ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第15話『再戦』

「お、おおお……なんという……!!」

 

「法王様ッ!」

 

 破壊された女神の宝剣を見て、法王が青ざめながら膝をついた。そのまま仰向けに倒れそうになる所を、慌てて兵士たちが駆け寄って、法王を支えた。

 

「貴様ァ……こんなことをしてどうなるか、わかっているのか!!」

 

 ヨハネという兵士が叫んだ。青筋が浮き出ている。人を殺しそうだ。人間が全力で怒った顔を久しぶりに見た。

 兵士たちは、俺に向かって槍を構えている。号令がかかれば、今にも突進してくるだろう。

 

 特に臆することも、気圧されることもない。俺は淡々と、いつものペースで返事した。

 

「覚悟の上だ」

 

 当然、どうなるかなんて、手紙を焚火に投げ込むくらいわかりきったことなのだ。その上で、俺はこの場にて女神の宝剣をぶち壊した。

 

 それはつまりは、明確なイリアスに対する反逆の意志。加えてイリアス教にも、サンイリアにも、全てのイリアス信者へ捧げた、敵意の表れ。

 

 もっとわかりやすく言う。

 

 喧嘩を売った。売りつけた。

 

「ならば──死で償え!」

 

 ならば当然、殴り返される。

 そしてこの喧嘩を収める方法は俺の死亡のみ。仮借は絶対有り得ない。

 

 ヨハネという奴が突っ込んでくる。がちゃがちゃと暑苦しい鎧に身をつつみ、無駄な装飾が付いた槍をこちらに向けている。

 

 ヨハネは槍を突き出した。眉間にしわを寄せた、鬼のような表情だった。

 

 その様子を見て俺は一瞬──悪いことをした、と思った。

 

 普段はきっと温厚な奴なのだろう。こんな表情をして殺しに来ることもないのだろう。女神の宝剣を、信仰を大事にしているのだろう。だからこそ、本気で怒ってる。

 

 俺だって、家具とか、よく読んだ本とかを誰かに壊されたら怒る。

 

 でも──

 

「まだ死ねない」

 

 突き出された槍が喉を貫く前に、柄の部分を掴んで止めた。ヨハネが憤怒と焦燥に満ちた顔で引っ張り抜こうとするが、動かない。

 

(イリアスのものだから、壊してもどうでもいいと思ったけど……そうでもないな)

 

 やはりまだ冷酷になり切れていない。魔王を殺すという目的を持つ奴が、たかが剣を壊したくらいで悪いと思うなんて、馬鹿みたいだ。

 

「くっ、離せ……!」

 

 ヨハネは必死に力を入れて抜こうとしている。さすがに申し訳なくなって、手を離した。勢いでヨハネが後ろへ倒れ込む。見ていた兵士を巻き込みながら。

 

 もう見てられないな。終わらせよう。力の差がひどすぎた。

 

「うぐっ──ならば! 我が七人兄弟が編み出しこの究極の技を喰ら──」

「口上が長い。隙だらけだ」

 

 前に倒れ込むように近づき、立ち上がったヨハネの腹を殴り飛ばした。

 鎧で守られていた土手っ腹めがけて、懐に飛び込み、鎧へ拳の跡が残ったほどに強く殴った。ヨハネは胃液をまき散らした。

 

「頭に血が昇り過ぎだ」

 

 口上も必要ない。必要じゃないものはそぎ落とすべきだ。

 

 さて、もう十分だろう。

 兵士の中で最も強い者を倒し、戦意は削げたはず。後は逃げるだけ。

 

「なっ……壁をつたって!?」

 

「本当に人間か……!?」

 

 おののく兵士たちの隙をつき、ステンドグラスを駆け上がる。イリアスの意匠があるので一応踏んだ。

 

 その勢いのまま壁を走り、回り込んで俺の荷物を持っている兵士に向かって飛ぶ。

 

 着地──兵士は突然現れた敵に動揺している。

 

「ひっ──あ……」

 

「よし、じゃあな」

 

 首を手刀で打ち、荷物を持っていた兵士を気絶させ、装備を奪い返した。だが入口は封鎖されている。だからついでに、ちょうど良い奴を使うことにした。

 

「ちょっ、ルカさん……!?」

 

「な……あいつ、仲間を盾に……?」

 

 近くにいた見習い勇者を捕まえ、盾にする。背に壁があり、前には兵士たちがいるという状況。兵士たちは槍を構えているが、盾となる見習い勇者がいるから突きだせない。

 

 ただ、見習い勇者は人質として弱い。さっき俺の仲間だとその口で言った。だから少し手荒なことをする。

 

「こいつは、俺が奴隷にしてた使えない愚図だ」

 

 えっ、という顔を見習い勇者がした。

 

