ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第19話『神』

 ふらふらと、おぼつかない足取りで歩いた。

 

 足はいつの間にか、ゴルドポートの外へ向かい、自分がどこにいるのかもわからなくなってきた。

 

 郊外は魔物がいる。危険だとはわかっている。

 

 でも、もう、そんなのはどうでもよくて、どうなろうが知った事じゃない。

 

 死んだっていい。むしろ死ねば遺言にも、償いにも、責任と向き合わなくて済む。だからゴルドポートを出て──

 

「……」

 

 気づけば、高台にいた。

 

 そこはゴルドポートから南に直進してたどり着いた、丘だった。山々が連なって、イリアスヴィル近辺にない景色がお前の眼に映る。

 

 それが美しくて、思わず崖際まで進んで……立つ気力がなくなって、座った。

 

 空を見上げてみる。

 広がるのは、茜色の空。でも雨の降りそうな気配のする色だった。ぐちゃぐちゃな空の色だった。

 

 地面に触れてみる。

 悠々と生い茂る草は、柔らかい。雑草と呼ばれる草花だったが、雑草とひとまとめに呼ぶには、清々しいものを纏っていた。

 

 風を感じてみる。

 吹いた一陣の風が、伸びてしまった前髪を揺らし、視界が自然と晴れる。暗かった視界が一気に晴れる。

 

「……」

 

 ──ここは、綺麗だった。

 

 お前が自分自身をひどく醜いものであると感じていたから、きっと余計に、綺麗だったのだ。

 

「……もう、わからない」

 

 そして口から漏れ出た唾液のように、池に投げ込んだ石のように、その言葉は落ちていった。

 

 思わず本音がこぼれ出す。

 

「ずっと、わかんない。どうすればいいの。母さん」

 

 一人の時──お前は、本当に時々、こうなる。

 

 普段の姿勢は、防衛反応のようなものだ。子どもの頃のお前が刺々しいのは、寄せ付けないのは、本質を誰にも見せぬためだった。

 

 孤独に耐える強さが必要だった。一人で生きることを、当然といえる強靭さが求められた。

 

 だから子どものような自分自身を、殺さなければいけなかった。

 

 それが時々、どうしようもなくなって、復活する。昔の子どものような口調に戻る。

 

「遺言は、もう無理だよ。できない。憎んだよ、殺しちゃったよ……それに加えて、死なせて、しまった」

 

 道具屋の一家を殺したこと。今は部分的にラザロのせいだと言えるが、当時は一から十まで全て自分の弱さが原因だと思っていた。

 

「なのに償いたいのに、償える人が、いないんだよ」

 

 お前は、蹲って、一人でいるのに話口調になった。

 

「魔物だって、わかんないよ……イリアス様も、どいつもこいつも、悪いっていうけど、でも実際にそんな悪い奴を見たことないよ」

 

 当時は時々村の外で魔物と戦っていた。スライムに苦戦したり、ナメクジ娘に塩をかけて撃退するような戦い方だった。

 

 その時に会話も多少はする。向こうのいうことはほとんど精をよこせくらいだった。でも、わかる。

 

 大部分の魔物というのは、悪じゃない。むしろ余裕の無さ、明日を生きることに不安を覚えている──理不尽に虐げられた被害者のような、雰囲気を纏っている。

 

 傲慢な者がほとんどだったが、少なくともそんな魔物はいた。

 

「でも、あの現実は、確か、なんだ……」

 

 本部で見せられた凄惨な現実。あれもまた、お前が見て来た魔物の真実だった。

 

「でも──でも! あんな奴と、父親と、同じになるなんて……そんなのも、嫌だよ……」

 

 マルケルス。親父とも思っていない男だった。

 

「僕はどうすればいいの、母さん」

 

 そんな帰って来るはずもない問いを投げかける。

 

「もう、わかんないんだよ……」

 

 そのくらいに、この時のお前は何一つとして希望が見えず、指針となるものが、欠けていた。

 

「……!」

 

 そこでがさりと、草をかき分ける音が後ろで鳴る。

 

 お前は慌てて振り返った。

 

「あらら、先着がいたか……」

 

「っ……魔物!」

 

 尻尾が生えている。裸ではなく、服は何の変哲もない人間のものだったが、ズボンから出ている尻尾が魔物であると示していた。また頭部には角があった。

 

 おそらく、サキュバスだ。

 

 木刀を抜こうと背へ腕を持っていくが──武器を持っていない。

 

 仕方なくお前は拳を構えて臨戦態勢を作る。格闘の鍛錬も一応行っていた。

 

「え、ちょっと、急になに……?」

 

「近づくな……! 離れろ……!」

 

 本部で目にしたもののせいで、魔物の全てが悪ではないかという疑念がお前の中に芽生えていた。

 

 淫魔はすぐに離れなかった。お前はなら先手を仕掛けるべきだと考えて、踏み込もうとした──その時。

 

「落ち着きな、って……」

 

 淫魔は──お前を抱きしめた。

 

「……!」

 

 風が吹いたと思った時に、既に淫魔は肉薄して、お前を抱きしめていた。

 

「離──」

 

「別にお腹減ってないから、襲ったりしないよ」

 

