「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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おうちに帰ろう 3

 

 

 

 グスタフ氏の言葉に、カピバラがはっとした顔を浮かべた。

 

「……そういえば、コルベット伯爵から聞いたことがあるわ。みんな凍えながら倒れて、あのときほど惨めだったことはないって」

「口の軽い御方だ。まったく」

 

 ふん、とグスタフ氏が忌々しそうに言った。

 仲悪そう。

 伯爵の方はクライドおじいさんと仲が良さそうだしなぁ。

 

 けど、なんか繋がった気がした。

 あの二人も今のグスタフ氏のような気配を感じるときがある。

 過去の痛み、あるいは後悔や未練。

 何かを置き去りにしてきたような感傷を抱き、不意に思い出しながら、今も生きている。

 

 ああ、何となくわかった。

 生還者の顔だ。

 大きな事故や災害から誰かと死に別れ、そして生き残った人々の気配なんだ。

 

「……私はただ無我夢中だっただけで。自分が何か大それたことをしたとかは思ってないの」

「それでいいのよ。ただ、帰ってきたことが喜ばしい。それだけのことよ。私たちも、他の人も」

 

 カピバラのママのヒルダさんが、しみじみと言った。

 なんとなく空気が弛緩するのを感じる。

 家族の光景だ。

 

「……ええと、それで、本題があるのだけど」

 

 カピバラが恥ずかしそうに話題を変えた。

 まったく、この空気を堪能すればいいのに。

 

「本題?」

 

 ヒルダさんが首をひねる。

 

「ソルズロア教の神殿総長が私と会いたいって言ってるの」

 

 カピバラは、自分が神殿の騎士団関係者の間で話題に上っていることや、巡礼神子の候補に挙がっていることをかいつまんで説明した。

 

 ヒルダさんは、それを聞いて悩ましげな表情を浮かべた。

 一方、グスタフ氏は真面目な顔をして静かに話を聞いている。

 ある程度は知っているのかもしれない。

 

「これ以上危ない目にあうのは……どうかと思うの。もう一生分の活躍をしたんじゃないの? 女の子がこれ以上目立って、いいことあるのかしら」

 

 ヒルダさんが難色を示し、カピバラが複雑な表情を浮かべる。

 

「で、でも、私が危ない目にあったんじゃなくて、危ない目にあった仲間を助けただけよ。直接、雪崩に遭ったわけじゃないし……」

「そんなのわからないじゃない。いつどこでどうなるかなんて。今、こうして生きてることは素晴らしいと思うわ。でも、ここで終わりでいいんじゃないの……?」

 

 その言葉に、カピバラが悲しそうな表情を浮かべた。

 通じないこと、理解して貰えないことの寂しさが伝わってくる。

 私もこの感覚のズレには、馴染みがある。

 凄いことを為せば為すほどに、「もう満足したんじゃないの?」と終わりを望まれる。

 いや、厳密には私の懐かしさ、ではない。

 記憶の中の小此木彰子が、この人の気持ちを理解している。

 彼女の家族の顔は朧気だが、多分、ヒルダさんみたいな顔をしていたのだと思う。

 

 グスタフ氏は、カピバラが成し遂げたから態度が軟化している。

 逆にヒルダさんは、成し遂げたからこそカピバラを止めたいのだろう。

 

 どこか遠くへ旅立ってしまうかもしれない背中を、親として引き止めたいのだ。

 

「……お前はどうしたいのだ」

「あなた」

「儂はマーガレットに聞いている」

「そのマーガレットに曲げてくれと言ってる途中なんです」

 

 夫婦喧嘩の気配が立ちこめ始めた。

 第三者としてはとても気まずい。

 

「それを言うにもまずは聞かねばならん。まず、何を曲げてほしいのだ?」

「え、何をって、そんなの決まってるんじゃ……」

「マーガレットは靴を作るために家を出て、あの宿六の世話になっているわけだ。巡礼をしたいのか。靴を作りたいのか。靴を作りたいのであれば危険な巡礼をする必要は無い。違うか?」

 

 グスタフ氏の言葉は正しい。

 

 そもそも私が連れ回しているせいで巡礼者と見られているが、カピバラは靴作りのためについてきてもらったのだ。さすが親というべきだろうか、捉え方が評判に左右されていない。

 

「……正直、毎回毎回、巡礼に付き合って山に登るってつもりはないわ。今回は雪山の様子を知っておきたかったから行っただけで、次のところでは登らないと思う。そうでしょ、オコジョ」

「うん」

 

 私たちのやり取りを見たヒルダさんがホッとした顔を浮かべた。

 火竜山に登るとなると、かなりシビアな山行になるだろう。

 まだ具体的なプランは話してないが、多分、カピバラは後ろに控えてもらうことになると思う。

 

 というか本来そうあるべきなのだ。

 今回は遊びが過ぎた、私の反省点であり、私が謝るべきところだ。

 