「殺しても労力が無駄になる。だから食料調達や囮作戦に使ってたたゴミだ。……が、連れてきて正解だったよ。まさか盾として使う機会があるとは思ってなかった」

 

 うるうると目を滲ませている。子どもかこいつは。

 

「そ、そんな──あっ」

「黙ってろ」

 

 ついでに殴った。このくらいしないと信じないだろう。

 

「さあ、どけ。善良な一般人を殺す気か?」

 

 見習い勇者(こいつ)は仲間ではなく、ルカに使役された奴隷(被害者)のような存在だった、と。

 

「……鬼畜め」

 

 殴られた腹を抑えながら、俺を囲む兵士たちをかき分け前に出たヨハネが非難する。

 

 あいつの言う通りだ。俺は最低のゴミに映るだろう。それが一番都合が良い。

 

 俺も逃げれて、見習い勇者も罪に問われることはない。俺の仲間だったという罪を着せられることはないのだ。

 

「ほら、早くどかないと首をへし折るぞ」

「る、るかさぁん……」

 

 さっさと脱出しようと急かすが……。

 

「どうする? 人質は面倒だが……」

「関係ない。ここで殺すべきだ。女神の宝剣を割ったのだぞ」

「そうだ! 裁判の必要もない。殺せ!」

 

 まずいな。状況が膠着してしまった。兵士たちが作戦を練り始めている。冷静になられると嫌だし、時間がかかればかかるほど人が集まって逃げにくくなる。

 

 仕方ないから正面突破するかと思ったとき──晴天の霹靂が轟く。

 

「おい! ほ、法王様が……!」

 

「あははは……い、イリアス様が、いる……そこに……ああ、あの破片に、イリアス様がああ……おおお助けください……」

 

 とある兵士が大きく声を挙げた。

 その方を見ると、法王が女神の宝剣の破片に向かって土下座して、そして頭を思い切り地面に叩きつけた! がんごんと音が鳴っている。何度も叩きつけている。

 

「なっ……なんという……」

 

「……ほら、早く道を空けろ。法王が悲惨なことになってるぞ」

 

 かわいそうなことになっている法王を指差しながら言った。

 

 さすがにやり過ぎかかもしれない。申し訳なさとありがたさが同居した。

 

 だがこの機会を逃す訳にもいかない。木刀を突き付けて、どけとジェスチャーする。

 

「……あなたには、いつか必ず借りを返す」

 

 敵意の全く消えない目つきの兵士たちが道を空け、出入り口まで行けるようになった。見習い勇者を引きずりながらじりじりとドアまで距離をつめた所で、ヨハネが恨みを込めた目線で行った。

 

「いつでも」

 

 そう返事して、扉を抜け──見習い勇者を兵士に投げ渡して疾走する。

 

「……」

 

 もうさすがに見習い勇者も、俺に憧れるなんていう馬鹿なことはしないだろう。もしも万が一、次会った時に態度が変わらなかったらさすがにおかしい。

 

 廊下を駆け抜けて中心の階段を降りて行った。しかし──。

 

「……げ」

 

「……! 我々を見て逃げた! いたぞ! 奴が──この騒ぎの元凶だ!」

 

 階下には兵士たちが待ち構えていた。既に情報が回っていたらしい。

 

 引き返し、また廊下を駆ける。面倒なことになった。目についた階段を適当に上がる。今おそらく三階にいるはず。後ろからは兵士たちの怒号が飛んで来ている。

 

 さて、ここからどう動くか。目的はもう十分果たした。これ以上暴れる必要はない。

 

 女神の宝剣だ。サンイリアにとって何より重要だった。加えてイリアスヴィルで結構ふざけたことをしている。イリアスポートでも色々ぶち壊した。

 

 これで間違いなく俺は──イリアス教に背を向ける者と、世界に認知されるはず。

 

「まあ、逃げるしかないが……」

 

 そんなわかり切ったことを思考している場合ではない。今は逃げ出すことを優先しなければならない。一国の兵士全員相手にするなんて御免だ。ハーピー全員倒すより面倒だろう。人間は数だけは一人前だ。

 

 加えて、ただでさえサンイリアの兵士。

 

 人間と馬鹿にしているが、一人一人の精強さはそこらの魔物以上。

 

 それに一対一なら魔物より数段楽だが、集団戦では人間の方が厄介。人間は協力できるから強い。勝てないとは言わないが、厄介。数の暴力は面倒くさい。

 

 だから相手をしたくないので逃げていると──。

 

「まずいな……」

 

 知らない廊下で、一度息をつく。

 

 走り続けて、ときおり兵士が現れて躱してを何度か繰り返したら、現在地がわからなくなった。とりあえず壁を壊して外に出るか? 町は行きで見たから、潜伏できる場所もありそうだし、とにかく脱出を優先するべきかもしれない。