 それは力が抜ける抱擁だった。お前がもう何年も与えられていない、母からのそれを彷彿とさせた。

 

 だがそれは一瞬だ。お前はすぐに淫魔の腕の内で力を入れて抜け出そうと試みる。

 

「それにそれが目的なら後ろから襲い掛かってるでしょ」

 

「……っ!」

 

 淫魔は冷静だったが、お前があまりに暴れるので、素直に離れた。

 

 そして距離を取った。お前の様子がただ事ではないから、警戒したのかもしれない。

 

「で、どうしたの、こんな所で。ここら辺、結構危ないよ。人間の子ども一人が出歩く場所じゃない」

 

「……」

 

 お前はその問いかけを無視した。敵対意志がないことはわかったが、答えるのが癪に感じた。

 

「あ、そ。まあ何でもいいけど」

 

「……魔物は、常に人間を襲うことばっかり、考えてるんじゃないのか」

 

 思わず、口から出た問いだった。

 

「はあ?」

 

 呆れたように首を傾げて、淫魔はお前を見つめる。

 

「魔物、なんでお前は俺を攻撃しないんだ」

 

「……魔物を何だと思ってるの? 怖いね、その偏見」

 

 イリアス教の教えや、先ほどのラザロに見せられたものが原因で出来た偏見だった。

 

「魔物の、その全部が悪い奴、あくどい奴で構成されてるなんて……そんな訳ないじゃん。私は単に、お腹減ってないだけ。余裕があるから、君を食べようとか思わない」

 

「……本当に、そうなのか?」

 

「まあ人間嫌いな奴とか、人間を食べる奴とかは人を見境なく襲うかもね。でもあたしサキュバスだし」

 

 淫魔のいう通りだった。あんな惨状を作り出すような魔物は数少ない。

 

 緊張、警戒が解けていくのを感じた。

 

「……そうか。それは、良かった」

 

 そして、安堵した。

 

 魔物の全てが悪という風にラザロは主張しているように聞こえた。そう見えた。だからお前もそうなのかと思い込んだ。

 

 だが、決してそうではない。

 

 結局ラザロの言い分は極論だ。魔物全てが悪で、人間に害を成すなんて、あり得ない。良いものと悪いもの、二つあるに決まっている。

 

 でも、ならばどうすればいいのか。

 

 魔物全てが人間に害を成す訳ではないなら、イリアスクロイツのように無差別に攻撃するのは間違ってる。

 

 だが悪い魔物がいるのは事実だ。

 

 その答えは、未だ見えない──。

 

「ねえ、君はなんでこんな所にいるの?」

 

 そんなお前の思考を切るように、淫魔はお前に問いかけた。

 

 二度目の質問だった。お前は今度は答えようと思った、が。

 

「……わからない」

 

 それは答えにならないものだった。

 

「……? へんな子だなあ、わからないで、こんな所に来ないでしょ。目的とかあったんじゃないの?」

 

 わからない──。

 

 だってお前は、わからないから、わからなくなったから、ゴルドポートを抜け出して、この場所へやって来たのだ。

 

「じゃあ何が、わからないの?」

 

 淫魔は子どもに接するように尋ねた。

 

「……これから、どうすればいいのか」

 

 また抽象的な答えだった。淫魔は頭を悩ませた様子だった。

 

「それ、じゃあ……君が今、一番やりたいことは?」

 

 遺言を守ること──できない。不可能だ。

 

「……償いたい」

 

「……何が、あったの」

 

 淫魔は恐る恐るといった様子で尋ねた。

 

「人を殺して……それから、無関係の人も、死なせてしまった」

 

「……ヘビーだなあ」

 

「それなのに、償える人が、いないんだ。これからどう償っていくのか、わからない」

 

「普通に、人間の手で裁いてもらうのは?」

 

「罪を被った奴がいるせいで、捜査が終わってしまった……でも、一度兵士に、俺が殺したといおうとした……けど、なぜか、そこまで行くと、いえなくなる」

 

「それは……償いから、逃げようとしてる訳じゃないの? 償いたくないから、いえないんじゃないの?」

 

「そう……かもしれない。結局俺は、俺が殺した、あの男を憎んでいるから。心のどこかで正当化したい思いは、ある」

 

「なら──」

 

「でも、逃げたいは、やっぱり違う。いえないのは……本当に訳がわからないけど」

 

「……」

 

「たぶん俺は──償いに意味が欲しいんだ。無関係に死なせた二人の心が晴れるような、そんな償いが欲しい」

 

 それはつまり、普通の罰では償いにならないと、そう言っている。

 

 普通の罰──投獄される。もしくは処刑される。確かに罰であり、普通は償いになるかもしれない。

 

 だが──

 

「……でも、もうその二人は死んでるんだね」

 

 そう。お前が償うことで、それを喜んだり、ありがたかったり思う人間が、いない。だから償いに意味がないと感じてしまう。

 

「それなら……仕方ないことだったと、自分を許すことはできないの? つまり罪から逃げて、償いを忘れて、生きることは?」

 

「できない。俺は償いたいと思ってる。でもどう償えばいいか、わからないんだ。何をすれば償えるか……」

 

