ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第3話『イリアスベルク』

 目覚めて朝食を済ませ、足早にイリアスベルクまでの道を、俺たちは進んでいた。

 

「このペースでいけば、夕方までには着く。昼は干し肉で。水は十分。まあ問題はないな」

 

 イリアスベルクには頻繁に訪れていた。必要な物資の量はなんとなくわかっている。

 

「イリアスベルクか……あまあま団子というのが名物らしいな」

「ああ、そうだったな。まあ甘いもの好きなら食べて損はないんじゃないか」

 

 一時期嫌になるほど食べさせられて嫌になったが、時々食べたくなる味だ。

 

 甘味を思うと、懐かしさと共に空腹がやって来た。腹の虫が早く食わせろと鳴いている。歩きながら速めの昼食に干し肉でもかじるかと、バッグから取り出した。

 

 ……アリスが物欲しそうに見ている。仕方がないので渡してやる。

 

「うまい……ずいぶんと余裕そうだな。魔物が急に襲いかかるかもしれんぞ?」

「お前以外なら来たとしても返り討ちにできる。ここらに生息する魔物で、俺と戦っていない奴の方が少ない」

 

 干し肉をかじりながら会話する。肉をかじり千切る乾いた音が、合間合間に鳴っている。

 

 そう、昨日のスライムとナメクジは例外で、俺と初対面の魔物だった。

 

「その証拠に──って、いない……」

 

 ちょうど目の前に実例がいるから、証明してやろうと思ったが、アリスは魔法で転移したようだ。そこまで気にするのか。どういう立場の妖魔なのだろう。

 

 で、道に生えている、目立つ大きな雑草。あれは魔物だ。

 マンドラゴラ娘といい、あの雑草を引っこ抜くとほとんど人間と同じ見た目の、褐色肌の女性が出て来る。特徴として、引っこ抜くと異様な叫び声を出す。その叫び声を聞くと体が痺れてしまうという面倒な能力を持っている。

 

「最近は姿を見ないと思っていたから、もうここらに生息してないのかと思っていたが……」

 

 葉っぱが「びくっ!」と揺れた。

 

「……もうお前らに用はない。そう怯える必要はないよ」

「……」

 

 一応なだめてみるが、特に返事もなく、葉っぱはぶるぶる震え続けている。

 さすがに気まずくなってきたので早々に通り過ぎた。

 

 マンドラゴラ娘が見えなくなるほど遠ざかった後、アリスが合流して来る。

 

「貴様、いったい何をしたのだ? あの種族をあそこまで怯えさせるとは……」

 

 アリスまでもが少し警戒している。別にアリスが懸念しているであろう、暴行だとか虐殺だとかはしていないので、正直に答える。

 

「一時期、麻痺に耐性をつけようとして引っこ抜いて回っていた時期があった。知ってるか? 耳栓をすると、奴らの麻痺を軽減できるんだ」

 

 具体的には、三十分正座した直後くらいに。何の対策もないと身動きが全くできないほど痺れてしまうから、軽減はできている。

 

「……で?」

 

「徐々に耳栓を緩くしたり、片耳にしたりして慣らしたら、最終的には奴らの声を聞いても問題なくなった」

 

 もちろん引っこ抜いていただけで、攻撃は一切加えていない。埋めなおしてやった上に、礼として水も上げた。

 

「しかし……ただ引っこ抜いただけで、あそこまで怯えるか……?」

 

 アリスは納得していない様子だが、本当に攻撃は行っていない。嘘はついていない。

 

「まあでも耐性がつくまで、目についたマンドラゴラを引っこ抜いて埋め直してを繰り返したから、ちょっとは恐怖させてもしょうが──」

「ドアホ! どう考えてもそれが原因ではないか! それは虐待だ!」

 

 頭をひっぱたかれた。避けらなかった。

 

「貴様の声を聞いただけで怯えてしまうのも、無理はない……あの魔物に同情するぞ」

「何も叩かなくてもいいだろ全く……別に怪我はさせてない」

 

 頭をさする。次は避けると決意した。

 

「…………貴様は──いや……いい」

 

 そう言うアリスは、明らかに何かを我慢するような表情だった。昨日も似たようなことをしていた。その態度が妙に鼻について、思わず言葉が口から漏れる。

 

「……いい加減、面倒くさいな」

 

