ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第12話『海上』

 夕暮れの海には青がなかった。

 

 イリアスポート。活気がない港。影で船が黒くなって、人も釣り人程度でほとんどいないから、いっそうのわびしさを感じた。

 

「……」

 

 だからだろうか、俺はぼうっと海を眺めながら、くだらない思考に耽ってみることにした。

 

 思えば、夕暮れの海を見たことはない。

 

 夕暮れ時に空が赤く染まるのは知っていた。しかし海までも、青の要素が消し飛んでいる。

 

 海は青いもので、空は青いものだろう。それが俺にとっての常識、いつもだ。

 

 しかし今は、どちらも茜色だ。

 

 そこに不思議と、猛烈な違和感を覚える。姿がいつも通りでないことに、巨大なしこりを感じる。夕暮れ時の海を見たのが初めてだからこその違和感。

 

 だが、そこまで思って俺は見落としていると気づいた。

 

 水平線は、いつも通り真っすぐだ。

 

 それだけじゃない。雲の色は変わっている。でも形は同じだ。波の動きもきっと昼とそこまで変わってない。港に浮かぶ船も、昼と変わらずそこにある。

 

 変わるものの中にも、変わらないものがある。

 

 そして、大きく変わったように見えても、大して変わっていないことがある。

 

 この海と空なんてまさにそれだ。変わったのは色だけだ。二つはいつだってそこにある。本質的なものは決して変化していない。

 

 ならば、と思う。

 

 俺もそうなのだろう。

 

 昨日までの自分と、今現在の自分。完膚なきまでにこれまでを消し去ったと思って、両者を比較した時に、きっと変わらないものが見えてしまう。

 

 冷酷。

 

 俺は、そんな自分に成れている──成れるのか?

 

 つらいだろう。だからやる意味、意義があると知っている。でも現実的に、それは可能なのか。

 

 加えて、俺が変わったと自認しても、この海と空のように、実際は大して変わっていないのかもしれない。

 

 そんなこと、あってはならない。

 

 捨て去るという自身の根源。これが色が変わった程度の変化で済むことを、許してはならない。

 

 俺は、俺の甘い自分を消し去って、冷酷な自分でありたいのだ。あらねばならないのだ。

 

 だって──

 

「──」

 

 さざなみの音に紛れて小さくなった独り言を、誰にも届かない声を、耳にだけ残して──俺は思考から離れた。

 

 そして、港に並ぶ船を眺める。

 

(……どれを、使うか)

 

 明日使う予定の船だ。イリアスポートを出る。海神の鈴は入手している。嵐には多分耐えられるはずだ。アミラ情報だが、あれでも結構信頼できるのだ。

 

「まあ……これでいいか」

 

 そう呟いて、適当に小さな船にめぼしをつけ、近くで見てみる。問題なさそうだ。一人で行くのに五、六人は乗れてしまうが、まあしょうがない。これ以下の船はなかった。

 

 よし、確認は済んだ。さっさと明日に備えて寝よう。明日は早い。

 

「あ、あの、ルカさん、ですか?」

 

 しかし昨日は疲れた。七尾戦がこたえてイリアスポートまで戻るのに結構時間を使ってしまった。

 

「……あのー、ルカさーん」

 

 明日のやるべきことは多い。計画の第一段階をやっと開始する。今日はさっさと寝よう。ああでも、指輪だけは一応直してから──

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいルカさん!」

 

 さっきからうるさかったその者は、慌てて俺の道を塞いだ。

 

 茶髪の勇者見習いだった。頭に赤いバンダナを巻いている。長い髪だ。鎧は結構厚い。どこの誰だろう。

 

「お前は……」

 

 似たような顔は結構いるから、わからない。量産的な勇者見習いの恰好をしている。

 

「あ、ええと、イリアスベルクの広場で……」

 

 目線が初めて合った。イリアスベルクの広場──ああ、あれか。

 

「……ああ、話しかけて来たやつ」

 

「そうです!」

 

 イリアスベルクで質問してきた奴だ。

 しかし、近くに仲間が見当たらないが、ここまで一人で来たのだろうか。イリアスポート周辺の魔物に勝てると思えないが……まあ洗礼のおかげか。

 

 興味はない。さっさと宿に行こう。

 

 俺が見習い勇者の横を通ろうとすると、横に並んで歩いて来た。まだ何か言いたげだ。やはり目的があるらしい。すると、少し間をおいて口を開いた。

 

「あの……これから、どう、されるんですか? その、船出てないし、セントラ大陸に行けないから」

 

「……さあ。船がまた出るまで待つんじゃないか」

 

 当然、真面(まとも)に答えるつもりはない。

 

 明日はやることをやってから船をこっそり盗むつもりだが、そんなこと言えば止められるか、便乗されるだろう。だから絶対言わない。

 

 それに見た感じの実力では……とてもじゃないがこの先は無理だろう。ここで旅を終えるのが賢明だ。

 

 その後もいくつか質問されたが全部適当に答えた。そして宿についた所で、それぞれの部屋に別れる。俺は黙秘を貫き通せたので安堵した。

 

