見滝原に魔法少女(幻想体)が居るのはおかしくないよね? 作:黒月天星
魔女の結界。それは哀れな獲物であるヒトを誘い込む魔性の領域であり、逆に言えば一度入ってしまったら最後、自力脱出はまず不可能である。
だが、今この魔女の結界には例外が起きつつあった。つまり、
「大丈夫ユウさん? ほら! 出口だよっ!」
ある黄金の魚が結界に入る際に開けた穴から、まどかとユウが顔を見せる。しかしその様子は普通とは程遠かった。
『……うぅ……うぐぅ……はぁ……はぁ』
まどかが恐怖に震えながらも、何かに苦しみ息を荒げるユウに肩を貸す形で歩いていたのだ。どうにか二人は結界を抜けると、大きく息を吐いてその場に倒れ込む。
『……はぁ……はぁ……ありがとうまどかさん。すまない。魔法少女なのにこんな醜態を晒すなんて』
「うう~ん。それを言ったらさっきも咄嗟に庇ってもらったしお互い様だよ」
痛みからか疲労からか脂汗を流すユウに、まどか自身も疲れていたがどうにか笑い返す。
つい先ほど、お菓子の壁を食い破り狂気を孕んだ笑い声を響かせてまどか達の前に現れた黄金の魚。それはほんの僅かに菓子を食い散らかす動きを止め、まどか達を睥睨したのだ。
ただの視線。しかしその圧は凄まじく、まどかは「ひっ!?」と小さな悲鳴を上げて腰を抜かし、
『まどかっ!? 下がっ…………ぐぅっ!?』
一歩前に出たユウはハンマーを振るって小波を起こそうし、次の瞬間急に頭を押さえて膝を突いた。
『黄金の……魚? ……水と桃の大蛇…………青い修羅にして剣鬼…………そして虚無の……ぐぅぅっ!? 頭が……こんな時にっ!?』
良く分からない単語を呟きながら、ハンマーを取り落として苦しむユウ。それを見た黄金の魚は、
『ハハハハハ………オット。ワルイナ』
「えっ!? 今、喋って……」
一瞬、笑うだけだった黄金の魚がノイズのかかったような、しかし狂気の薄まったような
『ホゥ……ソレ、モラッテクゼ』
言葉と共に、その巨躯に似つかわしくない細長い腕がまどかへ向けて素早く伸びる。咄嗟に目を瞑り衝撃に備えるまどかだったが、魚の細腕が狙ったのはまどかではなくその足元。
ついさっき腰を抜かした時に鞄から転がり出た、箱に入った
「ひっ!? …………あっ!? そ、それ……」
『サッサトカエリナ。デグチハアチラ…………ハハハハハハっ!』
まどかが拾い上げる前に魚はさっと箱を奪い取り、それだけ言ってまた笑い声をあげながらどこかへ凄まじい勢いで消えていった。呆気にとられるまどかだったが、
『ぐぅ……あ、ああっ』
「ユウさんっ!?」
依然として謎の頭痛に苦しむユウに駆け寄り、先ほど黄金の魚が指し示した方向に見える穴……結界の隙間からどうにか脱出を果たしたのだ。
『……はぁ…………くっ!?』
脱出した直後、ユウは懐から何かを取り出そうと手でまさぐり、その手が空だったのを見て小さく悪態をつく。
「ユウさん? さっきから苦しそうだけど、まだ具合が悪いの? それともどこか怪我でも」
『いや、そうじゃないんだ。これは発作みたいなもので……参ったな』
まどかの心配そうな声に、ユウは心配させないよう少し硬い笑顔で返し、その後少し考える。そして、
『ねぇまどかさん。ボクはこれから一度家にグリーフ……ああいや、発作の薬を取ってくる。この状態じゃ君の友達を探すどころじゃないからね。一番良いのはボクの友達が君の友達を見つけて脱出する事だけど、さっきの……明らかに外部からのイレギュラーが混じっている以上楽観視も出来ない』
「それは…………そうですね」
まどかとしてはすぐにでもまたさやかを探しに行きたい所だが、間違いなく自分一人では手に余るし、頼みの魔法少女もこの状態では仕方がない。でもと叫びたい気持ちをぐっと堪えて頷く。
『出来るだけ急いでここに戻るつもりだけど、君はここから離れた方が良い。でももし友達の事が放っておけないのならここに残り、ボクの友達のマミという人が中から出てきたら伝言を頼むよ。“さっきのイレギュラーの件もあるし、ボクが戻るまで再突入は待って”ってね。……じゃあっ!』
そう言い残し、まだ少し頭を押さえながらもユウはタンっと地を蹴りその場から走り去ってしまう。
それを見送ったまどかだったが、当然自分だけ帰るという選択肢はない。また結界に囚われないよう少し離れた所に移動しようとして、
「行こうキュゥデ…………キュゥディー?」
そこで初めて、いつの間にかあの白い獣が姿を消している事に気が付いた。
一方その頃。結界最奥にて。
ダダダっ!
