ベルセルクのルカさん   作:あとば

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もんぱら終章体験版が出てもんむす熱が再燃したので初投稿です。


第1話『出会い』

 ──これは夢だ。

 

「……」

 

 夢だと、すぐにわかった。

 

 見慣れた家屋の中だった。しかし普段の家の雰囲気とはかけ離れた、違和感のある室内だった。

 

 外見。一瞬で自分の家だと気づく。だが家具の傷みや、棚の本の配置。それらの違和感から導き出せる結論は、過去の家──つまり、夢の中。

 

 そして何より。

 

 目の前には、よく知る二人が、いるはずのない二人が、いる。

 

 母さん。

 ひどく弱々しい様子でベッドにいる。昔に流行った病だ。息を荒くして、髪は乱れて、純白だった肌は紅潮していた。

 

 俺。

 俺がそこにいた。ベッドに張り付くように。子どもの、俺。その姿は、腕白、元気いっぱいを言い訳にするには余りに傷だらけで、貧弱な泣き虫だった。

 

 母と、昔の俺。それを見る、今の俺。夢以外の何者でもなかった。

 

 張り裂けるような声が耳に入る。俺の声だ。呼びかけ。母に向けて。

 

 俺も何か、喉が少しだけ振動して、追随するように声がひねり出された。

 

「……ごめん」

 

 ──なんだそれ。今更ごめんなんて、何を言ってるんだ。

 

 吐いた声は、届くことなく地に堕ちる。二人は何の反応も示さない。

 夢の癖に、現実以上にはならない──何も変えることはできないらしい。

 

 ああ、悪夢だな。本当に、嫌な夢だ。

 

 この後待つのはバッドエンド。それがわかっているから、胸糞が悪いし、悪夢なのだ。今なら何かできるのに、今は何もできない。そんな矛盾。泥に足を取られて戦うときのように、もどかしい。

 

「……」

 

 嫌なことばかりの悪夢を網膜に叩き込み、最悪とひたすら胸に抱き、苦々しく歯ぎしりをしていると、二人に動きがあった。

 

「ルカ……」

 

 名前を呼ばれた“お前”が母さんの手を取って、それに応える。

 

 母が、語りかけている。

 “お前”を通して、俺に語り掛けている。昔のルカを通して、今のルカに、俺に届けようとしている。

 

「あなたは……」

 

 再び察する。

 ああ、あの言葉だ。言われるまでもなく体が覚えている。俺の中で形骸化して、骨と灰だけになっても、決して風化しない呪縛。

 

 でももう、その遺言は、ただそこにあるだけだ。燃えた残りが、灰となった悲しみばかりが、自分の中に残っているだけ。

 

 “諦めたくない“と、そう思える自分が、もう死んでいた。

 

 だから。

 

「誰も恨まず、立派な“勇者”になりなさい……」

 

 “そうなる”には、俺は弱すぎて、情けなさ過ぎて、余りに罪深くて、勇者なんてものは、目指せない。

 

 だから俺は──。

 

 ぶつり。

 

 そこで、夢は糸を千切ったように終わった。

 

 

「……嫌な、夢だ」

 

 そう呟き、体をベッドから起こした。

 光が顔を照らす。いつもより目覚めが遅れたと察する。イリアスヴィルの住人のほとんどが目覚めている頃だろう。

 

 寝坊の理由は知れている。この日にあの夢を見るなんて、つくづく、神というのは性格が悪い。

 

「母さん、俺は、俺には、無理だったよ」

 

 いついかなる時も外さない形見の指輪に、ごめん、とだけ呟いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今日は旅立ちの日。もうこの村に帰ることのない旅を始める、大切な日だ。

 

 だが朝から嫌な夢を見た。気分を地べたに叩きつけられた。

 

 だらだらとベッドから降り、大きく伸びをした。筋肉や関節が伸びて、節々からぷちぷちと音が鳴った。

 

 そして適当に朝食を取る。黒パンだけだ。何も塗らない。適当にかじる。

 

 もう旅の準備は済ませてあったので、時間まで暇になった。

 

