原作で虎杖が喋ってるシーンが少ない。
解せぬ。
午前七時過ぎ、学校の校門にて。
桜に合わせて随分と早い時間帯に登校しているため、あまり人の姿は見当たらない。グラウンドを陸上部のエースが走っていたり、気の早いサッカー部の新人がボールを用意していたりしているくらいだ。
「それじゃ、またな。部活がんばれよ」
「今日の買い出しは任しとけ!」
弓道部の頑張り屋さんを二人で見送り、士郎と靴箱で靴を履き替える。クラスは別々なのだが、今日は二人揃って生徒会室に呼び出しを貰っている。
いや別に、何かやらかしたってわけじゃない。士郎と俺は部活に所属していないため、朝早くからぶらついていると自然と目立つ。そこに生徒会の手伝いを頼まれたりする事があるわけだ。そして、別に断る理由もないのでホイホイと行ってしまうのである。
.....呼び込んでおいて実は説教、だなんて事は無いよな?
「おーい、一成!いるかー!?」
「.....虎杖。ノックの手はグーだ。パーで叩いたら音が響くだろう」
生徒会室の扉を叩いてみると、中からノート片手に眼鏡をかけた男子生徒がひょっこり出てきた。
彼の名前は
「まあ良い、二人とも入ってくれ」
「おう、お邪魔しま.....なにこの匂い?」
「ああ、貰い物の昆布茶だ。家の者は俺以外飲まなかったので、こうして消費しているのだ」
だが、それ故に本人の素朴な性格が目立っている。
色恋沙汰には手を出さないし、ゲームは勿論、バラエティー系のテレビの話をするのも聞いたことがない。唯一見ているのはニュース番組なのだが、それもゴシップやスキャンダルではなく時事問題のようなネタばかり。お山の柳洞寺の跡取りなのは知っているが、もう少し俗世を知ってもバチは当たらないと思う。
「これが案外いけるのだが。一杯どうだ?」
「あっと.....悪いが俺も苦手かな。ドロッとしてるのが少し.....」
「なんと。では、早めに案件に手を付けるとしよう。二人とも付いて来てくれ」
やってきたのは化学実験室。ここでは書道部・科学部・漫研の三種の文化系の部活が、曜日ごとに交代で活動場所に使っているらしい。そんな多種多様な部活が使っているのだから、機材はあっという間に消耗するし、私物もドンドン持ち込まれていく。
それで堪忍袋の緒が切れた火元管理の先生が苦情を上げ、同じタイミングで実験室を使用していた部活三つが暖房器具の整備を生徒会に嘆願。それで生徒会は山盛りの私物の撤去作業と、壊れた暖房器具のメンテナンスを余儀なくされたというわけだ。
「.....新品のストーブを買う予算とか無かったのか?」
「いや率直に言うとな。うちの学校、金のバランスが極端なんだよ」
「知ってる。運動系が贔屓されてるもんで、他の予算がカツカツなんだろ?」
「うむ。いくら実力主義とはいえ、これでは文化系が.....虎杖、その段ボールは階段下に頼む」
「にしても大変だな、こんな冬場にストーブ不足か。ウチも壊れたところでさ、エアコン強くしたら電気代が馬鹿にならないし」
「衛宮の家も大変だな。失ってから有難みが理解できるモノは多い。まあ、多少であれば失っても大丈夫なようにするのが俺の仕事.....虎杖、それは屋上前の収納だ」
「おう、鍵は職員室か?」
「いや、前もって開けておいた。点検がてら閉める故、戸締りだけすれば大丈夫だ」
えっさほいさと、士郎が"ご臨終"と判断した家電だの重い物を中心に運搬する。士郎が穂群原のブラウニーであれば、自分は穂群原の飛脚だろうか。自分も一時期、士郎の影響でガラクタいじりを試してみた経験は有ったのだが.....配線の位置関係だの、電熱線の取り換え作業だの。ああいう細かい作業はどうしても長続きしなかった。やはり、人の趣味には個人の性格が出るのだろう。
走り続けること約三十分。冬場での酷使に耐えられなかった旧型家電と、先代から続く悪ガキによって構築された遺留物の山々の封印作業が終了した。中には少々目を引くようなグラビア雑誌が有ったのだが、発覚した時の二人からの視線を思って手を引いた。偉いぞ、俺。
「一成、頼まれてた分は終わったぞ.....一成?」
「────ウチの会計の首根っこ掴んで、悪さしてるのは知っているのだぞ」
「あら、随分と人聞きの悪い言い方じゃない。美綴さんに頼まれて部費の内容を明らかにしただけでしょう?まさか文化系だけ予算増額してたなんて、今年の生徒会長は随分と近眼のご様子で?」
「アレは承認していたと何度言えば分かるのだ!そもそも、お前に脅迫された会計が精神的外傷で一週間不登校になったのだぞ!?」
なにやら一成らしからぬ叫び声がすると思ったが、相手は遠坂だったようだ。
.....しかし、もっぱら良い噂ばかりというわけではない。誰かが彼女に告白しただの求婚しただのといった話はよく聞くが、彼女が誰かと交際しているという話は全く聞いたことが無い。恋愛に興味が無いのか、そもそも男嫌いなのか。これは真実かどうか定かではないが、告白した先輩を屋上の縁に立たせて度胸試しをさせた事も有るとか。
