見滝原に魔法少女(幻想体)が居るのはおかしくないよね? 作:黒月天星
それはある意味で爽快だった。
『ふぎゃっ!?』
空高くさやかの張り手にて舞い上がる白い獣。動物愛護団体に訴えられそうな構図ではあるが、キュゥディーのボディ及び中身のこれまでの所業を考えれば、手のひらをドリルよろしくくるくる返してもっとやれと言う事請け合いである。
しかしながら、
キュゥディー本人が言う通り、彼の姿は見せようと思った者か素養がある者、或いは直感の鋭い幼児ぐらいしか見えない。
つまり傍から見れば、さやかが急に良く分からない声を上げながら、まどかの頭上に向けて張り手を向けて空振ったという不本意な状況に見える訳だ。自然と周囲の視線も集中する。だが、
「……んにゃろっ!」
ギュンっ!
一瞬さやかの目がギラリと輝いたように見えたかと思うと、そのままの勢いでさらに一回転。バレエ選手もかくやという鋭さと柔らかさで、くるりとまどかへ抱き着いた。
「えっ!? え~っ!?」
「……あはは。これぞ、前から密かに練習していた秘技ダイナミックハグ! と言いたいトコなんだけど、今のは単に飛び込む目算をミスっただけだったり。……おはようまどか! あとごめんね。大丈夫だった?」
「う……うん。大丈夫だけど。おはようさやかちゃん」
「良かった~!」
謝るさやかにまどかは何とも言えない顔をし、周囲からはある意味の妙技に少数ながら拍手まで起こる。それに照れ笑いしながらどうもどうもと返すさやか。
「もう。急に走り出すから何かと思いましたら……危ないですわよさやかさん。じゃれ合いはほどほどに。まどかさんも困っていますわ」
「いやごめんって仁美。あたしとしては、たま~にあたしの嫁にこう直接的な愛情表現をぶちかましておかねばと思う訳なのですよ。その思いがちょいと爆発しちゃってさ」
後から追いついてきた仁美が窘めると、さやかは手を合わせて許してポーズをとる。そして、
「……昨日の事もまとめて昼休み。屋上で」
さりげなくまどかの耳元でそう呟いたかと思うと、すぐさまいつものようにおちゃらけた態度に戻って歩き出した。
『……へぇ。これは少々予想外だねぇ。イテテ』
「キュゥディー。大丈夫だった?」
いつの間にかしれっと戻ってきて、わざわざそこらから木の枝を拾ってきて杖を突くジェスチャーをするキュゥディー。
まどかの心配する声に平気平気と返しつつ、また懲りもせずまどかの肩に乗る。
「ねえ? キュゥディーの能力って案外効いてない人が多くない?」
『それを言われたら困るなぁ。でもね。ほらっ! 他の人にはやはり見えていない。となるとさやかちゃんが特別という事になるね』
実際杖を突く小動物という珍しい生物が居るのに、周囲からの視線はない。能力自体は効いているのだ。
「となると……どういう事なの?」
『さ~てね? ここは昼休みまで待とうじゃないか。……面白くなってきたね!』
「そういう問題じゃないよぉ」
どこか面白がっているキュゥディーにため息を吐きながら、まどかはさやか達を追って学校への道を歩き始めた。
(やはりキュゥべえが接触してきたわね。でもそれにしては何かこれまでの回と違う。少し調べてみる必要がありそうね)
……その姿を、影からこっそり見つめているほむらに気づかずに。
まどか達が通う見滝原中学校は、些か教育機関としては前衛的な試みをしている。
教室は全面ガラス張り。黒板は電子化され、生徒一人一人が個人用のノートパソコンを支給されるというのは中々ないのではないだろうか? 外からも中からも丸見えなので、廊下に立たされでもしたら非常に気恥ずかしいのは間違いない。まあそれは前時代過ぎる所業なのでないだろうが。
しかしながら、どれだけ場所や機材が先進的だろうとも、授業を行うのは教師と生徒であるという事に変わりはない。よって、
「良いですか皆さん。決して朝食の飲み物はコーヒー派か紅茶派とか、入れるなら砂糖かミルクかとか、そういった事に無駄にこだわるような相手と付き合ってはいけませんよ!」
今日も今日とてまどかのクラスの担任教師、早乙女和子34歳は絶好調であった。毎度毎度、細かなこだわりを持つ彼氏と付き合っては破局するというやや不遇な女性である。
ひとしきり熱弁を振るった後、それまでの事を無かったかのように粛々と授業を進めていく早乙女先生。
だが、その日の授業内容をまどかはあまり覚えていない。それどころではなかったと言うべきか。
なにせ朝の出来事。さやかがキュゥディーが視認できたという事実だけでも驚きなのに、昼休みにはその事に加えて昨日の事も話す必要がある。考えるべき事は多い。さらに、
じ~っ。
(やっぱり……誰かに見られてる)