「洗礼まで、トレーニングでもするか……」

 

 洗礼の刻限。正午まで。

 

 今日という日は、俺が旅立ちの年齢を迎える日。そして洗礼を受けられる日だ。

 

 旅立ちの年齢は、洗礼を受けられるようになる日のこと。つまり誕生日。洗礼というのは、人間の神である『イリアス』がわざわざ地上へ降りて施す儀式。

 

 奴の洗礼を受けると色々なメリットがある。例えば『魔物』に襲われにくくなるとかだ。

 

「……洗礼はどうでもいいが、イリアスの顔は見ておきたいな」

 

 だが、俺は受ける気が全くない。正午まで時間を潰すのは、洗礼を受けるためではないのだ。

 

「魔物に襲われにくくなるなんて、強くなる上で何のメリットにもならない」

 

 洗礼の恩恵の一つ。魔物に避けられるというのは、戦闘経験を積む機会が少なくなるだけ。俺には要らないものだ。

 

「そんな戦いを積極的に避けるような軟弱さで、『魔王』に勝てるはずがない」

 

 そう、洗礼を受けて、冒険者になり与えられる、称号。

 

 勇者。

 

 そしてその存在理由は──魔王を、殺させること。

 

「……くだらないことを考えすぎた、訓練しよう」

 

 ふと我に返ると、時間がそこそこ経っていた。朝というのは苦手だ。つい暇になるとぼうっと考え込んでしまう。

 

 そういう訳で、訓練だ。旅の目的を果たす上で、強さは必須であるし、時間を無駄にする訳にもいかない。

 

 寝間着からいつもの装備に変える。

 そして木刀を持って家から出ると、村人が多数外に出ていた。ぞろぞろと一方に向かって歩いている。あっちの方向は確か……。

 

「……ちっ」

 

 そうか。もう、その時間か。思わず舌打ちをした。

 

 朝の礼拝の時間だ。毎日毎日、村近くにあるイリアス神殿へ向かい、村人は俺を除いて全員祈りに行く。眼をぎんぎんにしてやる気十分に見える老人から、眠気が取れないのか、欠伸(あくび)をする若者まで、様々な人間がいた。

 

「……」

 

 がちゃりと音を立てて開いたドアに、奴らは目を向け──俺に気づく。

 

 彼らは不愉快な目をしていた。怒りとか、苛立ちとか、不満。悪意を凝縮したような眼だった。

 

 なぜ俺がこのような眼を向けられるのか、答えは単純だ。

 

 俺がイリアスを信仰していないためである。

 

 イリアスを信仰していないと疎外される。この村の信仰率はほぼ(・・)100%。俺のせいで99%だ。

 

 そんな強気を貫いていると、やはり村八分になる。俺は十年以上この村にいるが、まともな会話を村人とした記憶がない。ただこの場に家を構え、居座っているだけだ。住人付き合いも皆無だ。挨拶すら交わさない。

 

 でも特に気にはしない。悪意を行動に移す村人はいないからだ。

 それにもうすぐ俺はこの村から出て行く。今更気にした所で何の意味もない。

 

 そういう訳で、無視して家の裏手に回った。

 

「……」

 

 訓練場だ。人型の模型や、丸を何重かに重ねた模様のある(まと)などがある。どれも薄汚れている。十年弱は使っている。時間の経過や鍛錬の様子を勝手に懐古させた。

 

 一息つき、木刀を振り始める。上段から、上から下にゆったりと振り下ろす。朝の澄んだ空気を切り裂いていく。

 

 数度振って動きに問題がないとわかると、ただ振るだけでなく、足も動かしていく。仮想の敵を作って素振りを始めた。

 

 だが余り身は入らない。素振りを一万やっても、一回の実戦の方が経験値量は高い。しかし続ける。地道に努力するくらいしか、今はやることがないのだ。

 

 といっても、つまらないものはつまらない。なので、かの魔王軍の四天王である一人──魔剣士グランベリアとか、そんな怪物が空から降ってこないものかと、ため息をつきながらそのまま数時間、木刀で素振りをした。

