「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

124 / 125
※すみません、さきほど投稿順を間違えてこの話の次回分を投稿しておりました。
訂正して投稿しなおしております。


シュガートライデントを縦走しよう 9

 

 

 

 かくして私たちは最高峰に到着し、試練を乗り越えた。

 

 ……のはいいのだが、山頂でシュガー様をまた呼び出してごほうびをもらうのはキツい。足場が不安定だし、あれこれ作業するにはまったくもって向いていない。てか寒い。

 

「登山口に一番近い、最初の分岐の山小屋まで降りた方がいいんじゃないか?」

 

 というツキノワの意見を採用し、氷菓峰を経由して山小屋に向かうことにした。

 

 目的を終えたので気が楽……と思ったが。

 

 それがまたしんどい。

 

「……帰りの方がしんどくないか?」

 

「しんどい」

 

 ツキノワがげっそりした顔で言った。

 私もこれには頷くしかない。

 

 傾斜の激しい雪面を降りるのは、いかにロープがあると言えども腹の底が冷え固まるような恐ろしさがある。あと純粋に足腰がキツい。そういう状態で、雪という真っ白な世界の中の「正しいルート」を見出して歩かなければいけない。

 

 精霊召喚をしてオコジョ化した私と犬化したジニーさんでずるいルートファインディングをしながら歩いていく。おかげで迷い道のリスクはかなり減らせるので、あとは体力の問題だ。

 

 だが祈りをしたおかげなのか、風が落ち着いた……落ち着いてしまった。

 

 太陽の照り返しによってじりじりと日差しが当たり、めちゃめちゃ暑い。

 

 ニッコウキスゲは上着を脱いでインナー姿になっている。まあ私たち以外誰も見てないし良いんだけど。 

 私もそうしようかな……。

 

「は、はしたないですよぉ……!」

 

「無理だって師匠。暑い。師匠も脱いだら?」

 

「ううっ……!」

 

「そろそろ休憩しよう」

 

 足を止めて休憩をする。

 それでも代謝のせいで暑い。

 もうちょっと風が吹いてくれたら助かるんだけど。

 

「ねー師匠、魔法使っていい?」

 

「うーん……残り時間を考えると……無駄遣いではないですね。やりましょうか」

 

 ニッコウキスゲが魔法を唱えた。

 すると、心地よい風が吹いてくる。

 じっとりした体が冷やされて心地よい。

 

「さて、それじゃ氷菓峰を登って降りての5キロ、頑張っていこう」

 

「数字出されるとやる気無くすわ!」

 

 ツキノワにツッコミを入れられた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、悲喜こもごもがあった氷菓峰を爆速で通り過ぎ。

 

 雪崩があったトラウマの場所で皆、「カピバラ様ありがとう」と祈りを捧げ。

 

 もっとも登山口に近い山小屋にようやく戻ることができた。

 

 これで全行程のほぼ九割を消化したと言える。

 

 めっちゃ疲れた。

 

【おぬしらも忙しないのう】

 

 山小屋で荷物を下ろして楽になったところで、シュガー様を呼び出した。

 確かに、こんなに高頻度で精霊様と話をするなんて珍しいことだ。

 シュガー様にとってもそうだろう。

 

「まあ実際、切羽詰まってるので」

 

 今回は訓練のようなものだ。

 焔王を何とかするための、本番想定のトレーニングなのだから。

 色々と予想外の収穫があったけれども。

 

【それもそうじゃのう。では……試練を果たした者に恩寵を与えようぞ】

 

「あ、あの……もしかして寿命を犠牲にしてシュガー様を呼ぶ魔法を使えるようになるやつ?」

 

【それはダメじゃ】

 

 あっ、ダメだった。

 ちょっとホッとしてしまう。

 

【我はすでに他の者と契約済み……であるからして、資格を授けようぞ。その名は……『代行者』】

 

「代行者?」

 

