「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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ホシガラス
おじいちゃんの書庫を探そう 1


 

 

 

 ノンフィクションは破壊的な力を持つ。

 

 

 主観を極力排して事実を羅列した簡素なドキュメントであったとしても、長編小説のような感動を読み手に与え、心を震わせる。

 

 それがどんなに荒唐無稽な筋書きに見えても、それが事実であるがゆえに読む者は納得せざるをえない。

 

「なんだ、これは……」

 

 鬼王砦に届いた文書を確認し、鬼王砦隊長カーン=ディオルヘイムは呻いた。

 

 鬼王岩城山に生まれた鬼王ツチグモによって、山頂の祠に一歩も近づけない状態が半年ほど続いていた。身の丈3メートルはある大鬼で、物理攻撃や衝撃の一切を無効化する絶対防御の前に多くの冒険者が撤退を余儀なくされた。

 

 奴を倒せるであろう超一流の冒険者の多くは、火竜山の準備のために訓練としての巡礼をしているか、他国の危機に対応しており、頼れるのは聖者カルハインの懐刀だけであった。

 

 鬼王ツチグモを排除して聖地巡礼をしなければ、山そのものが聖地としての力を失って大きな地震、あるいは近隣の火山の噴火といった天変地異が起こりうる。

 

 ゆえに砦の騎士たちが命を賭けた戦闘をするか、それとも、それ以外の何かを犠牲にするカルハインの策を採るか。カーンはその二択に悩み続けていたが、精霊からの「24時間以内に巡礼できなければ、大地震が発生する」という預言がもたらされ、悪魔の誘い……あるいは聖者からの施しを受けた。

 

 それは他の聖地の力を一時的に絞り尽くすことで、あらゆる魔物を倒す絶対的な攻撃であり、その代償が、氷菓峰における聖地の力の喪失である。

 

 大地震よりは規模が小さく、そして聖地の力を呼び戻すことも鬼王岩城山よりもたやすい。

 だがそれを無断で実行することは大きな問題となる。

 それでも聖者カルハインは強行した。

 

 この秘術……聖地の力を借りて大いなる敵を倒すことができれば、火竜山の焔王討伐の成功確率は大きく上昇する。そうすれば、その過程における多くの行政上の問題も無視できる。何よりこの手段こそがもっとも人死にを少なくするのだと。

 

 それに、聖地の力を奪ったとしてもすぐに巡礼をすれば何事もなく済む。鬼王ツチグモを討伐した後はすぐさま氷菓峰に向かうはずであった。

 

 氷菓峰を含むシュガートライデントには巡礼者は少ない。緊急依頼に即応できる状況ではないだろう。そもそも環境が厳しいために魔物さえも活動できない。その土地に慣れた領主一族がやむを得ず巡礼することの方が多い。

 

 外法に近い攻撃魔法の使用を正当化するためにカルハインは氷菓峰を攻略するのだとカーンは睨み、その予測はほぼ当たっていた。

 

 予想外だったのは、その最後の詰め、最後の功績は新進気鋭の巡礼者パーティーが手にして、カルハインの部下たちの予定が頓挫したことだった。

 

「一体何者なんだ……このオコジョ隊、そして……」

 

 カーンは下級貴族から今の地位に上り詰めた叩き上げだ。五十にさしかかって剣よりもペンを握ることの方が遥かに多い立場となったが、それでも鍛錬は欠かすことはなく、若き日と同じ感覚を忘れていない。雪国での戦争や、雪山の巡礼をしたこともあり、その恐ろしさも身に沁みて知っている。

 

 起きるはずのない雪崩に巻き込まれて、生きて帰れるはずがない。

 

 しかもこの巡礼者パーティーは、斜面全体の雪の層が崩れ落ちる種類の雪崩に巻き込まれている。発生箇所の広さを考えればまず助からない。助けようがない。だがこの文書には明確に記述されている。彼女らがどのように行動したのか。