 

 そして、その瞬間は唐突だった。

 

「た、た、大変だぁ!」

 

「……なんだ?」

 

 数時間ほど素振りや技の確認を続けて、そろそろ辞めるかと思ったところに、村人の叫び声が聞こえてきた。何かトラブルでもあったらしい。おそらく……木こりの声だ。顔と声だけ知っている。

 

「近くの森に、魔物が出たぞぉ!」

 

 それを耳にした瞬間、駆け出した。外套がたなびく。思わず口角が上がる。

 朝から今日は運がないと思っていたが、やはり悪いことの後には、良いことが待っているのだろう。

 

 村内を駆ける。

 礼拝から戻り、農作業をしていた数十名の村人たちが一斉に慌てる様子が目に入る。大人たちも冷静ではなく、どうすべきか口論している。そんな様子を見て、子どもは泣き出す。母親が怒り出す。

 

 魔物一人にここまで乱されるくらい、平和な村だった。

 

 というのも、イリアスヴィル周辺にはほとんど魔物が出ないのだ。この村近辺のイリアス神殿から奴の力がこれでもかと放出されているためだ。洗礼時に与えるものと同じ成分で、魔物を寄り付かなくさせる力がある。

 

 だからこれはこの村にとって初体験の状況。動揺するのも理解はできた。

 

「逃げろー!」

 

「こんなの初めてだ……」

 

 村人たちは各々の家に向かって、俺とは逆に進む。魔物に立ち向かおうとする村人など一人もいない。すれ違う人々の顔にあるのは、ほとんど恐怖と動揺だった。

 

 そしてその中の、すれ違う俺を一瞬見やった視線に含まれた感情もまた、恐怖だった。

 

 邪魔くさい、そんな悪態をぼそりと呟いて、村の門を出た。

 

 

 森に着いた。道中ベティという隣人にとがめられたが、無視した。

 

「出てこい、魔物……戦ろう」

 

 湧き上がる戦闘欲を抑えながら、声を出す。魔物特有のねばついた気配がする。必ず近くにいるはずだ。どんな魔物だろうかと、期待に胸を膨らませる。

 

 不意に、脇道から一体のモンスターが姿を見せた!

 

 スライム娘が現れた!

 

「ヤろう、なんて積極的な男の子だな~。いっぱい搾っちゃうぞー!」

 

 何か勘違いがあった気がするが、青い粘液状の体をぷるぷると揺らしながら、モンスターが現れた。

 

 こいつかと失望したものの、油断は禁物だと冷静に敵を見て、観察する。

 

 『魔物』だ。油断すれば敵のペースに持っていかれる。

 

 雌しかおらず、基本的に人の形をしている。男を襲うことしか考えない生物だ。何やら男の精が食料となるらしい。

 

 種族は多々ある。目の前の魔物はスライム系の種。他にも鳥と人が混ざったようなハーピーや、植物と人が混ざったようなアルラウネなど、様々だ。

 

 とりあえずスライムならば首を斬り落とす勢いで振っても問題ない。だがイリアスの力を無視してここまで来た魔物。斬っても一瞬で再生する強者かもしれない。そこは留意しよう。

 

「……」

 

 まあ、ともかく──

 

「あれれ~? なんでぼうっとしてるの~? はやくヤろ──」

 

 手早く終わらせよう。

 

 一瞬でスライム娘に肉薄すると、両手で木刀を握りしめ、スライム娘の体を引き裂くように剣を振るった。

 

 回数は二度。右上から左下への斜斬と、それの逆行。一度目でスライムの首を凹ませ、厚みが薄い部分を作る。ちょうど“く”と同じ形状だ。そして返す刃で首と胴を分離させた。

 

 宙に浮く頭の眼が白黒する。吐息を漏らす暇もなく、首が地面にべちゃりと落ちた。

 胴体がわたわたと頭のあった部分を探っている。

 

「え……?」

 

「どうする……逃げるなら見逃すが」

 

