ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第7話『隠れ里』

「助かった。ありがとう。謝礼だ」

 

「ええ、ありやとございやす。ではお気をつけて」

 

 謝礼に20ゴールドほど手渡すと、その商人はかなり砕けた礼だけ告げて、すぐに馬に鞭打ち、砂埃を上げながら、遠くの景色になっていった。

 

「運が良かったな」

 

 途中で商人に馬車を借りたので、あまり時間もかからずにエンリカ周辺まで来れた。魔物を乗せるのは嫌がるかと思ったが、あまり気にしないらしい。

 

「イリアス信仰が深くなかったんだろう。信仰深いと魔物を嫌うというより、恐れるから全く話にならない」

「確かに。なんか商人の人はあまりイリアスを信仰しないみたいだぞ」

 

 ヴァンパイアが同意した。

 それは知らなかった。そんな傾向があるのか。

 

商人(あきんど)にとってイリアス信仰は邪魔になる場合が多いからだろう。礼拝とか毎日やらねばいかんだろう? 時は金なりというし、たぶん、神より金を信じる性質(たち)の者が多いのだ」

 

 アリスが付け加えた。まあ詳しいことは知らないのでそういうことにしておこう。

 

 俺たちは現在、エンリカへと向かっていた。

 

 馬車を降りて少し進むと、Y字状の分かれ道に建てられている札があった。『イリアスヴィル』方向と『迷いの森』方向にそれぞれ矢印状の板が向けられている。

 

 迷いの森方向へ顔を向けると、広大な森林が視界に飛び込んで来た。馬車に揺られていた時には見られなかった景色だ。見渡す限りの森。

 

 エンリカはあの森の中にある。外部との接触を極力断っているため、この村を知っているのは商人ぐらいだろう。

 

 後は俺のように、偶然たどり着いた者。

 

「しかし、エンリカか……聞いたことのない村だ。ガイドブックにも載っておらん」

「まあ隠れ里なんていわれているぐらいだしな……というか、古いなそれ。数百年前……」

 

 アリスがページをパラパラめくりながら言った。表紙に発行年数が記してあったのだ。

 エンリカが載っていないのは隠れ里だから仕方ないが、それよりも、そんな古いと観光名所が網羅できていないのではないだろうか。新しいのを買えばいいだろうに。

 

「ここら辺ってイリアス神殿が近い?」

「ああ。少し歩けば見えて来る程度には」

「だからなんか嫌な感じがするんだねー」

 

 ゴブリンがぶるぶると体を震わせながらいった。他の奴らも同じらしい。アリスは強さ故に平然としているが、やはりイリアスの力は弱い魔物にとって苦手なものなのだろう。

 

 早く離れようと、全員を先導し森に入る。

 

 木漏れ日が差していて、昼寝でもしたくなる森の中だ。当然森だから薄暗いのだが、絶妙に安穏とする暗さ。

 

 だから神秘的な、日常から離れた景色の中でも、暖かみを感じる。

 

「ねえねえ」

 

 緩んだ気分を張り直そうと腕を伸ばしてストレッチした所、斜め後ろから声がしたので振り返る。ラミアが隣を歩くアリスに向かって話しかけていた。

 

「余か? なんだ?」

「おねーさんって、あれの恋人?」

 

 ……何を言ってるのだろうかこのラミアは。あとあれって何だ。

 

「……お前の頭の中で何と何がぶつかって化学反応を起こせばその考えに至るんだ」

 

 乙女脳的なやつだろうか。ラミアも何でもかんでも恋愛に結びつけたくなるお年頃なのかもしれない。

 

「いや何か仲良さげだから。だよねヴァニラ」

「……まあ、確かに、そんな感じもするのだ」

 

 そうだろうか。俺はこれっぽっちもこの女と会話して仲良さげな雰囲気を作ったという覚えがない。イリアスベルクの女将もそうだが、普段女っ気のない男が急に女といる様を見ると、恋愛に結びつけるのは女の習性なのだろうか?

 

「別にそんな仲良くもない。その内たぶん戦うから」

「命かけるくらいか?」

 

 俺が適当に会話に入ると、ドラゴンが聞いて来た。ずっと黙っていたが話は聞いているらしい。

 

「そうだな、そうじゃないか?」

「貴様適当にいっているだろう……」

 

 当たりだ。会話が面倒くさくなってしまった。

 

「でも実際どうなのおねーさん。あれのこと搾ったりしてるの?」

「お前……」

 

 なんだ搾ったりしてるのとかいう物騒な質問は。血とかだろうか。魔物は人間の血を好むのだろうか。まあ血も精の一つか。

 

「いや、あたし達の獲物だしさ。横取りはいやでしょ」

「……」

 

 助けるのやめてやろうかと思う。

 

「まあ、その内、つまみ食いしようかとは、思ってたり、思ってなかったりもしている……」

「む、やっぱりそうなのだ?」

「おいしそうだもんね」

 

 ヴァンパイアとゴブリンが共感して相槌を打った。

 

「お前ら……」

 

 いい加減にしろよと木刀に手をかけた所で、ドラゴンが口を開いた。

 

「……何かいるのだ」

 

 ぴたりと一行の会話と足が止まり、風が草木を横切る音ばかりが森に響く。神経を研ぎ澄ますまでもなく、何者かの気配を察知した。

 

「もう索敵圏内に入ったか。そういえば、前もこのくらいで見つかったな……まあいい」

 

 出てこい、とそいつに向かって言う。すると──。

 

 ダークエルフが現れた!