勢い良く放たれるビームの如き弾丸が、グリーフシードから孵ったばかり小さなぬいぐるみのような魔女を貫いていた。
この容赦のない攻撃をしたのは、歴戦の魔法少女である巴マミ。彼女の展開したマスケット銃は、今も揺らがずこのお菓子の魔女に狙いを定めている。
「やったっ! 流石マミさんっ!」
「いいえ。まだよ」
先制攻撃が成功した事に喝采を上げるさやかだが、まだお菓子の魔女が立ち上がろうとしているのを見てマミは油断なく次の手を仕掛ける。
クルクルクル……バシィっ!
マミの意思によって自在に動く黄色いリボン。それがしゅるりと伸びてお菓子の魔女に絡みつき、雁字搦めにその身体を拘束する。
それと同時にマミの手元に光が集まり、普段のマスケット銃ではなく巨大な銀の大砲が出現する。
「これで……終わりよっ! ティロ・フィナーレっ!」
轟音。まさにとどめの一撃の名にふさわしい極大の砲撃が、結界内を震わせぬいぐるみを飲み込んだ。
先制攻撃によって体勢を崩し、リボンによって拘束し動きを止め、必殺の一撃で吹き飛ばす。それは普通の魔女相手なら過剰ともいえるほどに徹底的な戦術。
実際後方で隠れて様子を窺っていたさやかはその圧倒的なまでのマミの強さに感動すらしていた。しかし次の瞬間、
グワバァっ!
砲撃の直撃を受け全身黒焦げになったぬいぐるみが一瞬ぶるりと震え、その口から凄まじい勢いで何かが這い出した。それは見る見る内に大きく、細長く伸び、黒い表皮とカラフルな色彩の模様を持った蛇のような姿となってマミに襲い掛かる。
鋭い牙は鈍くギラリと光り、それは人一人の身体くらい簡単にかみ砕けるだろう。普段は可愛らしいぬいぐるみの姿で油断させ、倒したと思わせた瞬間本性を晒しカウンターを決める初見殺し。
並の魔法少女なら一対一ではまず引っかかる致命の一撃。……ただし、
「そう来ると思っていたわ」
(いくら孵ったばかりとはいえ、ここまで呆気なく……いえそれよりも、さっき見た何かに齧りとられたような破壊の跡とこの魔女はどうしても結びつかない。という事はつまり……
戦いの中、ここまでの道中や魔女の様子からまだ何かあると呼んでいたマミは、すぐさま大砲を消してマスケット銃を再展開。迎撃の準備を取る。そして、
ボンっ! ダダダンっ!
「今のは……アナタね暁美さん」
マミはちらりとすぐ後ろに立つほむらを見る。自分の攻撃以外の何かで魔女の気が僅かに逸れた事を察したのだ。
ほむらは何も言わず、何か盾のような物を構えて油断なく魔女を見据えている。
「あらだんまり? 援護にお礼は言うけど、次からは事前に言っておいてもらえると嬉しいかしら」
「咄嗟だったから。それに奴を見なさい」
ほむらの指し示すのは、ぬいぐるみの時と同じく口からまた新しく次の大蛇へと脱皮し、先ほどの攻撃で受けた傷が完全になくなっている魔女の姿。
「生半可な攻撃は無駄のようね。息を合わせづらいと思うのなら、巴マミ。ここは私に任せて美樹さやかを連れて下がる事ね」
「あら? 問題はないわ。これでもそこそこ経験は豊富だもの。そういう事が出来るとさえ分かっていれば、ある程度息の合わせようはあるわ」
ガチャン。ジャキっ!
ほむらとマミはそれぞれ一歩前に踏み出し、互いに拳銃とマスケット銃を構えて威嚇する魔女に向ける。
チチチチチチチチチチっ!
魔女もここが正念場と察したのか、一声咆哮をあげると大量のネズミ使い魔達を呼び寄せた。
「マミさんっ! ほむらっ! その化け物をお願いっ! 大丈夫……少しはこっちで保たせるからっ!」
さやかも剣を構え、じりじりと迫るネズミ使い魔達に向き合う。魔女には歯が立たなくとも、少しでも二人の露払いが出来るように。
高まる緊張。圧力。そしてほんの僅かな静寂が周囲を包み、
「「さあ。行くわよっ!」」
ガブッッっ!
『アッハッハッハッハ!』
開戦直前、突如壁をぶち破って現れた黄金の魚が、お菓子の魔女のどてっ腹に食らいついた。
祝! マミさんマミられ回避! 原作では仲間が出来た喜びで浮かれて残心を怠ったけど、最初から油断一切なしならこれくらいの初見殺し回避出来るよねという話です。
そして代わりにお菓子の魔女が食らいつかれる模様。なおこの黄金の魚、正気で狂気染みた事をやらかすから困ったりします。魔女だって食べます。