ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第6話『盗賊団』

 とある野原。

 

 細長いチューブ状の魔物と、一人の黒い外套に身を包んだ男が、戦っている。

 

 

「ぎゃっ!」

 

 放り投げたそれが破裂すると、ミミズ娘の視界を熱と煙で奪った。その隙をついて攻撃をする。ミミズ娘の細長い体がU字に曲がり、地面に転がった。

 

「……うう」

 

 地面に這いつくばり、顔だけをこちらに向け、憎悪の表情を見せた。

 

「あんたを倒すために、散々、修行したのに……」

 

「……あー、悪いが、覚えてない。今のはちょっとびっくりしたけど、雑魚のことなんて、いちいち覚えてないんだ。悪いな」

 

 ミミズ娘は目に涙を浮かべながら「絶対いつか精を搾り取ってやる──!」と叫んで、再び地面に潜っていった。

 

「……びっくりした。結構危なかったな」

 

 盗賊団のアジトのあるイリナ山地へ向かっていた所、魔物が地中から奇襲して来たのだ。

 

「貴様、なんだ今のは?」

「? ああ、ちょっとした爆弾だ」

 

 アリスは、ミミズ娘が去ったのを確認してから戻って来て、すぐに聞いて来た。

 

 一つ二つ爆弾を取り出してアリスに見せた。取り出しやすいように外套の内ポケットに入れている爆弾だ。

 

「殺傷力はないぞ。衝撃を与えると爆発するように作ってある。だからこそ威力が弱い。あまり強くすると暴発が怖い」

「攻撃補助の役割か。自分で作ったのか」

 

 まあ、そうだよと返した。

 

「……ときに、ルカ」

「なんだ?」

 

 アリスが神妙な表情を浮かべながら話しかけてきた。

 

「貴様は、魔物を殺したことがあるのか?」

 

「……それを聞くということは、あると思ってそうだな」

 

 しかし、アリスの心配は杞憂だ。

 

 だが正直に告げる前に少し立ち止まる。嘘をつくという手段もあるからだ。

 殺したことがあると言えば、さすがに愛想を尽かすだろう。

 

 そうなればさすがに、今度こそいなくなるだろう。

 

「安心しろ、アリス。俺は魔物を殺したことは、ない」

 

「……なら、いい」

 

 アリスはどこか安堵した様子を見せて──すぐに頭を振っていつもの顔になり、返事した。

 

 ……まあ、まだいいかと思った。第一そう言ったら、アリスが俺を容赦なく攻撃して来るかもしれない。まだその時じゃない。

 

 実際のところ、意図的に殺しを避けている。

 魔物殺しをしたら、ただでさえどうしようもない奴が、もっとどうしようもない奴になる気がするのだ。そうならないための木刀でもある。

 

 あともう一つ理由はある。

 

「理由というか、言い訳になるかもしれないが、俺は基本的に敵対する奴を殺さない」

「なぜだ? 普通は殺すものだろう?」

 

 アリスの疑問は尤もだ。敵対者なんていない方がいい。だが、それでは駄目なのだ。

 

「強くなって復讐してもらいたいんだ。そういうのはありがたい。先ほどのミミズ娘は、目論見通りだよ」

 

 口ではミミズ娘のことを覚えていないといったが、実際はよく覚えている。煽ったのは、悔しさを糧にもっと強くなってもらうためだ。

 

「なるほど……よく納得した。ということは、貴様が真剣を使わないのもそのせいか?」

 

「そうだ。真剣を使うと、うっかり殺すかもしれない。それにもう木刀に慣れすぎた。今更変えるのもあまり必要性を感じない。手に馴染む物を使い続けた方がいい」

 

 するとアリスはやや残念そうな顔をした。

 

「……そうか。なら、武器でも貸してやろうかと思ったが、いらんか」

「ああいらない。スペアはまだ何本もあるし」

 

 そこで会話は終了し、黙々と歩いていると、いよいよ盗賊団のアジトがあるイリナ山地が近づいてきた。

 

 そろそろ、いつも通りだとあの魔物が来る頃だ。ほとんどの場合察知してやって来る。気を引き締めるか──。

 

「さて、もうすぐ盗賊団のアジトだ。洞窟の中にあるが、お前は入るか?」

 

「いややめておく……それより、貴様“様子を見に行く”といっていたが……面識があるのか?」

 

「ある。さっきの魔物のように強くなってもらおうと、ときどき戦っていた」

 

 もう結構戦っている。一年くらい経っただろうか?

