「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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下山をしよう 4

 

 

 

 こうして私とニッコウキスゲは山頂での祈祷を済ませて山小屋に戻り、一眠りしてカピバラに現状を説明する今に至る……というわけである。

 

 まだ語っておきたい話はあるのだが、ひとまず今回の巡礼の目的は達した。そして私たちの会話で眠りが妨げられたのか、ツキノワとニッコウキスゲものそのそと起き出した。

 

「おはよ。カピバラも……よかった。痛いとか熱っぽいとかない?」

「大丈夫よ、心配性ね。そっちこそどうなの?」

 

 ニッコウキスゲは寝ぼけ眼だったが、元気にしているカピバラを見て眠気が飛んだようだ。

 ツキノワも皆の顔を見て安堵した。

 エナジーバーと紅茶で簡単に朝食を済ませて、それじゃあ下山するかとなったところで、ツキノワが「面白いものがあるぜ」と妙なことを言い出した。

 

「なにこれ、スコップにしては変な形ね?」

 

 木製の幅広の板と、細い取っ手が着いている。

 カピバラが首をひねるが、私は何なのか思い当たった。

 

「もしかして……そり?」

 

 幅広の板はおしりをのせる部分で、細い取っ手はハンドルのようなものだろう。

 船みたいなタイプのそりではなく、いわゆるヒップそりというやつだ。

 

「正解。帰りはなだらかな下り坂がずっと続くだろ。使わないか? スピードが出すぎて木に衝突とかもないだろ」

「ツキノワ、グッジョブ」

 

 雪山に来て雪遊びをしないという手があるだろうか。いや、ない。

 

「え、使っていいのこれ?」

「下の方の小屋に置いとけばいいってよ。時間経過したら、聖地の力が働いて強制的に『あるべき場所』……つまり、ここに戻るっぽいな」

 

 そりが保管されていた棚に注意書きがあった。ツキノワが説明した話と、数に限りがあるため譲り合ってつかいましょう、と書かれている。

 

「そういうことなら、ありがたく使わせてもらおうじゃないか。さっさと帰って風呂に入りたいしさ」

 

 ニッコウキスゲの言葉に、しみじみ頷いた。

 小屋泊のあとは、とにかくお風呂に入りたい。

 この寒い時期は特に骨まで温まるような湯が恋しくてしかたない。

 

 それじゃあ、ダッシュで下山だ。

 

 

 

 

 

 

「ひゃっほー!!!」

「あんたスピード出しすぎよ、木にぶつかるわよ!」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 

 雪の質は最高だ。

 おもちゃのようなソリでさえも適度な滑り心地を味わえる。

 誰もいないゲレンデ独り占め……いや、四人占めかな?

 

「オコジョー! 今度はもっと滑れるやつ持ってこようよ!」

 

 ニッコウキスゲに追い抜かれた。

 この手のスポーツはニッコウキスゲがやたら上手い。

 そういえばトレランのときもすぐに慣れたっけ。

 

「うん! スキー板もってこう!」

 

 スキーっぽい遊びはこの世界にあるし、スキー場っぽいところもある。

 だが、こんなにも最高の雪を楽しめるスキー場は他にはないだろう。

 しかも通年で楽しむことができる。

 

 雪崩に巻き込まれるわ、邪精霊に厄介事を持ち込まれるわ、さんざんな巡礼ではあったが、夏スキー最高だったという思い出を作って終えることができた。

 

 そんな私たちのリア充的な姿を、「こいつら何やってんだ」という目線で見ながら麓で待っている人々がいた。

 

「雪崩があったと精霊様から聞いたが……元気そうだな」

 

 鬼王砦からの速報を受けて巡礼に来た、叔父様たちである。

 

「あっ、ども。お疲れ様です。巡礼は済ませて起きました」

「それもあるが、お前たちを助けに来たんだ!」

 

 おかしい。

 なんか怒られた。

 

 

 

 

 

 

 私の本家、クイントゥス家は毎朝交代で精霊様を召喚して、その日の天気や異変の有無を察知しているらしい。

 

 そして今日の精霊召喚の担当は叔父様で、急転直下の事態に驚いて急遽、巡礼パーティーを編成してここまで来たようだった。しかも雪崩が起きたのも察知したようだ。けっこう遠いけど見えたのかな。

 

 で、私たちはソリで滑りきったところで叔父様と合流し、馬車で悠々と帰還することができた。

 

 熱々のお風呂に入り、しっかりとご飯を食べ、ベッドにぼすん……と飛び込む前に、色々と説明する運びとなった。死ぬほど眠いけど、待たせるわけにも行かない。

 

「色々と言うべきことはある。山を含めたこの領地の主として感謝を言わねばならない。また、鬼王砦には正式に抗議を申し入れる。色々と考えるべきことはたくさんあるが……もっとも重要なことは、だ」

「はい」

 

 叔父様が頭の痛そうな顔をして、溜め息を吐いたり、とんとんと机を指で叩いたり、おっさん臭いストレス反応をしている。悩ましいだろうなぁ。

 

「……よくぞ生きて帰ってきた。全員生還は、何よりも素晴らしい成果だ」

 

 疲れた顔の叔父様の口元に、微笑みが浮かんだ。

 隣に控えているクラーラ叔母様も、叔父様の言葉にうんうんと頷いている。

 