「なら……君は、具体的な償いが欲しいの? こうしたいとか、こうされたいとか、君自身がイメージする、何かはあるの?」

 

 お前は一瞬だけ考えて、答えた。

 

「……苦しみ、たい」

 

 ラザロに乗せられた、あの馬車で感じた、思ったことだった。

 

「そうか。それならきっと単純だよ」

 

「……単純な訳が──」

 

「君は決して許すな、自分を」

 

 心臓がどくんと跳ねた。

 

「これから何があっても。どれだけ許されたくても。死んでしまいたいと思っても」

 

「一番つらい道を、選び続けて、苦しみ続けろ」

 

「君の償いの道の終わり。許しを与える他者がいないのなら、自分で決める以外に道はない……けれど」

 

「償いの終わりを、自身が定めるなんて、馬鹿げている。だから決して赦してはいけない」

 

「それでも終わりがない訳じゃないよ。たった一つだけ、ある。それが訪れるまで、君は最高に苦しめ」

 

「そうすればきっと、最後には──」

 

 そこまで述べて、淫魔は止まった。そしてだらだらと汗を流し始めた。

 

「……いや、今の冗談。ごめん」

 

「……なんで、謝るんだ」

 

 ──最高の教えだった。これから先、どう生きるかの指針になる、考え方だった。

 

「ちょっと真剣に考えすぎたから。忘れて。子どもにいうことじゃなかった」

 

「いや、忘れないよ。忘れない」

 

 既にお前の芯に確かに届いている。

 

「……忘れてよう」

 

 淫魔は頼み込むように言った。

 

「絶対に、忘れるもんか」

 

「……ああ、失敗したな。これで君が本気で今のをやっちゃったら、あたし悪者になっちゃうじゃん」

 

 そんな事は誰にも言わせない、と言う前に、淫魔は続けて言った。

 

「もっと適当な感じで生きたいのに」

 

「……なんで?」

 

 適当に、生きる。

 それはお前にとって理解できないものだった。

 

「一度切りの人生だから。適当に生きて、適当に死ぬくらいが丁度いいよ。そっちのが楽しいし、楽だよ」

 

「君もさ、さっきみたいに思い悩むくらいなら、適当にやった方がいいんだよ?」

 

 さっきの言葉を忘れろという意志をお前は暗に感じた。

 

「……無理だよ。俺は全くの逆に思う。人生は一度しかないから、真剣に生きて、真剣に死にたい」

 

「わからないな。なんで一度切りの人生で、そんな大真面目に生きようとするの? 楽して、極力苦しみを除外しないと苦しいよ」

 

「一度切りだからこそ、できる限り真剣に取り組んで、後悔がないようにしたいんだ。そのための苦しさなら、構わない」

 

 むしろ今となっては、その苦しさにこそ意味があり、望んで受け入れるものだった。

 

「……君は、ガキの癖に力入れ過ぎだよ。もっと生き物なんていうのは、適当でいいんだよ」

 

 そう言うと、淫魔は地べたに寝ころんで、お前もそうしろと目で訴える。

 

「ほら、寝ころんでみて」

 

 しぶしぶ、お前は従う。眠る時のように、仰向けで空を見上げる。

 

「明日の歩き方も忘れるくらい、力抜いて、寝ころんだら、そしたら」

 

 見えて来るものはきっとあるよ。

 

「……」

 

 そう言われて、真剣に空を眺めてみる。しかしどう見てもただの曇り空で、濁った灰色だ。

 

 これから雨が降り出しそうな、嫌な空の色だった。だからお前は何の感慨もなく、

 

「空しか見えない」

 

 そう述べた。それが可笑しかったのか、淫魔はからっと笑う。

 

「……ははっ。そうだね、そりゃそうだね……」

 

「……」

 

「いつか真剣に生きることに疲れたら、やってみて」

 

 ──そんな時は、未だに訪れていない。

 

 そこからは、数分の間ぼうっと、お前たちは無言だった。

 

 でもお前は思考していた。これから、どうするのかを。

 

 散々な目に遭い、これまでのお前を構築していた要素が全く信じられなくなって、地に落ちた──そこからお前は考える。自分が何をしたいか、何をすべきかを考える。

 

「……」

 

 そして、それが少しだけまとまった頃、一つ淫魔に確認をすることにした。

 

「なあ、人間と魔物は、仲良くできると思うか?」

 

 それはそんな確認だった。

 

 淫魔は少しぽかんとして、ありきたりな答えをお前に教える。

 

「……いったでしょ。できる奴と、できない奴がいる。でも、私は大半はできると思うよ。さっきもいったね。余裕のない奴が、人間を襲う。お腹減ってる奴、明日を生きれるかわからない奴は、特に」

 

「つまり……魔物に余裕があれば、仲良くできるのか?」

 

「そうかもしれないと思うよ。少なくとも人間をわざわざ襲うなんて……まあ、そういう趣味の奴は別として」

 

「……」

 

「でも人間がイリアスを信仰してる限りは、無理じゃない?」

 

「……なんで、イリアス様が?」

 

「だって、不浄だなんだって、のけ者だもん。魔姦の禁、だっけ? あれって実質、魔物滅べっていってるようなものだし」

 