 

「ただちに引き返しなさい、ここから先は……の前に、なんか魔物が多いわね」

 

 剣を構えながら木陰より体を出した人影は、ダークエルフだった。エルフ種は森の番人とも呼ばれる清純な種族だが、中には闇に堕ちた者もいる。そんな例外がダークエルフらしい。

 

 ダークエルフは盗賊団を見て魔物を連れた人間という特殊さに気づき、構えた剣を下ろした。

 

「話ぐらいは聞いてくれそうで助かる。エンリカに用があるんだ」

 

「……見た感じ移住とか、そういうの? だとしたら懐かしいわね、人間がそんな手助けをするなんて……」

 

 顎に曲げた人差し指の中節ほどの部分を当てて、そのダークエルフは記憶をたどるように空の方を見た。

 

「珍しい奴もいるってことだよ。で、移住はその通りだ。エンリカに移住させたい」

 

「わかったわ。後ろの五人?」

 

 ゴブリン、ラミア、ヴァンパイア、ドラゴン……ああ、アリスか。

 

 振り返ってアリスを見た。

 

「どうだろう。この機会に定住するのは──」

 

「余は違う」

 

「残念だ」

 

 さて、とんとん拍子で話を進めたい所だが、一つダークエルフに伝えなければならない情報がある。好ましくない情報だが、伝えなければならない。

 

「ただ一ついっておく。こいつらは盗賊行為を働いていた」

 

 盗賊団がぎょっとしたようにこちらを見たが、無視する。

 

「それでも移住させていいか。よく考えてくれ」

 

「……とりあえず一度村長を通すわ。じゃ、ついてきなさい」

 

 森の奥へとダークエルフは進みだした。門前払いにはならないようだ。どう転ぶかはわからないが、まあそこは説得を頑張るしかないだろう。

 

「……いってよいのか、それ」

 

 アリスが問う。まあ確かに移住の成功確率を下げるだろうが、言わない選択肢はない。

 

「いわない以外ないだろ」

 

 ただ、盗賊団も疑問や不満を持っただろうし口頭で説明することにした。

 

「これを黙っておくのはあまりにも不義理だ。わかるな?」

 

「……まあ、わかるのだ」

 

 ヴァンパイアが言った。

 

「黙っておいて、移住が成功した後にばれたら……最悪だもんね」

 

 ラミアが言った。頷いた。

 

 それは盗賊団にとって最悪だろう。重要な情報を伝えずに村に入れてしまったことになる。信用は無くなるも同然だ。

 エンリカにとっても最悪だ。村に入れた後で知るのと、前に知るとでは意味合いが全く異なるし。

 加えて俺の信用もなくなる。エンリカには恩があるからそんな不義理なことはできない。

 

「……でもさ」

 

 ゴブリンが不安そうに言葉を発した。

 

「これで移住できなかったら、どうするの」

 

「……その時は、別の場所へ行く。イリアス大陸の西方はイリアス信仰が芳しくないから、住める場所はある」

 

 そういうが、盗賊団は一様に不満そうな顔を浮かべた。

 さすがにハッタリということがわかるらしい。

 

 そこからはひたすら歩く。盗賊団が疲れた疲れたうるさいので、時々休憩を挟みながら。

 

「……」

 

 何度目かの休憩の後、ふと、ダークエルフは振り返って俺の顔を見て来た。足は止まっていない。何かを思い出すかのように、人差し指を頭に当ててぐりぐりとしている。

 

 そしてあっ、と声を出して言った。

 

「もしかしてあなた、昔エンリカへ来たことがある?」

 

「……覚えているのか」

 

 もう、下手したら十年は経つ。そんな昔で、しかも一日の滞在だった子どものことを覚えているのか。

 

「やっぱり。まあ、なんとなくだったけど……あの後大丈夫だったの……?」

 

「まあ……何とかなっている、とだけ」

 

「……? ま、なら良かったわ」

 

 ダークエルフはあまり興味がなかったのか、それ以上の追及はして来ない。また淡々と歩き始めた。

 

 そう。何とか、生きている。最低最悪な人生ではあるが、生きている。色々失ったものが多すぎるが生きている。だから何とかなっているとだけは言える。

 

 そこからは特に会話に参加することもなく歩き続け、太陽が夕日になった頃に、たどり着いた。

 

 

「さて、一応ようこそ。エンリカへ」

 

 振り返ったダークエルフは、特に歓迎する様子もなく淡々と告げた。

 

「少し待ってなさい。村長を連れて来るから」

 

 ダークエルフはそう言うと、すぐに村の奥の方へ向かう。村民と軽く挨拶をしながら進み、姿が家々やかかしの陰に隠れて見えなくなった。

 

