「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた 作:富士伸太
さて、気持ちよくお話できたから下山……というわけにもいかない。
今回のシュガートライデント最後の難所、極光峰を目指す。
「風は微風。空は快晴」
夜明けだ。
青と赤の入り混じった玄妙な光が雪面を照らしている。
星明かりによって薄い青色に輝いていた山肌が、急速に彩度を帯びていく。
赤が混ざり、薔薇のような色へと変化していく。
だがそれもほんのわずかな間だけだ。
眩しい太陽が雪面と私たちを貫いていく。
「みんな、行こう」
「ていうか夜明け前のうちに高度を稼いどきたかったんだけど」
私が皆を振り返って格好良く宣言する……が、ニッコウキスゲがすでにちょっとお疲れ気味だ。
「ご、ごめんなさぃぃ……つい話が盛り上がって……」
私とシュガー様の話が終わった後、ジニーさんが色々と魔法についてのマニアックなお話をしていた。ここの資料を読んだためにより高度な精霊魔法の使い方などを習得できたようで、実際に使う前に確認をしておきたかったらしい。私たちパーティーのレベルアップを図る目的だったが、なんだかジニーさんが一番レベルアップしてそうだ。
「得た分はキリキリ働いてもらうからね、師匠」
「師匠使いが荒いお弟子さんです……」
「あたしはマシな方だよ。無茶ぶりするのはこっち」
ニッコウキスゲがそう言って私のザックを軽く叩く。
ふふん、せっかく腕利きの仲間が増えたのだ。
本番までガンガン働いてもらう。
「オコジョさんは……聖女になる素質はありそうですねぇ……」
本来は誉め言葉のはずだが、なんだか人でなしの隠語のようにも聞こえる。気のせいということにしておこう。
「んで、極光峰はどんな感じなんだ?」
ツキノワが質問を投げかけた。
「まあ……見ての通り?」
と言って私は、ここから見える山頂を指さした。
強い傾斜の山肌があり、その上に尖った山頂がある。シュガートライデント三山において、「トライデント」の名を関するにもっとも相応しい山であると言えよう。
「……どうやって登る?」
「がんばる」
私が手を横に突き出してサムズアップする。
みんなのテンションが下がっていくのを感じる。
冗談なのに……。
「真面目に説明すると、しばらくは普通に登山道があるから問題ない。そこから森林限界に入った後は、トラバースしながら傾斜の緩いところを見極めて登るか、直登するかの二択なんだけど……」
「直登ってことね」
と、ニッコウキスゲが言った。
極光峰は、傾斜は強いが危険個所は少ない。
というより私たちの力があれば危険個所を無くすことができる。
私かジニーさんが精霊魔法を使って、動物の身体能力を使って先に登攀してロープの支点となる場所を構築する。もし雪が緩かったり荷重に耐えられなさそうなときはニッコウキスゲが魔法を使って支点の強度を上げる。以前、氷菓峰を登ったときのようなやり方だ。
問題は、ここは氷菓峰よりも傾斜が強い。ロープ任せに引っ張ってもらうのは支点への負荷が強くなりすぎる恐れがある。あくまでロープは補助としてしんどい登りをする必要がある。
「アイゼンとピッケルを使って、一歩一歩突き刺しながらしっかりと、そしてひたすら歩く」
「結局『頑張る』作戦じゃねえか」
ツキノワが呆れたように言った。
だがその目は山頂に向けられている。
口元には微笑みが浮かんでいた。
「登り甲斐、ありそうでしょ?」
「まったくだ」
いかに崇高な使命を持っているとしても、私たちには不変の魂がある。
こんな素敵な山を見て、ワクワクしないわけがないのだ。
◆
というわけで、私たちは森林限界に出た。
山頂が近い。
ていうか遮るものがないのでずっと山頂が見えている。
ズームアップするように、尖った槍の頭が近付いていく。
「まだあんなに遠い」と「近くなってきた」が混ぜこぜになっていく。
風は少し強い。
雲も出てきた。
「さっむ! 寒いんだけど!」
ニッコウキスゲが文句を言うが、まったくもって同意だ。
登山において、休憩は大事だ。
だがこの環境においては、「休憩しないこと」もまた同時に大事だ。体を動かして熱を発することができれば氷点下20度の環境でもなんとかなるが、体を止めて代謝が下がってしまうとダメージが蓄積していく。というか今は激しく心臓が鼓動しているのに「けっこう寒い」になりつつある。迂闊に完全停止や休憩ができない。
「短い距離で支点を構築していく。ウェブビレイヤーを使って安全に、ただし休まずに登攀しよう」