 

「……そうか、つまらんな」

 

 何故か機嫌が悪くなり、平素以上ににべもなく返答される。あらぬ勘違いをしたのかもしれないと思ったので、少し補足することにした。

 

「別に俺から襲い掛かっている訳じゃない。そもそも、初めに襲ってきたのは向こうで──」

 

「──隙あり!」

 

 その声が背後から聞こえてすぐに木刀を抜き、しゃがんで横薙ぎを躱すと、その者に向かってやや力を抜いた一撃を食らわせる。

 

 どさりとその者は倒れ、目を回した。その者が倒れた後にハンマーが落ちて、その横に転がった。

 

「今日はよく奇襲をくらう日だな」

 

 その者──ゴブリン娘は頭にたんこぶを作って気絶した。

 

「……魔物の、子ども?」

 

「子どもといっても魔物だ。盗賊として十分な力は持ってる」

 

 ゴブリン娘は、見た目が明らかに子どもだった。十代になったばかりくらいだろうか。

 

 だが、見た目に惑わされてはならない。ゴブリン娘は完全な死角から、何の遠慮もなくハンマーを俺の脳天めがけて振り下ろしてきたのだ。

 

 ここら辺は大岩がぽつぽつと生えている。隠れやすいからゴブリン娘がしょっちゅう仕掛けて来る場所だった。

 

「はっ!」

 

 ゴブリン娘が目覚めた。すぐに起きあがり俺から距離を取る。沈黙が続き、じりじりと逃げ出そうとしている。そして、駆け出そうとしたタイミングで言った。

 

「待て。終わったら話がある。覚えといてくれ」

 

 ゴブリン娘は振り返る。そしてひび割れた兜をかぶり直して、ジト目で返事をしてくる。

 

「……わかったけど、どーいう風の吹き回し? そんなのしたことなかったじゃんか」

「まあ……気まぐれだよ」

「ふーん」

 

 そう言うと足早に去っていく……が、ハンマーを拾い忘れていたからすぐに戻ってきた。ドジを踏んだからか少し顔を赤くしている。

 

「……何見てんの……って、だれ、そのおねーさん?」

 

 ゴブリン娘は今になってアリスに気づき、訝しんだ。

 

「む。余か。余は……旅のグルメだ」

 

 アリスは何故かどや顔して答えた。

 

「旅のグルメ? グルメってなあに?」

「グルメとは美食家の意だな」

「美食家さんなの? じゃあおにぎりの具何が一番好き?」

 

 アリスとゴブリン娘は会話に花を咲かせている。魔物同士通じ合うものがあるのだろう。ただ、それは結構なのだが、時間が惜しい。

 

「……もう行くぞ」

 

 そう言って足を進める。今日中にこの問題は片付けて、できる限り早くイリアスポートに向かいたいのだ。そのためには、せめて夕方には“目的地”についておきたい。

 

「うわっ、せっかちだ」

「うむ、その通りだ。ルカはせっかちだ」

「……」

 

 面倒くさいので無視して先に進んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「じゃ、適当に」

 

「うむ。適当に散歩しておく」

 

 アジトの洞窟前に着いた。ゴブリン娘は途中で走り去ったのでいない。

 

 アリスと別れアジトに入る。中は少しじめっとしているが、過ごしにくいという訳ではない。

 

 ここからはラミア、ヴァンパイア、ドラゴンの順番で出て来る。なんかそういう流れが出来ているのだ。

 

 そして、さっそく出くわした。

 