 歩いて数時間。やっとエンリカにたどり着いた。

 

 村民はダークエルフを中心としたコミュニティだった。畑や牧場に飼われた牛などの家畜が遠くに見える。エンリカの服や薬以外にも、これらの作物を売って生計を立てているのだろう。

 

「なるほど、そういうことか……だからか……」

 

 アリスは、何か納得する様子だった。

 

 俺は──。

 

「ほとんど変わりないな……」

 

 懐かしさを覚えていた。

 

 昔、森で遭難して歩き回って、何とかたどり着いたのがこの村だったのだ。

 

 その時にこの村が魔物たちの隠れ里であること、そして村長がどういう人物かを知った。だから今回、盗賊団を連れてきたのだ。

 

 少し経つと、奥から俺たちを先導してくれたダークエルフと、また別の女性が出てきた。

 

「あなたは……」

 

「変わってないな、ミカエラさん。覚えているかわからないけど、ルカだ」

 

 奥から出てきたのは、エンリカの村長、ミカエラさんだ。緑色を中心とした服を着ている、金髪の女性。雰囲気は昔と変わらず、つんと冷めたものだった。だが決して、冷徹な人間という訳ではないとわかっている。

 

「ルカ……ですか? もうこの村に来てはいけないと、そういったはずですが……」

「まあちょっと事情がある……んだ。後ろの子どもを見れば、わかるだろう」

 

 そういうとミカエラさんは盗賊団を見る。盗賊団も視線に気づいて、俺を押しのけて前に出て来た。自分から移住の意思を伝えるようだ。

 

「えっと、その、私たち身寄りがなくて…………盗賊とかやってたんですけど……この村に住ませてくれませんか……? お願いします」

「我からもお願いしますなのだ……」

「お願いします!」

「あたしも一応お願いするのだ」

 

 全員がきちんと意思を伝える。子どもの癖に中々しっかりしているなと思った。

 

「……わかりました。ただ……ルカ、一度話をしましょう。来なさい」

「二人で?」

 

 ミカエラさんは頷くと、奥にある家へと足を進めた。あそこが一番大きい家だから、多分村長のミカエラさんの家だろう。

 

「じゃ、少し待っていてくれ。多分移住は問題ないだろうから。知り合いだし、積もる話でもあるんだろう。だからじっとしてろ」

 

「はーい」

 

 各々返事をした。だが各々、不安そうな顔をしている。一応励ましたつもりだが、効果は無に等しいだろう。俺はミカエラさんに着いていくことしかできなかった。

 

「村は変わってないと思ったが……意外と人が増えたか」

「ええ。あなたがこの村に迷い込んだ後にも、身寄りのない魔物は増え続けましたから」

 

 そう言われて見てみると、農作業をするエルフや──何の種族かわからない者など、さまざまいる。

 

 だが余り興味はないなと、後を黙って着いて行くと、ミカエラさんの家に着いた。中に案内されると、すぐに茶が出てきた。付き人らしきダークエルフが出してくれた。

 その者は俺を見て少しぎょっとして、ミカエラさんと少し会話をした後に家屋から出て行った。

 

「さて……」

 

 立ったままのミカエラさんが、俺を睨んだ。俺も立ったままだ。何だか座る気にならない。机には紅茶が二つ置かれているが、虚しく湯気を出すだけで放置されている。

 

 とりあえず、弁明から始めるかと、口を開く。

 

「……あいつらは盗賊だったが、子どもだ。魔物が生きてくためには盗むしかない。情状酌量は──」

 

「それは関係ありません。悪意があるとは思えませんから」

 

 それを聞いて、さすがミカエラさんだと思った。魔物が生きていくには、人間を襲うことや物品を盗むことしかないとわかっているようだ。

 

 では、それを理解しているなら、なぜ俺をここまで来させたのだろう。

 

「私が聞きたいのは、ルカ。あなたのことです」

 

 反応しない。意図が見えない。ミカエラさんの次の言葉を待つことにした。

 

「いったい、何があったのですか……? あなたは、あまりに変わりすぎている」

 

 そういう、ことか。

 

「…………ははは。変わらないミカエラさんと、変わった俺か」

 

 少しだけ、面白いよ。そう呟いた。

 

 冗談を言うと、視線はさらに鋭くなる。そう睨まれても仕方ないだろう。この話題は誤魔化したくなるのだ。

 

 

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「で、何があった……か」

 

「……」

 

 あれから色々あったが、結局、これが全てなのだろうと思うこと。それを告げることにした。

 

「母さんが死んだ」

 

 ミカエラさんは、眼を伏せた。

 

「……そう、ですか……。ですが、あの時私が見たあなたは、優しさそのものだった。しかし今のあなたの雰囲気はあまりに荒すぎる。まるで荒地のような……いえ、狂気すら、あなたから感じます」

 

 荒地。否定はできない。実際俺の目つきなどひどく悪いだろうし、話しかけて来る奴もそうそういない。雰囲気が過去と変わったというのは正しいのだろう。

 狂気。同じく否定できない。狂っているだろう。狂わなければ平常心を保てなかったから仕方ない。

 

 しかしそんな狂っているように見えるだろうか。ミカエラさんには(・・)が見えているのだろう。俺を通して何を、誰を見ている?