 イリアス五戒の一つ。魔姦の禁。魔物と交わるな。

 

「あんなのがあるから、人間がいないと生殖できない魔物は、人間を無理やり襲うしかないんだよ」

 

「でも信仰していない人間なら、魔物と仲良くなってもいいんじゃないのか」

 

「どうかな。信仰してなくても周りの人が魔物は不浄だって騒いでいたら、一緒にいたくないでしょ」

 

 それがあるだけで、大小に関係なく影響を与えているということだろう。

 

「あとイリアスの洗礼も最悪。洗礼受けてる客が来ると地獄なんだよねー」

 

 誰かイリアス教ぶっ壊してくれないかあ、と淫魔は言った。

 

「……なら、イリアス様が、魔物が人間を襲うという現状を、作ってるのか?」

 

「それはいい過ぎだと思う。でも原因の一つではあるよ」

 

「……」

 

「もう面倒くさくなってきたなあ……みんなまとめて、人でいいのにね」

 

「……?」

 

 一瞬、淫魔が何を言っているのかわからなくなった。

 

「何を……いってる?」

 

「人間、魔物……言葉が話せたら、みんな人。それでいいんじゃないかって、話」

 

 その考え方は、これまでのお前に全くないものだった。

 

 イリアスの思想に毒されてはいた。だが魔物を悪だと思ってはいない自分がいた。それでも、魔物を悪だと叫ぶ思想の影響は受けていた。当然人間として扱われていない──それを、当たり前だと、思っていた。

 

 だから思わずお前はこう口走ってしまった。

 

「……適当、過ぎだろ」

 

「なら良かった。さっきは真剣になり過ぎたから……お願いだから忘れてね、さっきの」

 

 そんな言葉を無視して、お前は頭を回していた。

 

 これからどうするのか、定まった。

 

「ここら辺に住んでるのか?」

 

「え? うん、あっちの海の方に」

 

「また、ここに来るよ。会いに行く」

 

「えっ」

 

 これからも話がしたいと思った。また迷った時に、こうして話を聞いて欲しいと思った。

 

「ありがとう。道が定まったよ」

 

 思わず笑顔を見せた。

 

「少なくとも俺は──」

 

 魔物に残酷な者がいるとはわかっている。それでもいい魔物もいる。だから。

 

魔物(お前)たちの、敵じゃないよ」

 

 そう、述べた。

 

 述べてしまった。

 

 だからその時──空が光った。

 

 ──閃光、轟音、激痛。

 

 何が起こったか、頭が割れると勘違いするほど痛く、鈍くなっていて、わからなかった。

 

 だがそれを見て、察した。

 

 黒焦げの淫魔が、いた。

 

 雷。それが落ちた。

 

 お前にそれが直撃することはなかった。しかし余波の電撃が確かな痛みと、痺れを与えている。

 

「……おい」

 

 冗談は、よせ。そんな言葉を続けようとした──その時。

 

 また閃光がお前の眼を焼いた。でもそれはどこか、暖かく、神秘的な光だった。雷のように荒々しくない、ヴェールのような光に思えた。

 

「……イリアス、様」

 

 そして、それが晴れたとき。

 

「……」

 

 お前の前に、イリアスが初めて、姿を現した。

 

 

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「危ない所でしたね」

 

 イリアスは開口一番、にこやかにそう告げた。

 

「……なにが、ですか?」

 

 お前は、初めて目にした神という存在に圧倒されつつも『何故ここに現れた』や『何をしに来た』よりも『淫魔の何が危なかったのか』を問うた。

 

 久しぶりに使った敬語だった。使っていない機能は落ちるもので、たどたどしい口調になった。

 

 イリアスは、そんなお前に微笑んで言う。

 

「あなたは、危険な思想を植え付けられる所だった。魔物と人間を、人という区分に入れるなどという、断固否定すべき思想です」

 

「でも、魔物と人間は……いや、それより、なんで……殺す必要があったのですか?」

 

 淫魔は黒焦げだった。呼吸の音も聞こえない。触れて見なければわからないが、お前は死んでいるだろうと思った。

 

 だから問う。殺す必要があったのか。

 

「? 魔物ですから……元々、私の世界には一人も要りませんよ」

 

「……でも、そんな」

 

「それにあなたにはゆくゆく、魔王を殺す勇者になって欲しいと思っていますから。その道の中で、魔物など幾千も殺すでしょう。いちいち気にしてどうするのですか」

 

「……俺は、成れませんよ」

 

「まさか、成れますとも。何か迷いでもあるのですか? でしたら、告解しなさい」

 

「……正義じゃなくて、憎しみで人を殺して、しまいには、関係ない人まで死なせた。その上に、それを自白するだけの勇気すら、なかった」

 

 そんな男のどこに勇者の要素があるのか、全くお前にはわからない。

 

 だがイリアスは──

 

「……そんなことで?」

「はあ?」

 

 ──そんなこと。今、そんなことと、この神は口にしたのか。

 

「あなたは勇者を目指したのでしょう。勇者は魔王を殺すための存在です。人間の命の一つや二つを気にして、どうするというのですか?」

 