 しかし俺は、見習い勇者があんなことをするとは、夢にも思わなかった──

 

 

 小鳥のさえずりで、目が、覚めた。

 

 昨日は深夜まで指輪を修理していたため、朝日では目覚めなかった。眠気がひどく、欠伸が出る。

 

 しかし疲れていても、さすがに大きな寝坊はしない。体に根付いている習慣だからだ。ああでも、あいつはまだ起きてないか。ベッドから体を起こして、口を開く。

 

「アリス、朝──……」

 

 その部屋には、俺以外に誰の姿もなかった。

 

「……」

 

 まあ、別にだ。

 

 ただ習慣だった。ここ最近は、俺が朝早くに目覚めて、木に巻き付いて眠っているアリスを起こして、寝ぼけたアリスが尻尾で攻撃してくる──なんていうくだらないやり取りが、日常だった。

 

 その毒気がまだ残っているだけだ。俺も一応人間だ。仕方ない。ミスはある。

 

 それよりもと、昨日の作業が問題ないか確認しよう。机に向かう。小さな指輪が置いてあった。

 

 指輪のヒビは綺麗に塞いである。雑に扱わなければ、当分は壊れないはずだ。

 

 俺は、それを布にくるんで丁寧にしまった。

 

 だが二度と指にはめるつもりはない。

 

 何故ならば俺は、母の最期のお願いすらも無視できるような、冷酷な奴だからだ。

 

「……さて」

 

 とりあえず気分を変えようと顔を洗い、ほし肉だけ食んで今日の予定を思い返す。

 

 計画の第一歩が、今日始まる。これまでは実行する機会に恵まれなかったというのと、出鼻をくじかれたから始動できなかった。

 

 宿を出る。朝いちばんだ。この後の予定もあるから、日が昇ったとほぼ同時に宿を出た。

 

 そしてその足ですぐ教会へ向かう。

 

(……イリアス)

 

 荘厳な雰囲気が漂う、教会の前へ立った。イリアスの力を若干感じる。イリアス神殿ほどではないが、それでも不愉快だ。舌打ちをして、扉を開いた。

 

 中では、手紙らしきものを持った神官がシスターと何やら話をしていた。両者ともずいぶん不機嫌そうな顔だ。

 

「まったく、ナタリアポートはマーメイドとの共存を何ゆえ許しておるのか……」

 

「……その通りです。イリアス様はさぞお嘆きでしょう……」

 

 神官は手紙を破り、床にばらまいた。イリアスの教会にゴミを捨てるというのも中々不敬だと思うが、まあどうでもいい。

 

 気にせず、横に長い椅子に挟まれた、赤いカーペットが敷かれている一本道を歩く。イリアスの像が立っている最奥までの道のりの、その中腹まで進んだ所で、侵入がばれた。

 

「……む? ああ、旅のお方か。申し訳ない、見苦しい所をお見せしました」

 

「……お祈りですか? 早朝から敬虔な方ですね……私たちもこれから祈る所ですので、共に祈りましょう……」

 

 何やら勘違いをしているようだ。かけられた言葉を無視して、進む。

 なんの返答もしない俺を見てさすがにおかしいと気づいたのか、やや警戒されているように感じる。

 

「あの……」

 

「総本山の、サンイリアにいっておけ」

 

 そう言うと神官を押しのけ、目的のイリアス像の前に立ち、見上げる。石造りの白い像で、忌々しい顔が丁寧に形作られている。

 

 ずっと前に見た顔と、全く変わらない。慈愛があるような面を張り付けて、果てしなく悪辣な本性を隠せた気になっているだけの、醜い顔だ。

 

 俺は木刀を抜き、飛び上がった。

 

「……は? まさか──」

 

 そして、思い切り振り下ろした。

 

 イリアス像は兜割りを喰らい、頭がぐしゃりと潰れた後、床に落ちてバラバラに砕け散った。

 

 やりきったという達成感と、やってしまったという緊張感に溢れている。

 

 イリアスベルクの冗談とは、訳が違う。噴水の像と教会の像では、意味が違う。

 

 今日のこの行動は、イリアスに加えて、イリアス教に喧嘩を売るものだ。

 

 さて、もしも天罰が来るならばこのタイミングだけだ。”寛容”なイリアスは、ここを見逃せば、もう何もしてこない。

 

「な、何をしてるんですか! ああ、ば、バラバラに……なんと恐れ多い……ああ……」

 

「い、イリアス様……お許しください、お許しください……」

 

 シスターと神官が嘆く様子をしり目に警戒を強める。

 

 ……何も来ないようだ。

 直接的な攻撃だったと思うが、やはりイリアスは寛容だ。

 

 それかもしくは、俺の目的が『魔王殺し』だとわかったから、魔王を殺すまでは放っておいてやろう程度の考えなのかもしれない。だとしたら相変わらず、楽観的な脳みそだ。

 

 イリアス像を壊すくらいじゃ反応もしない。まあイリアスベルクで破壊しても無反応だった。やはり魔王を殺すくらいやらないと、姿を見せる気にはならないのだろう。

 

