ベルセルクのルカさん   作:あとば

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第9話『洞窟』

 ハピネス村を発った俺たちは、翌日にはイリアスポートに着いた。

 

 そこからいよいよ、セントラ大陸へ向かう予定、だったが……。

 

 俺とアリスは、闇に包まれながら火を囲んでいた。

 

 色々予想外なことがあって、俺たちはイリアスポートから離れた洞窟へ向かっていた。しかし途中で暗くなったので野営している最中だ。

 

「しかし予想外だったよ。まさか妖魔のせいで船が出せないとは」

 

「……」

 

 何故こうなったかと言うと、話は数時間前に遡る。

 

 俺たちは、昼頃イリアスポートへたどり着いた。まずは宿で落ち着く予定だったのだ。

 

 しかし町を見渡しても、活気がない。

 港町なのに商人の数が少ないし、港に泊めてある船の数も多い。イリアス大陸一番の港町にしては活気が全く感じられない。

 

 いちおう状況を小耳に挟んだことはあったが、町人に詳しい話を聞いてみるとよくわかった。船を出す度に必ず嵐が起きて、船が沈められるという問題が起こっていたのだ。

 

 それは自然災害なのかと呟いた所、アリスはこの事態について知っているようで『とある強力な妖魔の仕業』と言った。だが詳細なことは言わなかった。

 

 そういう訳で足止めされ、じゃあ戦うかと準備しようとした所で──知り合いの蛇がやってきた。

 

 アミラだ。

 

 どうやら問題解決に有益な情報を持っているらしく、それを伝えるため来たらしい。

 後、どうでもいいことだがアリスをやけに敵視していた。同じ蛇の要素を持つ者同士、同族嫌悪的な何かがあるのかもしれない。

 

 アミラの持ってきた情報というのが『秘宝の洞窟』の情報だ。昔セレーネという海賊が自分の宝を隠したらしい。

 

 そしてそこに隠されている秘宝の一つ『海神の鈴』は、どれだけ波が荒れても、その鈴を船頭につけた船は沈まないという代物のようだ。

 

 正直眉唾ものだが、嵐を起こして来る魔物の対処法を考えるのも面倒だったため、とりあえずその情報を頼ることにした。

 

 そして俺たちは秘宝の洞窟へ向かった。……が、意外と距離があったので野営している最中なのであった。

 

「さて……素振りして寝るか……」

 

 そんな感じのことを日記に記録し、適当に体を動かしてから寝ることに決めた。

 

 俺は素振りをするために指輪を外した。いつの間にかヒビが入っていたのだ。母さんの形見の品だ。いつでも外すなと言われているが、壊すよりはましだと思って外した。

 

 指輪を丁寧に布で包んで鞄にしまって、素振りをするため焚火から離れると、アリスが口を挟んで来た。

 

「……ルカ。貴様はまず、肉体や技より先に精神を鍛えるべきだ」

 

「……何だいきなり」

 

 これまでメンタル面の不足を感じたことがない。心が折れるとか、戦いを恐れるとか、そういった精神の弱さで悩んだ覚えはここ最近ないのだ。だから鍛えろと言われてもやる気は起こらない。

 

「人の身としての肉体は十分に鍛えられている。これ以上は伸び悩むだろう」

 

「……それは」

 

 その指摘はもっともだ。この先大きく伸びることはないだろう。だが無駄ではないはずだ。しかし反論する前にアリスは言葉を続けた。

 

「事実として精神力は足りていないだろう。貴様は心の制御が苦手のようだし」

 

「……そうか? そんなことないと──」

 

「瞑想。貴様、戦闘中にできないだろう。戦闘中で使えるならば、グランベリアとの戦いであんなボロボロにならんはずだ」

 

 意外な所を突かれた。まあ、その通りではあるが、そうは言っても……。

 

「といっても、戦闘中に瞑想するなんて、できるか?」

 

「堕天使エリゴーラはいつでも瞑想を行い傷が癒せたと──」

 

「わかったよ。俺は未熟だ。もういいだろ」

 

 一体どんな堕天使だったのだろうか。とりあえず堕天使ならイリアスから離反したということだろうし、気は合いそうだ。

 

 だが戦闘中に瞑想か……できるイメージが全く湧かない。

 

「いずれにせよ、余に勝つには必須だぞ。自己回復手段は必須だ。あと、精神力を鍛えれば魔眼もいずれ効かなくなる」

 

「……まあ、わかった。覚えておくよ」

 

 しぶしぶ同意した。

 

 だが内心では納得が多い。確かにアリスは魔眼を使える。麻痺や睡眠など、非常に厄介な術の数々を。

 

 アリスに勝つためにはこの魔眼の克服は必須だし、アリス以外の魔物も魔眼を使える可能性はある。そう考えると、精神力を鍛えることにもやる気が出て来る。

 

 だが、捨て置けない言葉をアリスは言い放った。

 

 アリスは“自分”に勝つには、と言った。

 

 この助言は何のためだ。自分を倒させようとする奴などいるか?