「歩こう、じゃなくなってきたね……。クライミングを思い出すよ」
「勘弁してくれ。アレをこんな山でやるのか」
「大丈夫大丈夫、サイクロプス峠に比べたら傾斜は全然緩い」
実は登り坂から、登攀になりつつある。
傾斜が強くなり、更には雪質が固く締まって半分氷のような状態になってきた。だから普通に歩くのではなく、つま先のトゲを雪面に蹴り込まなければならないポイントが増えてきた。
ポールもしまって、ピッケルの出番だ。雪面に石突を突き刺しながら登る。もうちょっと傾斜が強いならばダブルアックスという二本持ちスタイルで登らなければならないところだ。今のところロープの補助もあるから何とかなっているが。
「大きく足を持ち上げない。一歩一歩小さくして、アイゼンの爪をしっかり突き刺して行こう」
「ふええ……辛いんですけどぉ……!」
ジニーさんから弱音が出てきた。
流石に厳しかっただろうか……と思って心配してしまう。
「師匠は弱音吐いてるうちはまだまだ大丈夫だよ。『大丈夫です』って言い始めたらヤバいタイプ」
「それを言わないでくださいよぉ……!」
文句を出す元気はありそうだ。ヨシ。
「みんな頑張って。休みはしないけど」
「ひどいですぅ……!」
「もうちょっとだから。もうちょっと」
気休めの言葉を出しながら、山頂を見つめる。
さっきよりもずいぶんと近い。
ジニーさんへの言葉でもあるが、自分を奮い立たせる言葉でもある。
脚を動かせ。
小さく、ゆっくりと、確実に。
つま先を雪面に食い込ませて、下半身全体の力で自分を持ち上げる。
膝だけの力でもなく、太ももやふくらはぎだけの力ではない。
腹筋やおしりからつま先までの一連の力を意識して、局所が疲労しないように。
「みんな、がんばれ」
風が吹く。
ここは、体の芯から迸る熱さえも奪われていく極寒の地だ。
基礎代謝を除いた消費カロリーは5000を優に超えるだろう。
ここでは命という火を絶やさないように、体を燃やし続けるしかないのだ。
自分が熱量を変換して動く生き物であることを否応なく自覚する。
「一歩が……ちっちゃくてキツいんだよね……!」
ニッコウキスゲが弱音を叫ぶ。
事実、私たちは亀のような歩みで山を登っている。傾斜が強い上に、雪面を蹴り込まなければいけないので、一歩一歩の負荷が段違いに強い。
「ちっちゃいのは正解。確実に……ゆっくり行こう……!」
ピッケルを駆使してバランスを保つ。 今までは石突を突いていたが、かなり急傾斜なところを超えるために葉の先端、ピックの部分を引っかけるように使う場面も出てきた。
しかし傾斜が強い箇所では雪が積もりにくいので、岩が露出していて引っかけるところがある。雪じゃないところを見るとホッとするような心理状態になっている。雪があってもゆるい方が遥かに楽なはずなのに。
「ここまでくれば、もう少し……!」
「そのもう少しが信用ならん」
途中に存在する岩場を乗り越える。
ツキノワの文句を無視して、頂上を見た。
「これが、極光峰……」
雲一つない青空に、何かが煌めいた。
緑色のようにも見えるし、ピンク色にも見える。
ふとした瞬間に玄妙な輝きが見える。
「シュガートライデント三山において、もっとも魔力が強いのは……ここ、極光峰です」
「ジニーさん、大丈夫ですか?」
「は、はいぃぃ……」
はいではない。
けっこうしんどそうだ。
「少しペースを緩めよう」
急峻な岩場を全員登り終えたのを確認して、少し速度を緩めた。
皆、心拍が上がりすぎているだろう。
呼吸が整ったところでジニーさんが話の続きを始めた。
「この山頂ですべての魔力を集約し、『冬』を維持する結界を張っています……。極光峰こそがシュガートライデントの中心なんです。魔力の放出が強すぎて、きらめいて見えるのだと思います」
「なるほど……」
極光とはオーロラのことを意味するのだが、ここはオーロラが見える土地ではない。それでもオーロラのように輝く何かがある。
だから今の私たちのように、この光を見た者が名付けたのだ。
極光峰と。
「……なんで、ずっと冬を維持してるんだろう?」
「一説には……冬の王の到来を防いでいると聞きます」
冬の王とかなんか凄い名前が出てきた。
「超強い魔物ってこと? 魔王とか?」
「……大いなる魔物であるという説や、最強の邪精霊という説もあり、あるいはただの気象現象であるとも言われ、定かではありませんが……。冬の王が訪れれば、向こう三百年は冬の力が大きく増大するのだとか」
「冬の力……」
「具体的には、平均気温が5度くらい下がります」
「ん? それだけなの?」