 いずれにせよ、必ず後悔させてやる、と俺は再度心に誓う。

 

「……俺は、イリアスヴィルのルカ。近々そちらに乗り込むつもりだから、首を洗って待っていろ。そう、サンイリアに伝えてくれ」

 

 そう言い放ち、シスターと目が合った。憎しみに満ちた目だった。

 

「……」

 

 睨み返すこともなく通り過ぎる。恨まれてもしょうがないことをしたというのは事実だ。

 

 さて、騒ぎになる前に脱出しないと面倒なことになる。足早にその場を立ち去った。

 

 そしてすぐ港に向かう。

 

 港の人影は皆無だった。余計な揉め事が起こらなそうだ。早朝だが船乗りが見当たらないのは、沖に出ると発生する嵐のせいだろう。

 

 俺は好都合と思いながら、昨日下見しておいた、一番奥の小船の元へ向かう。船には荷物がいくつか乗っている。どかすと時間がかかりそうだから無視した。

 

 そして乗り込んで船を繋ぐロープ、ふなべりを外した。

 

 ……ぶっちゃけ船に乗るのは初めてだが、まあどうとでもなるだろう。行先はわかっている。方角がわかっていれば何とかなると誰かが言ってた気がする。

 

 さて、誰かに見つかって騒がれてもまずい。人が少ない内に出航しよう。

 

 俺はオールを静かに漕ぎ出し、イリアスポートからだんだんと離れていった。

 

 

 風がなんだかいい感じだった。

 

 帆が風を受けてぐんぐんと進んでいる。船に乗ったのは初めてだが、思いの外スピードが出た。

 

 多分行けるだろう、と思う。そんな根拠のない自信で進んでいる。そういうのは嫌いじゃない。思い切った行動が容易にできるから。

 

 でも、それが無くなった後に自分を客観視すると悲惨だ。いわゆる調子に乗ってる状態なのだ。冷静に考えてみると馬鹿みたいな行動をしている。

 

 それでも、こういった適当な姿勢は嫌いじゃない。彼女を見習おうとは思わないが……俺は真剣過ぎる所があるから、少し取り入れるのも多分、悪くはないのだ。

 

「……もう多分、気づかれても追って来ないだろう」

 

 そのまま適当に、勢いにまかせて進み、イリアスポートが遠くなった頃、そう呟いた。結構離れたし、下手に船を出すと嵐に巻き込まれるかもしれないから多分来ないと思う。

 

「……!?」

 

 だが安堵は束の間だった──もぞもぞと、荷物らしきものに被せてあった布が蠢いている!

 

 明らかに何かいる。木刀を構えた。魔物ではない。人間だ。雰囲気でわかる。

 

「……どこの誰だ」

 

 そう言うと、そいつは布から顔だけ出して、こちらの様子を伺った。

 

「……なんでいる?」

 

「……ごめんなさい」

 

 昨日の、見習い勇者だった。

 

 見習い勇者は這い出て来て、正座した。しょんぼりしている。

 

「一昨日くらいに港に着いたんですけど、足止めされて……その時昨日、ルカさんがこの船の前でこれでいいかっていったの聞いて……もしかしたらなあ、って」

 

 ああなるほど、俺の注意力散漫が原因か。

 

「まさか、その、ほんとに上手くいってしまうとは思ってなくて、でもその、邪魔しないので……」

 

 しかし、馬鹿だこいつは。これから何が待っているか知っているのか。嵐に加え、それを起こしている魔物だ。実力も明らかに足りていない。間違いなく死ぬ。

 

「……今すぐ降り──」

 

 そこで、言葉が止まった。

 

「まあ……勝手に死ね」

 

「ご、ごめんなさい……どうしても先に進みたくて」

 

 見習い勇者は怒っていると勘違いしたのか、悲しそうに謝った。

 

 別に怒ってはいない。ただどうでもいいだけだ。こいつが死のうが俺には関係ないし、俺は魔王を殺さねばならないのだ。たかが一人の人間の死くらい、どうでもいいと言えなければならない。

 

 船上のことなど全く意に介さずに、船は進んでいく。

 

 遠くにはカモメの群影が見える。風と波音にかき消されているが、ぼんやりとした鳴き声が聞こえた。カモメは獲物でも見つけたのか旋回して斜めに海へと落ちて、すぐに浮上した。

 

 ……退屈だ。暇をもてあました。適当にオールでも漕ぐか。

 

「……」

 

 オールに手を伸ばした時、視線がぶれた。その時、隅にいた見習い勇者と目が合った。変にそわそわしていた。

 

「……なんだ」

 

「!!」

 

 放っておくといつまでも見てきそうだった。

 

「その指輪って、何でつけてるんですか?」

「どうやって強くなったんですか?」

「勇者ハインリヒのことは好きですか?」

 

 放っておくと延々としゃべり続けそうだった。

 

「……母の形見。鍛錬と実戦。好きだ」

 

 もう話すつもりはないと、背を向けて武器の手入れでもする。オールを漕ぐのはやめた。

 