 

 そもそも、結局のところ何故ついて来るのか不明だ。

 

 世界を見るためとか、俺に興味があるとか言っていたが、その果てに何がある。何の目的がある? 本当に俺に興味があるだけの奴には見えない。

 

 こいつは結局、何がしたい。

 

 こいつは、俺に何をさせようとしている?

 

 アリスを見た。ふんふん鼻歌交じりに五百年前のガイドブックを読んでいる。気味が悪くなるほど上機嫌だ。

 

「……」

 

 俺は小さく舌打ちをして、不愉快を紛らわすように歯を嚙み締めた。目的が不明だから気味が悪いし、明らかに格下の扱いで気に食わない。

 

 敵として、脅威として認識されていないのだ。

 

 つまり──対等じゃない。

 

 もちろん仲良くなりたいとか、信頼し合うとか、そんなのは求めていない。

 

 たぶん、格を同じ位にしたい。今は純粋に生物として格が劣っている。蛇とネズミだ。人間と蟷螂だ。相手にされていない。

 

 それをひどく不愉快に思う。体に熱が籠る。今すぐにでも体を動かしたくなった。

 

 とりあえず素振りした後に瞑想でもするかと、強く木刀を握りしめた。

 

 

 早朝。

 秘宝の洞窟にたどり着いた俺たちは、即座に内部へと侵入した。

 

「……やけにあぶらあげの──狐の匂いがする」

 

「狐か。その手の魔物でもいるのか……?」

 

 アリスが洞窟に入った直後、一呼吸して言った。

 あぶらあげと狐の匂いは似ているようだ。アリスの嗅覚は人間より鋭敏なようで、俺はそんな匂いは全く感じなかった。

 

 まあ、何が出て来ても戦うだけだろう。奥へと進んでいく。

 

 洞窟は突き当たりが見える程度には明るい。また思いのほか綺麗だ。もっとゴツゴツした岩肌で、地面の高低差も激しい洞窟を想像していたが、やけに整えられている。海賊たちが手入れしたのだろうか。

 

 そのまま特に何事もなく、平穏に洞窟を進んでいくと──突き当たりで何かが動いた!

 

「今、何かが横ぎったな」

 

「う、うむ……あれは──なんだ、魔物か」

 

 早く片付けろ、とアリスは言って下がった。何故かアリスは挙動不審だった。

 

「で……戦う気はあるか?」

 

 そう言うと、耳がぴょこりと隅から飛び出て、そろりと魔物が顔を出した。

 

 妖狐が現れた!

 

「に、人間が現れた……どどど、どうしよう……」

 

 現れた魔物は、まだ幼く見えた。髪色が銀色で、人の子供のような体に和服を着て、耳が狐のそれになっている。また後ろには二本の尻尾が生えている。

 

 とりあえず木刀を構えるが──非常に面倒くさい。

 

 まともに戦えるのだろうか、この魔物は。この立ち振る舞いが演技の可能性は捨てきれないが、明らかに戦いに慣れていないように見える。

 

「狐、二尾か……おい」

「ひゃい!」

 

 呼びかけると裏返った返事をした。

 確か妖狐は尻尾が多いほど強いはずだ。しかしこの魔物は二本。人で言うなら子どもが歩き出したくらいだろうか。

 

「戦う気がないなら消えてくれ。向かってくるなら斬る。五秒で決めろ」

 

「え、ええと…………に、人間に『海神の鈴』を渡すなっていうので来てるんだから、ここは通さないよ!」

 

 それを聞いて、良い情報を落としてくれたなと思った。

 

 まず、この洞窟が生息地ではないようだ。命令されてこの洞窟にいるらしい。となると二尾の他にも狐が来ていると見ていい。

 

 しかし命令されて来たと言った。誰に? 魔王か、狐のクイーンとかだろう。だとするなら嵐による海上封鎖も魔王軍か。

 

「な、なに……来ないの」

 

「……ん、いや、別に。で、戦うんだったか」

 

 思考を切った。何だか緊張感がなく、そのせいで考え事にふけっていたのだ。

 

 ……いや、これがあれか、アリスの言っていた精神力の弱さか。敵を前にして油断している。見た目で判断して油断するのは明らかに危険だ。

 

「そ、そうだよ……よ、よーし、ここは最終奥義を……」

 

「……早くないか?」

 

「い、いいの! むしろ出し惜しむ方が変だもんね!」

 

 それは確かにと同意できる。その奥義を出せば勝てるというなら、初めから出せという話だし。出し惜しんで負けたなんて笑い話にもならない。

 

「お月さまふたつ! てやああ!」

 

 妖狐は勢いよく叫び、技を繰り出した。

 

 二尾の尻尾がふわふわと宙を舞い、股間に向かって飛んでくる!