 

「あなたをここまで変えた要因は……本当にそれだけなのですか?」

「それだけって何だよ」

 

 声色は変わらなかった。いつも通りの低い声で呟いた。だが自分でも驚くくらいに冷たい音になった。

 いくらミカエラさんだとしても、あれを、母さんの死を“それだけ“なんて言葉で表現されるのは許せない。睨みつける。

 

「……ごめんなさい」

 

 ミカエラさんは目を伏せて、少し間を置いた後に謝罪した。

 

「席に、つきましょう」

「……」

 

 席に座った。紅茶を一口飲んだ。毒の心配をする必要がないのは楽だ。

 

「……では、他に、何かあったのではないですか?」

 

「……」

 

 神父が悩める子羊に説法するような声色で、ミカエラさんは言った。

 

 少し、過去を振り返ってみる。

 

 あの時、偶然エンリカにたどり着いて、ミカエラさんと出会ったとき。確かにあの時は、勇者になれる素質を秘めた、将来有望な奴だったかもしれない。

 

 今はこんなものだが。

 

「……いわないとどうせ、移住を認めないとか、そんな感じな気がするな……」

 

「……どうでしょう。あなた次第……とだけは」

 

 ほぼその通りと言ったようなものだ。

 ミカエラさんはつまり、俺がこうなった一番の要因を言えと、そう言っているのだろう。

 

 ならば言うべきは一つしかない。

 俺をこうした──母さんの遺言を破らせた、おぞましいほど最低最悪な行為。ずっとずっと残り続けている、後悔。そしてそんな後悔を押さえつける、やり場のない怒り、激情でどこか誤魔化している、償うべき過去。

 

 俺がこうなった一番の要因は、結局──。

 

「……人を、殺した」

 

 がしゃり──カップが、手からすべり落ちた。それから流れ出た液体は染みることなく広がって、机に小さな水たまりをつくる。次第に机から流れて、床にぽたぽたとこぼれ始めた。

 

 俺が、ミカエラさんの気迫に当てられて、落とした。

 

「…………」

 

 ミカエラさんは、今にも人を殺しそうだった。

 

(……まずいな本気で怒らしたらしい)

 

 表情は変わっていないが、眼の光が消えている。目つきから鋼鉄の剣のような冷たさを感じる。背中に嫌な汗が浮き出てきて、夏場のように下着が背中に張り付いた。

 

「一応、正直な、事実だ。俺の誠意は、示した……移住は?」

 

 恐る恐る、尋ねる。何か言葉を発した瞬間に、俺の頭と胴体が泣き別れしてもおかしくはない。

 

 これはいい経験になったと、心の中で喜んだ。アリスともグランベリアとも違う強さを、ミカエラさんから感じた。

 

「……もう一つだけ、聞きます。なぜ、あの子たちを助けるのですか?」

 

 そう問われて、少しほっとする。まだ可能性はある。張りつめていた空気が和らぐのを感じた。

 

「もしも嘘をいえば……」

 

 その後に続く言葉はなかった。答えには気をつけろと、どうせ嘘など通じないのだから本音を言えと、そういう事だ。

 

「……理由か」

 

 少し間を置いて、何から言うべきか考えて言葉を探す。何故、あいつらを、盗賊団の手助けをするのか──。

 

 情ができたから。

 

 それは否定できない。だが別に仲良しではないのだ。実際名前も告げ合っていない。まあ互いの名前は知らない訳じゃないが、わざわざ呼ぼうと思わない程度の関係。“それ”とか“あいつ”みたいな指示語で済ませる関係。

 

 だというのに、あいつらに少しでも情を感じている自分がいるのが非常に気に入らない。矛盾しているだろう。

 

 そして、それを周りに知られて、俺自身も認めること。

 

 この両方が揃うことを許してはならない。そうなるくらいならば移住させるなど大人しく諦める。まだ何もせず放っておく。そちらの方が良い。

 

「……いうよ……なぜ、あいつらを助けるのか」

 

 だから、本音は部分的だ。くだらない情だとか何だの部分は決して見せない。憤りの熱で水分を飛ばすつもりで、言葉を考える。

 

 その結果出て来たのは、こんな言葉だった。

 

「理不尽が、嫌いだからだ」

 

 そう言うと、ミカエラさんの細められた目が、やや見開いた。

 

「それは──理不尽なんていうのは、唾棄すべき悪で、そんなものにあいつ達が蹂躙されるのは、胸糞が悪い、と思った」

 

 これは人間として当然の感情だろうと思う。理不尽によって子どもが最悪な目に合うのは不条理で、理不尽だ。それに憤るのは万人にとって共通だろう。

 

「……あいつらは盗賊行為を働いていた。その報復で死ぬかもしれなかった。だから、今日ここに連れて来た」

 

「しかしそれは、理不尽の結果ではないのでは? 因果応報はこの世の摂理でしょう」

 