 

 その結果として得られた、死亡者ゼロという燦然と輝く数字。

 

 カーンには砦の防衛隊長としての誇りがある。槍を持ち屈強な魔物と戦い続けて土地の安寧を守った自負心がある。それでもなお、自分がこの状況に陥ったときに、彼女らのような冒険ができるのかと自問自答し、苦渋の顔で首を横に振った。

 

「マーガレット=ガルデナス……。なんという巡礼者だ」

 

 

 

 

 

 

 ちょっと寝坊した。

 

 おじさまたちはすでに朝食を取っており、バリバリ仕事をしている。

 

 この領地にいる弁護士、代書人、ソルズロア教の神官、村々の村長や代官、その他インテリな職業のお歴々を集めて、「ド許せん!」、「なんじゃああいつら勝手にウチを犠牲にしおってからに!」とか怒号が響いてくる。

 

 それをBGMにしながら、私たち四人はメイドたちに「お寝坊さんですね」と笑われながら朝食を摂ることになった。

 

「というわけで、私、伝来者でした」

 

 私は、カピバラに話した内容……異世界の記憶を持っていることをニッコウキスゲとツキノワに話した。

 二人は、おかゆの匙を動かす手を止めてあっけにとられていた。

 だが、「あ、そうなんだ」といってまた食べ始めた。

 

「あのー、もうちょっと驚くとか……ない?」

 

 落ち着き過ぎである。

 カピバラは凄いびっくりしてた気がしたのだけど普通なのかな。

 

「いや、なんか……」

「多分何かしら秘密があるんだろうとは思ってたが、予想した中ではそこそこ穏便な方だったから安心した」

「穏便な方なの!?」

 

 一体どういう想像をしていたのだろうか。

 

「異世界から来て魔王を倒す運命を担ってる勇者だとか……?」

「そういう物騒なのは無理」

「それはそうだな」

 

 ツキノワが苦笑しながら肩をすくめる。

 

「というか、あなたたちも伝来者のこと知ってたのね?」

 

 カピバラが不思議そうに尋ねた。

 

「ま、冒険者やってると噂に聞いたりもするしな」

「伝来者や勇者を自称するやつは基本的にホラだし与太話みたいなものではあるけど……オコジョなら不自然じゃないというか、むしろそうじゃない方がおかしいというか」

「けっこうバレてた?」

「【堕天】のアローグス様の孫だって話を知った上で、けど知識とか技術とかはアローグス様とそんなに関係なさそう……ってことで違和感に気付いたって感じかな。でも普通は気付かないんじゃない?」

 

 ニッコウキスゲの言葉にちょっと安心する。

 

「じゃあひとまず安心かな?」

「とはいえオコジョは脇が甘いよ」

「そうだな」

 

 ニッコウキスゲとツキノワがしみじみと言った。

 

「そ、そう?」

「あたしたちに話してくれるのは嬉しいけれど、打ち明ける相手はちゃんと厳選しなきゃダメだよ。商売っ気あるやつは何かと利用しようとしてくるし、立場のあるやつ……王族とかソルズロア教の偉い人に知られたらもっと厄介なことになりかねないし」

「わかった。気を付ける」

 

 一応、打ち明ける相手は厳選しているつもりだ。

 叔父様にも一応言っておこうとは思うが、折を見て……かな。

 というか忙しそうでそれどころではなさそうだ。

 

「お前らまだ飯を食べていたのか」

 

 と思ったら、会議を終えたおじさまがやってきた。

 朝からくたびれた顔をしている。

 

「おはようございます。美味しく頂いてます」

「食事を終えたら来なさい。約束のものを渡そう」

「約束のもの……あっ」

 

 ここに来た一番の目的があったのを、ちょっと忘れていた。

 

 火竜山の攻略のために、おじいちゃんの書庫を見せてもらう約束だった。

 

 

 

 

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