 

 しかし──。

 

「…………」

 

 適当に木刀で叩き落としてやると、ぽすんと尻尾は地面に落ちた。取り外し可能というのは驚きだが……それだけだった。

 

 次はどうするんだと、尻尾と妖狐を交互に見る。ぽかんとしている妖狐は──。

 

「……うん! むり! あたしにげる!」

 

 逃げ出すらしい。頭を空にしたような口調で妖狐は言った。そして取れた二つの尻尾を拾い、胸に抱えてそそくさと洞窟の奥部へ駆けて行った。

 

「狐、か……たまもめ、面倒なことをしおって……」

 

 いつの間にかアリスが後ろに立っている。何か事情を知っているらしい。たまも、という人物が関係しているようだ。……聞いたことのある名前な気がする。

 

「あの狐は、海神の鈴を渡さない、といっていたな……守りに来たのか?」

 

「おそらくそうだろう。……これは憶測になるが、今までこの洞窟を踏破し、海神の鈴を手に入れるような人間がいなかったのだろうな。だから放置されていた」

 

「ああ、なるほど。でも俺がここに来てしまった。だから焦って確保しようとしてると」

 

 結構魔王軍は杜撰なようだ。初めから回収しておけば打つ手なしだったのに。

 

「で、それを命令しているのが『たまも』なのか? ……たまも? 魔王軍四天王のか」

 

 アリスがさっき平然と口にしたから気づかなかったが、たまもとは四天王の一角だ。『グランベリア』を筆頭に、『アルマエルマ』『エルベティエ』そして『たまも』。新聞に何度か載っていた。

 

「……そうなるな」

 

「そうか。いるのか、奥に?」

 

 アリスは答えない。まあいるのだろう。

 

 俺は意気揚々と進みだした。

 

「……怖気づかんのか?」

 

「別に。遅いか早いかだ」

 

 どうせいつか戦うことになる。敵の情報は早めに知った方が助かるのだ。

 

「さあ急ぐぞ。鈴を奪われる訳にはいかない」

 

「……ああ、そうしよう」

 

 アリスは何かに気づいたのか、少しの間思案顔をしていたが、急かしたためか、切り上げて着いてきた。

 

 ああ、そうか。今の言葉は確かに、おかしいな。俺の目的に近い言葉だ。薄々アリスも気づいているかもしれない。

 

 でもお前だけじゃない。俺だって馬鹿じゃない。いくつか、お前に関して気づいてることはあるよ。

 

 例えば──アリスはなんで、嵐を起こしている原因が”とある強力な妖魔の仕業“とわかったのだろう、とか。

 

「……」

 

 やはり“そう“なのか。色々おかしな点はあったが……ならば、俺はどうすれば──いや、いい。

 

 記憶を塞いで、一旦忘れる。他事だ。今はこの洞窟の攻略に集中しよう。

 

 罠にも注意を向けつつ、早足で洞窟を進んでいく。途中で、岩が転がっていたり、落とし穴が口を開けていたり、とげ付き鉄球が粉々に砕かれているなど、物騒な光景が広がっている場所が多々あった。

 

「たまもという奴は、ご丁寧に罠を踏んでくれてるのか……楽ではあるが、気が抜けないな──おっと、まずい、おい」

 

「わかっている」

 

 俺とアリスは物陰に隠れる。触手が生えた魔物がすぐそこまで来ていた。あのまま進んでいたら見つかっていただろう。

 

 その魔物は、物陰に隠れ息を潜めた俺たちに気づかず、去っていった。念のため数十秒ほどじっとした後、物陰から体を出す。

 

「貴様、逃げることができたのだな……」

 

「逃げないなんてポリシーはない。俺と相手の実力差がひどい時は、割と逃げてる」

 

 アリスが心底意外そうに言った。でも的外れではない。今だって急いでいなかったり、あの魔物がもう少し強ければ戦っていただろう。基本的に逃げない。

 

 多分、逃げていい時と、逃げて駄目な時がある。前者は今のような時で、後者はイリアスベルクのような時だ。

 

 違いは、敵の強さだろう。俺よりも強い者から逃げたら、戦士として死んでしまうからできない。

 

 だが弱い奴ならば戦っても大した経験にならないし、殺さないよう気を使う必要も出てくるし、疲れるのだ。

 

 アリスもそういうことはないだろうかと尋ねてみることにした。

 

「弱い奴と戦うというのは、割と疲れるんだ。お前もわかるだろ?」

 

「……それは、貴様が変な所で甘いだけだろう」

 

 意味がよく理解できなかった。相手の実力がこちらより劣る時、気を使って戦うのは普通ではないのだろうか。

 

「……? どういう意味──」

 

 とりあえず、何を言っているのだと問いただそうとした所で──

 

「助けてーっ!」

 

 叫び声が聞こえて来た。先ほどの妖狐の声だ。

 

 声のする方へ駆けていくと、広めの通路の真ん中で、妖狐が宙ずりになっていた。妖狐の周りには、キラキラ光る線が張ってあった。

 

 目を凝らしてみると、巨大な蜘蛛の巣だとわかった。この通路の天井はやけに広く、上には黒い影が見える。それが長い脚を蠢かせていた。あれが巣の主と見て間違いないだろう。

 

 どうやら魔物の罠にあの妖狐は引っかかってしまったらしい。

 

「……普通ひっかかるか?」

 