 アリスは敵意を露わにして睨んだ。俺も睨み返した。

 

 煮え切らない態度はめんどくさい。多分色々と抱え込む性格の奴がそうなる。そういう奴は優しいのかもしれないが、優しいの“優“は優柔不断の“優”だ。

 

 そういう奴は、うざいのだ、はっきり言って。

 

「お前が何を俺に求めるのか知らないが、聞きたいことがあるんだろう。なら早く口に出せ」

 

 アリスはむっとして眉をひそめ、そして覚悟を決めたように、目つきを鋭くした。

 

「なら……貴様に、問う」

 

「なんでも。答えるか答えないかは俺が決めるが」

 

 まあそう言うものの、目的など言いたくないことを術で自白させられる可能性はある。ただそれをしたら本当に絶交だ。何が何でも無視をする。徹底的に邪険にする。飯もやらない。フェイタルベルンと呼んでやる。

 

「……魔物を、どう思っている。好きでも嫌いでも、共存すべきでも排除すべきでも、何でもいい。答えろ」

 

 魔物。アリスやさっきの奴、各地にいる生物だ。人間の精を搾ることが一番の生命体だ。イリアスから毛嫌いされていて、人間からも印象は悪い。怖がられている。主だって排斥する組織もいる。

 

「……そうだな」

 

 難しい質問だった。こういう時は煮え切らない回答が楽なのだろうとわかっている。先延ばしにすると楽だ。まあ後々で苦労するのだが。

 

「まあ──敵だな。目的のために倒さねばならない。だから敵だと思っている」

 

 が、アリスの煮え切らない態度を気に入らないと思った俺が、それをするのは許されない。だから明確な言葉を贈る。灰色ではない言葉を。

 

 敵。

 

 これが答えだ。魔物は敵。旅の中でも目的の上でも絶対に倒さざるを得ない敵だ。

 

 実際、旅路で魔物を見かければ、戦うか戦わないかを真っ先に考えるだろう。旅先で偶然出会い、話が通じて親交ができた魔物だとしても、いつ裏切るか疑いは晴れないだろう。たぶん信用することは難しい。

 

 なぜか。魔物というのが、例外はいるものの、人間の精を食らうことを“一番”にする生命体だからだ。

 

 そして俺はそれを絶対に拒む。向こうがそれを一番にする以上は、決して相容れられない。

 

「……! 貴様がどういう人間かは、何となく……わかった」

 

「……まあ、そうだな。こういう奴だ、俺は」

 

 というか、見たままの奴だろう。とても勇者に見えない、冷酷な奴に映るはずだ。

 魔物は敵、と告げられたアリスの表情からはどこか、失望を感じた。やっと気付いたか。

 

 自分勝手な奴。方々に戦いを吹っ掛ける戦闘狂、イリアスに喧嘩を売る背教者、魔物を傷つける奴……どれも正しい。

 

「……だから──余は“変える”ことにする」

 

「それがいい。早く”帰れ”」

 

 そう、そもそもこの妖魔がこんな辺境の地にいることはおかしい。高そうな椅子に座して部下か何かから報告うけて「うむ」と鼻息混じりにふんぞり返る姿が容易に想像できた。

 

「……ではな。せいぜい野良の魔物に殺されぬよう強くなっておけ」

「いわれずとも」

 

 そう返すと、アリスはどこか寂しげな笑みを浮かべた後に、何かを呟いて、魔法か何かでどこかに消え去っていった。完全に気配が辺りから消え去る。

 

 アリスは、ぱっ、と消えた。転移魔法、という奴だろう。どういう原理かだけ聞けばよかったかもしれない。

 

「しかし……色々と唐突な奴だったな」

 

 空から降って来て、俺に勝利して、何故か旅について来て、何を考えたか知らないが勝手に失望して、消えた。

 

「……?」

 

 なんだろう。自分の中に、久しぶりの感覚が芽生えている。これは何だ?