「……ああ、いらっしゃい」

 

「ああ、お邪魔してる……なんだその顔」

 

 洞窟を進むと開けた場所に出た。そこにはプチラミアと、机と椅子があった。普段はここで食事をとっているのか、竈などの調理用具や水がめが置いてある。床は洞窟のわりにごつごつとしておらず整備がされている。

 

 プチラミアは苦虫を飲み込んだような表情をしている。何かしただろうか。心当たりはない。

 

「いや……まあ、なんというか、失敗したなあって……」

 

「……?」

 

 どういう意味だろう。首をかしげていると、プチラミアはこっち座ってと机を指差した。とりあえず椅子に座る。

 

「いやほら、あたし達一年くらい前にあんたを襲ったじゃない?」

「そう……だったな」

 

 手慣れた様子で用意され、目の前に置かれたお茶の、それから出る湯気を眺めて昔を思い出す。

 

「そうだ。適当にここら辺を散策してたら襲われたんだ。四天王だなんだとか名乗って」

「そうそう。確かあの時は全員で襲って、返り討ちにあったのよ」

 

 水のラミアだとか土のゴブリンとか。魔王軍の真似だったのだろうが、正直特に水の要素も土の要素もなかった。

 

「で、それからアジトに来るようになったし……」

「いや、あいつ、ドラゴンが『また絶対来るのだ!』っていったのがここに来るようになった原因だ。まあ暇つぶしも理由の一つじゃないとはいわないが」

 

 そういうとプチラミアは、とくに驚くこともなくやっぱりかーみたいな表情をした後に、紅茶の入ったカップを手に取り一口飲んで、こちらの様子を伺った。

 

「とにかく、なんていうかさ、相手を選ばないと駄目だなあって。あんた見ると……そのなに、若気の至り? を思い出してなんか嫌な顔しちゃうの」

 

「若気の至りを語るには若すぎるだろ」

 

 まあ歳に不相応な大人っぽさではあると思うが。

プチラミアは盗賊団の中では一番大人びている奴だ。他が暴れん坊だから役割分担の中でそうなったのだろう。そのせいか家事や雑務を任されている。

 

「で、戦うか?」

 

 そろそろ終わるかと話を切る。するとプチラミアは焦った様子で拒否する。

 

「いや、あの三人みたいに絶対倒してやるみたいな気持ちはないから」

 

「そうか。じゃ、先に行く」

 

 戦わないならいいと思い、席を立つ。だがプチラミアが止めて来る。

 

「あ、待ちなよ。お茶飲まないの? 貴族から奪ったんだよ。おいしいよ」

「お前がそれ(・・)を飲んだら俺も飲むよ」

 

 背を向けたまま返答する。それといっても、プチラミアの前に用意されたお茶ではない。俺の前に用意されたお茶だ。

 少しは冷めただろう。子どもの舌でも火傷はしないはずだ。だがプチラミアは全く手を伸ばす素振りを見せない。

 ただ目を見開いている。

 

「はあ……まあ、わかるか。さすがに」

 

 短いため息を漏らした後、プチラミアは蛇のように、先が二つに分かれた長い舌を出して笑った。

 

 わかるさと笑い返し、今度こそ先へ進む。

 たぶん毒でも入っていたのだろう。どういう類の毒かは知らないが、麻痺なら効かない、マンドラゴラのおかげで。睡眠系は不安だ。殺す系はあいつらの目的が俺の精である以上ないだろう。

 

 そして、さらなる深部へと進む。奥に行けば行くほど荒れている。天井から先のとがった岩が突き出ており、地面も不安定な箇所が多い。ここら辺は整備が出来ていないようだ。まあこの辺りは生活の場所ではないのだろう。

 

「次は……」

 

 ヴァンパイア……だが。

 

「い、いらっしゃい……」

 

 広々とした空間に、ヴァンパイア娘はいた。

 

 しかしヴァンパイアは腕に包帯を巻き、顔色を青くして、白旗のついた杖で体を支えている。死にかけの独居老人のような様子だ。イリアスヴィルでよく見かけた。

 

