R-15の境界線って何ですかね
中に入るのは躊躇われるが、桜が心配だ。
ガチャリとドアノブを音を立てて開け、開いたドア越しに大きな声で呼びかけてみる。これで起きれば自然に終われるのだが。
「おーい、桜。朝ごはんできてるぞー?」
「......んん、ん」
返事はない。代わりに聞こえてきたのは、可愛らしい寝息と寝言だけである。ドアをゴンゴンと強く鳴らしてみたが、やはり起きる気配は微塵もない。こうなっては直接起こすしかない。
部屋の中に入り、桜のいるベッドに近づいてみる。太陽の光を避けて布団の中で丸まって寝ているのか、顔は隠れて見えなくなってしまっている。
「さーくーら!どうした、具合悪いのか?」
「う、ん......んん」
「どっか痛いのか?なにか有ったなら───ッ!?」
頭痛が走る。
あの時の悪夢がチラつき、最悪の想像がよぎる。
......まさか、そんな筈はない。アレは宿儺が見せた幻だ。ちゃんと、桜は生きてる。生きてるはずだ。そうだ、何で俺は震えてるんだ。あんな現実味のない事を信じてどうするってんだ。
「..........」
「桜、生きて......る、よな?」
布団を恐る恐る揺らしてみる。大丈夫だ、腕がコロリと飛び出てくる事はない。良かったと安堵の息を吐き、今度は強めにユサユサと布団を揺する。だが、ここまでやっても起きやしない。
最終手段だ、気は進まないが布団を取り上げるとしよう。
「せーのっ、起ーきーろ!!」
「ひゃうっ!?」
間の抜けた声と共に、布団の中で丸まっていた桜が目に映る。朝日の眩しさに目をパチパチとしながら、冬にしては薄めの寝巻きをひしっと抱きしめている。一緒に映画を見た時は私服だったから、寝間着姿を見たのはこれが初めてだ。
「はい、おはよ。朝ごはん出来てるぞ?」
「おはようござ.....ああっ、忘れてました。すいません、今作るので少し待っててくだ──」
「いや、朝ごはん作り終わってるんだって。どした?」
瞼を擦りながら、ベッドから起き上がろうとする桜。しかし、どうも受け答えが上手くできていない。朝だから寝ぼけているのも有ると思うが、どこかボーっとしている上に顔が少し火照って赤いし。呼吸も少し荒く、息苦しそうだ。
「桜。もしかして、風邪か?」
「風邪?そんな事、ないと思いますけど」
「いやいや、ちょっと熱を.....あっつ!ちょ、体温計!」
おでこにピトリと手のひらを当てると、火傷しそうな勢いで熱が移ってきた。これは風邪というよりインフルエンザだ。聖杯戦争も大変だが、こんな時に重症化しやすい病気とか洒落にならないぞ。
「待ってろ、薬と体温計と栄養の有るモノと.....とにかく、色々持ってくるから。それと着替えだけど、遠坂を呼んでも大丈夫だよな?」
「き、着替えくらいなら自分でできます!もう高校生なんですから、姉さんに頼らなくても.......あっ」
「あー、分かるよその気持ち。俺も藤ねえの事を姉ちゃんって呼んだ事有るしな、凄い分かる」
どうやら本格的に錯乱しているらしい。しかし先生の事をお母さんと呼んだ事が有る人間はクラスに一人はいるものだ、その程度のネタをおちょくるほど俺は小学生ではない。
だが、遠坂が姉と来たか。おっとり系の桜とツンツン系の遠坂じゃ似ても似つかない気がする。いや、お互いに無いものを補い合っているとも解釈できるかもしれんが。
と、いかんいかん。
取り敢えず、桜の容体を二人に伝えねば。
「......遠坂、そろそろ入っていいか?」
「良いわよ。着替えも終わったし、体温も測り切ったから。それと、氷嚢の予備はある?」
「士郎が作ってる最中。あと、タオル持ってきた」
「OK、氷枕の上に敷いておいて。桜、頭起こせる?」
「遠坂先輩、その.....そこまでしなくても」
桜の頭を持ち上げ、氷枕の上にそっと乗せる遠坂。そして、もう色々と覚悟したのか、されるがままに介護されている桜。薄幸美少女モノの映画のワンシーンだと言われても文句の無い光景である。
熱は37.6℃と大騒ぎをするほどでもなかったが、それでも大騒ぎをするのが俺たちだ。目配せだけで役割分担を終え、三人体制を確立。土蔵から加湿器やら湯たんぽやらを発掘し。次々と桜の部屋の中に持ち込んでいった。
それにしても、遠坂がここで動いたというのは驚いた。普段は自分中心のイケイケみたいな節なのに、まるで別人のように桜の面倒を見ているのだ。もしかしたら学校内でも縁が多々有ったのかもしれない。
「あのね、病人がこっちの心配をするんじゃないの。手が空いてるのが四人もいるんだから、貴方は私たちを心配するくらいなら早く治すのに専念しなさい」
「は、はい。分かりました」
「病人に詰め寄んなって。それと桜、朝飯は?』
「すいません。食欲が、あまり.....」
「いーよ。代わりに生姜湯とか使ってみる」
んじゃ、と一言添えて桜の部屋を退出する。遠坂も口は悪いけど桜の看病には手を抜いてはいないし、この調子で任せていても良いだろう。今のうちに、俺もやるべきことをやっておかないとな。
ピッポッパ、と軽快なプッシュ音が廊下に響く。
電話している先は一成だ。彼のクラスの担任は藤ねえだったはず。藤ねえは放任主義に見えて心配性なのだ。今日学校を休む事を代わりに伝えておかなくては、残業を切り上げてでもウチに突撃されかねない。
『もしもし、柳洞です』
「おー、一成!今から出るところか?」
『なんだ、虎杖か。こんな朝からどうした?』
「いや、藤村先生にちょいと伝言頼みたくてな?一成は先生方とも仲良いし、話しづらいって事はないって思ってさ」