 

 辺りを見渡す。とりあえず兵士の喧騒は遠い。

 

 暗い廊下だった。柱が両側に均等で立てられ、突き当りにはステンドグラスが施されている。柱一つ一つを見るとイリアスっぽい彫刻がされていた。廊下はただの通路にしては驚くほど幅広い。

 

 天井には銀のシャンデリア。突き当りまで等間隔に配置されている。しかし余り使われない廊下なのか、灯は節約のためか一つ間隔を空けて灯されていた。意外とけち臭い。

 

 床は大理石。滑りそうな見た目だが、踏み込みには支障はない。現在何階にいるかわからなかったが、足場の感じは二階だ。なら窓を見つけてそこから脱出すれば多分逃げ切れる。

 

 一度落ち着いた。やはり集団に追われるとけっこう焦るものだ。

 

「……! また兵士か……!」

 

 どたばたと足音が鳴って、きっ、と音の方へ目をやった。

 突き当りから兵士が二名、曲がってこちらに走ってくる。しかし、何やら様子がおかしい。何かに、怯えている?

 

「助けてくれ……!」

 

「し、四天王が……ぐあっ!」

 

 言いかけた所で、兵士は何者かによって倒された。

 

「……!」

 

 まさかまさかだ。

 

 廊下の奥は闇だった。今は昼間だというのに暗かった。窓もない廊下だった。しかし、その剣士が巨剣に灯した火の揺らぎによって、全貌が明らかになる。

 

「久しぶりだな……なるほど、確かに変わった」

 

 言うほど久しぶりか? と兵士二人を瞬く間に切り伏せたそいつに、目線だけ向けた。

 さっさと逃げ出したい所だが、先ほどまでと同じように躱して先に進めるほど、この剣士は簡単な相手ではない。

 

 長々と相手をしていると後ろから兵士が来るだろうが……まあ、仕方ない──戦うか。

 

 気持ちはすぐに作られていった。冷静に考えれば、この剣士と戦うのは二度目。一度目は敗北。つまりこれは雪辱戦(リベンジマッチ)だ。願ってもないことである。

 

「しかし……なんだ。タイミングがベストだが……人間側に寝返りでもしたのか?」

 

 軽口だ。俺が追われている時、面倒なタイミングでやって来たから。

 

「私はただ貴様と手合わせに来ただけだ」

 

 剣士、グランベリアは軽口に笑いもせず、正眼に巨剣を構えた。

 

 俺は、素直に嬉しく思った。

 あの魔剣士グランベリアが、俺との戦いを望んでいる。最強の剣士が俺を求めている。これは全ての戦士にとって喜ばしいことだ。

 

 その感情に気づいて、ちょっともやっとした。

 なんやかんや言って、俺も憧れているのだ、最強に。畏敬の念は持っている。

 

 ならば今日が最強の入れ替わり戦だ。素晴らしい日だ。イリアス教の敵となり、加えて最強の称号も──グランベリアを倒して得る。全てを手にする日かもしれない。

 

「だが」

 

「わかっている」

 

 戦いはもう少し後だ。

 

 俺たちは正面から向き合うのをやめて、互いに背中を向け合った。マントと外套が揺れ合う。互いが向く方には、それぞれ──。

 

「いたぞっ! 最悪殺しても構わん、やれ!」

 

「逃げ場はないぞ! 大人しくしろ!」

 

 大きな喧騒を立てながら数十名の兵士が向かって来ていた。あれらを片付けねば、この戦いに大きな邪魔が入ったまま始まることになってしまう。

 

 どうやら兵士たちは俺をこの廊下で挟撃しようと画策していたらしい。

 

 回り込んでいた兵士たち数十名が、グランベリアの方からも駆けて来ている。やはり地の利が向こうにあったか。城の構造の把握もせずに乗り込むのは、さすがに馬鹿だった。

 

「さて……」

 

 木刀を構えた。行けるか? と自問する。まあ行けるだろと余裕を作る。あんな大勢を一度に相手するのはいつぶりか。

 

 勢いよく駆けて来る兵士に突っ込む。

 

 木刀を握りしめる。柄がぎしぎしと軋む。握り潰さないように注意して力を溜める。数は把握できた、十八名。

 

 網で川の水をすくうような感じだった。

 

 集団を瞬時に抜けて、その背後に俺はいた。

 

「くっ──いつの間、にッ!?」

 

 ばぎりと、一人の兜がへこみ吹き飛んだ。

 それを皮切りに連鎖するように兵士たちの鎧の部分が凹み出し、

 

「“九重の羅刹“」

 

 俺の背後には、気絶した兵士が散乱する。

 

