「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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シュガートライデントを縦走しよう 7

 

 

 

 苦悶の表情をしていたジニーさんが深呼吸をして、私たちに向き直った。

 

「……ここは聖者カルハインの私的な研究室……そう認めるのが妥当でしょう。霊薬のレシピに、禁術の研究書。もはや間違いありません」

「そもそも禁術ってなんですか?」

「それはですね……」

 

 ジニーさんが色々と例示して教えてくれた。

 

 例えば、祈った日数ではなく寿命を分や時間、日の単位で捧げる祈祷。

 

 例えば、邪精霊のみに祈るかわりに大きな力を操れるようになる契約術式。

 

 有名どころはこのあたりだが、他にも色々とあるらしい。山頂部の聖地を破壊する方法とか、逆に変なところに聖地を作る方法とか。これを悪用すれば世の中どうなるかわかったものではない。

 

「つまり禁術とは、太陽神教においてごく一部の人間だけが学ぶのを許された魔法……ということです。禁術の実行にあたっても高位聖職者の全員が同意を得る必要があるなど、厳重に管理されています」

「ジニーさんは知ってたんですか?」

「存在は知っていましたが、具体的な内容や呪文までは知りません……ていうか知っちゃいけません」

「でもけっこう読み込んでましたよね?」

「ぅぉえっ」

 

 ジニーさんが『やってしまった』みたいな顔をして頭を抱えた。

 ていうか凄い声が出たな。

 

「ちちちちちちち違うんです、ついうっかり、興味本位で見てしまっただけで、内容は忘れます、忘れますから……!」

「いやいやいや、落ち着いて落ち着いて。大丈夫。見なかったことにしましょう。対外的には」

「オコジョさん……!」

 

 ジニーさんが感涙にむせぶ。

 

「だからもうちょっと調べましょう」

「オコジョさん……!!!」

 

 ジニーさんが顔を青くする。

 

「いや……実際これ、調べた方がいいやつだね。厄介事に巻き込まれたくはないんだけど、もうすでに巻き込まれてるよ。だったら知った上で巻き込まれた方がいい」

 

 ニッコウキスゲが苦み走った顔で言った。

 

「そうだね……。誘導されてるような気もする」

 

 私たちは明らかに、シュガー様に誘導された。

 よくよく考えてみたら精霊との会話なのに妙に饒舌すぎた。

 祈りの日数に対して、明らかに過剰に与えられている。

 本来の精霊であればもっと漠然としたことしか教えてくれないのに。

 まあ、シュガー様が他の精霊よりも格が高いというのもあるのだろうけど、何かしらの思惑がある。

 

「どうしよ。もう一度呼び出そっか?」

「いや……今すぐはやめましょう。調べるのであればきっちり調べて質問内容を練って、事実を突き止めるのが良いかと」

 

 ジニーさんも覚悟が決まったようだ。頼もしい。

 

「しかし、そうなるとここに1日泊まらなきゃいけないんじゃないか?」

 

 と、ツキノワが言った。

 

「どっちにしろどこかでビバークするつもりだったし、幸いかな。雪洞掘りする必要もないし」

「たしかにな」

「食料も十分に持ってきたし、調べ物しながらご飯も準備しよう」

「おっけ、了解」

 

 こうして私たちは、不可思議な出来事ばかりの1日目を終えることとなった。

 

 

 

 

 

 

「飯は上手い。小屋も意外に温かい。かなり快適だったんだが……」

「だが?」

「楽しめる状況じゃねえんだよなぁ」

 

 調べ物をして食事をして就寝し、冬の山小屋での素晴らしい朝を迎えたはずだったが、ツキノワが頭を抱えている。まったくその通りだと私も思う。

 

「食べられるときは食べる。旅の鉄則」

 

 ツキノワに朝ごはんを盛った皿を押し付ける。

 文句はお互いにお腹いっぱいのときに聞くのが私の流儀だ。

 お腹が空いてるときに真面目な話をするとギスるものだ。

 

「まあそうなんだが……てか美味そうだな」

「ふふん。今回は自信作」

 

 今日の朝はカレーペミカンだ。

 炒めたひき肉、豆、野菜類をバターで固めたぺミカンをお湯で溶きながら香辛料を混ぜて煮立たせ、カレー風味の味付けをした。

 カレーの香りを出すために必要な要素は、クミン、コリアンダー、ターメリックだ。その3つがあれば最低限カレーと言うべきものができる。その3つの中で、ついに私はクミンっぽい香辛料を見つけることができた。クミンだけではカレーというには少々甘みが強いが、それでもこの香しさは食欲をそそる。