 スライム娘の顔はまだ何が起きたかわかっていない様子だ。横向きで、ぎりぎり顔の様相を保っている、地面に落ちた首は、今にも溶けて地面に染みそうである。

 

 少しの間が空いて、ようやくスライム娘は今の状況を認識し出したのか、涙のような、汗のような汁をダラダラ流して焦り始めた。

 

「うわーん! 痛いよー! 死んじゃうよー!」

 

「まあ、だよな……ただ腹を空かせてここまで来ただけか」

 

 ため息をついた。緊張を緩める。

 

「助けてー! もう村の近くまで来たりしないからー!」

 

 首は今にも溶けて、地面の染みになりそうだ。さすがにそんな様子を眺める趣味はない。

 

「……顔に力を籠めろ。俺が持っても形が崩れないぐらい……あー、ゼラチンたっぷりのゼリーをイメージしろ」

 

「え、う、うん」

 

 そして顔を持ち上げると、せーの、でスライム娘の首と体をくっつけた。後はどうにでもなるだろう。弱いスライム娘の再生は時間がかかるが、燃やされて蒸発でもしない限りは問題ない。

 

「もう二度とイリアスヴィルには近づくな。次に来れば燃やす」

 

「あ、ありがとう……あ、お礼に一回搾ってあげても……」

 

「……」

 

 無言で木刀を構えると、スライム娘は「ごめんなさい! ごめんなさい!」と泣きながら森の奥へと帰っていった。

 

「……結局、時間の無駄か。無視して訓練した方が、ましだったな」

 

 木刀をしまうと、来た道を引き返す。

 

「しかし……あんな雑魚にビビり散らかすなよ。あの程度なら集団で少し脅せば、どうにでもなるだろうに」

 

 そういうの得意だろう、と歩きながら文句を(こぼ)し、そういえばと空を見上げる。

 

「あ、もうすぐ洗礼の刻限か……面倒くさいな」

 

 空を確認すると、日が高く昇っていた。そろそろ神殿に向かった方がいいかもしれない。イリアスと対面するのだから、時間の余裕は少しでもあった方が──なんだ?

 

「──?」

 

 刹那。

 

 ずどん、という生易しいレベルではない、ずがんとでもいうべき音が、辺り一帯を震わせた。

 

「ずいぶん、近いな……」

 

 爆発音に近い、何かが落ちた音だった。一体何だろうか? 隕石? 爆音の方へ体を向けた。

 

「……行くか」

 

 興味が湧いたため、その場所へ行くことにした。もしも隕石だったら、保管しておけばいつか強力な武器を作れるかもしれない。隕石から採取できる隕鉄という最高の素材が、過去にあったと耳にしたことがある。

 

 ちょっと期待しながら、音の鳴った方へと進む。注意しながら歩き、草木をかき分けて森の奥地へと入っていく。

 

 すると開けている場所に出た。

 

 森の中、基本的にぎゅうぎゅうに木々が詰め込まれている。

 だが、ここだけぽかりと穴が空く。ちょうど木漏れ日が差していて、どこか神秘的な雰囲気がある空間。

 

 そこで、右を見る。女性が倒れている。

 左を見る。特に何もない。

 

 もう右を一度見る。そこには、眠ったように気絶する女性がいた。

 

 

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 状況を見ればこの者がさっきの音の原因だろう。この女の真上の枝が軒並み折れているし、頭には葉っぱが着いているし、寝そべる地面は地面がむき出しだった。

 

 近づいて、その人物をまじまじと見る。

 

「……」

 

 不思議、だった。ついさっき落ちて来たはずのその者は、何年もそこで眠っていたように目を閉じている。

 

 その光景はまるで絵本から切り取った一ページのように、浮世離れしている。

 

「……!」

 

 はっ、として顔を手で叩く。見慣れない光景に頭が動くことを止めていた。だが一つ弁解する。現実離れしていると感じさせた要因が、その者にはあったのだ。

 

「魔物……妖魔か? いずれにせよ……」

 

 寝そべっている女は、妖魔だった。

 