 良い。この技は素晴らしい。九連撃を繰り出す技だ。体が勝手に動くような感じで、流れでやれる。一撃で二人以上倒せば一つの技で全員倒せた。

 

 グランベリアも──。

 

「邪魔をするな」

 

 巨剣を思い切り横薙ぎし、迫る兵士を壁や天井に打ち付け、ばったばったと倒していた。最後の一人になって数の利を無くした兵士が逃げ出し、グランベリアも、やっとこちらを見た。

 

「さて、邪魔者はいなくなった。見せてもらおう。貴様が、どれだけ強くなったのか」

 

 闘志をむき出しにして、グランベリアは剣に炎を纏わせた。

 

「……ああ」

 

 イリアスベルクで嫌というほど味わった熱気が、体に吹き付ける。ドラゴンのブレスのようだった。荒々しく、猛るもの。焚火のように穏やかな火ではなくて、火刑のような──

 

(……)

 

 ──ここで、なんとなく、確信した。

 

「グランベリア」

 

 俺はたぶん、あの時、たまもと戦う前に感じた、それに成れる。

 

 四天王と同格の存在に、いやそれ以上の存在に、今日、たどり着ける。

 

「一つ聞きたい」

 

 だが、そうなるためには“何か”を捨てねばならない。

 

 戦いにとって邪魔なもの。それを捨てて、空いたスペースに重要なものを入れて、きっと“俺“は完成する。指輪で学んだのだ。俺は戦い以外の余計のものを、全て捨て去った方が強い。

 

 そして真に捨てるべきものは、既にわかっていた。

 

「──殺してもいいか」

 

 秘宝の洞窟で、七尾の時に捨てきれなかった“これ”を捨てれば、俺は完全な冷酷になることができる。

 

「何──ぐっ!」

 

 落ちるように動き出した体は、グランベリアの背後を軽々と取っていた。

 

 裏拳の如く振った木刀は、グランベリアの側頭部を殴打する。

 

 しかしグランベリアは踏みとどまり、振り返り様に巨剣を薙ぐ。俺は木刀で受け、吹き飛ばされた。転がりながら受け身を取り、態勢をすぐに立て直し奴を見る。

 

 相手は他でもない世界最強の剣士、グランベリアだ。当然のごとく一撃では倒れない。

 

 でもだ。明確な成長が、一つだけあった。

 

「……戦いで血を流したのは、久しぶりだ」

 

 グランベリアは、流血している。

 

 イリアスベルクで渾身の一撃を食らわせても、一滴たりとも落とさなかった奴の血。それが始まりの軽く振った一撃で、流血までさせた。

 

「……随分と変化したものだ。まだひと月も経っていないというのに」

 

「敗北は栄養だからな。お前らは餌を与えすぎた」

 

 俺は笑みをこらえながら話す。イリアスベルクの時は全くなかった余裕を感じながら、ずれた外套をばさりと直した。

 

「……」

 

 グランベリアは血も拭わず、相も変わらない仏頂面で、俺を睨んでいた。

 

 

 素直に、グランベリアは驚いていた。

 

 ルカの“変化“にである。

 

 ルカがだんと蹴り飛ばした壁にひびが入る。あまりに強い踏み込みに壁が耐えられていない。

 

 木刀をルカが振り上げた──牙を剥きだした獣が噛みつく寸前のように。

 

「“魔天回帰“」

 

(重い! 破裂するような衝撃がある。だが……単純)

 

 剣に技が着弾し、後から爆発するような衝撃が伝わる。

 振動は剣から腕へ伝わり体全体を揺らす。雷に打たれたときを想起した。

 

 しかし体勢が若干崩れる。ただの剣撃ではないと予想していたが、遅れて爆発のような衝撃が来るとは思っていなかった。

 

 崩れかけた態勢を完全に崩す目論見で、ルカは続けざまに技を繰り出す。

 

「“九重の羅刹”」

 

(瞬く間に、九回の連撃……一撃一撃の重みには欠けるが、苛烈なもの)

 

 一つ一つを捌きながらグランベリアは思った。驚嘆すべきは威力でも速度でもないのだ。

 

 つなげていること。

 

 連撃技が難しいのは、攻撃がつながらぬからだ。攻撃する間も敵は動くし、攻撃をする。剣で防御されてしまえば怯まない。簡単には止まってくれない。

 

 だというのにルカは、一撃防御されたとしても一つ一つを丁寧につないで、一連の流れを最後までやり遂げる。

 

 自身の連撃技と比較しても遜色ない。むしろ成長しきれば、こちらの方が技威力の絶対値は上位かもしれない。

 

 しかしグランベリアは、妙に冷めた顔をしていた。

 

 直近で戦った中では最も強い。魔物の剣士を含めても最上位。だというのに、全く熱くなれない。

 

