見滝原に魔法少女(幻想体)が居るのはおかしくないよね? 作:黒月天星
そこは、まさに子供の夢の世界と言えた。
チョコレート、レーズン、クッキー、ビスケット、生クリームにドーナッツ。見渡す限りのお菓子の山。それも一つ一つが特大であり、比喩でも何でもなく山となり川となり壁となっている。
お菓子の家を越えたお菓子の世界。それは小さな子が間違いなく夢見た理想。
しかし菓子の隙間から見えるのは、紛う事なき病院の姿。
清潔な廊下。消毒液の香る部屋。無機質に光る注射器や聴診器。子供が見れば恐れおののく悪夢が、理想の菓子の夢と両立していた。そんな場所を、
「……はぁ……はぁ」
『これは、ちょっとばかり困った事になったねぇまどかちゃん』
まどかとその肩に乗るキュゥディーは、息を切らせながら彷徨っていた。
事は少し前、病院にてさやかが孵化寸前のグリーフシードを見つけ、セイに連絡を取った時に遡る。
『すぐに退避しなさい。良いわね?』
その言葉を最後に通信を切られたさやかは、少し思い悩んだような顔をする。
セイの指示は正しい。いつ目の前のグリーフシードから良くないモノが産まれてもおかしくない以上、一刻も早く離れる事が望ましい。まださやかには眷属はともかく本体をどうにかする力も手段もないのだから。
だがそこで、さやかは隣に居るまどかと、自分の背にそびえる病院の一室をちらりと見る。
「……まどか。まどかは先に」
「ダメだよさやかちゃんっ!?」
さやかが何を言うか察したまどかはさやかが言い終わる前に声をあげる。
「わたしにもセイさんの言葉は聞こえたよ。逃げるならさやかちゃんも一緒に」
「勿論わたしも逃げるって。でも……ぎりぎりまでコイツを見張ってから。先生がああ言ったって事はそう長くはかからないと思うけど、それでも万が一って事があるしさ。そうなったらあたしが少しでも時間を稼がなきゃと思って」
さやかは先ほどセイと連絡する時に使った小さな剣の飾りを軽く指で弾く。するとポンっと音を立て、飾りは普段さやかが使っている長剣へと姿を変えてその手にスッと収まった。
「大丈夫! その為にこれまで先生に剣を教わったんだ。外へ漏れ出てくる使い魔の一体や二体くらいならどうって事ないって。……だからまどかは先に行って」
そう言って心配させないよう二カッと笑うさやかに対し、まどかはしばし逡巡した。さやか自身は気づかせないように振舞っているのかもしれないが、付き合いの長いまどかからすれば分かってしまったのだ。さやかがほんの僅かに震えていると。
それは当然の事だった。一回の中学生が戦いに恐怖しない方がおかしい。また、これまではまだセイが近くに居るという安心感があったが今回はそれもない。
無理にでも止めるべきだろう。でも、さやかの皆を守りたいという気持ちも分かってしまう。まどかは悩み……その上で小さくコクリと頷いた。
「分かったよさやかちゃん。でも、絶対無理はしないでね。あくまで見張るだけなんだからね」
「任せなさいって! ……あっ!? そうだ! 結局恭介には渡せなかったし、最悪戦いになったらぐちゃぐちゃになっちゃうかもしれないからこれ持ってって! 後で食べよう」
そこでさやかはまたバッグの中をごそごそと漁りだす。
『おっ!? なんだいなんだい? さっき僕がちょ~っと席を外している間に買ったっていうお見舞いの品かい?』
「こらキュゥディー覗くなって。今見せてあげるから…………へへ~ん! どうよこれ!」
さやかは恐怖を振り払うために半分空元気をかましながら、それを手に取り見せびらかす。
「
「うん! 預かってるね」
『げっ!? 早く仕舞ってっ!?』
まどかがさやかからケーキの箱を受け取り、それを見てキュゥディーが何故か少し顔色を変えて叫ぶのと、そして先ほどまで静かに一定の間隔で脈動していたグリーフシードが急に激しく脈動したのはほぼ同時。
次の瞬間グリーフシードから眩くも妖しい光が放たれて周囲を照らし、
「……あれ? どこここ?」
『あちゃ~。こういう流れになっちゃったかぁ』
まどかとキュゥディーは、魔女の結界に囚われていた。
こうして冒頭に戻るのだが、既に結界内部に囚われてからそれなりの時間が経つ中、まどか達はどうやら一緒に入ってしまったらしいさやかと結界の出口を探して彷徨っていた。
幸いな事にキュゥディーによると、出口の付近にさえつけば無理やり脱出口を作る事自体は可能だという。とにかくさやかちゃんを探さねばと恐怖を堪えながら歩くまどかだったが、
「……はぁ……喉乾いたねぇ」
「そうだねぇ。おまけに魔女の結界の中は外より負担が大きい。一般人じゃちょっと歩いただけで外でマラソンするのと同じくらいキツイよ」