 魔物の中でもひときわ強力な魔力と、高い知性を持っている者が『妖魔』と呼ばれる。

 

 この者は、上半身は一応人間の形だが、肌は紫がかった青色。下半身は大蛇。黒い角も、不自然に頭から生えている花も、間違いなく人間でないものだ。

 

 そして何よりも、強い。今の自分では、不意をついた一発が当たるかどうか。綺麗に当たってもかすり傷程度しか与えられないだろう。

 

「……」

 

 でも、戦ってみたい──。

 そんな感情が、風に巻き上げられた木の葉のように、空へ上った。

 

「……とにかく、起こしてみるか。別に洗礼はどうでもいいし」

 

 とりあえず感情のままに起こして、あわよくば戦うことにした。血色? 的に、たぶん生きているし健康体だろう。呼吸もしている。

 

 俺はまず勝てないだろう。だから戦えば死ぬと思う。しかし、ここで逃げても戦士として死ぬ。ならば俺は前者の死を取る。

 

 戦いたいと思った時点で、それと戦わねば逃げることと同じだ。その状態は戦士として終わりだろう。

 

「おい、起きろ。そして起きたら一発、戦おう」

 

「……戦闘狂か、貴様は」

 

 木刀でつんつん突いてやるとすぐに目覚めた。金色に輝く瞳が、寝起きのせいか少し揺れた後に、きっと正して俺を睨んだ。

 

「目覚めが早いな。まあいい。悪いけど、俺の経験値になってくれ」

 

「待て……ここは、どこだ?」

 

 妖魔は尻尾を使って器用に体を起こした。頭に手を当てている。落ちた時の衝撃が大きかったのかもしれない。

 

 剣を構えると、妖魔は質問してきた。仕方がないので答える。雑に扱い過ぎると機嫌を損ねて帰ってしまうかもしれない。

 

「イリアスヴィルだ、行くぞ」

 

「待て、落ち着けといっている。貴様は何者だ?」

 

 妖魔は困惑した様子でまた質問してきた。面倒くさいなと思いながら、淡白に答える。焦らされるのは嫌いなのだ。

 

「ルカだ。行くぞ」

「少し落ち着け! 何なのだ貴様は! だいたい戦いたいなら、余が気絶している最中に斬りかかれば良かっただろう。隙だらけだったはずだ」

 

 妖魔はようやく臨戦態勢に入り、敵を視る目で俺を見た。

 

「……?」

 

 返答に窮する。それは俺にとって、本末転倒の問いだった。俺は戦いを望んでいるのに、何故自分から台無しにする必要があるのだろう。

 

「……魔物は、イリアス信仰をする貴様ら人間の敵だろう。だからなぜ、余が無防備を晒しているときに奇襲しなかった。貴様に有利な状況だったはずだ」

 

「ああ、そういう……。それはお前が勝手に勘違いをしているだけだろう」

 

「……どういう意味だ?」

 

 妖魔は聞き返す。せっかく臨戦態勢に入っていたというのに、少々もったいないことをしたなと思うが、まあいい。

 妖魔の勘違いは、俺という人間にとっては致命的だ。正さねばならない。

 

「人類、その一括りが魔物を憎んでいる。お前はそういう風に勘違いをしているんだろう。でも少なくとも俺は魔物を憎んではいない」

 

「なぜだ? 貴様ら人間の崇めるイリアスは、魔物を憎み、忌み嫌うだろう。イリアスに追従する思考となるのが道理だ」

 

「前提が違う。人間全てがイリアスを信仰している、という勘違いを正せ。俺は全くの逆だ」

 

 妖魔が大きく目を見開く。何やら驚いている様子で、違和感があるが、

 

「俺はイリアスを憎み、忌み嫌っている。信仰なんてしない」

 

 最後まで言い切った。

 

 確かにイリアスヴィルや、世界各地の村々、四大国等々ではイリアス信仰が盛んに行われている。イリアスを信仰していない奴の方が珍しいことはわかる。

 