 

 わなわなと震えて、体が熱くなる。口が歪む。視界もチカチカと点滅する。胸に、心に大きな感情が去来している。

 

 これは──

 

「よし。なんか居なくなった」

 

 たぶん歓喜だ。消え去ってくれたことに、俺は喜びを感じている。

 

 確かに鍛錬の相手として役立つだろうが、絶対に必要という訳ではない。むしろ邪魔な面が多い。

 

 あと義理を作りたくないのだ。長くを共に過ごせば勝手にできてしまう。そういうのは邪魔なものだ。必要のないものだ。

 

 そういう訳で問題なし。どころか互いにとって有益だ。あいつも人生の時間の無駄を省けた。俺もいつも通りに戻る。最高の選択だろう。

 

 そう納得して、一刻も早くイリアスベルクに到着しようと、早歩きで進み始めた。

 

 

 日が落ちてきた頃──。

 

「イリアスベルク……ひと月ぶりか?」

 

 門の前にたどり着いた。

 

 イリアスベルクは台地に出来た都市だ。入口に近い方に普通の住人の家々が並び、後ろの方には貴族や大商人の豪邸がある。真ん中には憩いの場として噴水つきの広場があった。

 

 この門をくぐれば、イリアスヴィルとは比べ物にならないほど大きい街並みが広がる、大都市イリアスベルクだ。イリアス大陸の流通はこの町が管理しているといっても過言ではないだろう。また観光においても中心地で、年中人が絶えず行き交う都市だ。

 

「……?」

 

 だが、おかしい。何か違和感がある。夕暮れ時だからか? だがこの違和感は──そんな単純なものではないだろう。

 

 ああそうだ、人がいないのだ。衛兵も、住人も、商人も、誰の姿も確認できない。しかし人の気配はするのだ。何かの音も聞こえる。おそらく中心、広場の方から。

 

「……まあ……とりあえず宿取るか」

 

 考えてもしょうがない。いつもの宿に泊まることにする。偶然一人も姿を見れなかっただけだ。なんか広場で祭りでもやってるんだろう。イリアス関連のくだらない祭りとか。なら祭りでも静かなのは納得だ。

 

 そして、呆れながら町に一歩踏み入る。

 

「……!」

 

 瞬間、ぞわりと体が震えた。

 

 踏み入ったその時、闘争の匂いが体を叩いた。異様に濃密なものだ。恐ろしいほどに濃い。思わず木刀を抜き去り、後ずさる。

 

 一体、何がいる──? 思いあたるのはアリスだが、少なくともそれとは違うもの。そう、戦士の闘気だ。戦い以外考えていない奴の気配だ。アリスとは異なる。

 

 純粋だ。恐ろしいほどに。

 

「……広場だな」

 

 全力で走り出した。少し走ったところで剣が地面に転がる甲高い音、そしてどよめきが聞こえた。やはり戦いが起こっている。

 

 広場に着いた。人が幾人も集まってその光景を見ている。群衆をかき分けて、人々が囲むそれを見ようと進んだ。嫌な顔をされるが睨み返し黙らせる。無理やりに最前列まで出た。

 

 そこは、戦場と化していた。

 

 一人の魔物の、竜人の剣士の周りに、幾人もの人間の戦士が倒れ伏している。

 竜人は無傷であり、佇まいも歴戦の、圧倒的強者そのもの。持つ剣も巨剣というにふさわしい豪快さ。また並大抵の攻撃は通らないだろう。竜の鱗に肌が部分的に覆われている。

 

 反対に、その剣士に対抗している三人の戦士は、みな怯え震えていた。それだけでも、実力差が鮮明に映る。何もかも全てにおいて、彼らがあの剣士に勝る部分はない。

 

 だからこそ。

 

(絶対にあの竜人の剣士が──魔剣士グランベリアが、負けることはない)

 

 四天王、グランベリア。魔王軍直属である四天王は各地で人間に被害を出している。その中でも一番人間に損害を与えているのがこの魔物だ。

 

 そんな者が何故ここにいるのか、何が目的なのか。様々なことを思想する。だが些細なことは光の速さで朽ちていった。

 

 どうでもいいのだ、理由なんて。

 

 最前列で息を整えながら、俺の番を待つ。あ、残った二人の戦士が突っ込んでいって瞬殺された。しかし息はあるようだ。戦士には出血すらない。

 

「ひ、ひィ……」

 

「残ったのは──お前か、どうするのだ?」

 

 グランベリアが殺気を飛ばしながら問う。

 三人の中で最も怯えていた戦士は、誰の目から見ても戦えない様子だ。一応剣を構えてはいるが、弱々しい。今にも逃げ出し──。

 

「うわあああああ!」

 