「ああ。そこだけ見れば報復は理不尽ではなくて、明確な因果関係に基づいた結果でしかない──だが」

 

 言葉と言葉をつなぐ。

 

「根本的な悪を、見ていない。盗賊行為をするしか生きていけなかった──そんな風にした世界の方が悪い」

 

 この問題は、魔物と人間という種族によって生じる。

 

 もしも盗賊団が人間の子どもであったならば、アミラが真面目な顔して俺に依頼する事態にならないだろう。すぐに捕縛されて孤児院にでもぶち込まれる。何にせよ生きていける。

 

 だが魔物の盗賊団というだけで、冗談では済まなくなる。イリアス教の教えによって人々の根底にある意識に、魔物は恐ろしく、不浄なものという認識が根付いているからだ。これによって先の人間の例のような冗談で済まず、討伐隊が結成されて本格的な報復が起こる。

 

 これは間違いなく世界が悪い。盗賊団も人間と同じ子どもであるにも関わらず、実際盗んではいるが、きっと殺される。

 

 魔物か、人間か。もしくは、少数か、大多数か。異端か、正常か。この差で生存の難易度は著しく変わるのだ。

 

 つくづく思う。

 

 そんな理不尽こそ、殺されるべきだ。その程度の違いで生死が分かたれるなど許してたまるか。

 

 拳を握りしめた。骨がばきりと音を立てた。

 

 この理不尽がイリアスによって作られたものであるという点も、苛立ちに拍車をかける。結局、イリアスだ。くだらないイリアスの教義が世界をごみの箱庭にしている。

 

「だから……ああ、俺は結局、怒っている。むしゃくしゃをぶつけている。ふざけるなと吠えている。許してはならないと、奮い立っている、だけだ」

 

 今度は強がりではない。強固たる不抜の意志で以って、ミカエラさんを睨み返した。この人を通して、誰かを見るように。

 

「あいつらを助けて、その上で“理不尽”に中指を立ててやろうと思う。“今すぐ消えろ”と」

 

 それがたぶん、俺がやりたかったことだった。動機だった。

 

「期待する回答じゃないだろう。俺のただ俺のために、俺の胸糞を解消したいがために、世界へ(いか)っていて、それに巻き込まれたのがあいつらだった……それだけだよ」

 

 そう。俺のためなのだ。あいつらを助けるのは。

 

 あいつらを、俺のようにしてはならないと思ったから。そうなる盗賊団を見たくないから、助ける。情けは人の為ならず──自分のため。

 

 伝えたいことは大体終わった。ミカエラさんは何も言わない。永遠にも感じる間が空く。

 

 その後に、ミカエラさんは物憂げにこちらを見て、口を開き──

 

「そうですか……移住は──」

「だがそれでも移住は認めてもらう。俺はあいつらの保護者じゃない。あいつらを偶々ここに連れて来た、無関係同然の人間だ」

 

 静かな声色を押しつぶすように、強い口調で遮った。

 

「そもそも俺がどういう人間かは、あいつらがどういう魔物かに関係ないだろ」

 

 ここで、ある最低な説得を思いつく。ミカエラさんが俺の変化に敏感だったのは、昔の俺を知っているためだ。十年に近いほどの昔を知っているためだ。これが大事になる。

 

「確かに盗賊だ。犯罪だ。魔物だ。だが子どもだ。俺ではなくてあいつらを見てくれ。よく見ればわかるはずだろう」

 

 語尾が少しだけ上ずった声になった。

 

「あいつらはただ、居場所を求めて、助けを求めてここにたどり着いた。あの時の俺と、何ら変わらない子どもだ」

 

 あの時。数年前。俺がずっと小さかった頃。無力だった頃。勘を頼りにここにたどり着いた時。

 

「俺はあなたに助けてもらった。そしてあいつらはあの時の俺と同じ子どもだ。助ける相手を選別するなんてあなたのすることじゃない」

 

「……私は、そんな良い者ではありませんよ」

 

「いいや、あなたは良い人間だ。良い人間のままのはずだ。だって──」

 

 ここからが、最低だ。

 

「俺が変わったことに対して怒ったあなたが、あなた自身が変わってしまって、盗賊団を助けないなんておかしいはずだ。人のことなんて、いえなくなるはずだ」

 

 まあ、要するに……俺が悪い方に変わったことに怒った癖に、自分も悪い方へ変わってるなんて、ありえないだろうという……最低な説得だ。

 

(受けた恩とか、全部無視だ。ものすごく失礼だ。非常に最低だ。さらに怒らせるだけかもしれない……)

 

「……」

 

 ミカエラさんは黙って俺を睨んでいる。感情が読めないが、何にせよ最後の一手が必要らしい。

 

 しかしもう打てる言葉は、考え得る言い訳の言葉は俺の中には残っていない。

 

「まあ、そういう訳で、あいつらを……」

 

 だから結局。

 

「……助けてやって欲しい。頼むよ」

 

 お願いをした。結局のところ最後の手段はこれである。最後のお願いだ。

 