 だから何だという話だ。俺はイリアスを信仰するどころか憎んでいる。イリアスが魔物をどう思おうが関係がない。

 

 妖魔は、よほど衝撃的だったのか、あっけにとられた顔で、ぽかーんとしている。

 

「とにかく、俺はイリアスを信仰していない。つまり憎しみでお前と戦う訳じゃない」

 

 そう。そんな戦いをするのは、一度だけ。その他一切の戦いは、その一度を勝つためにある。だから本当に、この妖魔と戦いたい理由は単純。

 

「純粋に、お前が強いから、だから戦いたいんだ」

 

 そう続けると妖魔は、さらにぽかんとして、

 

「そうか……そういう人間も、いるのか……」

 

 俺を無視して考え事を始めようとしていた。さすがにもう焦らされるのは勘弁願うと、木刀を抜く。

 

「話は終わりだ。行くぞ」

 

 木刀を上段に構えた。

 敵との力量差が激しいときは、とにかく捨て身で、相打ちを狙いにいくしかない。後手に回るのは愚策だ。俺の場合は最悪怪我しても問題ないのだ。

 

 防御は捨てる。命も捨てるつもりで行く。弱気も、不安も、その他一切の戦いに不向きな感情を捨てる。不必要だ。ただひたすらに、斬りかかるのがいい。

 

 死んだらそれで終わり? 脅し文句にもならない。別に死んだってかまわない。第一、ここで逃げる方が逆に“死ぬ”選択肢だろう。戦士として死ぬか、戦士にも成れずして死ぬか。俺は断然前者が良い。

 

 ここでこの妖魔に出会った。その時点で、運命は決まっている。戦わずして死ぬか、戦って死ぬかだ。

 

「────!」

 

 斬りかかる。生きるか死ぬか、わからない。結果は未来の俺だけが知っている。後悔はするかもしれない。後悔する暇もなく死ぬかもしれない。それでも構わないと思っている。

 

 ただひたすらに、目的のために──

 

 そして、今まで感じたこともない強い衝撃と共に、俺の意識は暗転した。

 

 

「……」

 

 一瞬、天を睨みつけて、家へと向かって歩く。日は真上など既に通り越して、今日の仕事を半分ほど終えていた。

 

 ため息をつきながら歩く。だらだらと何も考えたくないと思いながら歩く。

 

「……」

 

 生きていた。

 

 あの後、目覚めたときにはもう、妖魔はいなかった。一撃で意識を刈り取られたのだ。

 

 おそらくは尻尾の攻撃だ。あの妖魔は上半身がヒト型で、下半身が蛇の胴体そのものだった。ラミアと言っていいだろう。

 

 そしてその尻尾が、俺が攻撃する瞬間に少しぶれていた。視界の端で何かが動いた感じがした。だからおそらく尻尾の先端を顎に当てられて負けたのだろう。実際顎にじんじんと走る痛みがある。

 

 しかし、ひどい負け方だ。何もできずに負けたなんて、何年ぶりだろうか。やはり負けるというのは痛い。死んだ方が楽だと思うくらいに、気が滅入る。

 

(というか、余りにも後先考えなさ過ぎたな。あの魔物に連れ去られなかったのは、運が良かっただけだ。あれは戦わないのが正解だっただろう)

 

 ただ、結果的には良い面があった。これで鍛錬にも熱が入る。かつてないほど集中して鍛えられるだろう。そしていつか再戦した時に勝てば、何の問題ない。

 

 そんな感じで内省を終える。今はそれより気になることがある。

 

(洗礼にイリアスが降臨しなかった)

 

 気絶から覚めた後、できる限り急いでイリアス神殿へ向かい、何とか正午の刻限には間に合ったのだが、イリアスは降臨しなかった。まあそれは予想できたというか、当然といえば当然なのだが……。

 

「おかげで、神父に『お前はイリアス様に見放されたのだろう、自業自得だな……』と馬鹿にされた……」

 

 その神父のこともあり、ずっとイライラしながら家へと向かった。道中、ストレスのせいで異常な俺の様子を心配したらしい冒険者を怖がらせてしまった。恰好や雰囲気から見て、洗礼に来た同い年だったのかもしれない。

