「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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おじいちゃんの書庫を探そう 2

 

 

 

 クイントゥス家の屋敷の地下には、封印された部屋がある。

 おじいちゃんの遺品が眠っている場所だ。

 無事に氷菓峰の攻略を成し遂げ、更にこの領地の危機を解決した私たちオコジョ隊は、ここへの入室許可を得ることとなった。

 

「……ここがアローグス氏の書庫だ」

 

 おじさまが無骨な鍵を使って開けた先の埃っぽい部屋は、書庫のようでいて、工房のようでもあった。本棚には本や地図、資料などが雑然と置かれていて、その他様々な道具がある。なんとなく見覚えがあるような、ないような、不思議な印象だ。クライドおじいさんの店を汚くした感じというか。

 

「処分とかしてなかったんですね」

 

 これを見るのが目的で氷菓峰を登ったのだから、ないと言われても困るが。

 

「内容や価値を理解して処分や保管の判断を下すには能力がいる。だからこれはお前のものだ」

「え、えーと、見せてほしいと言っただけで、くださいとは言ってないんですが……?」

 

 なんかとんでもないことを言われてる気がする。

 

「保管し続けるのも大変なんだ。どこかに持っていけとか、捨てろとは言わんが、鍵はお前に預ける」

「う、うーん……おじいちゃんの直系の子孫って私だけだろうし、受け取るのは筋とは思うんですが」

「そういうことだな」

 

 これは、うまいこと押し付けられているのでは。

 それを裏付けるようにおじさまがにやっと笑った。

 はめられた……!

 

「不満そうな顔をするな。そのかわり困ったことがあれば相談しろ」

「それは純粋にありがたいです」

「それと火竜山について知りたいのであれば、巡礼資料の棚のあたりにあるだろう。後は彼の残した魔道書や魔道具もある。日記や手記は……少ない。書いていたはずだが、家族にもあまり見せたがらなかった」

 

 ちょっと残念だ。

 巡礼者は日記や巡礼記録を残すので、それを読めば人となりがなんとなくわかる。

 

「もしかしたら……最後のキャンプ地にあるのかもしれないな」

 

 私の顔を見て何かを察したのか、おじさまがそんなことを言った。

 

「天魔峰の五合目神殿……ですよね。残してるでしょうか」

 

 堕天などという不名誉な二つ名を付けられたのだ。

 彼の資料を後生大事に保管しているとは考えにくい。

 

「立場ある大人というのは、何かを捨てるのが下手糞なのだよ。こんな風にな」

 

 ほんと渋いなこの人。

 そしておじさまは「あとは任せる」と言って書庫から去って行く。

 

「……さて、任されてしまった」

「資料探しの前に、ちょっと掃除しない? ホコリっぽいんだけど」

「……そういう意味でも、任されてしまった」

 

 というわけで私たち4人は、メイドさんから掃除道具を借りて大掃除することになった。

 

 

 

 

 

 

 色々とわかったことがある。

 まず、おじいちゃんが得意としていた飛行魔法がどんなものなのか、についてだ。

 この魔法の概念自体は昔からあるらしい。

 だが、二つの理由で習得した魔法使いはほぼ皆無であった。

 

 一つは、魔法の腕前のみならず道具を用意する必要があること。

 

 そしてもう一つは、シンプルに危険であることだ。

 

「こっ、こいつ……あったまおかしいんじゃないの……!?」

 

 ニッコウキスゲが頭を抱えている。

 私もカピバラもツキノワも似たような思いを抱いたが、ニッコウキスゲは魔法使いとしてのドン引きがあるのだろう。

 

「原理としてはシンプル。とにかく風を捉えることさえできれば何とかなる。上昇気流を見つける魔法。その気流にのって高く飛び上がるための、船の帆のようなもの。上昇気流を強くして、より高く飛び上がったり、飛ぶ方向を変化させる魔法。あとは着地点や衝撃を制御して、狭い場所でも着地できるようにする魔法。3つの魔法と1つの道具だけ」

 

 おじいちゃんの飛行魔法とは、地球で言うところのハンググライダーに近い。

 めちゃめちゃ大きな翼がついたリュックのようなものを背負って風を捉え、内燃機関やプロペラに頼ることなく上昇と滑空をする。ちなみに翼の部分はドラゴンの翼を加工しているらしい。

 

 ちなみにこの書庫には、その『翼付きリュック』の予備も置いてあった。魔法を解説する魔導書があり、必要な道具があり、それらを組み合わせてどうすればよいかを解説する書物もある。

 

 詳しく教えてくれる指導者なしに実践すれば高確率で事故って死ぬだろうが、そこに目をつぶれば再現可能だ。再現可能って言っていいのかな。ダメな気がする。

 

 だがそれをやったのが、あるいはやらかしたのが、私のおじいちゃん【堕天】のアローグスである。

 

 ほぼ理論上にしか存在していなかった飛行魔法を実践し、五大聖山の無殺生攻略を成し遂げ……だが天魔峰の本当の山頂を目指して行方不明となった。

 

「……この書物、伝来者が書いたものかも」

 