他人を噂だけで判断するつもりは無いが、少し話しかけづらい高嶺の花。
それが、自分の目線から見た遠坂凛という女性である。
「一成。ストーブの修理、終わ.....おっ、悠仁もいたのか」
「ああ、すまないな二人とも。衛宮は視聴覚室の方に来てくれ。死人の皮を被った寝坊助がお前を待っている。虎杖の分は、さっきので終わりだ。もし暇なら一緒に行っても大丈夫だが....」
「いや、運動着でやってたから着替えてーわ。そんじゃ二人とも、また後でな!」
二人に手を振りつつ、二年生のフロアへと小走りに進む。
.....そういえば遠坂、士郎の方を見てた気がするな。面倒事にならなければいいのだが。
キンコンカンコーン、と四時限目が終わるチャイム鳴り響く。ここからはお昼休み。昼食と長い自由時間をまったりと謳歌できる、学生にとっての憩いの時間だ。
ちなみに、この学校には学食派と弁当派というモノが有る。
最初は学食派が大多数だったのだが、あまりにも粗雑な味付けに一部生徒からは不平不満が出たようだ。それに耐えられた猛者....ならぬ味バカどもが学食派。そこから戦略的撤退をし、弁当を持参するようになったのが弁当派である。ちなみに、自分は最古参の弁当派だ。切嗣のおかげで、ウチの一家は藤ねえを除き、生活力には困っていないのである。
「あ、あの、遠坂さん!良かったらお昼ご飯を一緒に....!」
「ありがとう三枝さん。けどごめんなさい、今朝は寝過ごしてしまって、お弁当は持って来てないんです」
「あ、や、そうなんですか.....余計な事をしてしまいましたね」
「余計な事だなんて、そんな事はありませんよ。ぜひ、また誘ってくださいね」
少し遠くの席で、陸上部の三枝が遠坂に話しかけているのが聞こえてくる。古参の弁当派の男子はクラスで自分だけ、新参の弁当派も大半が女子だった。それ故に、昼休みは女の子同士での弁当会って感じになる。女子狙いで弁当を自作するようになった男子もいたようだが、面倒臭さが勝ったのか二学期には雲散霧消した。やはり継続は力なり、と言ったところか。
「由紀っち、綺麗にフラれたね。上級生には告って女性恐怖症になったヤツもいたそうだし、全然傷は浅い方だよ。確実に釣るならアイツの分の弁当も用意しないとねー」
「.....」
「蒔、それなら私たちも食堂で食べればいいだけの話では?」
「.....!」
「ダメダメ、食堂で食べたら男どもの視線がうざいのなんの。それに狭いんだから、その視線も激近だよ?遠坂を外側にするのは何か嫌だし、私が日除け代わりになるのはもっとヤダし」
「.....」
三枝の席を取り囲みながら、なにやら言いたい放題の女子ども。口調が荒い方が蒔寺で、やや丁寧語になっている方が氷室。二人とも陸上部のホープで、生徒会長を悩ませる部費の原因は彼女らの努力の賜物だと噂されていたり。
というか、希望と絶望を交互に与えるのはやめてあげてほしい。三枝が理想を抱いて浮いたり沈んだり忙しくなっている。知らない人が見れば、モグラ叩きの人間版なのかと勘違いする光景が出来上がっているのだが。
....と、何かを思い出したような顔をした三枝がコッチに来た。
「あ、えと、虎杖くん.....?」
「ん、どした?」
「お弁当を食べてる途中で悪いんだけど、ちょっと伝えたい事があって.....」
その瞬間、クラスの女子の視線が一瞬で集中した。流石は思春期の女子、色恋沙汰に関する話には耳聡い。いや、男の方だったほうが面倒かもしれない。三枝のような性格の偏差値が80を超えてそうな女子に話しかけられたとなれば、一週間は口を聞いてもらえなくなる可能性がある。
「あのね、ええと、その、あえと、何言おうとしたんだっけ.....?」
「一回落ち着いて.....そこの陸上部、指差し厳禁!三枝パニックになってるから!」
笑いながら見てくる蒔寺に釘を刺し、顔を真っ赤にしている三枝を落ち着ける。まあ自分は上品か不良と聞かれたら、グレてない不良寄りだと答えられる程度に自覚は有る。三枝のような上品側の女子にとって、こういう人間に話しかけるのは少々ハードルが高いだろう。
「そんで?なんか用が有るんだろ?」
「うん、前々から言おうと思ってたんだけどね....?」
「お、おう」
上目遣いをしながら言う三枝に、少しばかり気圧されてしまった。いかんいかん、緊張しているのは相手の方だというのに自分が自然体でいられなくてどうする。目線は向けられずとも、クラス中の女子がCIAのスパイの如く聞き耳を立てているのだ。ここで選択を間違えれば、卒業まで女子からの視線が痛くなるのは間違いなしだぞ。
口角を適切な角度だけ上げ、安心させるように可能な限りの柔和な笑みを作る。ここまで笑顔に気を遣うのは、中学の卒業アルバムに載る写真を撮るとき以来だろうか。
それで少しだけ緊張が緩んだのか、三枝は意を決したように口を開き.....