「でしょ」

「でしょ、ではない。こういう場面では真面目に聞きなさい。お前たちが死んでないか肝を冷やしていたんだぞ」

 

 叔父様に窘められた、すみません。

 だが叔父様は何かに気付いて、称賛ではなく皮肉っぽい笑みに変わった。

 

「……カプレー。もしや、怒られると思っているな?」

 

 うっ……図星だ。

 

「山に詳しいのは自分だと過信したせいだとか、リーダーの自分が不甲斐なかったとでも思っているのだろう。実際、山小屋を出るときに精霊様のお告げを聞いておけば雪崩に巻き込まれるのは防げた。失敗を挙げるとするなら、そこだな」

「……はい」

「だが……祈りの日数にも限りがある。緊急時に高度な精霊魔法を使う余力を残すため、土地の状態や天気が安定している聖地では魔法を使うタイミングも難しい。だから一概には責められまい。それに、失敗があっても雪崩対策や雪崩予防策を実行できたことでリカバリーできたわけだからな」

 

 確かに、そこはしっかり評価してほしい。

 

 カピバラが冷静に対処していなければ三人が死んでいた。また、ニッコウキスゲも雪崩予防策を実現してくれたし、皆が行動する余力があったのは、ツキノワが前日にラッセルをしてくれたり、私とニッコウキスゲを掘り起こすために必死に動いてくれたからでもある。

 

 だから私のことはどうでもよいし叱責も受ける。けれど三人の行動は、讃えられてほしい。

 

「はい。だからこの後の話……鬼王砦から報酬を貰うにあたって、色々と協力をお願いしたいです」

「ああ。こっちを犠牲にしようとした連中だ。遠慮無くふんだくってやろうじゃないか」

 

 叔父様がちょっと怖い感じに笑ってる。

 これは内心でかなりキレてるだろうなぁ……いや、それも当然だけど。

 しかし私に対する怒りは全然感じない。

 

「怒られなかったのは、意外か?」

「まあ、はい」

「……私は領主としてお前をこの地を救った英雄と扱い、領民たちに代わって感謝するべき立場だ。このまま遅きに失していたら雪解け水が河川に流れこんで、下流の村落には大きな被害が出ていたことだろう。だからお前のことをしっかり叱ることができる人がいるとしたら……お前の母と父だろうな」

 

 叱られると思って叱られないのってなんか座りが悪い。

 子供じみた考えではあるけど寂しさを感じる。

 

「だから、今は領主としてではなく、お前の両親の代わりとして言おう。無茶ばかりするんじゃない馬鹿者」

「そうですよ、カプレーさん。家族に心配を掛けるんじゃありません。気を付けなさいって言ったじゃないですか」

 

 と思っていたら、叱られた。

 妙に照れくさい。

 顔が赤くなるのを感じる。

 

「心配かけて、ごめんなさい」

 

 この一言を言えるのって、幸せなことなんだな。

 でも皆が妙に優しい目で見てくるのがくすぐったい。やめてほしい。

 

「でも……精霊様が喜んでるとか意味深なこと言われても気を付けようがないです」

 

 照れ隠しに憎まれ口を叩いてしまった。

 だが、叔母様は気分を害することなく答えてくれた。

 

「シュガー様は、意外と話が通じたでしょう?」

「それは……はい」

「あの御方は、話してみると決して悪い御方ではないのです。気位の高さは嫌味なほどでもなく、優しく、洒脱で、人を愛しています。ですが大きな力を持ちながら、奔放で、他の精霊様のような公平さがありません。嫌われても恐ろしいが、好かれるともっと恐ろしい。だからあの御方が喜んでいるときは気を付けなさいね」

 

 ……思い返してみれば、あれだけのトラブルの原因の一つにも関わらず、シュガー様とはちょっと仲良くなってしまった。彼女の去り際もなんだか憎めなかった。

 

 だからこそ恐ろしい。そして、それは実際に接してみなければわからない。

 

 彼女と契約している少年は大丈夫だろうかと心配になる。

 

「シュガー様は、ごく稀に人間を気に入って寵愛する。しかもシュガー様がいなければ解決できないものもあれば、シュガー様のせいでトラブルが舞い込んでくる。困ったものだ……」

 

 はぁ……と叔父様がまた重い溜め息を吐く。

 本当、ご苦労様です。

 この人の頭痛の種を一つくらいは取り払ってあげられたと思えば喜ばしい。

 

「ともかく、だ。領主として最大級の感謝をしよう。もちろん、お前の願いも叶えよう。だが」

「無茶ばかりして心配を掛けるな、ですね」

「そういうことだ。……皆さん、少々奔放な姪ではありますが、どうぞよろしくお願いします。この子の父と母に代わり、お頼み申します」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけでひとまず会議が終わり、私たちはあてがわれた部屋に戻った。

 

 いや、もう、無理。眠い。

 

 すべての緊張がほどけきって、泥のように眠りたい。

 体も指一本さえ動かせない。

 

「あんた、せめて自分のベッドで寝なさいよ……」

「きつい、無理」

「前もそうやってウチで寝たわよね! 大変だったんだからね!」

 

 それでもまだ、やるべきことがある。

 カピバラと話をしなければいけないことがある。

 とはいえもう瞼が完全に落ちそうなのではあるが。

 それでも、そろそろ彼女にはちゃんと告白をしておきたい。

 

「言いかけてた話がちょっと途中だったから」

「言いかけてた話?」

「前世の話」

 

 

 

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