 妖狐は必死にもがいているが、動けば動くほど糸が絡みついてしまう。蜘蛛の糸というのは意外と強靭だ。一人で脱出することは難しいだろう。

 

「しょうがない……」

 

「……助けるのか?」

 

 一歩アリスより前に出る。しかしアリスは俺がやろうとする行動が気に入らないのか、眉間にしわを寄せて尋ねて来た。

 

「……」

 

 返事が億劫になったので、背中で受け取って、行動で返事する。

 

 クモの形をした魔物が上から糸を伝い降りて来る。

 

 胴体の数倍はあるだろう長い足を広げているからか、かなりの巨体に見える。上半身は人間に近い形をしているが、下半身が巨大なクモに置き換わっていた。

 

 あの魔物は暴れる妖狐を抑えるために糸でくるむつもりなのだろう。

 

「おい」

 

「あら、新しい獲も──ぎゃっ!」

 

 声をかけて、首だけで振り返った所を思い切り叩いた。兜割りだ。虫系の魔物は基本的に頑丈なので、頭部を叩いても問題ないと判断した。

 

 魔物は気絶した。妖狐が逆さに宙ずりになって、気まずそうな眼でこちらを見ている。

 

「……」

「あちっ!?」

 

 小型の爆弾を放り投げて、絡みついている糸を燃やした。殺傷能力はないが、これくらいの糸を燃やす火力はある。

 

 妖狐は地べたにべしゃりと落ち、上目遣いでこちらを見て来る。なんで助けた、という意図の取れる眼だ。

 

「なぜ助けた?」

 

 だが、妖狐がそれを言う前に、後ろにいた妖魔──アリスが、俺に尋ねた。

 

「……」

 

 答える前に歩き出す。通路だし、気絶したクモの魔物がいるし、居心地が悪い空間だ。もちろん返事をしない訳ではない。

 

「何か文句があるか。自然の摂理だから放っておけとでも?」

 

 背を向けて、歩きながら答えた。後ろにアリス、そのさらに後ろに妖狐がついて来ている。

 

「勘違いするな。咎めるつもりはない。ただ疑問に思う。貴様は矛盾しているからだ」

 

 通路の突き当りだ。とりあえず右へ行った。アリスは続けて言う。

 

「いつかに貴様は、自分を冷酷と称した。勇者でないともいった。だというのに先ほどの魔物は見逃す。あの妖狐を助ける。盗賊団の連中も安全な場所へ送った」

 

 そこまで言われて主張を理解した。アリスの指摘は納得できる部分がある。表面的に見れば、俺の言動が矛盾していると感じても不思議ではない。

 

「なぜ貴様はそんな滑稽なまでの嘘をつくのだ」

 

「嘘なんかじゃないからだよ。どれも本心だ」

 

 長い長い通路を抜け、開かれた場所に出た。この部屋の出口は分かれ道になっていて、右の出口か左の出口かを選択しろということなのだろう。

 

 俺は振り返った。アリスを睨み返す。当然アリスの眼から疑心は消えていなかった。

 

「ならば、なぜ妖狐を助けた。冷酷で、勇者ではなくて、魔物の敵の貴様が、なぜ助ける。答えてみろ」

 

 一つ一つの言葉に重みをもたせるためか、アリスは短く切りながら言った。

 

 ため息をついて、頭をがじがじと擦る。別に答える義理はないだろうが、返答をしっかりしないと勘違いされたままになるのだろう。

 

「……殺したくないといっただろ。あれと似たようなものだ」

 

 盗賊団のアジトへ向かう道中、話した。ミミズ娘が襲って来て、復讐されたいだとか何とかのあれ。

 

「目の前で死なれるのは御免なんだ。嫌な思い出しかないから」

 

 妖狐は、背格好も似通っている。あの子どもと同じように小さい。眼前で死なれると飯がまずくなりそうだったのだ。

 

「まあだからつまり……自分のためだ。盗賊団も同じ。通路ですれ違った魔物は面倒くさいから見逃しただけ」

 

 アリスは盗賊団の一件で勘違いしてしまったのだろう。それは正さねばならない。

 

「俺は慈しみとか、善意とか、正義感で他者を助けてない。行動理由は全部自分のためなんだ。そんな奴のどこに勇者の要素がある?」

 

「……まあいい。今は引き下がってやろう。それよりも──」

 

 やや不満そうに沈黙したが、いつも通りの尊大な態度でアリスは納得したようだ。

 

 そして、それよりも。

 

「わかってる。これは……相当だな……」

 

 洞窟の奥から、何者かがやってくる。

 

 気配はどんどん近づいている。洞窟の冷えた空気がさらに冷える。それは実際に温度が下がった様でもあるし、武者震いを寒さと勘違いしたからかもしれなかった。

 

「……まあ、がんばれ」

 

 意外なことに、アリスは応援してくれたようだ。俺はいらないと意味を込めて、手をひらひらと揺らして、あっち行けと指示した。

 

 アリスはふっと笑って下がり、消えた。それとほぼ同時に、その魔物は左の出口から姿を見せた。

 