 

「いや、うめぇなこれ。こないだのペミカンも美味かったがこれは後に引く美味さと言うか……」

「香りがいいんだよね……なにこれ……?」

「恐らく、輸入品の香辛料ですよね。でも珍しいものでしょうに、よく使いこなせますね……?」

「でしょでしょ」

 

 クミンパワーを思い知ってほしい。

 ついでにコリアンダーとターメリックを探す旅にも付き合ってほしいところだが、まずは目先の課題を解決しなきゃいけない。

 

「お茶もある。外に出る前に体温を上げとこう」

「一息ついたら、アレやろっか」

 

 ニッコウキスゲは重苦しいときでもこうして率先して話を進めてくれるから助かる。

 コーヒーを飲み終えたところで、ジニーさんを中心に祭壇の準備をしていく。

 

「……霊峰を守りし大いなる精霊シュガーよ。祈り3日分を供物とする。どうかその尊き姿を現したまえ」

 

 私が呪文を唱えると、すぐにシュガー様が現れた。

 

【やはり、呼び出すであろうと思っていた】

「多分、ここの所有者について聞かれても答えられないだろうから、遠回しな疑問をぶつけていきます。可能な範囲で答えてください」

【よかろう】

 

 ここの山小屋の主人、カルハインは恐らく情報を秘匿するために何かの契約の縛りをしたはずだ。

 今まで私たちをカルハインの研究室に誘導しながら、シュガー様の口からカルハインの話がまったく出てきていないのがその証拠である。

 

 そして更に推測を重ねた話だが。

 シュガー様は、カルハインとの契約にあまり納得していない。

 

「とある巡礼者がいました。恐らく彼は、私たちが登ってきたルートとは全然別の……凍刃峰を経由せずここに直登できるルートを登ってきて、この山小屋を拠点に修行や研究をしてきました」

【うむ】

 

 ここは恐らく、カルハインが知る秘密のルートだ。

 

 他の人間はまず知らないだろう。山の反対側にある領地の方からここに登ろうとする頭のおかしな人間か、あるいはシュガートライデント三山縦走にチャレンジする頭のおかしな人間しか答えにたどり着けない。

 

 反対側の領地からここに来るのは相当しんどいと思われる。人里から出て開拓されていない森を3日歩き続けなければ登山口そのものにたどり着けない。

 

 そこから先も過酷な登りが待っている。地図で見る限り、早月尾根ルートの剣岳くらいキツい。私たちもこの部屋に保管されていた地図を見るまでは信じることができなかった。忘れられた道と呼ぶに相応しい道だ。

 

 どうしてこんな場所で、隠れるように何かを研究していたのか。

 

 彼は……いや、彼らはあの場所を目指していたのだ。

 

「そして巡礼者の相棒もまたここに来て修行をしていた。ここの直登ルートは恐らく、天魔峰の練習にうってつけだから」

【……うむ。確かに、二人がここに来ておった】

 

 ここはカルハインの秘密の研究室であり、修行場だ。

 

 彼の登山記録があり、その内容は天満峰を想定しているとしか思えないような過酷なルートをあえて選んで登っていた。その過酷な練習においてザイルパートナーがいたと思われる。

 

 ここの書架にある本のほとんどはカルハインのものだ。魔物よけの霊薬の調合レシピや実験記録、そして精霊魔法の魔法書や研究書である。様々な門外不出の魔法について記された本があり、ジニーさんは日没後も「読んじゃダメです、ああっ、でも……!」と悶えながら書物を一心不乱に読んでいたが、消灯時間になったので強制的に寝るように促した。

 

 だが書架の奥に、飛行魔法についての本があった。

 

「巡礼者の相棒の名は、アローグス。私のおじいちゃん」

 

 ただ、飛行魔法について新たな発見はない。恐らくアローグスおじいちゃんがいたのは、もっと若い頃だったのだろう。カルハインと決裂する前の。

 

「恐らく二人は、自分の奥義の秘密と、許されざる巡礼を志しているという秘密を漏らすことなく、お互いの流儀を尊重して切磋琢磨できる仲間だった。だけど、一人は許可を得ずに山を目指し……失敗した。もう一人は挑戦を諦め、けれど聖者としての名誉を得た」

【さて、俗世のことは知らんな】

 