(……別にこれは情を持ったからとかは関係ない行動だ。ここまで話して移住を認めないという結果を得るくらいなら、少しのプライドを捨てるくらいは厭わなかった。それだけだ)

 

 窓がおそらく風でがたりと揺れた。隙間風は遮られたのか感じなかった。

 

「……」

 

 ミカエラさんはため息をついて、茶を口に含んだ。そして凛とした表情をして俺を見て、言う。

 

「……本当は、認めるも何もありません。あなたが何をいっても、身寄りのない魔物を拒むことはできませんから。ここは隠れ里エンリカ、居場所のない者が住む村です」

 

「……」

 

 じゃああんな長々と吐きたくもない台詞を吐く必要はなかったじゃないか──という言葉は、ひっこめた。

 

「……まあならいいや。じゃあよろしく」

 

 立ち上がった。こぼした紅茶をふこうか目で尋ねたが、そっちでやってくれるようだ。

 

「ルカ……」

 

 ミカエラさんも立ち上がり、俺を見つめて名前を呼んだ。そしてすぐに目を下に落として、意を決したように、

 

「……ごめんなさい。私は、あなたを──あなた達を助けることができなかった。今は、それだけしかいえないのです。本当に、ごめんなさい」

 

 ミカエラさんは丁寧に謝罪をした。

 しかし謝罪されるいわれはない。だからすぐにフォローする。

 

「俺は、あなたを恨んだことはない。薬を貰えただけで俺は十分救われた」

 

 そう。あの時、薬草を求めて偶然この村にたどり着き、ミカエラさんから薬を貰えたその時に、俺はもう救われていた。

 久方ぶりの人の優しさに触れることができて、本当に嬉しかったのだ。

 

「まあだから、謝らないでくれ。納得してるんだ、俺は」

 

 そう言って扉を開けた……瞬間に、視界の隅で動く影がいくつかあった。

 

「……あ、お前ら。じっとしてろって…………」

 

 盗賊団がいた。アリスもいた。俺が開けた瞬間に、その集団は引っ付いていた窓から飛び跳ねて、家屋から離れたようだ。

 

 なんだか全員顔が赤い。ここまで来るのに歩きすぎて熱でも出た──いや、まさか。

 

「まさか──聞いたのか」

 

「……うが」

 

 対照的に俺の顔は青くなる。

 

 地面が薄氷を踏んだように砕け、螺旋を描くようにぐるぐると落下していく感覚がある。足の裏から嫌な汗が漏れ出て来た。絶望的な気分になった。

 

 あんな言葉の数々を聞かれたという事実に、打ち震えた。盗賊団はもう会わないからいいが、アリスに聞かれたというのが最悪だ。

 

「ねえ……名前」

 

 俺が黙って立ち尽くしていると、ラミアが言った。

 

「教えてよ。結局、知り合ってない……から」

 

「……」

 

 その後のことは……あまり言いたくない。今更名前を言い合うという、意味わからない最悪のこっ恥ずかしい雰囲気になったとだけ。

 

 

 森の中。木々と木々の間にちょうどいいスペースを見つけたルカたちは、焚火を囲んでいた。

 

 エンリカを出て小一時間が経ち、日が沈んだ。今日中に森を出るのは不可能だろうと判断して、二人はここで野営することにした。

 

 そして野菜などを、アリスが獲ってきたネズミの肉と炒めて食べている最中だ。ネズミを(さば)くのはルカがやった。

 

 味付けは薄めの塩と胡椒である。調理器具は小さめの鉄板で、炒めやすいよう円形で、へりがついた加工をされている。また木の持ち手がついていた。

 

 皿はないので鉄板から直にそれぞれフォークでつまんでいる。ルカはしかめ面で口に運んでいるが、アリスは目に見えて上機嫌だった。ルカは、やはりアリスは蛇だからネズミが好きなのだろうかと思った。

 

 食べ終えると、ルカは鉄板を近くの小川で洗う。小川といっても底が十数センチはある。十分な水量があった。

 

「……しかし貴様」

 

 洗い物をしているルカに向けてアリスが言った。すっかり暗いからルカの様子は確認しづらいが、ぴたりと動きが止まったように見えた。

 

「意外と優しい──って、何をする貴様……!」

 

 ルカは鉄板をアリスに向けて投げつけた。アリスは慌てて体を傾けて躱した。水しぶきが顔の上でぱちぱちと弾けた。鉄板はアリスが背中を預けていた木にめり込む。

 

「うるさい。お前はさっさと消えたらどうだ」

 

「……なぜそうなる」

 

「俺はお前が思うような人間じゃない。冷酷な奴だ。あと一人の方が気楽でいい」

 

 本気で言っているのだろうか、この男。アリスはめり込んだ鉄板を投げ返しながら思った。

 

(冷酷な人間があんな必死そうな顔で頼むものか)

 

 窓から除いて全て見ていた。あの時のルカは普段と全く違う顔をしていた。

 

 アリスは呆れたからわざわざ反論するのはやめた。代わりに、もう一度聞いてみたいことがあった。答えが半分わかったような問いだが、念のためである。

 