「あの最後に一つ、いいですか……?」

 

「なんだ? くだらない質問だったら海に落とす」

 

「く、くだらなくないです……」

 

 どうだろう。少なくともさっきの三つは全部くだらなかったが。

 

「この前一緒にいた女の人は、どこに──っ!」

 

 手入れしていた木刀の切っ先を、喉元に突きつける。

 

「……お前が気にする必要はない。もう黙ってろ」

 

 切っ先を離した。

 

 船から叩き落してやろうかと思ったがやめた。別に怒るほど不愉快な質問だった訳でもないだろう。それにこういうので怒ったら気にしているということだ。

 

 加えて、もうそれどころではなくなった。

 

「……来たな」

 

 ようやく、船旅の本番だ。

 

 突如として、風の勢いが上がった。

 

 急いで鈴を船頭に取り付ける。本当に効果があるかわからないが……まあ、あろうがなかろうがどちらでも構わない。

 

 魔王のいう強力な妖魔が、どの程度か確かめたいだけだ。

 

「風、すごいですね……髪が……」

 

 鈴を取り付けて数分が経ち、いよいよ本格的な嵐が始まる。俺も見習いの髪も逆立っていた。服も体に張り付くようなしわができている。

 

 これは確かに、海の嵐に初遭遇する俺でもわかる程度には、尋常じゃない風だ。どれだけ丈夫な船でも転覆するだろう。

 

 しかしこの小舟は、海神の鈴をつけたこの船は、沈む気配がない。大波をうまくかわし、突風を逆に利用して嵐が来る前よりも進み易くなっている。

 

 海神の鈴は嵐の中、爛々と輝いている。

 

(秘宝というのは本当だったな)

 

 そう思って、この宝を残した大海賊セレーネに一応の感謝をした。

 

 だが、順調なのはここまでだろう。

 

 この嵐は作為的なもの。目的はおそらく勇者もどき達をセントラ大陸へ渡らせないこと。

 

 ならば順調なこの船が、これを起こした妖魔に見逃されるはずもない。

 

「……来るぞ」

 

 ──つむじ風が、ひらりと舞った。

 

「え?」

 

 風が一層強まり、雨がぽつぽつと降って来た。

 

 宙に、人影がある。

 

「……なんか小っちゃくない? 船」

 

 小さいと言うが、人間が五、六人は余裕で乗れるサイズの船だ。一人二人しか乗れない船が欲しかったが、港になかった。

 

「まあ、いいわ……」

 

 ふわふわと浮遊しながら、見えない椅子に腰かけるように宙でくつろぎ、その妖魔は笑みを浮かべて口を開く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「四天王、アルマエルマよ。初めまして」

 

 風がさらに増す。海神の鈴は船を転覆させないだけで、船員には風の影響は大いにあるらしい。

 

 雨が強くなる。体を打ち付ける。ざあざあではなく、だだだだという感じの豪雨だ。

 

「……ただの、ルカだ」

 

 嵐は、本番に入った。

 

 

 四天王、アルマエルマ。

 

 嵐を起こし、イリアスポートからナタリアポートまでの往来を妨害している、張本人である。

 

 そんな芸当が可能なのは、彼女がクイーンサキュバスであるためだ。種族特性的に風の魔術に長けている。

 

 そしてそれに加えて、四天王。

 今回のように一部海域の天候を操作することなど、お手の物だった。

 

 だから彼女はここ一年ほど、この海域を通る船を嵐で邪魔するという役目を負っていた。

 

 目的は、勇者を名乗る、魔物を害する者たちをセントラ大陸に渡らせないというもの。

 

 今回も同じ目的。普段と変わらない面持ちで、ルカの前に現れた。

 

「……さて、と」

 

 そんなアルマエルマと、ルカはにらみ合う。

 

(ああ、なるほど……あれで沈まないのね)

 

 嵐はますます勢いを増して、海は大荒れだった。

 だが海神の鈴が取り付けられた船は多少揺れる程度にとどまっている。

 

(……わざわざ外しちゃうのも、つまんないか……この子が……)

 

 ルカは睨んでいるが、アルマエルマはにこにこと、おもちゃを見るようにほほ笑んでいる。

 

 場は、膠着していた。

 

(たぶん、この子がたまもちゃんのいってた子……)

 

 アルマエルマは、たまもが昨日散々念話で言っていたことを思い出す。

 

『近々その男は海路でセントラ大陸へ渡るじゃろう……危険だと判断したら、すぐに潰すのじゃ』

『そんなとんでもない悪党なの?』

『ルカという男じゃ……まあ、見ればわかる』

 

(たまもちゃんはああいってたけど……そこまで危険かしら?)

 

 アルマエルマから見たルカは、目つきが鋭いなあ、くらいの男でしかない。現在のルカの雰囲気から特に危険すぎるものは感じない。

 

(ま、同僚の頼み事だし……さっさと──あら?)