「叫び声がすると思えば……あなたでしたか、二尾。まったく……」

 

 七本の尻尾を生やしたその魔物は、ため息交じりに言った。

 

 やはり狐の魔物だった。見た感じはケンタウロスのようなものだ。上半身が人間の女性で、下半身が巨大な狐の体になっている。

 

「あっ、七尾さま!」

 

 着いて来ていた妖狐が脇を通り過ぎ駆け寄っていった。あの妖狐は奴の配下だったらしい。そして七尾というようだ。確か妖狐の魔物で最も強いのが九尾だから、単純に考えると上から三番目の強さ、になる。

 

「……」

 

 声を出さずに、笑った。

 

 最高の相手だ。今の自分の限界を試すに相応しい。おそらく敵の強さは、各種族のクイーンより一歩二歩劣る程度のもの。

 

 たぶん、俺と同じくらいの強さ。

 

(……結局、俺はまだクイーンクラスには勝てない。ハピネス村で女王を見てわかった。まだ本気を出した女王は無理だ)

 

 だが──

 

(こいつならばおそらく、対等だ)

 

 俺はどうやら運が良い。旅に出て、アリスに始まりグランベリア──そして七尾。イリアスヴィルのいた頃なんかよりも、よほど密度のある戦いができる。そういう流れの風が、俺へと吹いている。

 

 ただ間違いなく激戦になるだろう。さすがに指輪を外さないと壊れるかもしれない。七尾と妖狐が会話している隙にバッグを背中から下ろした。

 

「……それで、どういう状況でしょうか、銀狐二尾」

 

「あっ……そ、その、蜘蛛の魔物に捕まって、助けてもらって……」

 

 こちらを見ながら七尾は妖狐に尋ねた。妖狐は敵である人間に救われてバツが悪いのか、いじいじと両手の一刺し指を合わせて言った。

 

「……なるほど」

 

 目と目が合う。にらみ合った。ぴりぴりとした緊張感が場に生じる。

 

「とりあえず、たまも(・・・)様の所へ行きなさい……」

 

「は、はい!」

 

 そう言われた妖狐はすたこらさっさと駆けていった。居心地が悪かったのだろう。

 

「さて」

 

 七尾と、俺は向き合う。

 

 妖狐がいたことで緩和していた空気が緊張した。戦いが始まる前兆のようなものだ。戦いが始まったら睨み合いが終わって和らぐから、今が最高潮だ。

 

「あなたの目的は海神の鈴でしょう。ここで退くのなら……」

 

「断る。始めよう」

 

 やり取りは不要だと、言葉を遮った。会話する気はなく、退く気もない。戦わねばならないのだ、俺は。

 

「……」

 

 七尾はそれ以上何も言わなかった。だが明確なアンサーを一つ。

 

 ──地面に、足が突き刺さる。七尾が思い切り地面を踏みつけた。

 

 轟音と共に地盤が砕かれ、七尾の四方の岩盤がひび割れる。外壁や天井も崩れ、がらがらと岩が転がった。七尾は平然とこちらを睨んでいる。

 

 そして、七尾の周りに札が現れる。それは宙に浮いていた。不思議な模様が書いてある。日常的な言語でも記号でもない。

 

 凄まじい膂力だ。スナック感覚で岩を砕いた。見た感じ、力でゴリ押すタイプだろうか。だがだとしたら、周囲に浮く妙な札は何のためにある? 意味ないということはないはず。未知の攻撃をしてくる可能性が大だろう。

 

 目を大きく見開いて笑うと、歯が自然とむき出しになった。不思議なくらいに高揚している。こんな昂ぶりはいつぶりか。

 

 さっきのは戦いの合図ということだろう。じゃあ比べるとしょぼいけど、俺も合図的なものをやろう。

 

 すっ、と形見の指輪を左手の親指から抜き去った。

 

「戦ろう」

 

 木刀を構え、さてどう戦うかと笑った。

 

 

 浮いている札に、光が灯っていく。

 

「……?」

 

 七尾はそれを指でぴっと挟み、ゆらりと顔の前に持っていく。

 

「秋風落葉、風前の塵に同じ」

 

 そして札で口元を隠すと、声を出し始めた。

 

 意図がわからない。会話ではないだろう。自身に向けた暗示的な何か? それはない。明確な攻撃の意志は感じる。でも何故言葉を紡ぐ必要がある?

 

「一風に薙げ──」

 

 いや、まさか──。

 

「“狐嵐(きつねあらし)”」

 

(詠唱!)

 

 七尾がそう言い放つと、浮いていた札が一枚消えた。そして洞窟が振動を始めた。

 

「……なんだ?」

 

 いや、振動という生易しいものではない。衝撃だ。衝撃が無理やりに岩盤を砕き剥がし、それらが──直線でこちらへ向かってくる!