「ルカ。貴様は魔物を敵だといったが……魔物全てが敵なのか?」

 

 鉄板をキャッチできず頭に当たり、たんこぶを作ったルカが涙目で返答する。

 

「そんなわけないだろ。魔物全てが敵なら見境なく倒している」

 

「…………ならば基準はあるのか?」

 

「……普通に、知り合いでもない奴が襲って来たら敵だ。襲って来なければどうでもいい。が、大半は敵だから、あの時はああやって答えた」

 

 地獄の底から吹いて来たようなため息をアリスはついた。ルカは何だこいつといった顔をした。

 

 もういい加減わかる。わかってしまう。

 

 この男は、優しいのだ。

 

 普段の行動からも見え隠れしていたそれは、この一件で完全に露呈した。

 

 無論表面的なことをいっているのではない。深層部分のこと。この男はたぶん冷たさや厳しさで表層を覆って、深層の暖かさと優しさを隠している。

 

 先の新米勇者との会話でも、別に放っておけばいいだろうに、わざわざ自分のようになるなと明確な行動でも示した。今日の盗賊団の件も、冷静に見ればほとんどの行動が彼女らのためのものだ。

 

 ルカの本質は表面的なものから読み取れるものと、全く異なると言って良いかもしれない。

 

 だがここで疑問ができる。何故そんなことをする必要があるのか。

 

(……勇者では、ないから?)

 

 ルカが言った、俺は勇者じゃない、という言葉。

 

 だが優しさは持っている。強さも十分にある。見た目や雰囲気は確かに勇者的ではない。だが本質的なものが、たぶん勇者だ。

 

 逆になぜ勇者じゃないと言い張るのだろうか。アリスはぱちぱちと音を立てる焚火を眺めながら考える。

 

 洗礼を受けなければならないから? 単純に勇者が嫌いだから?

 

 前者は納得できる。勇者であると世間に認められれば、洗礼を受けた勇者と思われてもおかしくない。そうなればルカはイリアスの信仰者と認識されるだろう。それはルカの言動から考えて望まない結果のはずだ。

 

 後者は、なんとも言えない。勇者そのものを嫌っている……だろうか? ”ルカ自身にとって勇者らしくない勇者”を嫌っているようには見えるが、ハインリヒのような勇者の中の勇者を、ルカが嫌いになるとは思わない。

 

(……そういえば)

 

 イリアスベルクで、間違えたから勇者にはなれない、と言っていた。

 

(ルカは何を間違えた? どう道を外した? 一体何────人を、殺したのか)

 

 人を殺した。

 ミカエラという村長の前で確かに言っていた。

 

 これがルカの中で物凄く大きな『しがらみ』になっているのではないか。何をするにしても、その過去が現在の自分の行動を否定する。優しさから来る行動であっても、人を殺めた過去があるから、その行動は偽であると思ってしまう。

 

 ルカは今、自身を冷酷な人間と言った。

 実際、優しい人間が人を殺すか。場合によるとしか言えないが、おそらくルカにとって殺人は優しい人間のすることではなく、勇者のすることでもないのだ。

 

 だからルカは己を冷酷な人間と、勇者でないと言い張っている。アリスはそう推測する。

 

(だが……ならば、何故貴様は旅に出る?)

 

 勇者になれない人間が、旅に出る理由。イリアスが嫌いで、魔物を敵だというが嫌いではなくて、とにかく強さを求める理由。

 

 出会ったその日に尋ねた、今も答えは得られていない問い。旅に出る目的。

 

(今ならば抽象的な答えだが、浮かぶ……が)

 

 想像できる。ルカの目的。これまでの会話から、観察から得た情報を組み合わせて言えること。

 

(しかし、さすがに……)

 

 だが、そんなことはあり得ないと頭が否定する。不可能だ。どうやっても無理だ。どんな紆余曲折を経ればそんな目的ができるというのだ。

 

 あり得ない──だがルカならば、可能性があると不思議と納得してしまう。弱みを見せない態度のせいか、いつでも強気な姿勢のせいか。実力のことは一切無視して、思えてしまう。

 

(イリアスを、倒すための……旅?)

 

 あり得ない。不可能的すぎて、すぐに否定したくなる。何より自分が不可能だと思ったことを、この男がやろうと言うのは、何だか癪に触った。

 

 だが今の情報だけではこれ以外に浮かばなかった。

 

 思考はここまでにしよう。今日はこれ以上進まない気がした。アリスは焚火から目を離した。

 

 ルカは焚火から2,3メートル離れた、苔むした倒木の幹に頭を預けるように寝転がり、ぼうっと空を見ていた。もうすっかり暗い。空には月があって、その周りを囲むように星が散りばめられていた。

 

 その顔は焚火で照らされている。陰影がしっかり浮き出ていた。顔の凹凸から髪、まつげの細い影までアリスの眼にはよく見えた。じっと見ていると普段は見えないことが見えて来る。だがルカの考えていることはわからない。

 

「ああ、そうだ」

 

 ルカは唐突にアリスへ顔を向けた。アリスはびくっとして目を背けた。じっと見ていたというのがばれるのは何だか恥ずかしいからだ。

 