時折、荒事にとんと縁のないまどかですら分かるほどの強い視線を感じるのだ。それも正確に言えば、まどかの机の隅で丸まって微睡んでいるキュゥディーに向けての。そのくせその本人がどこ吹く風でうとうとしているのがより質が悪い。
キュゥディーを見ているとなるとさやかちゃんかなと、まどかは一人で納得しているが、実の所ほむらからの殺意すら乗ったそれも混ざっていたりする。
さて。場面は跳んで昼休み。約束の時間である。
途中キュゥディーがいたずら気味に、“は~いちゅうも~く! マイクテストマイクテスト。聞こえてるか~い?”と、
「お二方。宜しければ食堂で一緒に昼食を頂きませんこと?」
そう仁美が二人に切り出したのは、友人としては普通の事だった。だが、今日に限っては間が悪い。
「あ~。ごめん仁美。実は今日はちょっとまどかと大事な話があってさぁ。ちょっと二人っきりで屋上に行ってくるわ」
「うん。ちょっと人に聞かせづらい大切な話があって。だからごめんね」
まどかとさやかはそうやんわりと断りを入れる。のだが、
「二人っきりで人に聞かせづらい大切なお話……まさかっ!?」
一瞬考え込んだかと思うと、仁美は急に赤面しつつ頬に手を当てる。
「まさか昨日の今日でお二人はそんな間柄にっ!? いけませんっ! いけませんわ女の子同士でっ! それは禁断の恋の道ですのよっ!?」
「いやなんでだよっ!? そうじゃなくてあたし達は」
頭の中の妄想をどんどん膨らませる仁美。今や彼女の脳内では、どちらからかしら? やはりさやかさん? それとも意外にもまどかさんから? といった桃色空間が展開されており、さやかの言葉も耳に入らない。
そしておろおろするまどか及び、それを見て面白いとばかりに笑っているキュゥディーを置いて話は進み、
「でも、友の恋路を応援するのもまた友。分かりました。ここは笑って静かに去るといたしましょう。全て終わったら事の顛末を聞かせてくださいましねぇっ!」
「だから違うんだってばぁっ!? ……はぁ。もう良い。行こうかまどか」
オホホと笑いながら去っていく仁美を見送りながら、疲れた顔でそう言うさやかにまどかは苦笑いしながら頷いた。
屋上。青空の下生徒が軽い運動をしたり、簡単な花壇や菜園を造ったり、思春期の悩みを叫んだり、まあ学校によって多種多様な特色がある場所だ。……単純に出入りを禁じている場合も多いが。
そしてここ、見滝原中学校の屋上はというと……豪奢である。
敢えて例えるなら中世の西洋風。フェンスの一つ一つにさえ軽い彫刻がなされ、屋根やスタンドグラスがあれば簡単な聖堂と見間違えんばかり。
おまけに広く、あちらこちらに並んで座れるベンチも設置されている。ただ場所が少々辺鄙な上、食事だけなら食堂で摂るのが普通なので、丁度今の時間は人の姿はなかった。
「じゃあまどか。あそこの辺りに座って食べようよ。あんたは……」
『僕もその辺りで。あっ!? ついでに少々昼食を分けてくれると嬉しいかなぁって』
「キュゥディーったら、さやかちゃんにたかっちゃダメだよ。わたしのを少し分けてあげるから」
そんなこんなでベンチの一つに座り、互いに弁当箱を広げて昼食を始める面々。そしてしばし穏やかな時間が流れ、
「……で、そろそろ聞かせてもらおうか。こいつ一体何なワケ?」
『おやおや。直球だね。まあそういうまっすぐな子も嫌いじゃないけど』
もうすぐ互いに食べ終わるという所で、急にさやかがまどかに対してそう切り出した。キュゥディーはまどかに分けてもらったサンドイッチのハムを齧りながら、ふわりと地面からベンチの上に飛び乗る。
『改めて自己紹介を。僕の名前はキュゥディー。“元”神にして宇宙人、人材発掘と人間観察が趣味にして仕事のスカウトマン兼セールスマン。そして、今はまどかちゃん家の居候さ! どうぞよろしく! ……あっ!? 名刺が有った方が良かったかい? 必要とあればその内準備するけど』
「……まどか。良く分からないけど、とりあえずコイツを追い払った方が良いんじゃない?」
『お~っと暴力反対だよっ!? まどかちゃんも何とか言ってあげてほしいな!』
「あはは……暴力は止めようね」
腕をグルグルと回して今にも掴みかからんとするさやかに、キュゥディーも器用に垂れた耳を伸ばしてペケ印を作りながら後ずさる。まどかが一応やんわりと取り成してくれなければ、そのまま猫のように掴みあげられていたかもしれない。
「ねぇ。昨日まどかが電話口でやけに疲れた様子だったのは結局コイツが原因? まああたしもちょっと付き合っただけでやたら疲れる奴だから分かるけど……本当にそれだけ?」
さやかの口調が最後だけ少し硬くなる。少し話しただけだが、キュゥディーの胡散臭さははっきりと肌で感じていた。