 

 巨大な礫から拳大の礫まで様々だ。勢いは大人が思い切り石を投げて来るくらい。

 

 木刀でそれらを砕き、弾き落とす。破片が体に突き刺さらないよう丁寧に。大きな岩だけでなく小石も混ざっていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ちっ──」

 

 対処しきれず走って退避する。当然のように追尾される。振り向きざまにいくつか破壊するが、小さな岩や打ち漏らした岩がいくつか当たった。腹に岩が直撃する。殴られたような力強さだ。空気が漏れた。

 

「なんだっ、それは……!」

 

 魔法──だろうか。魔物が時々使っている様子を見たことはある。だから七尾のそれも、途中で詠唱だと気づいた。

 

 だがどれも規模が小さく、攻撃としては恐れるに足らないものばかりだった。

 

 火の魔法などは、せいぜい焚火を起こす時に楽そうだな、程度。死の危険は全く感じなかった。だから正直魔法というものを甘く見ていた。

 

 しかしこの攻撃は──!

 

 ぐらりと、視界が歪んだ。体勢が崩れ膝をつく。

 

「な──!? ぐっ……!」

 

 その時には既に、七尾が肉薄していた。拳を鼻面にくらい、背中から壁に叩きつけられる。殴られる瞬間に咄嗟(とっさ)に地面を剣で叩いて体を弾いたというのもあるが、それでも軽く十数メートルは飛ばされている。

 

 部屋が広くて助かった。通路のように狭ければ拳と壁に挟まれて終わっていた。

 

 しかし凄まじい膂力(りょりょく)だ。グランベリアよりは下だが──。

 

「……っ」

 

 若干めり込んだ壁から抜け出し、足が地面に着く。着地と同時に崩れた岩が落ちた。

 

 すると、また足がもつれて膝が地についた。ぐわりと世界が歪む。風邪を引いて熱がひどい時の気分に近い。息が荒くなる。

 

「混乱するでしょう。この術はその効果を付与していますから」

 

 七尾が目の前にいる。

 歪む景色の中、七尾の声が頭の中で反響し、ひどい頭痛へと変化した。頭を振って何とか紛らわす。

 

 少し時間稼ぎをするかと、顔を無理やり上げた。

 

「魔法というのは、そんなこともできるのか……」

 

 目的は時間稼ぎだが、俺は本心から、そう感嘆した。

 

 あの破片に混乱させる力があったのだろう。どういう原理か知らないが、非常に厄介だ。拳大の岩だけではなく、小石にもその術が込められていると考えた方がいい。

 

 そして感嘆と同時に、嫉妬した。俺も魔物であったならば、あれくらいできるのだろうか?

 

「正確には魔法ではなく陰陽術ですが……まあ可能です」

「……人間には区別ができない」

 

 初めて聞いた単語だ。語感的にヤマタイの術だろうか。忍術なら聞いたことがある。

 

「さて、実力差は理解しましたか? 人間では対処できない術を、私はいくつも持っています」

 

 さっきの『狐嵐』なるもの以外の術か。あれ以上のものを持っているなら、相当に厄介な敵だ。クイーンハーピーよりも難敵の可能性がある。未知というのは恐ろしい。

 

 しかし、なるほど、絶望の追加情報をして来たか。となると、次の言葉は──。

 

「降参しなさい。すれば痛みなく気絶させてあげます」

 

 ……だろうな。で、気絶した後、最悪な目に遭わされるんだろう。

 

「……ふう」

 

 俯いて、一息、ついた。七尾は返答を待っている。

 

(どうやら俺は、舐められているらしい)

 

 七尾は無防備に俺へと近づき、その提案をして来た。景色の歪みは少しずつ和らいでいる。遠近感は元より問題ない。敵との距離は、大体木刀が届くくらい。

 

 休憩はできた。会話が意外と伸びたおかげだ。七尾が攻撃の機会はいくらでもあったのに会話したのは、この提案をするためなのだろう。

 

 俺はこういう提案をされたことが、これまで数回ある。ハーピーに囲まれた時とか、今より弱かったときに何度か。

 

「冗談はやめてくれ」

 

 そして、それを受け入れたことは一度もない。どれも鼻で笑って蹴っ飛ばしてきた。

 

「……降参?」

 

 まさに冗談はよせだ。戦って負けるなら仕方ない。だが降参──自分から負けを認める?

 

 気持ち悪い。吐き気がする。まだ無理やり気絶させられる方がましなのだ。自分から敗北を認めるなんて、俺の人生のどこを振り返っても存在していない。

 

 それに何より、俺が降参なんて絶対にしない理由がある。

 

「勝てるだろ」

 

 顔を上げ、七尾を睨みつけた。

 俺に降参の意志がないことを察し、七尾が足を振り上げて攻撃しようとした──その瞬間を見計らい、ひそかに点火したそれを顔近くに放り投げた。

 

 瞬間、閃光が七尾を襲った。いまいち使いどころがない爆薬だが、こういう時は役立つ。敵が勝利を確信して雑な攻撃を出した時とか。

 

「──くっ! 無理やりをお望みですか!」

 

 七尾はとっさに顔を防御した。振り上げた足を下ろすが、虚空を潰した。既に俺は動いている。

 

「どっちも御免だ」

 