 

 膠着を先に破ったのは、ルカだった。

 

「……」

 

 ルカは、黙々とオールで船をこぎ出した。

 

「……?」

 

 宙に浮かぶアルマエルマの真下を抜けて、嵐も推進力に変えて、先に進もうとしている。海神の鈴のおかげか、荒れ狂う波でも問題なくオールを漕げているようだった。

 

「る、ルカさん……?」

「……」

 

 同じ船に乗る仲間の呼びかけにも反応しない。ただ黙々と、機械のようにオールを動かしている。

 

(……逃げようと、してるの? 聞いてた話では好戦的って……まあ、悩んでも仕方ないか)

 

 アルマエルマは船にすぐ追いついて、すとん、と甲板に降り立った。

 

 ルカ、見習い勇者、アルマエルマが同船する。

 

「うっ……」

 

 見習い勇者が委縮する。狭い船だ。間合いに入っている。アルマエルマから剣呑さは欠片も感じないが、それが余計に恐怖だった。

 

 アルマエルマは、にこりと笑って、口を開いた。

 

「この船、沈めに来ました。よろしくね」

 

 アルマエルマは子どものように無邪気に──ルカに体を向けて、言い放った。

 

 ごうごう雨と風が降り注いでいる。アルマエルマは雨まで降らせるつもりはなかったが、偶然雨雲が近くにあった。

 

「……」

 

 ルカは、何も答えない。

 

 首を傾げてアルマエルマはルカに近づく。

 

「ねえねえ、無視? おねーさん悲しいんだけどなー」

 

 アルマエルマは、ぬるりと近づき中腰になって、オールを漕ぐルカの耳元でささやいた。

 

 ルカは何の反応も示さない。

 

「たまもちゃんから聞いてるわ。魔物にとって危険な存在だ、って」

 

 ルカは真っすぐ前を見つめている。アルマエルマも視界に入っているはずだが、いない者として扱っている。

 

「だからあなたを倒さないといけないんだけど……」

 

 ルカは視線すらアルマエルマに向けない。

 

(ルカさん……どうしたんだろう)

 

 見習い勇者は、心配そうにルカの背中を見つめた。

 

 魔物という存在は見習い勇者もこれまでに多々見ている。

 

 その種の一つであるサキュバスも見たことがある。サキュバスは人間に近い見た目をしている。だから勇者のつながりで時々催される猥談を聞く中でも、よく噂を耳にした。

 

 しかし、このサキュバス──アルマエルマはこれまで見た魔物と比べて、あまりに別格だ。

 

 どんな敬虔な男であっても、イリアス五戒の魔姦の禁を忘れて身を委ねたくなりそうな、人外の色香を纏っている。

 

 この妖魔に誘惑されて貞操を守り通せる男など存在するのだろうか。見習い勇者でもそう思ってしまうほど、畏怖すら覚える色香だった。

 

(なのに……)

 

 ルカは、どうでも良さそうにアルマエルマの言葉を、ひたすら無視していた。

 

(……? おっかしいなあ……)

 

 アルマエルマは、これにさすがに首を傾げた。

 

 今まで自分が触れて来た男は、皆自分を見ただけで発情した。近づいたら絶頂する者もいた。触れたら気絶する者までいた。

 

 しかしこの男は──無反応。

 

(初めての経験……ちょっとへこむなあ……)

 

 強がりとは思えない、完全な無反応だった。快楽を感じる機構が存在しないのではないかと思うよう徹底的な無視だった。さすがに対応に困る。

 

(……触ってみる? でもなーんか……意味ない気もするし)

 

 これは完全に勘だ。

 しかし彼女は自身の直感を大事にする。だから自身の豊満な体を押し当てて誘惑することは選択肢から外した。

 

(どうしようかしら、あんまり試したことないけど……まあ、いっか)

 

 一秒程度の逡巡の後、試してみることにした。別に淫技だけで男を倒さねばならないという決め事はない。

 

「いいの? 無抵抗で。死ぬまで搾るけど」

 

 だから、うって変わって刺々しく、冷酷に、そう言い放った。

 

「……」

 

 そこで、ルカはやっとぴくりと動いた。

 

「……いや。何でもないよ。何でもないんだ」

 

 死ぬまで、という単語に反応したのだろう。

 やはりどういう人間なのかわからないが、全く興奮はしていない様子だった。

 

「余りにどうでもいいことばかり話すから、眠気が来ていただけだ」

 

 そんな馬鹿な、と思うがルカは実際に欠伸をした。

 

 ルカは立ちあがってオールを離し、木刀に持ち変える。

 

「……戦ろう」

 

 そしてそう呟き──船が斜めに傾いた。

 

「え?」

 

 見習い勇者は体勢を崩して転んだ。

 

 傾いた船が元に戻る。何が起こったかわからなかった。瞬きを繰り返した。指でごしごしとまぶたをこする。

 

 だが何度瞬きをしても、ルカとアルマエルマがいないという事実は、変わらない。

 

「……消えちゃった」

 

 自分を除いて、誰もいない。衝撃でへこみひしゃげた甲板の板があるだけだ。見習い勇者は首を振って探し回る。

 

「あっ……!」

 

