中で誰かが囁く。
.....ダメだ。そんな事をすれば、あの子は泣くだろう。私が出てくるのを待っている衛宮君も、きっと自分を責めるんだろう。
ああ、なんて皮肉の効いた美談だろう。
貴方が今まで助けた人達が、今度は貴方を助けようとしている。
これは、そのお返し。ただ自分が許されたいだけのエゴの塊によって、貴方は現実へと引き戻される。目を瞑りたくなるような、残酷な世界へと連れ戻される。恩を仇で返す、なんて言葉じゃ言い切れないだろう。
ああ。きっと、私は許されないんだろうな。
「────恨んでくれて、構わないから」
今日で何度目だろうか。
また、意識が覚醒する。
「─────遠坂ッ!?」
今度の寝覚めは抜群だ。前に意識がぶっ飛んだ時の記憶も鮮明に覚えてる。いや、とにかく今は遠坂を助けなければ。あのセイバーとかいう───
待て、何処だココ?
一面が煉瓦造りの密室で、ドアの一つも見当たらない。周りには家具も何も無く、カソックを着た神父が1人いるだけで──
「目覚めたか、虎杖悠仁」
「.......アンタ、誰?」
「言峰綺礼。聖杯戦争の監督役であり、凛の後見人だ」
「遠坂の.....って、遠坂!アイツは──!」
立ちあがろうとして、自分の手足が縛り付けられているのに気づく。いつの間にか椅子に座らされており、その四脚の足に両手両足を赤い布で括り付けられている状態だ。試しに軽く引っ張ってみたが、布と思えないくらい生地は頑丈だ。何なんだ、コレ。
「お節介も良いが、自分の心配をした方が賢明だぞ」
言峰と名乗った神父風の男は俺の真正面に立ち位置を変えると、何処か切嗣に似ているような胡散臭い笑顔を浮かべ、口角の上がった口を開く。
まるで福音を授けるように。死刑を宣告するように。
何かに満たされたような声色で告げられたのは
「虎杖悠仁。君の聖杯戦争への参加が決定した」
楽しい地獄になりそうだ。
高評価は執筆の栄養ドリンクです。
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