 その男は勇気を振り絞って走り出した。恐怖からか悲壮な表情で叫んでいる。剣は、下を向いている。ついでに敵に背を向けている。

 

 勇者を騙る人間としては、当然の結果。

 

 戦士は、逃げ出した。

 

 一目散に退散し、こちらに向かって走ってくる。本当に恐いのだろう。その顔を見れば誰にだってわかる。恐怖から、逃げている。前はおそらく見えていない。

 

 そして、戦士はぶつかり、尻もちをついた。

 

「じゃ、邪魔だ……! 俺は勇者だぞ……! そこをどけ……!」

 

 俺にぶつかった“元”戦士は、すぐに起きあがると剣を構えた。その姿を見て、思わず笑う。グランベリアと相対していた時よりも、構えが様になっていたのだ。

 

 しかし、と緩んでいた顔をしかめた。俺はもしかしたら、侮られやすいのだろうか? スライムやナメクジにも喧嘩を売られたし。

 

「わかっていたが、洗礼なんて無駄だな……」

 

 ぼそりと呟いた。群衆のどよめきや、目の前の元戦士の声で誰にも聞かれなかっただろう。

 

(イリアスの洗礼を受けたら、勇者になれる──なんてくだらないんだろう)

 

 敵から逃げた上に、あまつさえ無関係の俺に剣を構え、逃げるときだけ強気になれる。この姿のどこに、勇者と呼べる要素があるのだ。

 

(何が勇者、何が洗礼。何がイリアス、何が神だ。本当にくだらない)

 

 イリアスヴィルにいた頃に戦った勇者と名乗る奴や、戦士も大したことはなかった。だがこの元戦士で、勇者を騙る男は、それ以下だ。

 

「どけ、どけよ! 邪魔だといって──へぶっ!?」

「選手交代」

 

 無造作に近づき、足払いして体勢を崩した所に、顔を掴んで地面へ後頭部を叩きつけた。それだけで“元”戦士は気絶する。

 

 こんな恥をさらしたのだ。もう二度と勇者は名乗れないだろう。勇者になれたかもしれないのに、二度と成ることのできない人生になったのだ。だから一抹だけの憐憫と、砂粒一つの共感を送る。

 

 会敵して、一度たりとも剣を交えず逃げる、そんな非勇者に自分から成ってしまったのだ。

 

「次、俺」

 

 端的に言う。それ以上はいらない。

 

 奴は既に臨戦態勢で、薄く笑みを浮かべていた。

 

「……貴様は、他とは違うようだ。人間も捨てたものではないな」

 

 言葉のやり取りは最小限だった。どうせやるべきことは一つしかない。

 

 体が勝手に身震い──武者震いをした。

 

 彼女の燃えるような目つきを見る。呼応するかのように相対する彼女も俺を見た。

 

「──戦士ルカだ、行くぞ」

 

「──魔剣士、グランベリアだ。参る」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 木刀を、構えた。

 

「……」

 

 最高潮まで高まった思考神経感覚回路全て、グランベリアへ向ける。ひたすらに観察する。

 

 それでわかったのは──当たり前だが戦士としての歴も、実力も、俺よりも数段上。要するに圧倒的なまでの強者だということ。

 

 まず、あの様相。明らかに戦士の境地、明鏡止水に到達している。

 

 明鏡止水とは、確か、どんな状況でも動揺せず心を落ち着かせ、いつでも冷静な判断ができること、だった気がする。それと、敵の動きを完全に読んで目を閉じていても攻撃を躱せる……みたいな。

 

 本当かどうか疑わしいが、ともかく下手に突っ込めば的確に処理されて、グランベリアの周りに倒れ伏す負け犬の仲間入りだろう。

 

 もし運良く斬り合いに持って行けたとしても、俺の膂力で奴を倒せるかと問われると、首を横に振るしかない。正面から行くのは、やはり愚策に思えた。

 

「どうした……来ないのか?」

「いわれなくとも、もうすぐ行くさ」

 

 軽口を返す。勝算があるかないかを判断している。冷や汗が背中をつたう。

 まだ邪魔者、先に敗北した戦士が寝転がっているからというのと、作戦を立てている最中だからというので、行けない。

 

(さて……このアリスと同格の化物に、どうすれば勝てるだろう)

 

 勝算は一つだけ浮かんでいた。急所を狙う。それだけだ。それ以外はおそらく意味がない。昨夜のアリスとの攻防で知っている。

 