 その理由を、グランベリアはわかっている。

 

(……まあ、正直にいうか) 

 

「──!」

 

 ごうっと巨剣を横薙ぎする。剣風がルカの体を吹き飛ばした。一度間を置く。

 

 グランベリアは剣を床に突き刺した。大理石を容易に貫き砕いて、巨剣は突き刺さった。

 

「……ルカ」

 

 呟く彼女には、何発か防御から漏れて当たったため、腕や脇腹にうっ血が見られた。

 

 ルカは話しかけられたが無視する。居合抜きの構えを取って突進した──グランベリアは続く言葉を述べた。

 

「弱くなったな、貴様は」

 

「──何?」

 

 ルカの動きがぴたりと止まり、勢いがなくなって着地した。聞き流せない言葉だったようだ。

 

「イリアスベルクの時の方が、貴様は強かった」

 

 そう言いながら彼女は、ルカは納得しないだろうなと思う。

 

 実際自分は攻撃でダメージを受けている。明らかにルカは成長している。強くなっている。だが、弱くなったと彼女は感じている。

 

「本気で剣を振っているか──いや、愚問だな。威力は確かに上がっている」

 

「……」

 

 ルカは答えない。

 

 グランベリアはルカを睨む。

 

「貴様は、何を捨てた?」

 

「……っ」

 

 ──なぜわかる、意味が解らない、どういう眼をしているんだ。

 

「図星か」

 

 ルカの反応を見てグランベリアは察した。

 

「なるほどな。確かに、捨てれば身軽にはなるだろう。解放感が、その速さの原因か。だが一つ捨てたなら、一つ得なければつり合いが取れない」

 

 自明の理だろう。これまであったものを捨てれば、隙間が生じ、重みも減る。別のもので補完しなければ、バランスの崩れた存在は自壊するはずだ。

 

「貴様は何を捨て、何を得た?」

 

「……殺さないという制約を捨て、殺すという覚悟を得た。その結果に……俺のあるべき姿がある」

 

 冷酷な自分という、目的遂行のために適していて、加えて贖いにも最適の姿だ。それを求めるがために、ルカはこれを捨てたつもりだった。

 

 空気がぴしりと音を立てて張りつめた。

 

「ふざけているのか」

 

 グランベリアの髪がざわめく。ざわざわと逆立っていく。火が必ず上へ上へと燃え盛るように、髪が燃えている風に見える。

 

「その覚悟があるならば、なぜ真剣を使わない」

 

 そこら中に落ちている。剣士の魂。拾えば使うくらいはできる。そうでなくとも、事前に鉄剣を調達する程度など容易のはずだった。

 

「なぜ、本気の“殺す気”で来ない」

 

 表情にはほとんど現れない。いつも通りの顔。

 しかし確かな憤怒を、グランベリアの気配が発している。

 

「……お前は勘違いしている」

 

 たらりと、熱気と怒気を受けて、ルカの額を汗がつたった。

 

 ルカは返答と同時に、異の構えを作る。木刀の切っ先を杖のように地につける。七尾戦で使用した技──空を斬る剣。

 

「それを使わずとも──斬れる」

 

 立場が入れ替わった。既に、斬っていた。

 

「“閃殺“」

 

 浮き上がったルカの体がずざりと着地した。それと同時に、グランベリアの体から血が噴き出した。

 

(さすがにこれだけでは終わらないだろうが……手ごたえはあった……)

 

 振り返る。鮮血をルカは瞳に映した。

 

 しかし、血はぴたりと止まった。

 

「……ルカ」

 

 グランベリアが振り返る。傷口──斜め、袈裟斬った傷口から、蒸気が発されている。

 

 ルカは予想した。

 おそらく自身の炎で傷口を焼き塞いだのだ。自身も似たような真似をしたことはあった。

 

 それくらいはやって来る。ここまではルカの予想の範囲内だった。

 

 だが。

 

「……なっ!」

 

 血が、自身の体から噴き出した。

 

 斬られた──同じように袈裟。交互に自身の傷と敵のそれをルカは見やる。全く同じ形状。

 

「以前の貴様ならば、兵士を守ったはずだ」

 

 ──イリアスベルクの住人を守ったように。

 

 辺りに倒れる兵士を流し目で見て、グランベリアは傷口を抑えるルカに向けて言った。

 

「今の貴様の在り方は、間違っている」

 

 今からそれを証明しよう──。

 

 グランベリアは、顔まで巨剣をもっていくと、業炎を剣へと纏わせる。

 

 それを収縮させるように、熱を剣へと一点にまとめるように、抑えていく。

 

「……!」

 

 それが終わった時──その巨剣は、先ほどまでとは比べ物にならない、熱を纏っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ざぶうんと、雄大な滝から流れた流木がグランベリアの心の静寂(しじま)を割った。

