ゴリラは俊足。はっきりわかんだね
「え?」
「.....下がってろ、遠坂」
遠坂の間の抜けた声が、静かな住宅街に響く。
ああ、不思議だ。あんな化物が目の前にいるってのに、やけに頭がクリアだ。セイバーの時とは違う、嫌な興奮の仕方をしてる。いや、興奮とは違うな。コイツは死にゆく前の覚悟に近いモノかもしれない。
「腕。その、腕」
「いいから。死ぬって言ったのは遠坂だろ」
だが好都合だ。さっきまでの状態に比べたら、全然良い。むしろベストポジションだ。肉体的なハンデと精神的なデバフ、どっちを取るかで行ったら前者に決まってんだろ。
だから考える必要はない。左腕を見てはいけない。
感覚だけで分かる。こんなの、碌な事になっていない。
遠坂を突き飛ばし、伸びきった腕にバーサーカーの一撃を受けたのだ。とっさに腕を回して威力を落とそうとしたが、時すでに遅し。むしろ二重三重にスクリューのように左腕が回転し、不格好な飴細工のようになっている。
だが、千切れなかっただけで満足だ。骨が砕けて筋肉が混線しただけだろ。そんなので遠坂が助かったんなら、十分すぎる代償だ。
「バーサーカー、コイツは────」
「■■■■」
言峰の話を思い出す。
.....看板に偽りだらけじゃないか。
どこが弱いサーヴァントだ、こりゃ。
「下がって!」
「■■、■■■!!!」
振り上げられた第二撃を、万全の体勢のセイバーが打ち払う。バーサーカーの一撃が稲妻のような光だとすれば、セイバーのは艶やかな月光だ。一句詠めそうな剣戟とは裏腹に、その情景は華やかさとは無縁も良い所で、刃が交差するたびに無骨な金属音が空気を揺らす。
「ッ────!」
「~~~~~~~~~~」
しかし、どちらが劣勢なのかは素人目にも明らかだ。バーサーカーとセイバーでは筋力量に違いが有りすぎる。バーサーカーの大剣を受ける事はできようと、セイバーは受けた剣ごと押し戻されているのだ。これでは互いに二の太刀は放てない。であれば、より強い一撃を放てるバーサーカーに軍配は上がる。
まるで猟犬の如く、セイバーを追撃していくバーサーカー。ヤツの最大の長所は筋力値だけではない。この巨獣は、さも当然のようにセイバーを優に上回る敏捷性まで兼ね備えているのだ。知性を殺せどセイバーが反撃できないのも頷ける。ここまで圧倒的なフィジカルの優位が有れば、もはや技術など不要なのだ。
「つ、う────」
セイバーの胸から、赤黒い血が滲むのが見えた。
ああ畜生、本当に最悪の巡り合わせだ。セイバーは、士郎を殺しに来ていたランサーとも戦ってたはずだ。サーヴァントの活動現界なんて分からないが、バーサーカーよりは疲弊しているはず。それを更に、こんな形で足を引っ張る羽目になるなんて。
「退いて、虎杖君!"Vier Stil Erschiesung────」
「させないよ?」
遠坂がバーサーカーへと詠唱を開始した一瞬の隙を突き、イリヤの指先から三本の白線が飛来する。だが目視できない速度ではない。空いている右腕に魔力を込めて払い切ると、かち合う度に火花が散った。ランサーの放った魔力の弾にも負けず劣らずの威力だ。
「へえ、良い反応。十年も調整されてないのに」
「訳が分かんねぇっつーの.....遠坂、撃て!」
「急かすな────
何の魔術かは全く分からないが、幾条もの光弾と光線がバーサーカーへと降り注ぐ。一発一発が重火器並みの破壊力を持つ魔力量の掃射。並大抵の魔術師であれば、これだけで物言わぬ肉塊と化すだろう。
だが、英霊の前ではそれすら無意味。バーサーカーの身体には出血どころか、掠り傷すら付いていない。セイバーのように魔術を無効化しているのではなく、肉体が強靭すぎるだけなのだろう。ああ、それ
どうする。アレにセイバーは勝てない。このままではセイバーは殺され、次は俺たちが殺される。セイバーですら負けるサーヴァントだ、俺でも一分保つか分からない。そもそも時間稼ぎを出来る相手でもないし、二人を逃がすには遅すぎる。ここで玉砕覚悟で殺しきるしかないのだ。
────これしか、ないのか。
「.....悠仁、何を」
「悪い。ちょっと行ってくる」
全身の血流が硬直し、逆流するような感覚がする。
自分の肉体を、内側から操り人形のように縛り付けられたような違和感。
心臓から針金を通され、支配されているのだと認識させられる不快感。
だが、それすらも今は心地良い。
その程度で、今の状況がチャラになるってんなら───!!