 なんだろ。

 なんかこう……物騒な名前のような。

 あるいは魔法にしてはちょっと無機質のような。

 

「ジニーさん、これって……」

 

「はわわ、あわわわわわわわわ」

 

 なんかジニーさんがパニックになった諸葛孔明みたいになってる。

 ど、どうしたの。

 そんなにヤバいんですか。

 

「し、師匠、大丈夫かい?」

 

「ニッコウキスゲは知ってる?」

 

「いや、あたしも全然知らないんだけど……師匠の反応を見るとヤバそうだね……」

 

【体や魂をいじるわけではないし、ひょっとするとおぬしの役に立たぬ可能性もある】

 

 シュガー様が微笑みながら語る。

 けど絶対そんな穏便なやつではない。

 

「ええと、失礼しました……ちょっと予想外に凄い恩寵だったので……」

 

「あ、ようやく正気に戻った」

 

「すみません……と、ともかくですね」

 

 ジニーさんがおほんと咳払いをして、話を始めた。

 

「代行者という言葉をより正しく言うのであれば『精霊代行者』と表現するのが適切でしょう」

 

 なんかもっと物騒になってきた予感がする。

 

「精霊になっちゃう……とか?」

 

 私が戦々恐々としながら質問すると、ジニーさんは首を横に振った。

 ちょっと安心。

 

「精霊の御業を代行できるわけではありませんし、精霊のような肉体を持たない存在になるわけでもありません。代行できるのはただ一つ。祈りを集める存在という点です」

 

「祈りを……集める……?」

 

「……基本的に精霊魔法は、自分の日々の祈りを精霊に捧げます。しかし代行者となれば、自分が祈られたときに、それを自分の祈りとして貯蔵できるのです。百人があなたのために祈れば、それはあなたが百日分の祈りとして利用できます」

 

 ふむふむ、なるほど。

 確かに役に立たない可能性はある。

 私が不人気だったり無名だったりすれば無用の長物だ。

 

 だが。

 

「千、万、十万となっていけば……一時的に季節を操ることさえ可能でしょう」

 

 ヤバい。

 

 絶対にヤバいやつだこれ。強力すぎる。

 

 ノーリスクでスーパーパワーが使えてしまうわけで……って。

 

 あれ、ちょっと変だぞ?

 

「これ、命を削るよりは全然リスクないじゃん。カルハイン様は、なんでこっちの方法でやらないの?」

 

 例えば神殿の偉い人が礼拝とか集会とか開いて自分に祈りを捧げてもらえば超絶パワーアップが見込めるのでは。寿命を犠牲しなくても問題が解決する。

 

「……なんといいますか、カルハイン様はシンプルに……人気がないのです」

 

「率直すぎる」

 

「そ、その! いや! 批判をしているわけではなく!」

 

「わかってますわかってます。偉人ではあるけど、がんばれーって祈られるって対象とは違う感じなんですよね。政治家気質が大きいと言うか……」

 

 アイドル的に推される感じではない。

 良くも悪くも、自分の威圧感を利用しているタイプなのだろう。

 

「そういうことです。政治集会のようなものになってしまって祈りが変質する恐れや、政敵から呪いを送る集団が混ざる恐れもあります」

 

「え、こわ」

 

「それにカルハイン様が信仰を集めるための集会を開いて何万人、何十万人の支持を得たら、国王への反逆の意志と見なされる可能性もあります。無論カルハイン様はそんなことを考えてはいないでしょうが、現実に王権を転覆できる魔力と権力があると見なされれば、その時点でカルハイン様と言えど命運は尽きるでしょう。焔王退治どころではありません」

 

「……それ、私の場合も同じなのでは?」

 

「オコジョさんであれば、カルハイン様ほど危険視される恐れはないとは思います。ただ動きにくくなることは確実でしょう」

 

 むぅ……。これはちょっと考えどころだ。

 今後のことを考えれば受けるべきと思うが、どういうリスクを孕んでるかわからない。

 