「陸上部のゼッケン、そろそろ取りに来てくれないかなって」
「へ?」
「あっ.....知らなかった?陸上部のゼッケンは、学校からの貸し出しになるの。洗濯とかは自分でやって、卒業後に買い取るか返却するか選んで....」
「い、いやそうじゃなくて。俺、陸上部に入部した記憶ないんだけど?」
ほえ?と言わんばかりにポカンとした表情をする三枝。どうやら俺が陸上部に入部したものだと思っていたらしい。
.....なるほど、大体の事情は理解できた。こりゃ
入学以来の腐れ縁にケリを付けるべく、俺は心中で闘志を燃やした。
「あ、あうっ、その.....ごめんなさい.....」
「あっ、いやいや全然!?なんか俺の方もごめんね!?」
「あうぅ......」
「っていう事が有ったんだけど」
「おう」
「いや、"おう"じゃないんだけど」
「おう」
放課後、職員室にて。
今、俺は一人の先生を尋問していた。
罪状は公文書....じゃなくて入部届偽造罪。ついでに三枝を涙目にさせた罪である。
「虎杖.....まだ分からんのか、俺の熱意が!」
「しつけーな!何べんも断るって言ってんだろ!」
「全国制覇にはお前が必要だ!というか、ぶっちゃけお前一人で制覇できる!」
「いや素人が制覇できる競技を勧められても困るんだけど!?」
ハァーッ、とわざとらしいため息を吐く先生にイラっとしながら、俺は退部届を突き付ける。彼の名前は高木先生。この学園の体育教師であり、陸上部の顧問でもある。実力主義で有名らしく、目を付けた選手にはとことんマンツーマンで指導し、そのうち夜が明けるのも忘れてしまうという伝説を持つ熱血教師だ。なんかの拍子で教育委員会から怒られそうな人ランキングの王者でもある。
「お前、陸上の道を進んだ自分をイメージしてみろ」
「陸上に進んだ.....俺?」
「そうだ。日本新記録を連続して打ち立て、全国大会でも圧巻の差で優勝。今の若手と言われる二十代の選手すら押しのけ、高校生という歴代稀を見ない最年少でオリンピックに出場.....」
「おおっ.....」
何やら壮大な話が始まったような気がする。いつもはテキトーに聞き流してきた話だが、将来のビジョンを考えると案外悪くないような気がしないでもない。
「そしてオリンピックでは世界新記録を叩き出す。当然のように国民栄誉賞が与えられ、家は東京のタワマン最上階だ」
「おおっ.....!」
「そして新記録が打ち立てられる度、ウチの高校にはテレビのインタビューが来て特集が組まれる。その時に俺は、"才能の原石に陸上の道を教えた恩師"として出演するんだ」
「おおっ......?」
強欲と貪欲の片鱗が見えたような気がする。気のせいだろうか。
「そして陸上部の強い高校としてのイメージが我が校に完成し、お前には至らずとも優れた選手がジャンジャカ入って来る。その選手が結果を残し、また我が校は陸上の先進校として有名になる!」
「せ、先生!?目がマジになってるんだけど!?」
「虎杖!お前は陸上界における、新時代の台風の目なんだ!!」
いや片鱗どころじゃなかった。コイツ、全身がそういう呪いに汚染されてた。
一成が文化系の予算に難儀している原因って、もしやこの先生が一枚嚙んでいるからではなかろうか。
いかん、この陸上部に入るのはヤバい。このままでは自分も、日本陸上界を発展させるために動き続ける部品の一つにされてしまう。最終手段の"KANCYO"も視野に入れつつ、臨戦態勢を取って反抗の意思を見せる。
「ふん.....だが俺も鬼ではない。正々堂々、陸上競技で勝負だ」
「......ほう」
「俺が負ければオマエの事は諦める。だがしかし、俺が勝ったら.....」
ゴゴゴ....と擬音が付きそうな剣幕で睨んでくる髙木先生。
その目は先ほどまでの口振りからは信じられないほど、スポーツマンの情熱に満ちていた。
「お前は陸上部に────」
「皆まで言うな、面白ぇ....やってやんよ」
そう来られては受けて立つのが世の情け。
だからツッコんでくれるな。
現代テレビっ子は、こういう展開には逆らえないのである。
一成「いや、アホなだけだろう」
士郎「.....否定してやれない。すまん」
次回、「おつかれさま」