「─────大丈夫だ、いけるッ!!!」
大地を踏み、巨獣へと跳躍する。舗装された道路は容易く踏み割れ、俺の肉体は弾丸のように前方へと射出された。凄い、これがサーヴァント化の影響か。まだ本調子じゃないってのに、遠坂の魔術で強化した時以上のパフォーマンス。単純な速度なら、今までの虎杖悠仁が出せる全力の三倍は出てるだろう。
だが、結局は巨人に届きはしない。そう直感が言っている。きっと今からやる事は無駄に終わるし、向こうからすればセコい児戯なのだろう。成功率なんて、1を割って0に小数点とコンマを幾つ付ければいいのかも分からない。
「.....イカれてる」
真っ白になった脳に、悲痛な声が届く。
それでも、やらなくてはならない。
だって俺は、
それ以上の理由は無いし、止まる理由は猶更無い。
行け。恐れるな。間合いを詰めろ。中途半端な走り方じゃ薙ぎ払われて終わりだ。武器を持ってない俺にとって、セイバーの"終わり"とは訳が違う。俺に再挑戦の権利は無い。今有る全てを捻りだして、アイツにぶちかませ。
一歩。風に乗り、トップスピードまで加速する。
二歩。魔力を込めた蹴りで、更に肉体の限界を超えて直進する。
三歩。右足を潰すつもりで跳躍し、自殺覚悟で巨獣へと飛び掛かる!
「止、ま、れぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
魔力を惜しみなく使い、セイバーに夢中となっていたバーサーカーの肘先に飛び蹴りを入れる。ああクソッ、マジで固い。何千年とそびえ立ってきた岩山を蹴りつけたような感触だ。それでも物理作用からは逃れられないのか、僅かに剣の切っ先が揺れる。
だが、次の瞬間に待っていたのはセイバーを打ち付けていた荒れ狂う暴力の嵐。急いで魔力で眼力を補正し、跳躍で残った慣性をフル活用して射程範囲から逃れる。まるで隕石でも降り注いだのかという振り下ろしが、足首を掠りかけたのを感じた。
「調子に乗って....バーサーカー、そこのマスターから狙って。そんなヤツは腹から顎まで裂いて血を抜いて、カラカラの干物にして殺しなさい!」
純度100%の殺意の込められた視線が俺に投げられる。間合い、速度、筋力。その全てが虎杖悠仁を上回った怪物が、ただ殺戮を求めて疾走してくる。防御はマズい、いなしたら腕ごと持っていかれる。
「■■■■■■!!!!!」
「クッッ、ソ!どんな
腹を割らんとする横薙ぎを、膝を崩して腹這いとなって回避する。台風でも過ぎ去ったかのような暴風が背中越しに感じられた。間違って跳躍を選んでいたら、今頃あそこに血飛沫が乗っていただろう。
そのまま四方八方に凶器を回転させ、俺へと向かってくるバーサーカー。それを兎のように醜態を晒しながら、逃げ回るように回避していく。今はいい、誉なんて捨てろ。後ろに下がれているだけでも十分だ。
あの巨獣を例えるならブラックホール。光ですら逃げ切ることは不可能。少しでも手を伸ばせば、理不尽な超重力で腕がひしゃげる。そんなモノに生身の人間はマトモに立ち向かえない。だが一つ猶予が有るとするのなら、バーサーカーは本能でしか動けないという事。戦いの直感という観点なら、今まで戦った敵の中で一番マシなはずだ。
そうだ。アレは論外な力を持った、常識内の怪物。
それなら、命を賭してぶつかれば、或いは─────!