 否定はしてこない。

 口止めされている様子もない。

 質問続行だ。

 

「彼が開発した魔物よけの霊薬には限界がある。霊的な力が強ければ強いほど霊薬は効くけど、生身の動物に近い、魔物としての格が低い魔物にはあまり効かない」

【……】

「まったく効かないわけじゃないから霊薬自体に嘘はないけれど、巡礼の成功率が上がるのは事実。カルハインは、霊薬を売り出してほしいという神殿上層部の要望に逆らえなかった。そうしないと色んな物事が破綻してた」

 

 ここでもう一つ、とある問題が持ち上がってくる。

 アローグスおじいちゃんが天魔峰に消えて五年後、大地震が起きた。

 

 震源地は天使回廊。五大聖山の一つではあるが、技術的な難易度は他の聖山ほどではない。標高も二千そこそこで、斜度も大したものではない。

 

 ただし、ここは富士山みたいにでかい山が一つあるだけの独立峰ではなく、丹沢や奥多摩のような色んな山が密集した山塊だ。一週間近く色んな山を乗り越え続けてようやく聖地の中心に辿り着ける。

 

 ちなみに、過去に天使回廊を登頂した人は裏スライム山のレコードホルダーであり、やたらローマ人風の日本人に似ている聖オリーブである。だがそれも百年前のことで、オリーブ以後は天使回廊を登頂できる者もおらず長らく放置されており、それが大地震のきっかけとなった。

 

 おじいちゃんが天魔峰で消えたこととは無関係ではあるのだが、世論がそう扱ってくれるわけではない。「アローグスの失敗によって巡礼者の活動が抑制され、大地震の引き金になった」的な、世論の犯人捜しのターゲットになってしまった。

 

 そこでカルハインは、アローグスおじいちゃんを悪者にして、自分のやり方の正しさを押し通すことにした。更には大地震復興の予算集めのために自分の霊薬を大々的に売り出さなければならなくなった。そのために自分自身のやり方や霊薬の効果に疑義を出すことが神殿上層部から禁じられた。これはもはや薬の名を借りた税金や喜捨に近い。

 

 この山小屋にある手記によって、カルハインにまつわるスキャンダルのほとんどが事実であると証明された。問題のある霊薬を売り捌いて大きな利益を得ているのは事実だ。非難されても仕方がない。

 

 だがそれでも彼が、すべてを解決しようともがいていた。

 

 彼はアローグスおじいちゃんを公的な場で罵倒し、「あんな巡礼者になるな」と言って憚らない。それでもアローグスおじいちゃんが天魔峰から帰らなかったことに怒り、そしてそれ以上に悲しんだのは、カルハインだった。

 

 うるせーこと言うえらそージジイがいるらしい、という認識を私は持てなくなった。肩をもんであげたいくらいだ。

 

「……ここまでが答え合わせ。本当に大事なのは、これからの話」

【言ってみよ】

「あなたを使役している精霊魔法使いと、あなたに命を捧げている契約者は、別の人間ですか?」

【左様じゃ】

「そのことを、力を行使する側は気付いている?」

【それはわからぬ。我の知らぬところで説明を聞いたやもしれぬし、聞いていないやもしれぬ】

「つまり、聞いていないと」

【大事なのは、命を差し出す者の同意じゃ。術を行使する者ではない】

 

 これはジニーさんが読み解いたことで浮かび上がってきた推理だ。

 

 以前、私たちが雪崩に巻き込まれたのは巡礼者アクセルくんが別の山で大規模な魔法を使ったことによる反動だ。この聖地の力を吸い上げたために低温で保たれた環境が崩れて一気に温度が上昇したためである。

 

 そんな大規模な精霊魔法を行うにはただの祈りを捧げるだけでは不可能だ。彼は、自分の寿命の日数を捧げるような呪文を唱えていた。そんな危険な、もはや邪法や禁呪と言ってよい魔法を教えたのは誰か。

 

 思い当たるのは彼の庇護者であるカルハインだ。ていうか彼以外いない。いくらなんでもあんな若者を犠牲にするなんてひどすぎる。手記を見て抱いた尊敬なんて吹っ飛ぶ……のだが。

 

 カルハインはさらにその想像を超える邪法に手を染めていた。

 

「アクセルくんは自分の寿命を犠牲にしているつもりで、カルハインの寿命を犠牲にしている。シュガー様はそれをアクセルくんに黙秘している」

【……】

 