 瞬時に左腹へ──大鎌を振るような蹴りを叩き込んだ。右腕を支点にして、下から刈り上げるような軌道を描く。七尾を打った感触はかなり重く硬い。つま先が腹に突き刺さっている。七尾は声にならない声を漏らした。

 

 顔近くで爆発が起きれば人は顔をまず防御する。顔のガードは十全になるかもしれないが、他が当然疎かになる。だから上手に入った。これは魔物も人間も変わらないものだ。

 

「──!」

 

 食いしばった歯から息が漏れた。攻撃を畳みかける。木刀で七尾の肉体を数度打った。音が重なって聞こえるほど早く。次々に肌が青く染まる。急所はあえて狙わない。そんな所に攻撃が来るなんて、向こうもよく知っているからだ。

 

 証拠に、調子に乗って顔を狙ったら、七尾に木刀を掴まれた。どこに来るか読んだかのような白羽取りだった。

 

 そう、七尾はたぶん、俺に何ができるかなど、予測できるのだ。

 

 捩るようにして木刀を引き抜き、少し距離を取る。もうある程度回復されたから雑に攻め続けても利はない。

 

(七尾は、人間がどの程度できるか知ってる。でも俺は七尾のこと、妖狐という種などほとんど知らない)

 

 妖狐という種族が他にどういう技を持っているか。その肉体がどれほど凶悪な力を秘めているのか。陰陽術とやらの理屈は何なのか。知らないことばかりだ。

 

 魔物の当たり前と、人間の当たり前。ここの知識の差は(いちじる)しいだろう。故に予測はできない。

 

 だというのに向こうは、俺に何ができるかなど、隅々まで予想できるだろう。

 

 結局、俺は人間であるからだ。人間には理屈を無視するような意味不明な力などない。俺にできることで、七尾にできないこと。それは少ない。想像を絶する何かを俺は持っていない。

 

 故に七尾にとって俺の攻撃など、さっきの爆弾以外は既知のもののはずだ──でも。

 

(だから何だ)

 

 七尾が突進し、掌底を突き出して来た。早い。だが俺の振りの方が、速い。

 

 正面から木刀で叩き潰す。

 

(それでも、勝つ)

 

 七尾へさらなる追撃を加えるため突進する。

 

 ──俺は、七尾とは違う。

 

 俺の肉体は木刀を使わねば岩を砕けない。魔法で岩を動かすなどできない。岩に念を込めるなどできない。

 

 でも俺の技は、決して七尾に劣っていない。高めた剣技は、魔物の肉体を破壊できる。予想や予測なんて、こちらが上回ればいい。俺は今までそうやって勝って来たはずだ。

 

 七尾が木刀の警戒を強めた。視線でわかる。強い視線だ。戦意は何一つ失っていない。ならもう一度むき出しの脇腹を蹴って、その後に“学び直したあれ”をぶつけて終わりにしよう。

 

 判断した瞬間、腰を右へ捻る。左足で蹴る。右手で木刀を振るふりをしていた。七尾の視線は右へ移っている。蹴りが脇腹に突き刺さった。後は──

 

「竜蛇の蟄──」

 

 七尾の背後の札が光り、詠唱──まず……!

 

「──地に黙するが如し! 土呪を受けよ……土黙符!」

 

「──! ぶっ……!」

 

 七尾が早口で言葉を並べたあと──詠唱の後、地面がゆがみ、足がもつれ、その隙に顔を脚で横薙ぎされる。さっきの蹴りの意趣返しかもしれない。

 

 視界が明滅した。頭が思い切り揺れる。

 

「……!」

 

 が、七尾を見て、笑った。

 

 劣勢だ。今の蹴りは非常に嫌な蹴りだ。一瞬で優勢が覆る。メキメキという音が幻聴かもしれないが聞こえた。ぶちぶちという音だったかもしれない。

 

 それでも、何一つ絶望などではなかった。むしろその程度かと笑い返せる程度の余裕はあった。

 

 それのせいか七尾の追撃が一瞬止まる。吹き飛ばされる寸前に鳩尾へ突きを叩き込んで、七尾を後退させた。

 

 ごろごろと吹き飛び、垂直の壁へとぶち当たる。左側頭部を思い切り蹴られたのだ。脳がまだぐわんぐわんと揺れている。

 

「……」

 

 しかし剣を支えに立ち上がる。七尾は鳩尾を抑えている。苦しそうだった。人間を舐めてるからだ。

 

「……ちっ」

 

 そんなことを思うが、俺も余裕はない。

 後一撃でもクリーンヒットしたら、たぶん倒れるだろう。

 

 いや──嘘をついた。

 

 余裕ならば、ある。でも肉体的な余裕ではない。

 

 戦力差は知っている。七尾の方がたぶん、総合的に見て俺より強い。

 

 でも、負けるとは思っていない。つまり余裕を感じていた。それは簡単な理由だ。

 

 あいつら(・・・・)と比べたら、弱すぎる。

 

「さて……」

 

 七尾が体勢を立て直した。こちらは既に用意ができている。七尾がまた札を指で取り、顔まで持っていった。

 

(札にオーラ──来た!)