 遠方に、なんとか判別できる距離に、二人はいた。

 

 二人は、海上にいる。そこで、戦っていた。

 

 漠然と状況を理解して推測するならば、ルカが思い切り踏み込み、その勢いに押されるままアルマエルマも海へ出た、ということになる。

 

 しかし沈むはずだ。足の踏み場はない。水なのだ。踏めば沈む。アルマエルマは浮遊できるが、ルカはできないはず。

 

 だが、ルカは──

 

「海に立ってる……」

 

 見習い勇者は、矢のように降る雨の中、眼を薄く開けて確かに見た。

 

 海の上で、ルカは沈まずに戦っている。

 

 体が沈む前に海を蹴っている。理屈ではわかるが、見習い勇者はまるで理解できなかった。

 

 その時、ごうっと風が吹いて、影が船に飛び込んだ。

 

 ずだんと、船に衝撃が走る。

 

「ふう、びっくり」

 

 アルマエルマだ。船に戻って来たのだ。すとんではなく、ずだん。余裕がなく船べりに着地した。

 

「たまもちゃんが危険視してたのが、やっと理解できたわ……意味不明な人間──いや」

 

 つむじ風のように一瞬で、アルマエルマは船に戻った。風は気がついた時には懐に入り込んでいるものだが、アルマエルマは風ではないのに、察知する間もなく船にいた。

 

「ねえねえ」

 

 アルマエルマは見習い勇者に話しかける。

 

「は、はい、なんですか」

 

 見習い勇者は震えながら返事した。アルマエルマの態度は柔和だったが、四天王というだけで畏怖できる。

 

「あの子って、(にん)──ああ、ほんとに?」

 

 質問を中止し、真面目な顔つきになる。そして振り返ろうと半身になって、思わず疑問がこぼれた。

 

「”魔天回帰”」

 

 光と共に轟音──雷が降った瞬間、ルカがすぐ背後にいた。既に体を捻り、攻撃を繰り出す寸前だ。突如の雷光が逆光となって、得体の知れない怪物に見えた。

 

 回転しながらアルマエルマを斬る。アルマエルマは流れに逆らわず回った。木刀の斬撃を軽減しようとした。

 

 その攻撃はアルマエルマのマントを裂き、その下の背中の皮膚を切り裂く。しかし薄皮一枚だ。大したダメージではない。アルマエルマが安堵したとき──

 

「──っ!」

 

 傷口が破裂した。爆弾のような熱と痛みが駆け巡る。顔を歪めてアルマエルマは距離を取った。

 

 ルカは船に着地する。追撃は加えずに、木刀を握る自分の手を呆然と見つめていた。

 

 じりじりと燃えるような痛みに、真面目な顔になったアルマエルマは、落ち着いて思考する。

 

(今のは……この人間、魔力、使いこなしてる……?)

 

 魔力。人間はほとんど保有せず、魔物が用いる魔術などに使用されるエネルギーの総称である。この有無が人間と魔物の力の差を明瞭にしている。

 

 例えば魔法。これは魔力が必要。火種も作らず火を起こしたり、アルマエルマのように風を操ったり。高度な魔法になるとアリスや四天王が使う転移魔法もできる。

 

 魔天回帰といったか。あの技も明らかに魔術の要素を取り込んだ剣技だ。人間の鍛錬による技術向上で得られる技ではない。

 

(……さっきまでの攻防も、やっぱり変)

 

 自身を一瞬で船外へ押し出したり、海を蹴って沈まなかったり戻ったり、人間としてあり得ない。

 

「……船の上じゃ、戦いづらいだろう」

 

 睨みながら思考するアルマエルマに対し、ルカはそんなことを言った。

 

「海の方がいやなんだけど。それにそうでもないわよ。この船は……その鈴のせいか。あんまり揺れてないみたいだし」

 

 アルマエルマがルカに対して見せる顔付きは、もはや人間を見るものではない。

 

 海上で戦ったときは受けることに徹したが、そろそろ遊ぶ余裕はないと直感する。この男は恐ろしいことに、戦いが長引くほどに強くなっている。

 

 だから、のらりくらりと、だらだらと長引かせるわけにもいかない……が。

 

(でもねえ……)

 

 何故かわからないが、この男には色仕掛けは一切通じない。そうなるといつもの快楽攻撃が通じない可能性が十分にある。

 

(人間の男としてあり得ないけど……でもなーんか、本当にそうな気がする)

 

 そんな予感がした。だから快楽攻撃を試すこともリスキーだ。失敗すると大きな隙を晒してしまう。

 

 正直、攻めあぐねている。マイペースを自負する彼女だが、まさか自身より上がいるとは思わなかった。

 

(何だかショック。一応クイーンサキュバスなんだけどなあ……)

 

 アルマエルマは四天王であると同時にサキュバスの王だ。そしてサキュバスの王の決め方は、どれだけ淫技が上手いか──つまり『エロさ』だ。

 

 だから彼女はサキュバスの中で、いや全ての魔物の中で最もエロいといっても、過言ではない。

 

 だが、ルカはアルマエルマに対して何の反応も示さない。

 