「今回、彼女を連れて行ったのは私です。だから危ない目にあったことについては、リーダーたる私の責任」

「だがマーガレットがいなければお前はここにいなかった。マーガレットが動いたから、パーティーが助かった」

「それも、間違いなく事実です」

「マーガレット。またこういう場面が訪れたとき、お前はどうする」

 

 グスタフ氏の言葉に、カピバラは一瞬沈黙した。

 何を言うべきか迷った……というより、これを言ってしまってよいかという逡巡だった。

 

「……私がいかなきゃいけないってときは、行くと思う」

「マーガレット!」

「だって、もしものときやまさかのときまで躊躇ってはいられないわ。そもそもを言うなら私なんかよりお父様みたいな騎士団の人の方が遥かに危ないもの。特に、次の山では……そうなるに決まってる」

「その口ぶりだと、知っているようだな……まあ、巡礼者ならば当然か」

 

 次の山。

 目的地はおそらくグスタフ氏も同じだろう。

 騎士団は何らかの形で関わっていることだろう。

 焔王という大災害の対策が、この国の水面下で進行している。

 

「……そうだな。何が起きるかはわからん。何かが起こったあとにどうするかは、計画を立ててもその通りに動けるかはわからん。そういうものだ」

「やめてくださいあなた、縁起でもない。マーガレットもあなたも、絶対に危ないことはしないとか絶対に帰ってくるとか、そういうことを言うものでしょう! 何かをする前に失敗することなんて考えないでほしいし……それができないなら早く結婚して家に入ればいいじゃないの!」

 

 ヒルダさんの言葉に、グスタフ氏が渋面を浮かべた。

 私もその気持ちがわかる。

 心配ばかり掛けて本当に申し訳ない。

 似たようなことを言われる度に小此木彰子は、曖昧に誤魔化して旅立ち、そして帰らなかった。

 

「……お母様。私はまだ、結婚するつもりはありません」

 

 けれどカピバラは、目を逸らさなかった。

 自分がどうしたいのかを、決然と言ってみせた。

 

「なんでなのよ」

「やりたいことがあるから」

「……靴を作るだけならもういいじゃないの。止めろとは言わないけど危ないことをしなくったってできることでしょ?」

「それだと、きっと辿り着かないから」

「辿り着くって……どこへ?」

「火竜山の、山頂。そしてもっと遠く」

 

 グスタフ氏とヒルダさんの表情に疑問が浮かぶ。

 

「カピバラ、それは」

「言うわよ。みんなに言うわけじゃない。でも、親には言いたい」

 

 仲間には伝えた話を、家族にも伝える。

 当たり前のことだ。

 でもこれをカピバラが言おうとしていることが驚きだった。

 

「言ってもいいけど、ここで……?」

「何よその、びくびくした顔は」

 

 カピバラが妙に不満そうに私を睨む。 

 なんで怒られてるの。

 

「別に、いつもの顔だけど」

「そんなことない。あんた全然話に混ざってこないじゃない。遠慮する性格じゃないでしょ」

「流石に家族の会話に口を出したりしない」

「あんたがそういう遠慮をして、ガツガツしたところ最近減ってる気がする。よくないわ。ここは確かに家族会議みたいなものだけど、騎士団長に直接物を申せる場所なのよ。他の騎士団がヘマをして、騎士団長の娘が危うく死ぬところだった。それじゃあどういう形のお詫びをしてくれるんですかってことを相談ができる状況なの。どうして利用しようとしないのよ」

 

 なんかとんでもないことを言い出した。

 グスタフ氏もヒルダさんも目を白黒させている。

 

「その発想は……あったと言えばあったけど……」

「あんた、ちょっと満足しちゃってない? シュガートライデントだって、これから攻略する火竜山だって、全部下準備に過ぎない。この程度のことで褒められてどうしよっかって、浮ついてる。あんた一人でこの屋敷に来たときは何一つ無かったのに」

 

 それは、確かにその通りだ。

 両親はすでに亡く、婚約者を奪われ、思い出したのは異世界の人の記憶だけ。

 お金もなければ後ろ盾もない。

 そんなときに私は彼女に宣言したのだ。

 

 ああ、そうか。

 私は今この場で心配するのが馬鹿馬鹿しいほどに、とっくの昔に彼女の運命を変えたのだ。

 

「……火竜山の先とは、なんだ。先に何があるというのだ」

 

 グスタフ氏が、恐る恐る尋ねた。

 

「火竜山の焔王は、私たちの、踏み台。私が作った靴で足蹴にされる哀れなトカゲ。全部現実になろうとしてるし、そのための一歩一歩を踏みしめてきた。これを話したらみんなが鼻で笑うような法螺話が、もしかしたら、できるかもしれないって現実味のある未来になっている」

 

 そのあまりにも剛毅な言葉に、グスタフ氏が驚愕した。

 いや、驚いているのは私もだ。

 

「私の、私たちの目指す場所は、天魔峰の本当の山頂。そこを踏みしめるのはこのカプレー=クイントゥスであり、私が作った靴になる」

 

 

 

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