 

 距離は取れている。肺から大きく息を吐いて、眼を思い切り見開いて、待ち構える。敵の最大、最高の技を殺して、勝ちを決めることにした。

 

「──狐嵐!」

 

 また札が一枚、ふっと消失して、岩が飛ぶ。

 

 床に落ちた岩が、崩れやすくなった岩が、次々に飛来する。外壁を崩して飛んで来る。戦いの合図は、この術を扱いやすくする意図があったらしい。

 

 岩は数十ほど。後ろからは来ないが、前は上も下も右も左も全ての方向から飛んで来る。大小にも差がある。小石でも厄介な異常を起こす術が込められている。

 

 全部(はじ)いてやる、数十ある岩を全て。

 

(さっき、見ている)

 

 同じ術だ。向こうのアドバンテージを理解していないのだろうか? 完全なる未知の攻撃であるから、対処が厄介なのに。

 

(加えて──)

 

 俺は軽くその場で飛んで、飛んで来る石礫を宙で待ち構えた。

 

「つくづく“あいつら”のおかげだ」

 

 どれもグランベリアやアリスの攻撃と比べて劣っている。グランベリアの攻撃は一つ一つが恐ろしいほど強大だった。遊びの攻撃などは一つもなかった。アリスの攻撃も徹底的に研ぎ澄まされたナイフのようなものだった。当たればまずいと直感的にわかった。

 

 だが七尾の陰陽術も、拳も、蹴りも、それらと比べてしまえば劣る。

 

 もちろん上澄みだ。これまで戦った中でも最上位だ。だが最高じゃない。一度見れば、余裕をもって対処できる。

 

 ガガンッ! という音がいくつも重なり弾けた。

 

「くッ……! そんな馬鹿な……!」

 

 辺りには無数の岩石の大小が散乱している。一瞬のうちに数度振った。

 

 そして着地と同時に地を蹴った。バネを床に落としたように加速する。七尾が距離を取ろうとするが、間に合っていない。既に構えはできていた。

 

「人間を──舐め過ぎたな」

 

 三段突き──。

 

「がっ……!」

 

 グランベリアに放った際は、三か所に命中させたから威力が分散されてしまった。今回は一か所──喉に三回、同じ場所に叩き込んだ。

 

 七尾は目を白黒させて地に手を付け、座り込んだ。そこに切っ先を向け、見下しながら語り掛ける。

 

「要するに、陰陽術ばらまいて対処してる隙に殴る。それがお前のやり方な訳だ」

 

 バカの一つ覚えじゃあるまいし、他にあるかと思っていたが、それが勝ちパターンだったのだろう。つまらない戦い方だ。

 

「そんなものに乗ってたまるか」

 

 断固お断りだ。そんなくそみたいな遊び。面白みに欠ける。

 

「まさか、あなたに、あんな、技量があるなど……」

 

「舐めるな。一度見たんだ。初見じゃなければ、対応できる」

 

 攻撃のパターンが全く同じという訳ではないが、流れが同じだった。感覚的なものだから言語化するのが非常に困難だが、あの魔法には流れがあって、その流れに沿って木刀を振れば勝手に防御が成功したのだ。

 

 だから七尾の『そんな技量があるとは思えない』も、ある意味正しい指摘だろう。論理的に説明できる動きではない。再現しろと言われても厳しい。

 

「くっ……狐あら──」

 

「またそれか」

 

 陰陽術を放とうとするが、さすがに見逃さない。木刀を流線状に振り、浮いていたお札を全て破った。

 

 札が光るとき陰陽術が飛んで来る。札がトリガーなのだろう。さすがに三度も見ればわかる。

 

 となれば札を破壊すれば起きないはずだ。原理は不明だが、そういうものなのだろう。

 

 ただ、詠唱は行うときと行わない時がある。まあ毎度あんな長い言葉を述べるのは隙だらけだし、余裕がある時に言うのだろう。となると、詠唱すれば威力が上がるとかそんな感じだろうか。

 

「さて、降参するか?」

 

 まあ思考は後にするかと思って、さっさと終わらせることにした。まだ勝ちではない。

 

「……」

 

 立場は逆転した。しかし七尾の眼は死んでいない。どころか妖しく光っている。

 

 わかりきった問いではあるが、一応尋ねた。

 

 七尾の眼は戦う気満々だ。

 今度こそ肉弾戦主体で来るのだろう。ここからが本番だ。

 

 だが、なんだろうか。七尾の眼。

 

 違和感がある。どこかで、見たことのある、眼──

 

「……?」

 

 すとんと、膝が床に着いた。

 

 体にガタ──違う自分の体重のすべてを膝が受けたというのに、痛みがまるでない。

 

「──!」

 

 瞬間、気づいて舌を思い切り噛む。血が噛み締めた口から漏れ出る。視界の端に血が地面へぼたぼた垂れていく様子が写る。だが痛みは全く感じない。

 

 この、睡魔は離れない。

 

「……謝ることは、しません」

 

 その言葉が耳に入ったのを最後に、七尾が斜めった。いや俺が斜め──意識が──

 

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