(去勢してるとか? 勃起しないのはさすがにおかしい……性欲がない? そんなはずないわよね。人間としてあり得ない。まあ意味わかんないけど……考えても仕方ないか)

 

 天敵。

 この二文字がアルマエルマの脳内に染み渡る。

 

(まさかグランベリアちゃん並の堅物が存在するとは思わなかったわ)

 

 どころか既に超えているかもしれない。ルカは男だ。男がアルマエルマのそれに全く反応しないのは、堅物というレベルではない。

 

(……仕方ない、あれを使っちゃうか)

 

 たまもは言った。この男は危険だ。

 アルマエルマも共感できる。野放しにすれば、いつか魔王様にとって最大の敵になるだろう。あまりにも真剣(シリアス)な人間だ。

 

 ならばこちらも真剣になる必要がある。淫技も真剣ではあるが、さらなる“もの”だ。それにこの男を絶頂させるには、こちらの方が適しているかもしれない。

 

 何よりも──オーディエンスが一人だけ。

 

(ちょっとあっちの子に余波が行くかもだけど、まあ、ごめんね──え)

 

 アルマエルマが、使う覚悟を決めた時だった。

 

 ちりんと、鈴が鳴った。

 

「……ええ?」

 

「あの、ルカさん……?」

 

 アルマエルマが間の抜けた声を出した。見習い勇者が当惑して、震えながら声を発した。

 

 ルカが船頭の海神の鈴を外した。

 

 そして、海に投げ入れた。

 

 とたんに、船がぐらりと揺れた。揺れは先ほどから問題なく立てる程度であったが、転覆するほどではなかった。

 

 しかし、これは明らかに転覆する直前──海水が波と共にどんどん入り込んできている!

 

「ちょちょっ、えっ、あのっ──うわあっ!」

 

 重い雨の混ざった風が、小型の船を叩き潰すように四方八方から吹き付ける。竜巻の中に入り込んだ時は、こういった気分なのかなと見習い勇者は思った。

 

「……俺は泳ぎが苦手だった」

 

「え?」

 

 意味不明過ぎて、誰も何も言えずルカを見ていた。その視線に対して答えるように、ルカは木刀を甲板に刺して支えにしながら、語り出した。

 

「だが、一時期徹底して鍛えて、泳げるようになった。そして泳ぐのは良い鍛錬になると知った」

 

 つまり……だから……なんだというのだろう? 二人は当惑した。

 

「だから、久しぶりに泳ぎたかった」

 

 いやそれはおかしい。

 アルマエルマは思った。泳ぎたいなら勝手に泳げばいいのに、なんで仲間? らしき同乗者がいるのに、わざわざそんな馬鹿な真似をするのだろう。あの子今にも泣きそうだ。

 

「あはっ……」

 

 でも、おかしさを通り越して──。

 

「あははははっ、あはっ、はははっ……!」

 

 気づけば、アルマエルマは戦いを忘れて、笑っていた。

 

 この人間の評価を間違えていたらしい。真剣ではあるんだろうが、でも、危険とは言えない。たまもの眼も曇ったのかなとアルマエルマは思った。この人間には、魔王は殺せない。断言できる。

 

 だってこの人間──

 

(バカだし、アホだ)

 

 自分のことを真剣だと思ってるけど、実際の所はふざけて見える、そんな人間だ。いざ魔王様と向き合っても、くだらない理由で殺すのをきっと諦めるとか、そんなタイプの人間だ。

 

「ああ、おかしい人……私と決着つけなくていいの?」

 

 アルマエルマは目を擦りながら尋ねた。

 

「今倒そうとは思っていない。ただお前の姿と、動きを確認したかっただけだ。後、ここじゃ戦いにくいし……まあ、とにかくさっさと消えろ」

 

 不愉快そうにルカはアルマエルマを見る。やはり欲情は全くしていない。

 

「ひどい言い草。私はやっとあなたに興味が出て来たのに」

 

 本心だった。どんな風に生きてきたら、こんな人間になるのだろう。魔王様なら多少は知っているかと、帰ったら聞いてみようと思った。

 

「もう会話はいい。あともう少し風があれば転覆する。早く仕事を終わらせて帰ればいいだろう」

 

「……なんか癪に触るけど……まあ、いっか」

 

 アルマエルマは手のひらを広げ、腕を天高く上げた。

 

「“デルタエアロ(delta aero)”」

 

 そして膨大な魔力を、最上級の風魔法へと変換して放つ。特に特別なことはせず、空へと放ち、この嵐に追い風を与えるだけ。風は制御するものではなく、自由に吹かせるもの。そうしていれば自ずと、望む形になってくれる。

 

「じゃあね、ルカちゃん。次会ったときは……」

 

 ──もっと楽しみましょう。

 

 そう言い残してアルマエルマは消えた。

 

 ルカは怪訝そうに眉をひそめ──船が大波に呑まれた。

 

 

 ざばりざばりと、海を脚でかき分け、砂浜へと上がった。

 

「……ふう、いい運動になった」

 

 当然、生きている。

 