見た目のファンシーさに反比例するような息苦しさ。歩き続けた疲労等が着々とまどかを蝕んでいた。ならそこらにある菓子や飲み物を食べて休めば良いかと言えば実はそうではない。
『“よもつへぐい”って知ってるかいまどかちゃん。知らない? そっか~。まあこんなあからさまにとんでもない場所の食事を無暗に食べちゃいけないよって事。ほらっ! 毒があるかもしれないしさ。魔法少女やさやかちゃんみたいな加護で守られた人とかなら耐性があって平気かもだけど、一般人のまどかちゃんは念の為に食べない方が良いかなぁ』
そういうキュゥディーの忠告に従い、まどかはこれまでのお菓子達をスルーしていた。しかしそれでも辛い物は辛く、近くには誘惑ばかり。
甘く美味しそうな香りは鼻孔からまどかを誘い、カラカラに乾いた喉を湿らせるのに丁度良いジュースの小川も流れている。おまけに座って一息つくのに丁度良さそうなキャンディーの東屋とビスケットの椅子とテーブルまで有るとあってはたまらなく、まどかはついこんな事を口にする。そう。
「あ~あ。
『……へぇ~。
「キュゥディー?」
少しだけ、ほんの少しだけ雰囲気の変わったキュゥディーを訝しむように見つめるまどか。キュゥディーはそのまま何かを言おうと口を開き、
『なら……おっと!? まどかちゃん後ろっ!?』
「へっ……きゃあっ!?」
キュゥディーの言葉に振り向いたまどかは、いつの間にか背後に忍び寄っていた影に驚いて尻餅をつく。
「ね、ネズミ?」
『どうやらここの魔女の使い魔らしいね』
それはまどかの言うように、どこかネズミのような雰囲気の使い魔だった。大きな耳に細長い尻尾と、丸い胴体から伸びる小さな手足。そして顔のある筈の部分に顔はなく、代わりに円形のスタンプのような形になっている。
そんな使い魔がじりじりとまどかにちかづいていたのだ。まどかは慌てて立ち上がり距離を取る。しかし、
「ウソっ!? 沢山居るっ!?」
『どうやらさっきまではこの結界が出来たばかりで、使い魔もほとんど居なかったんだろうね。でも時間が経てばこうして増えていく。まさに見た目通りネズミ算って事かい』
一匹が二匹。二匹が四匹。四匹が八匹。八匹が……数える事すら馬鹿らしい。
次から次へとあちこちからネズミ使い魔はやってきて、気づけばまどか達はすっかり取り囲まれていた。まさに絶体絶命の状況なのだが、
「襲って……こないね」
使い魔達はじりじりと包囲を狭めては来るものの、何かを窺うように飛び掛かっては来ない。
『……なるほど。持っているのは分かったけれど、下手に襲って台無しになったらマズいって所か。これは困りものだねぇ』
何かを察したようにキュゥディーはそう呟くが、まどかからしたら大ピンチなのに変わりはない。何かきっかけがあったら次の瞬間一斉にネズミ使い魔達に群がられる未来しか見えないのなら猶更だ。いくらか見た目がファンシーなのが唯一の救いと言える。
(セイさん……早く来てっ!?)
内心そう神頼みならぬ魔法少女頼みをするまどかだったが肝心のその人は来ない。そうして無常に包囲が狭まっていき、いよいよまどかにネズミ使い魔達の魔手が伸びる……その時だった。
『そこのビスケットに飛び乗ってっ! 早くっ!』
どこからか聞こえたその謎の声につい反射的に従い、まどかは肩にキュゥディーを乗せたままビスケットのテーブルによじ登る。ネズミ使い魔達が追いすがろうとした次の瞬間、
ザザーンっ!
突然の事に使い魔達は大混乱。どうにか踏ん張った使い魔達も、緑の波に触れた傍から力なくその場で崩れ落ちて流されていく。
「な、なにがどうなって」
『これは……まさかそっちが来るとはねぇ。セイの時と言いこれは予想外だ』
ぎりぎり飛沫が届かないビスケットの上でこの大惨事を見守るまどかとキュゥディー。すると、
ぱちゃん。ぱちゃん。
『危ない所だった。……こほっこほっ。大丈夫?』
水溜りのようになった周囲に足音を響かせ、小さな咳と共に一人の少女が姿を現す。
緑色のふわりとした髪に、まるで西洋の小姓が着るような仕立ての服とズボン。おそらく整っているだろう顔の上半分、特に目の辺りをくるりと布で巻いて目隠しし、腰からは小さなハンマーのような物を提げたどこか中性的かつ小柄な少女。その者こそ、
『ボクはユウ。
何とは言いませんが三人目です。ちなみに名前の由来は安直ですが『勇気』の魔法少女から。フンちゃんと悩みましたがユウの方が中性的だったので。
ちなみにネズミが出て来なければ、色々すっ飛ばしてキュゥディーがまどかにセールストークをかましていました。言葉の上とはいえなりたいと願うなら叶える手段を提示しないとね! ……まあべぇよりは詳しく説明もしますが。代償とか結末とか。