「……何で戦わないんだ?」

「たぶん、間合いを読んでいるんだ……あと、グランベリアの横に転がっている戦士が邪魔になっているから……」

「おい、木刀だぞ……あれ……」

「そんなことより、あいつ、イリアスヴィルのルカじゃないか?」

「……そういや昔俺の兄貴がいってた特徴と同じだ」

 

 群衆と見ているだけの戦士が勝手な考察をしている。気にすることはないと、一つでも多くの勝ち筋を探すために思考を回す。

 

(問題は、どうやって急所に当てるか。まあ……方法なんて一つしかないか)

 

 うだうだ考えるのは止めた。愚直に行こう。

 

 倒れ伏していた戦士は這いずったり、仲間の手を借りたりして戦場から逃れたようだ。僧侶らしき者から手当てを受けている。これで、問題は全て消えた。

 

 ざりと、利き足に力を込めた。

 

「待たせた、今、行く」

 

 地面を蹴った。手に持つ木刀を、握り直した。

 

 思う──まず間違いなく、死ぬのだ。

 

 戦っても負けて死ぬ可能性が大。アリスは変な魔物だったが、グランベリアが凌辱してくる可能性は十分にある。そうすれば死んだ同然になるらしい。また普通に剣で殺されても、生き物として死ぬ。

 

 そして論外だが逃げても、戦士として死ぬ。

 

 それは許されない。そういうことを一度でも許すと、一番大事な決戦の時も、逃げるだろう。

 

 はっきり言って、アリスの時もそうだけれど、会敵した時点でほとんど詰みなのだ。俺がどちらの死も拒み、そして戦士として死ぬくらいなら生物として死ぬ方を取る以上、諦めて臨むしかない。

 

 だから、ひたすらに一つだけ。

 

 死ぬ気で明鏡止水を崩しに行く。一番リスクがあるが、リターンが大きいだろう。賭けるものを最大にすれば、自ずと得るものも大きくなる。

 

 一直線にグランベリアへと駆けていく。ようやく来たかと、彼女は獣のような獰猛な笑みを浮かべた。

 

 無策で突っ込んでいる。でも希望がない訳じゃない。初撃をなんとか流せば、何かがつながる。信じている。

 

「気迫は良い……だが、あまりに愚直だ!」

 

 瞬間大熱波──グランベリアの巨剣が、紅蓮の炎を纏う。熱が体を突き抜けた。何度もこの熱を吸っていると、喉をやられそうだ。

 

「愚直で悪いな!」

 

 返答したタイミングで、奴の間合いに突入した。神経を過去一番に過敏にする。いつ斬られてもおかしくはない。全身全霊で、初撃を躱すか、受け流す──!

 

 先手は譲るつもりだった。先手必勝というのは、実力の拮抗がある時だけだ。今回はたぶん、奇策、運、蛮勇、ここら辺が大事だ。

 

 奴が剣を振り上げた。カウンターでなければ躱される。決して大振りではない、奴自身の筋力と技術、剣のリーチ、全てが研鑽されつくされたものだ、合理的な一撃になるだろう。

 

 ああ──完成されている。

 

 その振りかぶった様に、グランベリアがいかに剣を愛し、愛されているかが、伝わった。それは絶望に近いもの──だが。

 

 だからなんだ。

 

 それがどうした。

 

(それを、壊しに行くんだろう)

 

 自分を、奮い立たせた。

 

 時間の流れがいつもより数段遅く感じる。人は死が目の前にあると、体がそれに対処しようと体感時間を遅くするらしいが、これがまさにそうなのだろう。

 

 再び手に持つ木刀を握りしめた。

 俺は今からあれを受け流す。大丈夫だ、成功の実像は俺の中に出来上がっている。ここまで来たのだ、自分を信じるしかない。

 

「──!!」

 

 来た。業火によって威力が底上げされた、思わず目を逸らしたくなるほど、これ以上ないほど強烈な一撃。巨大すぎる剣の振り下ろしでできる影は、俺の体を包むほど大きい。

 

 避けは無理だ──なら受け流す。

 

 引いて、押す。あえて引き込んで、流れの主導権を握って、後ろにそらす。

 

 目は攻撃から決して離さない。受け流すために、剣の軌道、どこに木刀に当てれば逸らせるのか、正確無比に、狂いなく、完璧に判断せねばならない!