 小舟が波に呑まれた後、久しぶりに全力で泳いだ。さすがにあんな大波は初めての経験だった。

 

 だが、乗り切った。成長している、肉体的も、精神的にも。

 

 あと、技術的にも。

 

 魔天回帰。脳内へ唐突に技が降って来たのだ。だが不思議と新鮮な感覚はなく、懐かしさすら覚えた。自分の体に合っているということだろう。

 

 いきなり強くなった要因は何か。アリス? 違う。あいつはそんな重要な存在ではない。

 

 指輪を外したためだ。

 

 母さんのそれは、やはり呪縛だった。俺を縛り付ける呪いだったのだ。

 

 だが指輪を外し、勇者になることも諦めている俺は、完全にそれから解放された。

 

 考えてみれば、急に強くなったのは七尾戦からだ。七尾の時は指輪を外して戦って、眠らされた後強くなれた。やはり指輪が原因なのだ。

 

「捨てるのは、やっぱり正しいな」

 

 あの時もそう。イリアスへの信仰を捨てたあの瞬間。俺は明らかな強さを得た。誰にも頼らない、頼る必要がない、自分を拠り所とする強さだ。

 

 さて、捨てることが正しいと再度確信できた。

 

 ならば、俺は次に何を捨てるべきか。

 

「……」

 

 次々と浮かんできた。安堵する。捨てるものは多々ある。その分だけ強くなれるということだ。

 

 やはり、次は甘ったるさの象徴たるものを捨ててやろう。七尾の時は失敗したが、今度はきっとできるはずだ。

 

「さて……」

 

 決意を固めた後、引きずって来たそれを一瞥した。

 

 一応、見習い勇者を持ちながら泳いだ。死なせるとやはり夢見が悪そうだ。白目をむいているが、死んではいないだろう。

 

 ぺしぺしと顔を叩いて目覚めさせる。ずれた赤いバンダナで目が片方隠れている。茶髪は水浸しだ。水が含まれると、さっきと比べて髪が伸びたように見えた。よくよく見ると、歳は同じくらいだろうが、妙に童顔だった。

 

「おい、生きてるか。これに懲りたらもう着いて来るなよ」

 

 そう呼びかけると口をぱくぱくとさせた。何か言おうとしている。

 

「つ…て……ま…!」

 

 なんて言ったか声がかすれてわからない。

 

「行きますついて!」

 

 見習い勇者はがばっと起き上がり、海水を吐きながら叫んだ。

 

「……頭がおかしいのか」

 

「ボクは、あなたに憧れているんです! それでも構わない!」

 

 信じられない。

 

 あれだけこいつを尊重しない行動を取った。憧れるなとも言ったはず。おまけに、海神の鈴も外した。

 

「それに……あの鈴を外したのは、ボクがいたから、です、よね……」

 

 何をいってるんだという目で見習い勇者を見る。

 

「あの船で戦うとボクが邪魔だから……」

 

 なんて奴だ。俺は目を大きく見開いた。

 

(……なんて都合の良い脳みそをしているんだろう、こいつは)

 

 ハピネス村出身だろうか。頭がハピネスなのだろうか。

 加えてどこかアリスを連想する。最初の頃のあいつはひどかった。自分本位だった。

 

 こいつのために俺があの鈴を外した。そんな訳がない。そんな甘さが俺の中に残っているはずはない。

 

「だから、ボクが乗ったせいで邪魔したから、何か恩返しさせてください!」

 

 だが──面倒くさいな、もう。

 

 俺は一々反論するのも、戦った後だからだるいと思って言った。

 

「……まあ、いいや、何でも」

 

 見習い勇者は顔を輝かせた。やたー、と手を上げて万歳している。何がそんなに嬉しいのか全く理解できない。

 

 まあ、どうせサンイリアまでだ。どうでもいいのだ。着いてこようが来なかろうが。

 

 ……それよりも、気になるのはアルマエルマの最後の言葉だ。まだ何か言っている見習い勇者を無視して、思考する。

 

(次会ったとき、か)

 

 意外な台詞だ。アルマエルマは殺すつもりで来たはず。最後のあの魔法も殺すために放ったはずだ。

 

 しかしあいつは、次と言った。俺が波に吞まれても生き残るとわかっていたような口ぶりだった。

 

(わざと見逃されたか。食えない奴)

 

 まあ本番じゃない。今は軽く斬り合って、互いの実力を確認したくらいが丁度いいだろう。

 

(だが……倒す算段はついた。明確な弱点がある。”最後の技”を使いこなせるようになれば、確実に勝てる)

 

 本番は魔王城だ。旅の最終地点。そこで全て決める。

 

 四天王も、魔王も、奴も、何もかも全部だ。

 

 さてとりあえず、ナタリアポートに向かおう。そして疲れを取って、サンイリアへ。

 

 いよいよ、宣戦布告だ。

 

 ようやく目的を実現できる実力が伴って来たのだ。やらずにこの命を終える訳にもいかない。

 

 俺はやってやろうと意気込んで、砂浜を進み始めた。

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