 沈黙。

 

 つまり口外を禁じられたことに抵触している。

 

「彼らは、多分、ずっと前から火竜山の活動再開や焔王復活の予兆に気付いて準備をしていた。だけどそれを公言すると社会不安そのもののダメージの方が大きい。話すべきタイミングを見計らいながら、アクセルくんを育成していた」

【……】

 

 最小限の犠牲で焔王を倒すこと。

 それがきっと彼らの目的だ。

 地位や名誉でこんな狂気の沙汰はできない。

 

「……ありがとうございます。聞きたいことは聞きました」

【これは、我の独り言じゃ】

「はい」

【我ら精霊は、その多くは希薄ながら心を持つ。無法な願いをする者に罰を与えることもできる。だが……無法ではないが叶えたくない願いを完全に拒否することはできぬ。供物を捧げられれば嫌とは言えんのじゃ】

 

 精霊は、殺人や盗みを幇助することはない。私利私欲のための行動を手伝わせることは難しいのだ。

 

 だが私利私欲ではなく崇高な目的であるが、逸脱した願い、叶えたくない願いは存在している。術者の命を危険にさらすようなものとか。

 

「供物……」

【うむ。願いを断るためには、必要な祈りを釣り上げる。そうすることしかできぬ】

 

 なるほど、お断り見積もりみたいなものだ。

 やりたくない仕事には十倍とかの金額を提示したりするものだ。

 だが往々にして、お断り見積もりというのは案外通ってしまう。

 

「オコジョさん。これが邪精霊が邪精霊と呼ばれる所以でもあります。人の願いを叶えるために大事なものを奪ったり無茶な試練を課したり、あるいは人を弄んだりする……というのは間違いではありませんが、一つの側面に過ぎません。無茶な願いを要求している側が、精霊を、邪精霊にしている。そういう側面も確かにあるのです」

 

 ジニーさんの言葉は重みがある。

 私もそれを実感していた。

 カルハインが焔王を倒すという目的のために自分の命を削っている。

 それは真剣なまでのカルハインの願いであり、邪精霊シュガー様はその願いを間違っているとは否定できないのだ。

 

【精霊との契約に長けた者であればあるほど、願いを通す手練手管に長けている。口惜しいものじゃ……】

 

 恐らく今も、カルハインの命がシュガー様に流れてきている。

 カルハインの年齢は、私のおじいちゃんと同年代とすると六十代の半ば、もしくは七十代の前半といったところか。今までどれくらいの寿命を消費したのだろう。

 

「シュガー様。私は、アクセルくんの命を救いたいと思ってた。聖カルハインを許せないと思った。今はそれが思い違いだと気付いた……。だけど、やるべきことは変わらない」

【そうか】

 

 シュガー様が、少しだけ、微笑んだように見えた。

 見える姿が曖昧だからわからないけれど。

 

「焔王を倒すために費やす寿命を考えたら、アクセルくんであろうとカルハインであろうと、多分、死ぬ。何日単位どころか、年単位の第魔法を使って焔王を殺して、そして寿命を捧げる側も死ぬ。だから私は、まったく逆のアプローチを取る」

【逆?】

「火竜山厳冬期登山をやり遂げてみせる。夏季でさえ登頂に苦労する山が、更に氷に閉ざされた難所になる。それでも私たちメンバーが、適切な機材を与えられて、適切な魔法の支援があれば、だれも死なせることはない。一切の不可能はない」

【……やってみるがよい。だが】

「だが?」

【まずは極光峰を登れ。さすればおぬしたちに祝福が与えられるであろう】

「まずは試練をこなせってことですね」

 

 シュガー様が明確に笑った。

 ちょっと意地悪な、邪精霊らしい笑みだ。

 

【おぬしらはさっき、邪精霊とは何かを申しておったな。だが我が人に試練を与え、人を偏愛するのも事実じゃ。可愛い子らが、人並外れた願いを叶えるためにもがく姿が……可愛くないわけではないのじゃぞ?】

「うわっ」

【特に最近の巡礼者の中では……おぬしと、ここにはおらぬ娘は、面白い。愛でる甲斐がある】

 

 まだまだ難関は続くと言うわけだ。

 カピバラは少々とばっちりだけど。

 でもカピバラと、ここにいる仲間たちとなら、成し遂げる。

 

「災難だねぇあの子も」

 

 ニッコウキスゲがくすり笑い、ツキノワも噴き出した。

 

 

 

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