「~~!!~~!!~~!!」
「うおっ!?」
剣を構える姿勢を見せてからの、唐突な蹴り。間合いの調整が鈍って見当違いな方向へと飛んだ俺の腹に、大木のような黒い足が深々と突き刺さる。その勢いを制御できるはずもなく、俺の身体は住宅街へと吹き飛ばされ、数軒の壁を突き破って漸く止まった。
「......痛ッ。肋骨逝ってるじゃん」
「!!!!!!!!!」
「ああそう!関係ないよなぁ、お前には!」
コイツ、住宅を薙ぎ倒しながら最短で直進してきやがった。左腕による振り下ろしをバク宙で回避し、右腕の大剣による追撃が届かない場所まで逃げる。だが空振りする度に暴風が建物を破壊していき、地面に剣が振れる度に大地が割れる。正しく、災害の擬人化みたいなヤツだ。
だが、今はこれでいい。引き付けろ。相手を騙せ。
俺を遊び甲斐の有る草食動物か何かだと勘違いさせて─────
「─────何を?」
「■●■!!!!!」
宙に浮かぶ俺へと向けて、バーサーカーの腕が「空」を殴る。次の瞬間、空気の砲弾が俺の全身を殴打した。鉄砲水という言葉が有るように、水や空気とて勢いが有れば人を殺せる。それを起こす主が自然ではなく、それをも凌駕する
そして、何より驚きなのがコイツだ。
キッショ。なんでそれに追いついて来るんだよ、お前は。
「■■■■■■■■■■■■!!!!!」
勝利の雄叫びか、トドメの一撃か、
それとも俺の断末魔だったのか。
理解できぬ言語を聴覚が捉えると共に、
視覚は目の前に迫る拳を映し出して────
「もう、この役立たず.....でもいいわ、こっちはギリギリ生きてる」
────あ、れ。ここ、どこだ
「何の魔術も使えないみたいだけど、マスターに選ばれる理由は有ったみたいね。まあ当然よね。そのくらいじゃないと、私も二ホンに来た意味が無いもの」
────だ、れの、声だ
からだ、が、いたい。せ、ぼね。せぼねが、おれ、た、のか。
うごかん。ち、っとも、うごか、ない。
「ふふ、大丈夫よ。簡単には死なせてあげないから。貴方にはもっと傷ついてもらって、今までの時間がどれだけ恵まれていたのか教えてあげるんだから」
ましょうめん、からなぐられて、せぼね、せぼねがおれた、のか。
いや、ちがう。からだ、からだうごかせ。
しろう。しろう、と、とおさかを、まもらないと。
うごけ。うごけうごけ、うごけ。それすらできなきゃ、オレ、は────
「あ、ァ──────?」
「.....なにこれ。知らない知らない、知らない!」
視界が復旧すると、そこには銀色の少女の姿が有った。
俺の頭をそっと抱え、なにやら魔力を流し込んでいる。
────よし、殺すか
すとんと、木から離れたリンゴが落ちるように、そう思う。
肉が跳ねまくった右腕はぎこちなく動き、少女の首を掴んだ。柔らかな頸動脈が心地よい。
「え.....うゥ.....!やめっ....!」
もう動けないものと思っていたのか、あっさりと右手の中に首は収まった。
良し。バーサーカーって奴が戻ってくる前に、このまま絞め殺してしまえばいい。
ギリギリと万力のように力を加えていく。
少女の首の骨が軋み、苦悶の声が強くなり、やがて少しずつ弱まっていく。
.....彼女の目から流れた熱い液体が。俺の手に落ちる。
「やめ、て.....!」
聞こえない。聞こえない聞こえない聞こえない。
何も俺は聞いてなどいない。何も俺は感じてなどいない。
もし聞こえていたとしても関係ない。俺が同じことを言っても、コイツは俺を殺すだろう。だから、俺もコイツを殺すべきだ。バーサーカーなんて化物がいる限り、俺たちは聖杯戦争に勝てやしない。ここでマスターを殺しておくのがベストな判断だ。
ああ、自分を庇う言葉が止まらない。
殺人を正当化する囁きばかりが頭の中で流れ続ける。
でも必要なんだ、セイギのミカタには。
より多くを守るためには、少数の害悪を掃ける必要が有るのは常識だろ。
決めろ。心に従うのか、信念に従うのか。
たとえ、十年の時を矛盾に変えてしまう行動だったとしても。
たとえ、これから一生後悔するような悪行だったとしても。
俺は────────
ルート確定に大きく関わるアンケです。ご参加ください。
できれば、その足で高評価ボタンも押して頂けるとありがたいです。
次回、「存在しない記憶」
【分岐なし・ルート変動】俺は、イリヤを────
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殺す
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殺せない