 

 ヤマタイ地方北部の、とある庵。

 

 川のほとりにあって、巨大な滝が眼前いっぱいに広がる。

 

 グランベリアはその和室で、瞑想をしていた。

 

「……」

 

 ときどき、滝に打たれに来る場所だった。エルフの里が近く、年中雪が降っている。野生の魔物もほとんどいない。人間が近くにいないし、旅人もまずここ周辺を通らないためだ。いるのは野生動物くらい。

 

 秘境というにふさわしき場所。集中して思考するにはうってつけだ。

 

「……わからないな」

 

 しかし思わず、言葉が漏れ出た。

 

 滝の音を耳に聴かせながら、ひたすらにグランベリアは座禅を組んでいた。

 

 普段の洋式の鎧やマントではなく、和服。浴衣だった。たまも監修のものだ。麻でできていて、平織された着物。柄は特にない。作り手の蜘蛛の魔物には趣味じゃないからと断った。

 

 思い浮かべるは、イリアスベルクの一戦だ。あの戦いはわからないものが余りに多かった。

 

 魔王様があの男をかばったことは、いい。あのお方の信念は知っている。茫漠たる予感ではあるものの、自身の理想を求めたが故だろう。それでグランベリアは納得している。

 

 しかし全く納得できない部分があった。

 

 なぜ、あの男は強かったのか。強いと感じたのか。

 

「……」

 

 全てが自身より劣っている存在だ。

 

(あの一瞬、刹那ではあるけれど、私は奴に畏怖した)

 

 力も、速度も、頑強も、武器も、種族も、一つとして劣る要素はなかった。

 

(……いくら考えても劣っていた要素が、見当たらない)

 

 だから悩む──では行き詰った時どうするか。こういう時は単純に考えるのが良いと、彼女はわかっていた。

 

 だんだんと冷静になってきた。気温が下がったからかもしれない。ヤマタイ北部は天候変化が激しい。おそらく、これから雪が降る。

 

 それに伴って、思考も怜悧なものになっていく。

 

「……あの場に限定して、私にはなく、あの男にあった“もの“」

 

 これに絞って、考えるのがいい。

 

 不意に一息つく。休憩。立ち上がって開かれた障子を抜けて縁側へ出た。庭の向こうには滝がある。ごつごつとした岩肌を覆い隠すように落ちていく激流のしぶきはよく見えた。

 

 草履をはいて庭に出る。河原の石で音を鳴らしながら進む。水深がひざ丈程度の川を覗き見た。種類はわからないが川魚の魚影が見える。適当に串焼きするかと考えると唾液が出た。

 

 空を見る。青さはない。やはり、埃のような雪が降るだろう。

 

「……」

 

 縁側に立ち、草履を揃え、障子を抜けて、和室に戻った。

 

 そして、寝かせていた剣を手に取る。

 

 また、縁側に出る。

 

 そこで、居合抜きの構えを作った。

 

 巨剣ではあるが、熟達の書道家が筆を選ばぬように、熟達した剣士は得物を選ぶ必要はない。そこらの棒きれすら剣にするのが、真の剣士だ。

 

 構え続ける。眼を閉じる。

 

 構え続ける。こんこんと雪が降り始めた。

 

 構え続ける。やはり埃のように雪は消えない。

 

 構え続ける。雪が地面を埋め尽くした。

 

 その瞬間は、ふとしたもの。

 

 ──抜刀。

 

 下から上へ、縦に振り上げた居合抜きは空を斬った。

 

「守るべき“もの”の、有無か」

 

 答えを、グランベリアは見出した。

 

 それが、守るべきものがあった。だからあの男は強かったのだ。

 

 イリアスベルク。あの場にてあの男は、住人を守るためにあそこまで必死になって戦い抜いた。そうでなければ説明がつかぬ強さだった。

 

 自身もまた、魔物を傷つける勇者を根絶するため──守るために戦いに行ったが、なるほど確かに、あの場では自分は攻めた側だった。

 

 ルカの中にあったのは多々の民を守るための意志。

 自身の中にあったのは少なからずの侵略の負い目。

 

(だから、倒しきれなかったか。思えば不死身のように立ち上がる奴に、私は手心を加えていたのかもしれない)

 

 いずれにせよ、わからぬことはわかった。グランベリアは納剣した。

 

 そして庵を後にする。今回は休息のために訪れた訳ではない。用事が済めばすぐに立ち去る。

 

 庵は無人になる。

 流るる滝の音ばかりがそこにあった。

 

 しかし、異音だった。滝音が先ほどまでとうって変わって、乱れたものになっている。

 

 その滝は、二つに割られていた。

 