「見ての通り、今日は戦えないのだ……」

 

 そうらしい。ならスルーするが、一応心配はすることにした。

 

「……何かあったのか?」

「階段から落ちたのだ」

「……そうか」

 

 なんだそりゃ。拍子抜けだ。いつも通り襲うだろうと予想していたが、外れたらしい。まあなら別にいいか。治療もしているようだし。

 

「じゃあな」

 

 そう言い残しヴァンパイアの横を通り過ぎた。

 

 ……。

 

「……お前な」

 

「えっ……」

 

 それが当たる直前でマントを翻し、風圧で飛んできたものを吹き飛ばす。

 

 コロンと地面に落ちたそれは、細い針のような矢だった。石のような薄い灰色をしているが、先の部分だけ水が滲んだように色が濃くなっている。おそらく毒が塗ってあるのだろう。

 

「な、なんで気づくのだ、気持ち悪い……」

 

 ヴァンパイアは手に細長い筒を持っていた。吹き矢か。発想はいいと思うが、やり方が悪かった。

 

「わざとらしすぎるし……いつもこんな感じだろ」

「うっ」

 

 これまでは、いない振りして天井から奇襲とか、眼をじっと見ろとか意味不明なことやって来ていた。当然今回もその類だった。

 

 ラミアやヴァンパイアは、ゴブリンやドラゴンと違って正面から戦う道を選ばなかった。毒とか罠とか、頭を使っている。それはそれで良い。今の自分にできること、できないことを知っているのだ。

 

 また、後者の二人は脳筋だから真面目に戦う道を選んだのだろうが、それもそれで良い。子どもの時に戦いばかりすると、大人になった時には勝手に強くなっている。

 

 二人は頭を使い、残りの二人は力を振るう。バランスが良い。

 

「……パピなら騙せたのに」

 

 ヴァンパイアは、無言で両手を挙げた。ドラゴンのことだと思うが、あいつは馬鹿なだけだ。

 

 

「さて……」

 

 アジトの最奥にたどり着く。ここで行き止まりだ。

 

 深く潜れば潜るほど整備が雑になっている。地面の起伏は、ひどい所だと足裏からひざ下ほどの高さだ。岩壁はごつごつと出っ張っていて、何かが飛び出そうとぶつかった後のように見えた。天井からも先のとがった岩が氷柱のように垂れていた。

 

 そんな場所だが、修行の雰囲気はよく伝わる。拳を打つためのサンドバックや焼け焦げた板。石でできたダンベルのようなものも落ちていた。

 

「で、お前は……ずいぶん傷だらけだが……」

 

 そんな修行場の中央で立つ、その者に声をかける。

 ヴァンパイアほど過剰な傷ではないが、腕を組み、目を閉じて待っていたドラゴンもまた傷だらけだった。

 

 問いかけるとドラゴンパピーは目を見開き、俺を睨んだ。身長は俺の腰くらいだから迫力には欠ける。だが侮ってはならない。

 

 こいつが、盗賊団の中で一番強い。

 

「今日は、あたしが勝つのだ……」

 

 ドラゴンがそう言うと、気迫が洞窟深部だというのに風となって伝わって来た。本気だ。本気で俺に勝とうとしている。

 

 なら応えてやらねばならない。木刀を抜いた。

 

「そうか。じゃあ行くぞ」

 

 そう言って、ほぼ同時に駆け出した。ドラゴンパピーは素手だが、爪や牙などがあるから武器があるようなものだ。

 

 まず木刀で突く。的がかなり小さいから隙が少ない攻撃を繰り出す。突きが最適だ。狙いは喉。本気の奴に容赦なくいかないと怒る。

 

「うがっ!」

 

 だがドラゴンパピーはその突きに合わせて拳を繰り出した。剣の突きと拳の突きは拮抗し、一瞬互いの動きが止まる。思わず笑みを浮かべた。

 

「腕を、上げたな!」

 