 その論理はラザロも口にしていた。勇者は異常者だと。魔王を殺すことは、その家族や仲間を悲しませる行為だと言った。

 

 だがこの神の言葉は、何かそれとは違う。

 

「いい加減にしなさい、ルカ。私はあなたに失望しています」

 

 神からの失望──イリアス信仰者がそれを喰らったら、最悪の場合自殺だろう。見放されたことと同じだ。

 

「……そう、ですか」

 

 しかし、今のお前はそんな感想しか出せなかった。

 

 それはこれまでのお前からしたら、あり得ないことだった。自分の主から失望されることは、幼少のお前からしたら生きていけないほどの絶望だったはずだ。

 

 だが今となっては、ひたすら無──いや違う。

 

 お前の中には今、あり得ない感情が渦巻いている。

 

 それはお前の中に急に現れたように──ずっと近くにあったのに──高鳴り出している。

 

 お前にとってそれ(・・)の対象は常に、周りの人間だった。顔も知らない者に、それをしようなどと思わない。

 

 だからイリアスに対しても、これまで全くそんなものを抱いたことはなかった。

 

「一つだけ、お聞きしてもいいですか」

 

 でも顔を合わせて会話して、イリアスがどういう存在か少し知った今は──。

 

「なんでイリアス様は、俺たちを救ってくださらなかったのですか?」

 

「……それは、いつの話ですか?」

 

 その瞬間、その疑問が初めて頭に生じた時、お前は自分にとって不可解な感情を心に覚えた。

 

「母さんが病気になって、寝込んだ時。俺は、あなたに祈った。三日三晩、祈り続けた」

 

 それは──

 

「いわなきゃわからないか。俺が、俺たちが苦しんだ時だ。ひたすら祈った時だ」

 

 怒り、だった。

 

 イリアスが眉をひそめる。

 

 不敬も良い所だ。神に対して苛立つなんて。でも、お前はずっと疑問だった。

 

 だってイリアスは全知全能を謳っておきながら、理不尽な目に遭って苦しむお前たちを、必死に祈るお前たちを、一つも救済しなかったから。

 

「……ああ、勿論、私もあなた達を助けたかった」

 

 イリアスは、何らかの後悔を抱えている様子だった。

 

 それを聞いてお前は少しだけ安堵する。何か事情があって自分たちを救えなかったのだと思った。それならば仕方ないと、納得できた。

 

「ですが理解して欲しい。あれは、ルシ──彼女が悪かったのです」

 

 ──母さんが?

 

 思わずお前はイリアスを睨んだ。母の何が悪かったというのか。

 

「彼女が、いつまでも意地を張るからです。私の元へ戻ろうとしなかった。彼女は、幼いあなたを残して死を選ぶほどに、私にいうことを守らなかった」

 

 ──何を言っている? この女神は。

 

「だから、仕方なかったのですよ」

 

 イリアスは、ぽつりと言った。

 

「だから私は、あの薬を、すり替えるしかなかった」

 

「……?」

 

 思わず、理解ができなくなった。

 

「…………なにをいってる」

 

「あの薬です。エルフの秘薬」

 

 ──理解できない。理解したくない。ふざけるな。

 

 お前の脳裏に業火のような感情が煙を上げた。

 

「あの男の手に握られた薬瓶。あれを、普通の風邪薬とすり替えました」

 

 ──ならば。じゃあ、そうならば。

 

「そうしなければ、あなたの母が治ってしまう。せっかく病気にさせたというのに」

 

 道具屋が全ての原因だと思った。でも、違った。本当の理不尽、本当の悪、本当に憎むべき存在は──

 

「ルカ」

 

 お前の中に渦巻いたその感情をせき止めるように、イリアスは呼び止める。その声で一瞬だけ思考が止んだ。

 

「はっきりといって……私は、あなたに失望させられ続けています」

 

 また、それだ。失望していると言えばお前が見放されたくないと思って、縋りつくように祈って来ると、イリアスは本気で思っているのだろう。

 

「どうして私に、全幅の信頼を寄せないのですか? 私は本当にそれが理解できないのです」

 

 自分のことを全知全能だと信じているからこその傲慢だった。それが、今のお前には癪に障った。

 

「俺は、少なくとも、よせていたはずだ」

 

 口調も荒くなる。決定的な瞬間が訪れるのは、もうすぐだった。

 

「いいえ。違います。だってあなたは──」

 

「自分の力で、薬を求めて、村の外へ行った」

 

 ──それの何が悪い。お前が助けないから、誰も助けないから、俺は自分の力という、決して裏切らないものを信じただけだ。

 

「あの日あなたが、自分で薬を求めて外に出なければ、こんなことにはならなかったでしょう」

 

 ──俺が、悪いというのか、こいつは。

 

「だからこそ私は、村人にお告げをして、あなたに過度な迫害をするよう、道を示さざるを得なかったのです」

 

 イリアスはさも自分が被害者のように弱々しく語った。本気でお前が悪いと信じている様子だった。

 

「あなたがまた私に、私だけを頼るように、努めたのです」

 

 その姿はどこか子どもに似ている。

 

「でもあなたは本当に愚かでした。私の想像以上の白痴でした。どうしてつらく、苦しい時に、自分の力で解決しようとするのですか」

 