 眼前を流れていた巨大な滝が、二つに分かれている。境として板を中心に挟まれたように、流れが分断されて、滝が二つ出来ていた。剣痕の滝には深い深い溝が見えた。

 

 この後日。グランベリアは魔王と共にサンイリア城へ向かった。

 

 

「……俺の何が、間違ってるって?」

 

 俺は傷口を抑えながら問いかける。時間稼ぎだ。傷の程度を確認する。胸部を斬られたから臓物が出ることはないが、斬られたのは久しぶりで動揺していた。

 

「あり方、だ」

 

 加えて、グランベリアによる否定。嫌な予感がした。身体的にも精神的にも潰されるという、最悪の想像が頭をよぎった。

 

「剣に、重みがない。この前喰らった技の方がよほど重かった。貴様の研鑽、創意工夫……気の遠くなるような訓練──それらの重みを感じた」

 

 三段突きのことだろう。確かにあれは長年苦労した。だが、あれでは殺せない。

 

「だがなんだ? 今日の技は、貴様が作り出したものではないだろう。おまけに使い慣れていない。付け焼刃以下の、殺すばかりか……誰も倒せない剣技」

 

 そんなはずはない──の言葉は出ない。七尾もアルマエルマもラミアも、俺は結局殺せていない。

 

「加えて、明鏡止水の欠片もない。剣を持つ貴様が知らぬはずないだろう。これこそが、普遍的な剣士の最高到達点だ」

 

 知っている。だがそれを完璧に有するお前にも、俺は攻撃を当てられる。ならばそれ以外の到達点もあるはずだ。

 

「貴様は真逆だ。ぶれる剣筋に、力任せの鈍い斬撃。迷いがあるだろう。精細を欠き、剛毅も足りぬ貴様の剣では、私を折ることなどできない」

 

 そこまで言われて漸く、黙って聞くことをやめた。

 

「いったな。断言したな」

 

 散々いってくれた。一応世界最強を冠する剣士の言葉だから聞いてやったが、どれもくだらない、客観的な意見ばかりだ。

 

 そんなもので俺の覚悟が鈍るはずもない。しかし一つ一つに反論するのも面倒だった。

 

「絶対に、お前を折ってやる」

 

 だから、最も単純な手段──奴を倒して、俺が正しいことを証明する。

 

 しかし生半可な技では倒せない。俺が持つ選択肢の中で、最大のものをぶつける必要がある。血も失われている。即殺できるものが、要る。

 

「……」

 

 そこで剣を、木刀を緩く持った。

 

 形見の指輪を外してから、自分の中に浮かび上がる技が“四つ“あった。

 

 閃殺。前のめりになって脱力し、木刀を相手に当てるだけ。手ごたえはなく、“空”を斬ったように感じるが、確かに木刀で斬れる技。

 

 魔天回帰。思い切り木刀を振り下ろすだけ。後から妙な力の爆発が遅れてやって来る。

 

 九重の羅刹。特別なことはない。ひたすら振るのみ。でも、流れを意識しなければ攻撃が途切れる。

 

 そんな技名すらも勝手に浮かんできた、よくわからない“四つ“。

 

 今から使用するこれが、その最後の一つだ。

 

「ふざけて見えるかもしれないが……」

 

 これまで使わなかったのには理由がある。

 おかしいのだ。この技だけ明らかに異質なのだ。毛色が全く異なる──迎撃だけの技なのだ。

 

「ふざけてないから、安心しろ」

 

 剣を、下ろした。

 

「……」

 

 グランベリアは返事もせず巨剣を構える。今までとは異なり、正眼ではない。

 

 敵の攻撃が向かってくる現在だ。だというのに何も構えてはいない。

 

 だから使いたくなかった、この技は。敵の前で武器を下ろすなんて降伏と同じだ。

 

 だが、これが正しい。

 

 ふざけている。最強の技が、剣を振らぬことで成立する技だなんて、余りに馬鹿げている。

 

(それでも──俺はこれを信じる)

 

 グランベリアが、迫って来る中、俺は──何の根拠もなくそう思った。

 

「“乱刃“」

 

 一瞬の肉薄。消えたと思ったら間合いにいた。既に業火を纏った剣が、その熱を猛らせている。巨剣が迫っている。

 

(だい、じょうぶだ。避ける必要はない。信じる。この技を信じれば良い)

 

 だが奴が初めて打ち出す、技だ。全く威力の想像がつかない。こちらも初めての技で、対応できるのか。

 

(いや恐れるな。それは既に捨てているだろ)

 

 考える間に巨剣が、振り下ろされる。

 

(でも、なんで俺はこの技を信じれる?)