 明らかにパラグライダーに似ている。

 空を飛ぶシステムがこの世界に唐突に現れすぎだ。

 まあ地球のライト兄弟みたいに空を飛ぶ願望を持ち続けた人が連綿と知識を伝えてマッシュアップした成果かもしれないからなんとも言えないが。

 

「そういうの見た記憶があるの?」

「うん。こんなふうに標高の高いところから風を掴まえて空を飛ぶのはうっすら記憶がある」

 

 小此木彰子はやったことはないが、筑波山あたりから空を飛んでる人を見た。

 

「……やりたいとか言わないわよね?」

「流石に無理。できるとしたら……」

 

 カピバラの不安そうな問いかけに首を横に振る。

 これは風魔法使いでなければ無理なので、私にはちょっと無理だ。

 

「やんない。絶対やんない」

 

 ニッコウキスゲが死ぬほど嫌そうな顔をした。

 

「大丈夫、やれとは言わない。……でもやっぱり、魔法使い目線でもおかしい?」

 

 風を自在に使えるなら、「空を飛ぶ」というのは普遍的な夢のようにも思う。

 もちろん、ありえないこその夢かもしれないが。

 

「風魔法使いなら、風を起こして浮き上がること自体はみんな考えるわけ」

「あ、そうなんだ」

「だから風魔法の初心者は、指導者からキツく言われるのよ。空を飛ぼうとするなって」

「危険だから?」

「うん。自分の体を浮かび上がらせるくらいの強い風を吹かせるだけなら、魔力量さえあれば不可能じゃないからね。でもそこから先は無理。空を飛んでる状態で冷静に行きたいところに行ったり、風を吹かせて落下を防いだりは、どんなに熟練の魔法使いだって難しいんだよ」

 

 確かに、地に足が着いていない状態で冷静に魔法を使うなんて、できる気がしない。

 

 仮に使えたとしても様々な困難がある。空に浮かんでいるということは、上昇をしている状態か、落下しているかのどちらか。位置は常に動き続けてる。自分の場所をピンポイントで強い風を吹かせるのは、確かに難しいだろう。

 

「でも、これ……魔法に熟達していなくても使えるような魔道具化も考えてたみたいよ」

「そうなの?」

「多分ね。風魔法を封じこめた魔石をたくさん用意して、こういうときはこの魔石を起動させる……みたいなコントロールをしようとしてたみたい」

 

 カピバラが、一枚の巻物のようなものを見つけて机に広げた。

 それは、『翼』の設計図だった。

 

「そんなもんできるのか……?」

「どうかしら。多分完成してないんじゃないかしら。ところどころ書いてあるメモ書きを見ると、こうできたらいいなぁ……とか、ここが課題とか、『未だ世にない前提』として書かれてるもの」

「あー、それもそうか」

 

 ツキノワがワクワクした表情を浮かべて、だがカピバラの言葉に少々ガッカリしていた。

 でも気持ちはよくわかる。

 こんなにも、比喩ではないブッ飛んだものを考えていたとは思わなかった。

 我がおじいちゃんながら憧れてしまう。

 

「直近の問題としては、これで火竜山を攻略するのはまず無理ってことじゃない? 天才じゃないと命が幾つあっても足りないわ」

 

 ニッコウキスゲが、私たちを現実に引き戻してくれた。

 

「そうだね。とりあえず火竜山の地図とか焔王についての詳細とか、私たちで活用できる範囲の情報を調べよう」

「あっ、今の相槌安心した。『できるよ?』とか言われたらどうしようかと思った」

 

 ニッコウキスゲの言葉に、皆が笑った。

 

 

 

 

 

 

 こうして資料を黙々と調べる日々が続いた。

 

 一時期は聖者と讃えられただけあって、おじいちゃんしか知らないような火竜山や天魔峰の情報が手に入った。ただ成果らしい成果はその程度で、他には飛行魔法のノウハウや実験記録ばかりだ。

 

 あればいいなぁ、と思っていたものは、やっぱりなかった。

 

「ママとパパについての記録が少ない……というか、まったくない」

 

 書庫での捜索をあらかた終えて、ぽつりと呟いた。

 

「あなたの叔父様がそう言ってたじゃない」

「それはそうなんだけどね」

 

 寂しいというわけではないが、ちょっと肩透かし感がある。

 親の卒業アルバムや過去の写真を見るのって楽しいし。

 やっぱり写真があればいいのになぁ。

 

「……わたしは、あんたのおじいちゃん、凄いって思ったわ」

「凄いというか、すさまじいというか……」

 

 正直、私も圧倒された。

 何も知らない人が見たらただのガラクタかもしれない。

 だがここにあるのは紛れもなく、世界を変革しようとした挑戦者の、墓標だ。

 死してなお胸を焦がす熱が燻っているような、そんな印象を抱いた。

 叔父様が捨てられないのも道理だ。

 何気なく鍵を預かってしまったが、これ以上の信頼の証はないだろう。

 これを適切に管理してくれるという大きな使命にちょっと重い物を感じる。

 

「あんたも、何か残しておきなさいよ。巡礼の回顧録を書いてベストセラー作家になるんでしょ」

「任せて」

 

 カピバラのことは面白おかしく書いてやろう。

 

「あたしのことは書かなくていいからね」

 

 何かに勘付いたカピバラの言葉に、皆が笑った。

 

 

 

 




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