 

 巨剣が今にも当たる──。

 

 ぬるりと、木刀を出し、受けた。

 

 ──まともに受ければ木刀も頭蓋も粉々、まずは当てるだけでいい、力は最小限でいい、大事重要肝要は当てる位置だ、どの角度で流せばいいのか──俺にならばできる、そう信じる。信じろ。

 

 熱い暑いあつい、重い、声も出せない、出す余裕もない、当てるのは一瞬だ、木刀が燃え尽きる、死ぬ気で流せ、何が何でも流せ──。

 

 ──そうだ。道を、巨剣が通る道を、作る。木刀の、剣の腹を滑らせる。焦りすぎて、一周回って落ち着く。

 

 巨剣と木刀がこすれ合って、火花が散る。火花とはよくいったもので、飛び散る様子を、花びらが舞うようだと思った。

 

 巨剣は、木刀をすべり地面へと向かっていった。

 

「何──」

 

 絶対に叩き潰せたと思っていたのか、いかにも予想外といった風な声を挙げた。

 グランベリアの剣は、俺の体を逸れ、地面に衝撃を刻み込む。瓦礫が飛び散り余波が俺の体を傷つけた。木刀が今のやり取りで焦げた、焼けた“肉”の匂いがする──そんなの今はいい!

 

 一つ成し遂げた──だが達成感に浸る暇はない。そんなものは勝った後でいい。

 

「崩した」

 

 そう、予想外。グランベリアに予想外を与えることに成功した。だからここまでくれば、後は一つの技に賭けるだけ。

 

 巨剣を滑らせ、耐久に限界が来たのか軋む木刀──至近距離で炎を浴びて焼けた腕。もう少しだけ働いてもらう。

 

 隙は刹那。この敵がその隙を晒す機会など二度と訪れない。ただの一瞬。崩された明鏡止水を秒速で取り戻すまでの間隙。

 

 それだけあれば、俺の剣はきっと意識を穿つことができる。

 

 腰を沈める。肩を引く。狙いを定める。

 

 グランベリアが巨剣を地中から引き抜いた。まずい。未だ間合いの中にいる。距離はたった木刀二つ分。腕を伸ばせば切っ先が容易に届くくらい。間に合うか? 敵も同じだ。俺もグランベリアの間合いの中にいて、奴もまた俺の間合いにいる。

 

 引き抜いた巨剣をそのままの勢いで頭上へと持っていく。振り下ろしだ。なぜ? 今はいい。間に合わない。準備は俺の方が早い。

 

 狙いはずっと定まっている。体にブレがない。綺麗すぎる動きが、完璧が、仇になっている。的のように静止している。

 

 腰から動かす。地面を蹴り飛ばす。肩を思い切り突きのばす。切っ先は目標を確実に捉えている。

 

 ──一撃。顎へ。

 

 ──二撃。喉へ。

 

 ──三撃。鳩尾へ。

 

 三段突き。奥の手というほどのものでもない。ただの技。上から順に、急所を穿つだけの技。

 

 上からの剣は降って来ない。熱もやってこない。グランベリアが“受けた”それを認識するまでの一秒にも満たない小さな時間。

 

 余りに永い刹那。

 

 でも、答え合わせは唐突だった。

 

 グランベリアは──背中から倒れた。

 

 

「はあ、はあ……」

 

 ──偶然だ。

 

 焦げて折れかかっている剣を支えにしなければ、立てない。ここまで消耗したのはいつぶりだろう。一瞬だったのに、一晩戦い通した時より疲れた。

 

 ──運が良かっただけだ。

 

 何も言うことがない。しゃべれない。勝ったなどと大声を出せない。それを言ってしまったら、手にした勝利が、自分から離れてしまいそうで怖い。だから、だから、何も言えない。

 

 ──手を抜いていた。

 

 ああ、知っているとも。わかっていた。あれは、おかしい。あの場面で切り上げずに、頭上へ剣を持っていくなどおかしい。

 

 ──あれで終わると思うのか。

 

 ……疲れた。

 

 ので、だから──“それだけ”は止めてくれないかと、杞憂であれと、倒れた敵を見る。

 

 次から次に悪いことが頭に浮かぶ。今は見たくない。だから無視をする。

 