 本当に、心の底から悲しんでいるように見えた。

 

「あなたの母が死んだ後ならば、私はあなたが助けを求めれば、今すぐにでも村人を全員殺したのに」

 

 その言葉が、お前の最後の防波堤を、破壊した。

 

「……どうしましたか、ルカ?」

 

 俯いて、拳を緩く握る。力強く握ることはできなかった。そんなわかりきった憤怒は、既に踏み越えている。

 

「イリアス」

 

「……」

 

 呼び捨て──イリアスの顔に一瞬だけの、青筋が浮き出た。

 

「はっきりというよ」

 

 お前はその、恐ろしい神の顔を見たが、一つの畏怖もなく、淡々と、今の思いを告げていく。

 

「これから先何があっても」

 

 緩く腕を持ち上げて、肘を曲げたまま、指を指す。

 

「俺はもう、お前の敵だ」

 

 それは静かな、青く燃えるような怒りだった。

 

 そう言い放った瞬間──イリアスの顔が変わる。

 

「……」

 

 一瞬の沈黙があった、そして。

 

「母の、血ですか」

 

 冷酷に、そう呟いた。

 

 ──落ちる、雷。

 

 今度は直撃した。服が破けて、肉が裂けた。白目を剥く。

 

 お前は気絶したが、それは一瞬だった。お前は黒焦げにはなっていない。

 

「今のは、本来の威力の千分の一ほどの雷です」

 

 それでもお前は地面に倒れ込んでいる。何一つとして全力を出していない、今の雷でさえ、絶望的な力だった。

 

「私は慈愛に満ちていますが……これ以上は許すことができません。今すぐに撤回しなさい」

 

 ──それでももう、遅い。

 

「……なにを、いっても、もう、無駄だ」

 

 お前は、既に覚悟を決めきっている。何をどう言われようと、どんな力を見せつけられようと、決して曲がらない。

 

「お前は何よりも理不尽な──悪だ」

 

 お前と母さんにとっても、そして魔物が人間を襲うという現状を作り出す一因になっていることも、これまで神と崇めた存在を、悪として断じるには余るほどに十分だった。

 

 それを聞いたイリアスは、また悲しそうな表情を作って、引き止めるようにお前に言う。

 

「……本当にわかっているのですか? そんな道を歩んでも、為せるものなどありません。無為に終わるだけです。私の指先一つで、あなたを殺せるのだから」

 

「そうだ。だから、いいんだよ」

 

 ──この道は、最高に苦しいだろう、だから償いになる。

 

 お前は既に、そのように理解している。

 

 敵対しても、何が為せるか。何もわからない。目途もない。この先のことも全くわからない。ここから生きて帰れるかどうかすら、不明。

 

 何より、この道は遺言と完全に相反するものだ。

 

 イリアスと敵対するということは、勇者とは正反対の存在になるということ。

 

 イリアスと敵対するということは、イリアスを憎み、ひたすらに嫌悪するということ。

 

『誰も恨まず、立派な勇者になりなさい』

 

 真っ向から、背を向けている。それにお前は気づいているし、それを何よりつらいと思っている。

 

 だから、お前はこの道を選ぶ。

 

 一番つらいから。一番つらい道のりこそが、償いになるから。

 

 それこそが、生きている間死ぬほど苦しむことこそが──死なせてしまった彼女たちへ報いる道だと信じる。

 

「そして何よりもだ。俺はやってられない。我慢できないんだよ──お前みたいな奴が大嫌いだから」

 

 あの村。イリアスヴィルでの日々は、お前にとって地獄的だった。

 

 でもだからこそ、燃料には事欠かなかった。

 

「今気づいたんだ。俺は怒りが原動力だ。自分にしろ、他人にしろ、誰かに──ああそうだ、くそみたいな理不尽に、怒り続けてなきゃ、俺は俺を動かせない」

 

 その証拠に──先ほどまでの意気消沈は消し飛び、何でもできそうな根拠のない自信が、お前の脳を満たしている。

 

「でもお前は最高だよ。死ぬまで、怒れそうだ」

 

 殺人をして、遺言を失い、無関係の人まで死なせた。そこでお前は怒りを見失ったでも、目の前に元凶ともいえる、巨悪がいる。

 

「その点だけ最後の感謝を告げてやる──生きる理由をくれて、ありがとう」

 

 死ぬ以外の、償いの機会をくれた。最も苦しくなる、無謀へと歩き続ける道をくれた。

 

 それだけの感謝だった。

 

 イリアスは、目を伏せて口をつぐんだ。お前がこうなった原因がイリアスにあるということを理解していない、被害者のような顔だった。

 

「……何を、いつまでもぼうっと浮いている。目障りだから今すぐ消えろ」

 

 そこにお前は追撃する。

 

「あなたも……」

 

「このくそバ──」

 

 言い切る前にまた、雷が落ちた。

 

 今度は一撃だけではなかった。

 

 何度も、何度も落ちる。お前を殺そうとしていたのかはわからない。癇癪のように、ぴしゃりぴしゃりと落ち続ける。

 

 それでも煙が晴れた時、お前の命は失われていなかった。

 