 

 迫る巨剣。尋常じゃない熱を纏う。見た所熱だけじゃない。炎を抑え込んでいたように見える。着肉の瞬間に、炎が弾ける気がする──そんな技をこの初めてに任せていいのか?

 

(そもそも何の根拠が、鍛錬して作り出した、信用もないのに──)

 

「“気炎万丈”」

 

 体が、勝手に動いていた。

 

「は──?」

 

 俺は木刀を出して受けていた。

 

 受けだした木刀がねじ切れいや瞬時に燃え尽き──

 

 熱剣が四度、体を打ち付けた。ひねりながら吹き飛び天井にぶつかった。

 

「──ぶっ」

 

 折れた──受けた木刀持ってた腕。ぶつけた背中。痛みながら、思う。

 

 血──吐き出しのたうち回りながら、思う。

 

(この──臆病者!!)

 

 最後の技。これは、動いてはならなかった。動かずに待つ技なのだ。

 

 だが違う。動かされた。グランベリアの攻撃の圧が、俺をそうさせた。

 

 つまりは──びびらされた。気を呑まれた。

 

 奴の剣熱など比べ物にならない恥辱の炎が、脳汁を蒸発させる。血管が破裂するほど血が沸騰する。筋肉が燃え尽きるほど体に熱が籠る。

 

 ふざけるな。

 

 あいつの、言った通りじゃないか。

 

 だってそうだろう。俺はイリアスベルクで、死ぬことを怖れなかった。だから挑めた。立ち上がれた。でも今──死を恐れて防御した。

 

 身体能力は向上したのだろう。グランベリアに流血までさせたのだ。でも圧倒的に精神が弱くなったのだ。

 

 そもそも付け焼刃の技たちに頼ることも間違っている。俺が体得した技術は、そんな一晩で浮かんできたような、軽い物じゃなかった。

 

 三段突きも兜割りも、全部死ぬ気で練磨して、納得できたから実戦で使った技なのだ。

 

 だがそれらが通用しなかった。だから、別の技に頼った。これを軟弱と言わずに何と言うんだ。

 

 最後の技を信じられなかったのも、奴の言う通り。歴史がなかったから。重みがなかったからだ。付き合って来た上で築いた、信頼がなかったからだ。

 

 完全に、証明された。

 

 俺の道が、進んでいた道が、邪道だったと。

 

 弱く、なったと──!

 

 ばぎりと歯が折れた。あまりにも食いしばり過ぎて破損したのだ。

 

「出直せ。そして捨てた“もの“を、拾い直して来い」

 

 グランベリアが剣を置いて、言った。

 

 絨毯に引火し焚火のような火が燃えている。奴の技の残滓だ。攻撃の余波が飛んだ部分までの廊下が黒焦げになり、柱が溶けている。銀のシャンデリアはどろどろに溶けていた。

 

「貴様が捨てたものの中に、強さの答えがある」

 

「……なぜ、そういいっ、切る」

 

「……前回の方が、強かったからだ」

 

 前回──? あんなイリアスベルクの、ぼろぼろのみっともない俺の方が、強かっただと?

 

「今の貴様は勇者ではないな。だから、弱い」

 

 何を言っているのか理解できない。俺は初めから、この世界に生誕してから今日のこの日この一瞬まで、毛の先一本たりとも勇者であったことなどない。

 

 ああ、とにかく──気に食わない。

 

「……好き勝手、散々、いいやがって」

 

 無理やり、立ち上がった。

 

 こいつは何を勝手な勘違いをしているのだ。勇者などではない。イリアスベルクの奴らを守ろうなんて思って──ない。

 

 だがそんな反論をする余力はなかった。だから、一つだけ。

 

「俺は、俺の道を進む……指図は、受けない……!」

 

 捨てる道も、剣士ではない道も、誰が何を言おうが“あるがまま“に猛進する。誰かに指図された道を歩んだ所で、後悔するだけだ。そんな言葉に乗せられてたまるか。そんな意志だけ示した。

 

「……そうか。それもいいだろう」

 

 腕を組みながらグランベリアは言った。俺は膝がぐらついて片膝をついた。

 

「貴様の強靭さなら、あるいは……全く別の到達点を、つかみ取れるのかもしれない」

 

 奴が見下し、俺が見上げる。勝者と敗者の構図だった。かみ合わせの悪い歯が、がりりと音を立てた。

 

「まあもっとも“あのお方”がこれから、貴様をどうするかだが」

 

「……?」

 

 そう言ってグランベリアは納刀し、去っていく。奥から引きずるように体を進める、何者かと、すれ違いで──。

 

 徐々に姿が鮮明になる。ぼやけた視界でもわかる程度のシルエットになる。それと同時に動悸が生じた。

 

 その者は、俺がかつて拒絶した──

 

「アリス……!」

 

「……」

 

 魔王、アリスだった。

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