 木刀を握り直し、今度は振り下ろす。石頭だから狙いは腕。とりあえず攻撃手段を一つ封じる。

 

 だがドラゴンパピーは後ろに飛びあがって躱し、羽で飛んだ。背中から生えている羽を使った動きだ。人間にはできない動きだ。少し防御が遅れる。来るのは踵落としか、それとも自重を利用した拳か──いや、何かを取り出した。

 

「上から目線で、見るんじゃないのだ!」

 

 そういってドラゴンパピーは腰につけていたポーチから何かを取り出し、上方から投げつけた。それは空中で爆発し、中に入っていた砂が飛び散った。

 

「……目つぶしか」

 

 爆弾だった。まさか使ってくるとは思わなかった。そういえば何回か前に俺の爆弾を見せたか。あれを見て真似をして作ったのだろう。意外と器用なやつだ。

 

「卑怯といったらぶっ飛ばすのだ」

「いわないさそんなことは。それをいっていいのは、ルールに守られてる戦いだけだろう」

 

 さてどうするか。かなり細かな砂利が瞼の裏に入ってしまった。瞬きして排出しようとしたり擦ったりすれば、大きな隙ができる。それに眼球が傷つけば目を開けられなくなる。

 

 結構なピンチ──いや。

 

「……まあ、いいか。ハンデだ」

「……うが」

 

 がりっと牙をこすり合わせた音が聞こえたが、無視する。

 

 このまま行こう。たまには視界に頼らない戦いも悪くない。当たり前を無くすことで発見できるものは意外と多い。これもいい経験になるだろう。

 

 グランベリア戦を経験したからか落ち着けていた。あれに比べたら大概は鼻で笑える小事だ。

 

「第一、こんなものはピンチでもないからな。文句なんて何も浮かばない」

 

 加えてそう煽る。

 

 ぷちんと何かが切れる音がした。

 

「今日は、あたしは本気で勝つのだ……!!」

 

 洞窟の中で声が反響する。位置が不明になるほどの音ではないが、聴覚が鋭敏になっている現在だと騒音に感じた。

 

「だから……お前もあたしを舐めるな……なのだ!」

 

「……?」

 

 目を閉じたからこそ、わかる。ひんやりとした洞窟の空気にできた、異物を感じる。明らかな、場違いな熱量──これは。

 

「炎か……」

 

 おそらく内部に熱を溜めている状態だ。ドラゴンパピーのブレスは見たことがある。息を大きく吸い込んで、体内で作った炎を風と共に噴き出す技。

 

「……それだけじゃないのだ」

 

 そういうとドラゴンパピーは、きゅぽんと音を立て何かを開けた。そしてと気泡と液体が逆転する音がする。匂いからして……。

 

「酒か」

「盗んだのだ」

 

 火力の増強として使うつもりだろう。

 

「未成年飲酒は犯罪だぞ」

 

 とりあえず会話で場を繋ぐことにした。

 

 まあ対処はいくらでもあるだろう。酒のにおいとか、足音とか、単純な気配とか。さてどうするか──

 

「えっ……」

 

 ……いや、それを気にするのか。

 

「……いや、盗賊団やってる奴が気にするなよ」

 

「あっ、べ、別に気にしてないのだ!」

 

 どうにもペースを乱されたが、まあ対処は簡単だ。位置も把握した。さっさと終わらせよう。

 

 背後にむけて木刀を突き出した。手ごたえは、ある。

 

「ぐっ……」

 

 するとため込んでいた息が漏れた音と、液体が地面に染みた音がして、すぐ後にずさっと人が倒れる音がした。

 

 その隙に水筒で水をかけて瞬きをした。まだ砂が残っている感じがするが、視界が良好になる。

 

 振り返ると、ドラゴンパピーが両膝をついて腹を抱える姿が目に入った。

 

「な、なんで、あたしの位置が……」

 

「熱だよ。こんな洞窟であれだけ炎をため込めばわかるだろ」

 