 お前は立って、ひたすらにイリアスを睨んでいる。

 

 

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 その顔を見たイリアスは、一瞬だけまた殺気を感じさせる顔を見せた──でもすぐに残念そうに顔を暗くして、言った。

 

「……残念です。とても、残念です。ならば仕方ない──」

 

「私はあなたが間違いを正すまで、罰を与え続ける」

 

「あなたは、人間が感じ得る最大の苦痛を以って」

 

 ──絶望の死を迎えるでしょう。

 

 そう言い残し、奴は消えた。

 

 お前は望むところだ、と笑って──

 

「……くっ」

 

 膝をつく。場の重圧から解放されたからか、雷のダメージが残っていたのか、体の力が一気に抜けた。

 

「……!」

 

 そしてすぐに淫魔のことを思い出す。もしかしたら生きているかもしれない。イリアスに集中し過ぎて、気にする余裕がなかった。

 

「……そうだ、おい──」

 

 そういいながら、淫魔の肩を揺さぶるお前の顔には最早、先刻までの弱々しさの欠片もなかった。

 

 何をするべきか、道が一つに定まるだけで、迷いがなくなることで人間というのは、驚くほどの力を出せる。

 

 お前は、こうして俺になった。

 

 

「入らねえだと?」

 

 それからゴルドポートに戻ったお前は、ラザロに向けて言い放った。

 

 一瞬、不可解そうにラザロは口を歪め、すぐに納得したような表情を作る。

 

「ああ、そうか。逃げるのか、お前」

 

 背中を向けて、立ち去ろうとするお前へ向けてラザロは言葉を続ける。

 

「魔物という理不尽に苦しむ被害者たちを救うこともせず、償いから逃げるんだな。ああ、そうかそうかお前は──」

 

「勘違いするな、ラザロ」

 

 声に力が宿っていた。弱々しい、子どもの声ではなかった。

 

「俺はその根源を断つために、戦うと決めただけだ。理不尽な魔物という敵を、それを作り出している、元凶がいる」

 

 イリアスのことは伏せた。それを言っても信じる者などいない。

 

「俺はそれを殺すために生きて、苦しむと決めた」

 

「今すぐ救えるというのにか? 償えるのにか?」

 

 またラザロは甘い言葉をいった。お前はそれを鼻で笑って一蹴する。

 

「悪いが手っ取り早い手段は求めていない。第一俺の罪は、そんな罰から早く逃れたいなんていう、軽くしたいなんていう軟弱な思考じゃ、絶対に許されない」

 

「……ほお」

 

「そもそも許されたいから償いをする──そんな生半可な、対価を求めるような償いはくだらない」

 

「じゃあ、何を求めて償いをするってんだ?」

 

 その問いの答えは既に出ていた。

 

「俺は許されなくても、構わない」

 

 むしろ彼女たちが今目の前に現れて許すといっても、許すなと言い返すような、そんな償いの道を行く。

 

「……ああそう。つまらねえ奴だな」

 

 落胆したように呟くラザロ。お前はその演技にいい加減苛立って来て、言った。

 

「第一、それは、魔物から人々を助けるのは、お前がやればいい話だ。お前の気色悪い言葉も、うすら寒い笑みも全て飽きたが──お前の理不尽に対する怒りは、偽物じゃないだろ」

 

「……!」

 

 背を向けたまま答えた。息を呑んだ音がした。

 

 その隙に、お前は拳を握りしめて、散々好き勝手やってくれたのだから、これくらいいいだろうと笑いながら──

 

「そして何よりも」

 

 振り向きざま──お前はラザロの鼻づらを思い切り殴り飛ばした。

 

「……っ!」

 

 壁に激突し尻もちをついた。鼻血がだらだらと流れ、血走った目のラザロがお前を睨む。ラザロは、腰の剣に手をかけていた。

 

「俺は、お前を二度と信用しない」

 

 お前は何一つひるまず、ラザロを睨み返す。

 

 怒りは既に再燃した。

 

 この現状は、ラザロが原因の一つだ。

 

 道具屋殺しはラザロに背中を押され。あの母子が死んだのはラザロが道具屋の遺産を盗んだから。

 

 それでも、全てをラザロのせいにするつもりはない。

 

 結局のところ、始まりはお前だ。お前がラザロの口車に乗って知ってしまったから。信用してしまったから。

 

 つまりは、お前の弱さが真の原因だ。

 そう思えたのはきっと、誰かのせいにすれば弱くなってしまうと、お前自身が気づいていたからだろう。

 

「……ま、いいさ。今はな」

 

 ラザロは血走った目を一息ついて落ち着かせると、いつもの雰囲気に戻った。

 

「最終的にお前は、ここに戻って来るさ。お前は、あいつの息子なんだから」

 

 あいつ──マルケルス。

 

 お前は鼻で笑う。あいつのようにはならないと、確信していた。母さんの息子でもあるのだから、当然だった。

 

「何とでもいえ。じゃあな」

 

「はっ。またな」

 

 そして、教会地下をお前は後にする。当然返事はしなかった。

 

 かつりかつりと階段を上がると、先ほどよりは落ち着いた地獄絵図が広がっている。

 