「もうイリアスポートに行こうと思うが、文句はあるか」

 

「イリアス大陸を出るということか……少し待て」

 

 もう少し言い方があるだろうとアリスは思った。だが言葉遣いの文句を今更言ってもしょうがないので飲み込み、行くべき所はなかったかと、ガイドブックを開いた。イリアス大陸は決して狭い訳ではないから、もう少し回りたいが……。

 

「そうだ。ハピネス村というのに行ってみたい」

 

 アリスは、ぽんと手の平を拳の下側で叩いた。

 

 村の特産品であるらしいハピネス蜜が気になっていたのだ。魔王城にいた頃は教育係が外に出してくれなかったから、このガイドブックで旅行した気分を味わっていた。そこで見つけて、気になっていたのがこれだった。

 

「そうか。じゃあイリアスポートに…………痛い。やめろ。わかった、次はハピネス村に行こう」

「初めからそうしろ……」

 

 アリスは腕を組んで不満そうに眼をつむった。ルカをびしばし叩くため伸びていた尻尾の先がしゅるりとアリスの方へ戻る。

 

「でも、あんな所に何の用があるんだ。行く意味はないぞ」

 

 ルカは不思議そうに叩かれた箇所をさすった。

 

「それがあるかないかは余が決める」

「そうか。そうだな。じゃあハピネス村でいい」

 

 ……なんだか、今日のルカはおかしいとアリスは思った。いつもよりは素直で、気を張っていない。鉄板も躱さなかったし、尻尾の叩きも防御しなかった。昨日のルカならばどちらも真面目に対処している。

 

(……ルカの中で盗賊団というのは、けっこう大きな存在だったのだろう。だが信頼する者に預けたことで、心配をしなくて良くなった。だから安心して……気が緩んだ、とかだろうか)

 

 まあ、いいかとアリスは思う。そろそろ眠たくなって来た。だから水浴びをして寝ようと、ずるずると小川の方へ向かった。

 

 小川に薄い色の月がゆらゆらと浮かんでいる。穏やかな川の流れに合わせて、映る月が風に煽られる旗のように揺らめいていた。

 

 それを見たアリスはふと、振り返る。ルカはさっきと同じように寝そべっていて、顔が見えないから目が開いているかわからない。

 

(……そういえばルカも、この世界が嫌なのか)

 

 ミカエラとの会話の中で、そのようなことを言っていた気がする。でもそれはきっと、アリス自身が望むようなものではないのだろう。

 

 でも──

 

(どこか余と共通していたらいいな)

 

 そんなことを思って、そこでアリスは、ルカもこの月を見ているのだろうかと思った。

 

 アリスは川を見ている。ルカは空を見上げている。

 

 川に映る月と、空に浮かぶ月。見ている場所や姿は違っても、本質は変わらない。

 

 もしそうだったならば、不思議と嬉しくなった。

 

 

 エンリカ。村長宅。

 

 ぎい、と椅子に背中を預け、軽く伸びをしたミカエラは、今日のことを思っていた。

 

「……」

 

 ──きっと、大丈夫。

 

 新しく来た住民に、この村の規則やルールなどを教えて今日はとりあえず終わった。明日からはきちんとした倫理観を教え込まなければならない。道徳はとても大切だ。とりあえず人の者を盗んではならない、から教え込むつもりだ。

 

 そして職務を終わらせて、一息ついた。そこで家屋から外に出る。

 

 月を見上げた。そして口を開いた。誰かに届けるような微笑みで。

 

「彼は、ルカは、大丈夫ですよ……」

 

 率直な感想だ。ミカエラは当初、ルカを見て、変わった原因を聞いて一瞬“どうするか”迷った。ずっと昔に仲間からも冷酷だと、そう言われていた頃に戻りかけるほどに、彼の変容振りは衝撃的だったのだ。

 

 でも、最終的には大丈夫だと結論づけた。確かにルカは、血が血だ。

 持って生まれた血のつながり──そこに秘めた凶悪さが発露したかと、不安になった。

 

「……きっと、人を殺した。そこにも込み入った事情があるのでしょう……」

 

 彼の言動を見れば、わかる。彼は決して妹のように血と暴力に支配されることはない。ルカはあの時と同じだ。自分以外の誰かを思える人間だ。

 

 ルカは言った。理不尽を嫌う。それは他者を思うが故のことのはずだ。当人は自分のためと言い張っていたが……人間は、“自分のため”だけでは力強く行動できない生き物だ。

 

 過去にも、彼は自分の身を顧みずにこの村へ来た。今日も、魔物の子どもを助けるためにここへ来た。本質は何も変わっていないのだ。

 

 それにルカはまだ、あの指輪──形見の指輪をつけていた。ならきっと大丈夫なはずだ。

 

「だから、安心して眠りなさい。あなたたちの子どもはとても立派に育っているのだから」

 

 ねえ、愛しき妹夫婦よ──。

 

 そう夜空へ問いかけた。

 

 今夜は、月がいっそう輝いていた。

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