 そう、炎の熱だ。そんな洞窟内部で強い熱が生じれば、位置の捕捉は容易だ。

 

 戦いは終わった。ドラゴンパピーは戦意を失った。

 

「くっ……」

 

 悔しそうにして、地面を拳で殴りつける。ああ、これはあれだ。

 

「うう……」

 

 ぐずり始めた。戦闘に関しては大人顔負けの癖に、こういう所は子どもだから面倒くさい。だが邪険に扱うこともできない。とりあえず声をかけようと近づく。

 

「泣くなよ。別にまた次──」

「……?」

 

 は、そういえば無い。イリアス大陸を出るし。となると勝ち逃げになるが……まあ仕方ないか。なんか適当に慰めておこう。

 

「まあ、いつかは勝てる。多分お前は長生きするだろう。生き残っていた方が勝ちだ。だからがんばるんだ」

「…………」

 

 ドラゴンパピーは肩をわなわなと震わせている。どうやら俺の励ましに感動したようだ……なわけないか。

 

「さて、話がある。全員集めてくれ」

 

 とりあえず全員と話さなければならないので、集めろと頼む。

 

「…………まあ、わかった……のだ。でも何の話なのだ? 良い話か、悪い話か?」

「まあ……悪くない話だよ。たぶん」

 

 ドラゴンパピーは頭にクエスチョンマークを浮かべて洞窟を逆戻っていった。俺も遅れて入口方向へ戻っていく。

 

 実際、今日の用事は良いか悪いかの二極化するのが難しい話なのだ。どちらの面もきっとあるから。

 

 そして──数分後。

 

 プチラミアのいた部屋に盗賊団全員を集めた。

 怪訝な表情を浮かべて机を囲んでいる……訳ではない。落ち着き過ぎな奴もいる。

 

 まあ、こんなことをしたのは初めて。内心は警戒しているだろう。いつもは適当に倒したらすぐに帰っていた。

 

 俺も席についた。四人の顔を順に見やる。

 

「さて──」

 

 考えねばならない──どうやってこいつらを、あの村へ移住させるか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 盗賊団は全員集まった。ゴブリン娘に、プチラミアに、ヴァンパイアガールに、ドラゴンパピーだ。半分ほど不満そうな顔をしている。残り二名は落ち着いているようだ。

 

「で、いったい何なのだ?」

 

 ヴァンパイアが不安そうな表情で問うた。

 さて何から話すか。まあとりあえず一旦、眠そうな奴の眠気を飛ばしてやろう。

 

「まあ、単刀直入にいうと……今日はお前らを片付けようと思って、ここに来たんだ」

 

 そう告げると空気がぴしりと割れた。何となく過ごしやすい家のような雰囲気を漂わせていたアジトの空気が凍る。

 

「片付けって……殺す?」

 

「まさか」

 

 笑って否定する。すると冷えた空気が少し暖まった。おどおどして尋ねたラミアも顔を綻ばせ、焦ったように安堵する。

 

「だ、だよね……よかっ──」

 

「それをやるのは俺じゃない。お前らに恨みを持っている”誰か”だ」

 

 言いかけた言葉に口を挟んだ。再度空気が凍り付き、ガラス片のように割れてぱらぱらと砕けた。

 

「盗んだ茶や酒……以外にも金目のものを盗んだだろう。それの報復が、もうすぐ来る」

 

 アミラの依頼。あれが来た理由を考えると、やはり盗賊の活動をやり過ぎたのが原因だろう。

 

 依頼主の目的は、まあ報復だ。盗賊団を捕えて売り飛ばすか、自分で飼うか、殺すかするんだろう。

 動けなくしろという依頼内容である以上、殺しはないだろうが、それは殺し以上に残酷な結末になることを意味する。

 

「じゃ、じゃあ、お前は捕らえに……来たの?」

 

「……場合によってはな。ただ、お前らには選択肢がある」

 

 ゴブリンの問いに答えつつ、三本指を立てた。

 

「一つ、盗賊団を続ける選択をして、今ここで本気で戦り合うか」

 