 

『あの、だいじょ──』

『……』

『ひぃ! あっ、君まさか──』

 

 反省だ。悪い人間ではなかった。変に同情する素振りもなかったし、純粋な心配だった。

 

 冷静さを取り戻した。いつの間にか自宅に着いている。歩きなれた道は考える必要がないから、一瞬だ。

 

 そしてドアを開けた。

 

 しかしそこで俺はまた、苛立ちと動揺を抱えることとなった。

 

「……おい」

 

「何だ」

 

 森に落ちていた蛇の妖魔が、なぜか居座っていた。

 

「……なんでお前がここに? 俺の家だとわかって入ったのか?」

「無礼な奴だな。余は客人。質問の前に”茶”くらいだしたらどうだ」

「お前の”血”ならいくらでも出させてやりたいよ」

 

 なんて図々しい奴だと睨みつける。大体お前の方が無礼だろう。不法侵入者め。

 

 睨みつけるが、何食わぬ顔で茶を要求する姿勢を変えそうにないので、しょうがなく水を出してやる。

 

「……これはただの水だろう」

「俺の家ではこれが茶だ。文句あるなら飲むなよ」

 

 妖魔はため息をつき、仕方ないなと呟くと、水を一気に飲み干した。

 

「……菓子はないのか」

「ない。あってもお前には出さない」

「貧乏人め」

 

 相手してられるか、そう思って、あらかじめ準備していた荷物を手に取った。戦う気分にももうならない。

 

「俺はもうここを出る。じゃあな」

 

「待て。余は貴様に聞きたいことがある」

 

「……?」

 

 聞きたいことがあるという言葉に、思わず反応する。だから足が止まってしまい、質問の中身を知ってしまった。

 

「見たところ洗礼は受けられなかったようだが、それは貴様にとって喜ばしいことだろう。イリアスを憎むべき存在といった貴様だ」

 

「まあ、そうだな……」

 

「だから、受けられなかったのならもっと嬉しそうな顔をするのではないか? そもそもなぜ、洗礼を受けにいった?」

 

「それは、お前……」

 

 思わず、俺はそれを語りたくなった。

 ずっと温めていた計画が失敗したのだ。鬱憤がたまっていた。だから愚痴るように詳細を語り出した。

 

「イリアスは洗礼をするとき、ビームのようなものを放つと知っていた。だから、それが放たれたら躱して、ちょっと嘲笑ってやろうと思っていた」

 

「ええ……」

 

「が、そもそも降臨しなかった。長年の計画が頓挫だ。そういう訳で不機嫌だよ。決め台詞も考えていたんだ」

 

「……余もイリアスは嫌いだが、さすがにそれは引くぞ……」

 

 うるさい、とだけ吐き捨てると、いい加減に出発しなければならないと気を引き締める。明日の夕方までにはイリアスベルクという都市に着く予定なのだ。

 

「じゃあな、俺は旅に出る。次会った時は戦おう。俺も少しは強くなってると思うから」

 

 どこか不安げな物言いになった。朝から良いことがないからだ。悪夢見るし、負けるし、計画は失敗するし、おまけに見知らぬ妖魔が家にいる。最悪の日だ。

 

「旅に出る……か。目的はあるのか?」

 

「そこまでいう義理はない」

 

 雑にこちらに踏み込むなと、目でいう。目的は出会ったばかりのよくわからない奴に言うような、軽いことではない。

 

 俺の旅に出る目的──。それは、俺の人生の大半を占める重要事項だ。だからそもそも聞かれても、簡単に答えられる量ではない。

 

「そうか、なら貴様に余はついて行こう。もとより世界を見て回る予定だ」

 

「は?」

 

「……貴様に興味が出たのだ。それに旅の中で義理ができれば、貴様は目的をいうだろう?」

 

 何故か旅についてくる前提で話しているが、いったいどこの誰が許可したというのか。図々しいを通り越して傲慢だ、この女は。

 