『ああ、藤村先生にはお世話になっている。話しづらい事は無いと思うが』
やはり素行の良い一成に伝言を頼むのが正解だな。士郎なら兎も角、俺が学校で話しかけても二言目にはお説教かお小言が飛んでくる。あの人も若い頃はブイブイ言わせてたと聞くが、これが同族嫌悪というヤツなのか。
「あー、それがさ。桜って人がウチに泊まってるんだけど、その人がちょっと風邪気味になっててさ。看病の為に俺と士郎は学校を休むって伝えてほしい」
『欠席連絡か。ところで、その桜さんという人は.....』
「お察しの通り、俺らの後輩。泊まることになった原因は成り行きだし、何か間違いが起きる事はないから安心してくれ」
『.....まあ、衛宮と虎杖なら心配は不要か』
一成はこういう時、余所は余所だと線引きして考えてくれるのでありがたい。俺や士郎の複雑な家庭環境にも深く手は突っ込む事もなかったし、藤ねえと同じところに住んでることにも特に驚く様子は見せなかった。
カリスマにルックス、おまけに気配りまで兼ね備えてるとは恐れ入る。こりゃ、生徒会長になる器ってわけだ。
『しかし、今日は学校に来なくて正解かもしれん。恥ずかしい話だが、最近調子が悪くてな。休むほどではないが、もしお前たちに移してしまえば顔向けが出来んところだった』
「どした、風邪か?」
『咳や鼻水といった症状はない。単に身体の疲れが取れず、寝つきが悪くなっただけだ。念のため医者にもかかったが、ただの疲労の溜まりすぎだと言われた次第でな』
......魔力とは、生命力であるという話を思い出す。
柳洞寺の裏にある池には、良くないモノがいる。アレを何と表現したら良いのかは分からなかったが、人間の手に余る不吉なモノだというのは確かだ。アサシンの宝具なのか"真人"関連の何かなのかは分からないが、アレが一成を襲わない保証はない。
『もしもし......虎杖、どうした?』
「ああ悪い、ちょっとボーッとしてたわ」
『お前もか。看病もいいが、お前達は他人に尽くしすぎる悪癖がある。自分自身も労わるが吉だぞ』
「分かった、士郎にも伝えとく』
『では、そろそろ学校に行かねばな。切るぞ』
流石は寺の跡取り息子、電話の向こうでも南無とか喝とか言ってるのが目に見える。何はともあれ、これで藤ねえの問題は解決だ。後は桜の元に栄養の有る物を届けてやればいい。
しかし、生姜や蜂蜜では足りないだろう。発汗効果と体力回復に効き目はあるが、いかんせん摂取量と栄養価が低すぎる。今の桜でも食べられそうな料理といえば.....
「果物かな。確か缶詰が......おろ?」
居間に戻り、缶詰を入れていた棚を開けてみるも中はすっからかん。そういえば、こないだ使ったヨーグルトので缶詰は品切れになってた記憶がある。滅多に使わないからって買い足さなかったのは馬鹿だった。
廊下の向こうから話し声が聞こえる。どうやら士郎は桜の部屋にいるみたいだ。遠坂も看病中なのだから、きっとそこに混ざっているのだろう。
なら、少しくらい空けても問題はあるまい。
書き置きを残して、さっと買い物に行ってこよう
「.......缶詰だけにするって決めてたのに」
世の奥様方を対象にした平日のバーゲンセールに飲み込まれてしまった。商業戦略と分かっていても、自分はこういうのに相変わらず弱い。士郎も十週打ち切りの漫画とかが好きだったりするし、衛宮家の人間は割とノリで生きているのだろうか。
「冷凍うどんに海藻類、ネギに卵に、スポーツドリンクに冷却シート。お値段全部合わせて......バレたら大目玉だな」
昨日のケーキ屋事変といい、最近はバカにならないくらいのスピードで財布の中が冷え込んでいる。こういう買い物の代金は藤ねえにレシートを見せたら通帳から還元して貰えるのだが、暫くは来れそうにないって言ってたし。
結構バイトには行ってたから個人的なヘソクリは有る方だと思うのだが、このままでは俺の懐がツンドラ地帯になってしまう。聖杯戦争というのも困ったものだ。
「..........さて、と」
商店街の出口まで歩いてきた。
ここを出れば、もう引き返す事はない。
引き返す必要も無いのだが────
「いや、何考えてんだ俺!アイツは妹でも何でも無いし、人に奢らせて持ち帰りのケーキまで頼むような連中だぞ!?」
邪念よ去れ、とばかりに頭を振る。確かに今日はいないのかと拍子抜けしたが、そもそも俺と彼女らは敵同士だ。士郎はマスターだからまだしも、俺の場合は殺し合いは避けられない。そんな血に塗れた関係に健全さを求めようだなんて馬鹿げてる。
どうせ殺し合うなら、初めから出会わなかった方が良いのでは無いか。向こうは魔術師だから心の殺し方は知っているのだろうが、俺はどうしても躊躇してしまうのだろう。なら、これ以上親交を深める必要なんてない。そもそも、向こうが今日来てるかも分からないじゃないか。
ああっ、クソ!
決めるなら早く決めろ、時間が勿体無い!
俺は───────
知らん間に2日経ってました(言い訳)
連休って怖いね。
俺は─────
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あの裏路地に行く
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真っ直ぐ帰る
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間桐邸を見に行く