 そう言うとドラゴン以外は首を横に振った。こちらから見て右後ろに座るドラゴンは今にも火を吐きそうだったが、一旦手で制止する。まだ選択肢を伝えきっていない。

 

「もしくは一縷の望みにかけて逃げ出すか」

 

 そういうとドラゴン以外の盗賊団は一斉に席を立ち──いや、ドラゴンもゴブリンに尻尾を持たれて引きずられている──駆け出した所で、もう一つの選択肢を提示する。

 

「ただもう一つ選択肢がある」

 

 盗賊団が全員勢いよく逃げ出したせいで椅子や机のカップが倒れた。盗賊団はピタリと止まって顔だけこちらに向けた。座していたドラゴンは尻尾を急に掴まれて引っ張られたので、顔を地面にぶつけて悶えている。

 

「魔物──とかの住まう村、そこに移住するかだ」

 

「……とか、って。そんな所あるの?」

「ある。そこは確認済みだ」

 

 すぐにゴブリンが疑念を呈したが、これは自信を持って返せる。

 あの服(・・・)がまだ売り出されている。存続はしているはずだ。

 

「なんか嘘くさいよ。ていうか種族間で喧嘩してる魔物もいるんだから、どういう魔物が住んでるか教えてくれないと怖いよ」

 

 ラミアも懸念を伝えて来た。当然だ。

 魔物の中には喧嘩中の種族もいる。ラミアとスキュラはずっと仲が悪いとか。でもそこら辺は、あの村ならばたぶん大丈夫だと思う。

 

「たぶん、基本的にエルフだ。でもそれ以外はわからない。増えてる可能性もある。俺も一度行っただけだ。正直わからない」

 

 そう返すと、ラミアは微妙な顔をした。

 

(まあ、仕方ないか……)

 

 正直、かなり突発的な案だ。不確定要素が多分にある。アミラの依頼を受けてからここまで来る間に考えたものなのだ。

 

「…………そもそも、なんでお前は、そんな提案をする必要があるのだ」

 

「私たち、互いの名前も知らないじゃん……はっきりいって、信用できない」

 

「……あたしたち捕まえて引き渡せば、お前には得しかないはずなのだ」

 

 ヴァンパイア、ラミア、ドラゴンが口々に思ったことを声に出す。

 

「……そうだな」

 

 疑うことは間違っていない。防衛反応だ。それに鈍りがないようで安心すらしている。だからこそ、そうだな、と共感した。

 

(……まあ、危険が迫っているという情報は伝えたしいいか。勝手に避けるか、馬鹿じゃないだろう、こいつらも)

 

 そういう訳で諦めて、適当にヴァンパイアの疑問に答えることにした。

 

「まあ、あれだ、何度も顔を合わせたから情が移った」

 

 ──言って、後悔する。なんだ今の言葉は。気色悪い。情が移ったなんてありえないだろう。今更そんなことを言うなんて。

 

 そう、情なんてない。ただ、そう。育てていた植物が他人に無遠慮に抜かれたり、切られたりすると胸糞が悪くなる──そんな感情だ。

 

 盗賊団の反応を見る。微妙な表情だ。だが本心と受け取られたのか、

 

「……まあ、ついて行ってみよっか。罠なら多分こんな回りくどいことしないしね」

 

 そうラミアが言った。他の面子もまあそれでいいかという雰囲気で纏まっている。

 

 なんか、うまく行ってしまったようだ。

 

 その後、盗賊団たちに荷物を纏めさせる。盗品ばかりだったからほとんど置いていかせた。文句が出たので、一人一つだけ持って行っていいと許可した。

 

「……じゃあ、出発するぞ」

 

 そう言ってアジトを出る。空を仰ぐと、太陽は丁度真上に近い位置にあった。これならば夕日が沈むまでに目的地へたどり着けるだろう。途中馬車でもひっかければ余裕ができるくらいだ。

 

 後ろを振り返り全員ついて来ていると確認し、歩き出す。

 