ただ、こうしてウザ絡みするだけなら疲れこそすれそこまでの害はない。しかし、昨日のまどかの様子はそれだけにしては少々度が過ぎていたと判断したのだ。
まどかは少し逡巡し、やがて意を決したのか大きく息を吐く。
「これから話す事は、信じてもらえないかもしれない。この前の夢の話みたいに笑われるかもしれない。でも……聞いてほしいの。昨日、何があったのか」
こくりと頷くさやかを前にして、まどかは静かに昨日の事を語りだした。
さやかを待っている間、急にどこからともなく声が聞こえてきた事。その声の主を探している内に、不思議なロボットを見つけた事。
その直後奇妙な世界に閉じ込められ、恐ろしい怪物達に襲われた事。そこに現れた魔法少女に助けられた事。
そして疲れ切りながらロボットと家に戻り、困っている彼の頼みで記憶の手掛かりとなりそうな魔法少女を探そうと思い立った事。
すると急にこのキュゥディーが現れ、魔法少女に逢いたくはないかと言葉巧みに勝手にまどかの家に住み着いた事等だ。
さやかは真剣な顔で話を聞き続け、怪物が出た辺りで顔が険しくなり、全て聞き終わるなりとんでもなく複雑な顔で少し考えこんでいた。
「これが、昨日あった事だよ。信じてもらえるか分からないけど」
「……いや、信じるよ。このキュゥディーって不思議生物が居る訳だし、少なくとも何か妙な事が起きているって事はね。その上で」
ガシッ!
「やっぱりコイツ胡散臭いから追い出そうよ」
『ちょっと待った!? 話せば分かるっ!?』
全てを聞いたさやかは、険しい顔をしながらキュゥディーの背を掴み上げた。ジタバタするキュゥディーだが、いかんせん手足は宙をかくのみだ。
「さやかちゃん。そう乱暴に扱うのは」
「だってまどか。話を聞く限りだとさ、コイツどう考えても怪しいよ。そのロボットの頼みで魔法少女を探すのまではまあ良いとして、結局の所キュゥディーは何もしていないじゃん?」
止めようとするまどかをよそに、さやかはキュゥディーを目の前に持ってきたまま軽く睨む。
「ちょっとアンタ。手助けするとか調子の良い事を言ってるけど、具体的に何をどうするつもり? もしうちの嫁を良からぬ事に利用しようってんなら」
『待った待った!? 良からぬだなんてとんでもない。僕はあくまでも』
キュゥディーはそう言って僅かにまどかに視線を向けると、
『……まどかちゃんと、あのロボット君の助けになりたいだけさ。勿論まどかちゃんがこれを借りだと思うのなら、全部終わった後でその借りを返してもらう事になるけピギャっ!?』
「要するに後で何かやらせようって事じゃないのっ!」
さやかにぶんぶんと体をゆすられ、キュゥディーはすっかりフラフラに。そこへ、
「さやかちゃん。もう良いよ。……ねえキュゥディー。わたし、キュゥディーを信じるよ」
さやかの手からそっとキュゥディーを取ると、まどかは軽く背を撫でながら語り掛けた。さやかはまだ何か言いたそうだったが、まどかが優しく微笑んでいるのを見て口を閉じる。
「キュゥディーがわたしに何をさせたいのかは分からないけど、多分そこまで悪い事じゃないんじゃないかな? なんとなくだけど。だからお願い。今はロボットさんの為にも、力を貸して」
『……はぁ。まどかちゃん。僕が言うのもなんだけど、そうやって誰でも簡単に信じて悪いセールスマンには引っかからないようにね』
「こらっ! アンタが言わないのっ!」
憤慨するさやかを横目に、キュゥディーはするりとまどかの腕から抜けて地面に降りる。そして、何故かそのまま寝転んだ。
『じゃあ信じてもらえた訳だし、早速手助けをさせてもらおうかな! は~い僕のプリティなお腹に注目! むむむ……やぁっ!』
するとキュゥディーが少し力を入れたかと思うと、急に腹部が光を放ち、円形の画面のようなものが浮かび上がった。
「わあっ! 何これキュゥディー!」
『ふっふっふ! どうだ驚いたかい? これぞ僕の能力の一つ。近くの魔法少女の位置を探知し、こうして画面に光点として表示することが出来るのさ! ……まあ縮尺は現在一番小さいから、それこそこの屋上に居るくらいじゃないと光点は』
「あれ? ここ……何か光ってない?」
『何だって~っ!?』
まどかが指さす画面の先、そこには間違いなく、
という訳で、さやかと情報共有です。ちなみにもしキュゥディーが居なくても、さやかはとある事情によりまどかの言葉を信じていました。
そしてキュゥディーの能力の一つ、通称魔法少女レーダーです。べえの方もある程度魔法少女の位置を探知できたようだし、キュゥディーは目に見えるように分かりやすく改良しました。……実は本当にやろうと思えばそれ以外も探知できます。