「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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シュガートライデントを縦走しよう 5

 

 

 おっとしまった、精霊様に軽口をたたいてしまった。

 

「すみません。ところで山頂までとても風が強いのですが、弱まりますか? 人が飛ばされたりしますか?」

【飛ぶほどではなかろう。だが偶発的な突風までは読めぬ。油断せずに行くがよい。また、山頂で祈りを捧げれば少しばかり落ち着くであろう】

 

 なるほど、そもそも魔物がいないから姿を消したり眠ったりするというクリア効果はないが、環境は楽になるということか。それはありがたい情報だ。凍刃峰から先のルートがぐっと楽になる。

 

【風が落ち着くのはあくまで凍刃峰だけじゃぞ。極光峰が楽になるわけではない】

 

 くっ、そう簡単にはいかないか。

 だが気を取り直して情報を集めなければ。

 

「凍刃峰の周囲に雪庇や脆い場所はありますか?」

【北側は雪が張り出しており、もしここが聖地としての力を失えば崩落もありえよう。だが聖地の魔力はよどみなく流れている。いつぞやのように途切れて雪崩を起こすことはなかろう】

 

 その言葉に大きく安堵を覚えた。

 あんなトラブルまず起きることはないとわかっていても、「万が一がない」というだけでホッとしてしまう。

 

「山頂に行くまで目印になるような場所はありますか?」

【……ここから稜線に出て歩いた先の北北東、200歩ほどの場所に何かが突き出ているものが見えるはずだ。本来は看板であったが、そこに雪が張り付き、固まり氷の柱となった。そこからであれば山頂も近いし歩きやすかろう】

 

 雪山は目印となる場所が少なく、現在地を見失いやすい。

 だから、数少ない岩や人工物を見つけて目的地へと目指す必要がある。

 シュガー様の情報はまさに値千金というやつだ。

 

「ヨシ! ありがとうございます!」

「あ、オコジョさん。もうちょっとお願いできる余地はありそうです。おまけに何かお願いしてみましょう」

 

 ジニーさんが押せ押せの姿勢を見せてくる。

 流石プロだ。

 自分の得意分野では遠慮がない。

 

【まったく仕方ないのう。何か望みがあるなら申してみよ】

「えーっと……山小屋とかやってたりします?」

【あるぞ】

「あるわけないですよね、すみません」

【いや、あるぞ?】

「えっ?」

【えっ?】

 

 

 

 

 

 

 地図上にない山小屋が「ある」だけならともかく、「やってる」という問いかけにYESと答えたのは明らかにおかしいというのに、シュガー様は詳細までは語ってはくれなかった。一応、場所だけは教えてくれたが、誰がいるのか、何をしているのか、何があるのかはさっぱりわからない。

 

「……考えても仕方がない。とりあえず進もう」

「そうだね」

 

 ということで、休憩を終えてから行動再開となった。

 

 稜線は風が強く油断はできないが、足そのものへの負担は少ない。猛烈な風によって雪が押し固められているので、ふわふわの雪を蹴り続ける必要がなくなるからだ。

 

 もっとも、滑り落ちて体が大根おろしに掛けられる地獄が待ち受けていたりもするのだが。

 

「アイゼンのトゲトゲと、ピッケルの石突をしっかり刺して歩こう」

 

 地上から程遠い天空の世界でありながら、大地と一体になっている感覚を覚える。足裏の刃は船の碇のように、私の体を繋ぎとめてくれる。

 

 そして繋がれているのは大地だけではない。仲間ともウェブビレイヤーのロープを介して繋がっている。これで転倒や滑落しそうになっても踏み留まることができる。だが即物的な効果以上の安心感がある。この美しくも残酷な純白の世界で、命を預ける仲間がいるのだ。

 

「そろそろ坂がキツくなってきたね……」

「うん……」

 

 息が荒くなってきた。

 

 しかし、ゴーグルは曇ることなく視界は確保されている。曇り止めが甘い安物だと、これまた非常に困る。自分の吐息で身動きが取れなくなる、なんてこともありえる。

 

 しかしそんなうんちくを語る余裕もない。標高の低い場所では感じられない緊張感が漂う。皆、口数も少ない。

 

 だがそれでも、歩き続ければ道は拓ける。

 

「みんな、見て……エビのしっぽ」

「エビのしっぽ?」

 

 雪山の稜線上に置かれた看板や岩は雪が張り付き、そして風下の方に氷が伸びてあたかもエビの尻尾のようになる。最初に見かけたものよりずいぶんと大きい。あれがブラックタイガーとすると、こっちは立派なクルマエビだ。

 

「エビかこれ?」

「いや、うーん、見えなくもないけど」

「オコジョさんは言語感覚が独特ですね」

「えっ……?」

 

 そんなバカな。

 こんなにご立派なエビのしっぽなのに。

 だというのに三人とも首をひねっている。

 

「エビ。絶対にこれは、エビのしっぽ」

「どっちかっていうと魔物じゃない? レッサードラゴンとかバジリスクとか、トゲトゲついてる爬虫類だよ」

「ニッコウキスゲのたとえ、なんか可愛くない」

「レッサードラゴンかわいいって絶対」

 

 うっそだーと他愛もない会話をしながら歩みを進める。

 このえびしっぽ看板から頂上はそんなに遠くないはずだ。

 ウェブビレイヤーを使って支点を確保しながら少しずつ登っていく。

 風が強い。

 寒さゆえに汗もさほどかかない。

 頂上に長居はできないだろう。

 立ち止まっていればいるほど体温が奪われていく。

 

「大丈夫?」

「心配するな、行けるぜ!」

 

 私が振り向いて呼びかけると、殿のツキノワが声を張り上げた。

 

「もうちょっとだから、がんばろう」

 

 ピッケルで足場を確認し、柔らかい雪がないかを確認しながら、慎重に、慎重に歩く。

 当然の話として、頂上に近付くにつれて足場が細くなっている。

 消去法によって足を置くべき場所が限定されるがそれは安全を意味しない。

 むしろ滑落の危険性が増しているのだ。

 そして、

 

「……見えた」

 

 これまで歩いてきた道の反対側の景色が見える。

 叔父様の屋敷がある方向とは反対側の、この雪の結界の縁が見える。

 

 雪に覆われた白銀の世界。

 その先には、確度的に雪が積もらない灰色の岩が雪景色と混ざったゼブラ模様がある。

 ゼブラ模様が結界によってまっすぐ一本線が引かれ、結界の外は青々とした夏山の森が見える。

 

 大自然が生み出す色のコントラストと、魔術による色のコントラストが調和した不思議な世界。

 シュガートライデントの頂上を登った者だけが味わえる景色。

 

 その景色がみえるということは、今、ここは、頂上(ピーク)にある。

 

「オコジョ!」

 

 ニッコウキスゲが嬉しそうに手を伸ばす。

 その手をがっしりと掴んだ。

 

「ニッコウキスゲ、やったね」

「よし来た! ほら、師匠! ツキノワも!」

 

 数珠つなぎに手を結んで、四人ならんで頂上に立った。

 

「みんな。凍刃峰登頂、おめでとう」

 

 私の言葉に、みんながにやにや笑った。

 

「やらかしたのはあんただよ」

「そうだそうだ。こんなところまで連れてきやがって」

「私もこんなところに連れてこられるとは思いませんでした」

 

 まったくみんな口が悪い。

 けど、同じ喜びを感じていることは間違いない。

 

「まだまだ序の口。後半も頑張ってもらう」

「「「おー!」」」

 

 

 

 

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