「勝った……のか?」

「彼が勝った、勝ったんだ……!!」

 

「「うおおおおお!」」

 

 うるさい。喜ぶのは勝手だが、静かにしろ。

 

 観衆は思い思いの態度を取っていた。敗けた戦士は俺に苦々しい視線を送っているし、観衆の主婦か何かたちは抱き合って喜んでいるし、見知った顔が心配そうな面で見ているのも、わかる。

 

 だがどうでもいい。今はただ、疲れた。あの一瞬の攻防が、余りにも大きすぎた。格上と本気で戦うというのは、こんなにも疲れるのか。もう、このまま目を閉じてしまいたい。その欲求が押し寄せるが──。

 

「……まあ、やっぱりか」

 

 わかった。気配で、わかる。いや、本当は最初からわかっていた。

 

 でも直視したくなかったから、だから背けた。

 

 グランベリアが気絶したならば、その強大な気迫は、重圧はこの町から消えるはずだ。なのに、消えていない。

 

「え……おい、あれ……」

 

 ようやく気づいたらしい。喜びの声を止めて、立ち上がった(・・・・・・)グランベリアに、全員が目を向けた。

 

「……」

 

 目立った外傷はない。攻撃した顎も、おそらく大した傷にはなっていないだろう。ダメージは、限りなくゼロに近い。

 

「一つ質問をする」

 

 平然とこちらを睨むグランベリアに、俺は問う。

 

「なぜ斬り上げなかった?」

 

 歯を食いしばりながら、問うた。

 

「……受けてみたかったからだ。貴様の攻撃を」

 

 がぎりと、苛立ちで歯と歯が火花を散らした。

 

 グランベリアは、手を抜いた。

 

 俺が奴の攻撃を逸らし、三段突きの構えを取った。その時には既に地面に刺さった巨剣は引き抜かれていた。引き抜いたタイミングでは、剣は下にあった。わざわざ上まで持っていって振り下ろさずとも、そこから俺を斬り上げるなり、突くなり、何でもできたはずなのだ。

 

 だがしなかった。そして、俺の攻撃を受けてみたかったと言った。

 

「……で、攻撃の感想は?」

 

 今すぐにでも怒りのままに斬りかかりたいが、我慢した。

 

「良い攻撃だ。相手が悪かった。それに尽きる。人が相手なら貴様の勝ちだっただろう──だが」

 

 グランベリアは一つ間をおいて、答えた。

 

「竜人の体が、人間と同じであるはずがない」

 

「……ああ、そうか。構造は同じでも、硬度も密度も厚みも、人とは全部違うわけか……」

 

 普通は顎、喉、鳩尾に思い切り突きを受けたら昏倒する。だがこいつは、世界でも最強の竜人だ。だから普通じゃなかった。そういうことらしい。

 

「そう恥じることではない。私の背中を汚した者など、世界でも数少ない。誇れ」

 

 誰が誇るかと、くそと思う。

 

 炎を纏うような奴の体の、その“つくり”が人間と違う、強度がまるで違うなんていうのは少し考えれば、知っていればわかったことだ。

 

 だがそれでも、全力だった。そこは揺るぎない。全力で試したから、全力で試行したために教訓があった。これは次につながる失敗だ。

 

 次があれば、だが。

 

 死の足音が耳に鳴る。それと共に、鳥肌がふつふつと湧く。腕に巻いた包帯が黒く焦げ、薄赤い汚れが滲んでいる。折れかけている木刀が嫌な音を立てている。震えも、来た。

 

 ──震え。それは駄目だ。死ぬ気で戦ったんだろうと、覚悟はあったのだろう、だから今恐れを抱くのは、過去の俺を否定することと同じだ。せめて武者震いと言って意地を張れ。

 

「ここからはただの魔剣士ではなく、魔王軍四天王グランベリアとして、貴様と戦おう」

 

 グランベリアは、その巨剣から“先ほどまでとは比べ物にならない炎”を吹き出し、構えた。

 

 手加減。四天王としての戦いではなかった。

 

 絶望が脳に、叩き込まれる。怒りと恐怖と嫉妬で、脳が、沸騰しそうだ。

 

 ここからは地獄だ──命を全て燃焼しても勝利できないぐらいの、くそ泥仕合の始まりだ。

 

 何言ってんだ俺はと、適当に笑って、亡者のように足を前へと進めた。

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