 すると、アジトの入り口を隠すように生えている木々と茂みを揺らしながら、一体の妖魔が出て来た。

 

「遅い。余は待ちくたびれた。よって夕飯の倍増を所望す……!?」

 

「ああ、アリスか。忘れてた」

 

 そういえばアリスを待たせていた。そのまま忘れていれば他人の振りができたのにと残念に思う。

 

「何だよ口開けて。こいつらがそんな気になるか?」

 

「む……いや……」

 

 アリスは丸くした眼を盗賊団に向けている。俺が魔物を連れている様が物珍しすぎたのだろうか。それか希少な魔物でもいるのだろうか。いや、そういえば言っていない情報があったか。

 

「ああ、盗賊団は全員子どもだ。いってなかったか」

 

 冷静に考えれば構成員の全てが子どもというのは珍しい。驚くのも当然だろう。

 

「いや! そういう訳でも、ない……」

 

 アリスは、少し気まずそうに眼を逸らした後、ちらちらこちらに眼を向けながら言った。

 

「……その、人と魔物が、仲良くしている姿を初めて見たから、びっくりした」

「……それだけ?」

 

 少し拍子抜けだ。アリスがここまで動揺したのは初めて見たから、もっと驚くべき理由かと思った。

 

「それだけとは何だ!! 余は、そのために……」

 

 徐々に落ち込んでいく語勢でアリスは言った。全力疾走で限界が来てへろへろになるような感じの尻下がりだった。

 

「あの……魔族のおねーさん。一応いっとくけど別に仲良くはないからね……」

 

 するとゴブリンが勘違いを正した。そう。その通りだ。別に仲良くはない。名前とか未だに呼び合わないし。知らない訳ではないのだが……呼びづらいのだ。

 

「む、そうなのか……」

 

 アリスは少し残念そうな様子を見せた。だがそれはほんの一瞬で、すぐに、

 

「で、ならば何だ。食うのか? 殺すのか?」

 

 と、物騒な事を言う。いつもの調子に戻った気がする。

 

「なわけないだろ。まあ食えそうなやつはいるが……というかお前同族を食うのか?」

 

 ラミアとかまんま蛇だ。ドラゴンも尻尾を食べられるだろう。他は人型すぎる。

 

「食えないこともない。だが無論、同族喰い専門ではない。貴様もわかっている通りな」

 

 確かに。人間の作った飯を普通に食べてるし、というかその時点で味覚が人と同じなのだから、わざわざ魔物を捕食する必要もないのだろう。

 

 そんな物騒な会話をしていると、視界の隅でぶるぶると震える姿があった。盗賊団だ。子どもにはショッキングな会話だったのかもしれない。ドラゴンだけは平然としているように見えるが、尻尾が隠れていないのでバレバレだ。

 

「で、ちょっと行くべき所ができた。そこに盗賊団を連れて行く」

 

 事情を説明すると、アリスは不信感まる出しの顔を作った。むっとして、偽善者めとでも言いたげな顔だ。

 

「いつから貴様は魔物の保護者になったのだ? …………敵、ではなかったのか」

 

「別に。ただの気まぐれだよ」

 

 そう言うとアリスの前へ出た。さっさと出発したかった。

 

「気まぐれ……? 貴様はそんな適当な理由で行動する人間か……?」

 

「俺は適当な方だ。とにかくそれはどうでもいいだろ。時間が惜しいし、出発だ」

 

 まだアリスは訝しんでいるようだが、逃げるように足を進める。アリスは諦めたのかそれ以上言及してこない。

 

 それに少しだけほっとした自分がいたことが、気に障った。

 

「ところで、移住先ってなんていう所?」

「……ああ。いってなかったな」

 

 そういえば言い忘れていた。どうせ聞いたことがないと言うだろうし、そんなに重要でもないと思うが、聞かれたため一応答える。

 

「……隠れ里、エンリカだ」

 

 振り返ってそう言うと、全員、頭に“はてな”を浮かべた。

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