 落ち着いたのは、治療を受けていた人々が、死んだからだった。医師や看護師が動いていないから、騒々しさの欠片もなく、悲嘆にくれる人々のすすり泣きが、重々しく場に沈む。

 

 ふと思う。

 

 ──俺ではあなた達を救えない。

 

 それを見て、その顔を見て、自身と同じだからと、少しでも力になりたいという思いはある。

 

 だがお前に治療知識などないし、癒せるのは自分だけで、言葉をかけて奮い立たせることができるのもまた、自身だけ。

 

 ここでお前にできることは、何一つとしてない。いた所で邪魔をしてしまう。

 

 だから、根源を断つために生きる。

 

 こんな現状を作り出す、その原因の一つであるイリアスを、必ず倒す。その誓いはますます重くなった。

 

「……」

 

 しかしその中で、被害者たちの中で、目立つ影があった。

 

 子どもだった。親を亡くしたのだろう。両親の遺体に縋りついて、泣いている。

 

 それは──かつてのお前に似ていた。

 

「悲しんだら、負けだ」

 

 思わず立ち止まったのは、そのせいだった。

 

「……え?」

 

「──怒れ。現状に、理不尽に殺されたと思うなら、不満があるなら、俺たちは、立ち上がるしかない」

 

 女の子だった。お前が自分が言っていることは、間違いでもあるし正解でもあると理解して、それでも言葉を続ける。

 

「こんな理不尽を許せないなら、悲しむよりも、怒った方がまだ力になるから」

 

 だがどうして、全く関係のないはずの子どもに、こんな言葉をかけようと思ったのだろう。

 

「だから悲しむよりはきっと、怒る方がいい。悲しみは感情を腹の底に埋めるだけだけれど、怒りなら……」

 

 そう言いかけて、お前はやっと気づいた。

 

 ──昔の俺が、この子だった。

 

 あの日。母が死んで、灰になって、お前に罰が刻まれたあの日。

 

 お前は一瞬だけ悲しんだ。理不尽に打ちのめされて、悲嘆にくれた。でもそれから──歯を食いしばって、ひたすらに怒った。

 

 その結果だ、こんなにも活力に満ちている。

 

「……!」

 

 女の子は、意志を孕んだ目つきで立ち上がった。お前を睨んだ気がするし、憧れを以って仰がれた気もした。

 

「……」

 

 お前は、間違いに間違いを重ねて、ついにこんな所まで来た。後悔は数え知れず。

 

 それでも今、こんな小さな子どもに、こんな馬鹿げた思想を植え付けることを──

 

「その怒りを忘れずに、生きるんだ」

 

 間違ってないと、思えている。

 

 

 本部を出て、外はもうすっかり夜だった。

 

 さてこれからどうするか、そう思った矢先──

 

「──っ!」

 

 お前に雷が落ちた。

 

 幸い周りに人はいない。だが轟音だった。何か何かと野次馬が集まって来て、煙を発するお前を見つけたら事だ。

 

 だからすぐに立ち上がりながら──察した。

 

「ああそうか。そういうつもりか。いいよ」

 

 ──俺の邪魔、罰を与える。こういうことらしい。雷を落として邪魔すると。なんて良い性格をしているんだろう。

 

「やってやる。我慢比べだ。絶っ対に、音などあげてやらないから、覚悟しろ」

 

 ──ただ雷は、痺れるのがまずいか。痛みはどうとでもなるが、痺れは我慢とは別の問題だ。麻痺に慣れないとな。マンドラゴラでも引き抜いて慣れてみるか。

 

「そうだ。良い事を教えてやる」

 

 ──計画。もう既に考えはついている。ここへ戻る途中に、思いついている。

 

「一つだけ、お前の望み通りになってやる」

 

 ──イリアスがあの場で、言っていた。俺に何をさせようとしていたか。

 

「魔王を、殺すよ」

 

 ──だとしたら、俺が望み通りに動いたとして、それを果たした時、イリアスはアホ面をひっさげて降臨するだろう。

 

「魔王。奴がどんな顔をしてるか知らないが、魔物の残虐を御しきれていない、どころか指示してる可能性もあるんだから、殺す理由にはなる」

 

 ──そう、理由になる。イリアス。お前を二つの意味で殺す。既に道は見えている。

 

「勇者にはならないが、後何年か後、洗礼くらいは受けに行く。その時また会おう」

 

 ──まだイリアスヴィルでいい。力をあそこで蓄える。人間の大人程度に劣る力量しかない現状、今すぐ魔王城を目指すのは馬鹿だ。

 

「だからイリアス。覚えておけ」

 

 ──そこで、魔王城でやってやる。俺の、償いの終わりも、命の終わりも、全部そこだ。

 

「必ず、お前()を殺してやる」

 

 ──空が、唸った気がした。

 

 お前は歩き出す。せっかくこんな辺境の地までやって来た。ここらに生息する魔物にでも、挨拶して行こうと考えた。

 

 ゴルドポートの入り口までやって来た。門は木。この町のように寂れている。

 

 お前は一度立ち止まる。ここを超えたら後戻りはできない。そんな気がして──

 

「……」

 

 だからお前は、全て踏み越えてやるつもりで、その一歩を踏み出した。

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