「断る。今すぐ消えろ」

 

「……」

 

 ふざけるなと怒鳴りたくなったが、気持ちを抑えて中指を立てた。

 

 すると妖魔はため息をついて、こちらをじっと見た。瞳が蛇のように縦長だった。

 

 それが、妖しく光を発する。

 

「……?」

 

「今一度いおう。貴様に着いて行く」

 

「……はい。一緒に行きましょう──っ!?」

 

 口が勝手に動き、喉が震えたと思ったら、返事をしていた。

 

 妖魔は勝ち誇ったように「うむ」と返した。何だこの妖魔は。今のはどういう術だ。魔法の類? 知識がほとんどない。

 

「…………………もういいや。めんどくさい」

「うむ、よろしく頼む」

「……」

 

 結局、諦めた。

 さっきの術を使われたら抗えない。強情に断り続けても無理やりついて来るのだろう。

 

 妖魔の態度はとても尊大だ。少しは悪びれろ、と悪態をつく。しかしどこ吹く風だ。

 

 めんどくさい。だが、俺の目的の邪魔にはならないはずだ。奴がこんな所にいるはずもない。

 

 それに加えて、圧倒的な強者だ。当面の目標として、この妖魔よりも強くなることを目指すのは悪くない。

 

「お前、名前は?」

「アリス。アリスフィーズ・フェイタルベルン。アリスと呼ぶことを許す」

「アリス? 似合わないな」

「絞め殺すぞ」

 

 アリス。無駄にかわいらしい名前だ。それが意外だったので笑ってみると殺気をぶつけられた。

 

 嫌がらせに「フェイタルベルン」と死ぬほど他人行儀に呼んでやろうかと思ったが、長いので「アリス」と呼ぶことにする。

 

「……じゃあもう行くぞ、アリス。お前は先に家を出ろ。騒ぎにならないよう木か家に隠れて行け。で、村の出入り口で合流。いいな?」

 

「……」

 

「なんだ? 何か文句でもあるのか」

 

 アリスは俺を睨んで沈黙している。何の不満があるのだろうか。出したくもない(みず)を出してやって、同行を承諾してやって、騒ぎにならないように指示も出してやった。一体何の文句があるという──ああ、そうか。

 

「ルカ。ただのルカでいい」

「よし。よろしく、ルカ」

 

 妖魔は満足そうに頷くと出て行った。そういえば適当にしか名乗っていなかった。

 

「さて……」

 

 随分慌ただしかったが、ようやく旅立てる。一人にもなれた。節目は一人で集中したかった。

 

 家を見渡す。家具などは机と椅子、本棚くらいしかない。本棚には読み古した本が雑に並んでいる。調理場には使い古した器具が壁にかけてある。食器は竈近くに適当に置いてあった。

 

 どれも、思い出は深い。

 家の中の一つ一つに、酸いも甘いも、色々な思い出があった。

 

 でも、自分に結びつく、糸のような思い出たち。それらを断ち切るように踵を返し、前に進んで、扉の前に。

 

「……」

 

 意を決す。目を閉じて大きく深呼吸をする。

 

「母さん、行ってくるよ」

 

 左手の親指につけた形見の指輪に、語り掛けた。

 

 右手で、ドアノブに手をかけた。ずいぶんと長く過ごした家との別れだ。少しだけ、最後の感傷に浸った。

 

 だが全て、捨てる。

 

 そうでもしなければ為せないことがある。人生全て投げうっても、何もかも全部捨て去っても、為せないかもしれない大事がある。ただ悪戯に死んで終わる、そんな結末が待っている可能性なんて、嫌気がさすほど大いにある。

 

 それでも、進まなければならない。

 

「そして何より──」

 

 ドアを開いた。鮮烈な光が体に押し付けられる。胸躍る冒険の日々などあり得ないが、刺激的な旅になることは間違いないと確信させた。

 

「必ず、奴を殺してくる」

 

 俺は、何もかも全て踏みつぶすつもりで、力強くその一歩を踏み出した。

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