ニッコウキスゲが首をひねる。
だがそこに、ツキノワが反論した。
「いや……5度下がるのはヤバいぞ。普通の冬じゃ凍らない川や港が凍っちまうってことだからな。雪の積もり方もかなり増えるだろうしな」
地球で言うところのミニ氷河期といったところだろうか。
江戸時代あたりは東京でもガンガン雪が降っていたそうだし。
それを防いでいるのだとしたら凄い。
「……その力を維持するためにも、祈りを捧げなければいけません。氷菓峰や凍刃峰までならば可能な冒険者はいても、それでも普通は命がけです。ここまで余裕で来られる冒険者はそうそういませんから」
「余裕ってわけでもないけど……。でもまあ、ちゃんと無傷で帰るから安心死してほしい」
そのためには、足を動かす。
あの不思議な光に手が届くように。
あの頂きに到達するように。
小さな一歩が氷を穿つ。
遥か天空にありながら大地を感じる。
遠くに見えた針のような、槍の切っ先のような山頂が近付いてくるのがわかる。山頂に近付けば近付くほど、足場が小さくなっていくからだ。麓で見た切っ先にいることが体感としてわかる。
無心になって足を動かす段階はとっくの昔に過ぎた。不確かな足場を確かめながら、疲労困憊の体に鞭を打ちながらも頭脳を酷使させなければならない。
この山に冬の結界を作り出した人、あるいは精霊も、何かの艱難辛苦に耐えながら必死に知恵を捻り出したのだろう。私の頭では数百年にも及ぶ大地の平定を実現するなど思いもよらないことだけど、それでも、彼らが何を願ったのかはわかる。彼らが欲した祈りを届けることができる。そこにちょっとだけ、自分の冒険心があるだけで。
いやでも、途方もないことを成し遂げた人にも、こういう冒険心はあったのかもしれない。私のような矮小な冒険者を彼らは祝福してくれるだろうか。
だが、そんな小さな迷いなど吹き飛ぶような光景が、目に入った。
「みんな……」
「来たね」
「これは……一段とすごいな……」
「し、しんどいので、引っ張ってくださいぃ……」
今までの山頂の中で、もっとも見晴らしがよい。
空には青、そして魔力のきらめき。
眼下にはこれまで歩いた道程と、乗り越えた山。
凍刃峰からは見えなかったシュガートライデントの全景が見渡せる。
雪の世界は壮大で、残酷で、人間なんてちっぽけなものだというのに、どうしてこんなにも美しいのだろう。
自分がちっぽけだと思い知らされているのに、どうしてこんなにも充実し、心が漲ってくるのだろう。
吐く息が白い。体が熱い。ちっぽけな自分にだって心臓が脈打ち、息を吸って吐き、血が流れているのを感じる。
あまりにも偉大なる自然に、自分はここにいるのだと伝えたいのだ。感謝かもしれない。あるいは怒りかもしれない。なんであれ、ただ、伝えたい。恐らくは叫びに近い。それが、私の祈りなのだと思う。
「いと高きにおわします太陽神ソルズロアよ。寄る辺なき空の寒さにその御心が凍てつくことのなきよう我らが日々の歓喜と哀切の薪を捧げます。そいて神の愛が炎となり空と海と大地をあまねく照らし、我らの小さな営みをお守りくださるよう切にお祈り申し上げます」
極光峰の山頂で跪き、祈りを捧げた。
すると、今までとは違ったことが起きた。
「光が……」
サイクロプス峠やスライム山を無殺生攻略したときのように、大きな光が天に昇っていく。
そして光は、ある高度まで到達したところで分散していく。まるで山全体を膜で覆ったかのような、そんな光の軌跡を残した。
「これは……祈りによって大地の魔力が結界へと変換されていったのでしょう……。ここを巡礼していなければ、何十年後かに結界が破綻していてもおかしくなかったかもしれません」
「シュガー様も巡礼してって言ってたっけ……」
難易度の高い山であればあるほど重要な役目を担っている。何十年、何百年と放置されてしまえば大きな災害に繋がってもおかしくはない。そのためにソルズロア教や聖者は必死というわけだ。まさかカルハイン氏が自分の命を懸けているとは思わなかったけど……。
カルハイン氏は、夢と使命の二択に迷ったりはしたのだろうか。
アローグスおじいちゃんは夢に生きた人だとは思うけど。
私はよくわからない。
今のところ不思議とそれが一致している。
そしてこれは使命なんですよと言い訳して夢を叶えるズルさもちょっとある。
「行けるところまで行きたいな」
「お前なら行けるさ」
「俺たちなら、って言うところだろ」
「ポータレッジ使うところは俺は無理だ」
ツキノワの発言に、皆がくっくと笑う。
寒さに耐えながら、この美しい景色を四人で見入っていた。