「いや、これ、まずいんじゃねえか?」

 

 そのとき、ツキノワが渋面を浮かべながら言った。

 

「ツキノワ、何か問題ある?」

 

「焔王を倒すのは大事だ。けどそれは、お前にとって過程であり手段のはずだろ。そこを忘れちゃダメだ」

 

「過程であり手段……」

 

 そう言われて、はっと気付いた。

 

 焔王の事件は解決しなければいけない。

 だけど、私にはその先があるのだ。

 天魔峰山頂という目的が。

 

「もしかして……代行者になったら、天魔峰に登れない?」

 

「わからん。だがかなりハードルが上がるとは思う」

 

 ツキノワの指摘に、ぐうの音も出ない。

 最悪は勝手に登っちゃえばいいやという私の楽観をグッサリと差してきた。

 

「焔王をなんとかしちゃうくらい強い力を持つ人間が死ぬような危険に飛び込むの、国も神殿も全力で止めるだろうね……」

 

 強い力を持って焔王の事件を解決すれば、それだけ多くの称賛を受けることだろう。そして大きな力を持つ人間の自由を許すほどこの世界は寛容ではない。ウェグナー神殿長のように長い長い足止めを食らうか、合法的に登る手段がなくなるだろう。いや、それで諦めるつもりはさらさらないんだけれど。

 

 でもウェグナー神殿長とか、「じゃあキミのかわりに登ってくるね」とか言いそう。それちょっと悔しいな。

 

「うーん……単に山を登るだけなのに、どうして世の中は面倒なんだろうなぁ」

 

 自由でありたい。

 だが何かを追求すればするほど、行く先を阻むなにかが来る。

 

 いや、だが。

 

 こんかいばかりは四の五の言ってられる場合ではない。

 

「シュガー様、それじゃあ……」

 

「待ってオコジョ。即決即断はあんたのいいところだけど、ここは一旦持ち帰ろう」

 

 私が頷きかけたとき、ニッコウキスゲがそれを止めた。

 

「ニッコウキスゲ……」

 

「こんな大事なこと、あの子に相談しなくっていいのかい?」

 

「あっ」

 

 それもそうだ。

 カピバラを心配させたくないから勝手に決めちゃえって思ってたところは、ちょっとあった。

 

「いや、でも、持ち帰られるやつ……だったりします?」

 

 と、シュガー様に聞いてみた。

 

【無理に受け取れとは言わぬし、今この場で決めよとも言わぬ。だが他の恩寵を選ぶことはできぬぞ。おぬしの体や魂には合わんだろうしな】

 

「シュガー様、ありがとうございます」

 

 ふぅ、ちょっと助かった。

 もっと穏便な恩寵が良かったと思うが、時間的な猶予ができた。

 

 ……とはいえ、焔王のことを考えるとあまり迷ってもいられないのだけど。

 

【恩寵を受け取る覚悟が決まったとき、これを握りながら我を呼び出すがよい】

 

 シュガー様がそう言って、氷の結晶のような宝玉をよこした。

 そしてまた、雪解けのようにさらさらと消えていく。

 うーん、この人もなかなか難物だけど綺麗なんだよね。

 

「オコジョさん。あなたは精霊魔法使いとして大いなる栄誉を手にする資格を得ました。ですが精霊は人に祈り、恩寵を預け、時には試練を与えますが、それはあなたを不幸にするためではありません。あなたが手にしたものは、あなたの人生をまっとうするためのものと心得てください。魔法とは元来、自由なものなのですから」

 

 ジニーさんが、とても真剣な顔で伝えてくれる。

 

 それはつまり、恩寵を捨てたっていいんだよと言うことだ。

 

 ちょっと抜けてるところはあるけれど、山のように優しく、慎み深く、綺麗な心の人だ。

 

 ニッコウキスゲが師と仰ぐのもよくわかる。

 

「ありがとう、ジニー師匠」

 

「うふふ、オコジョさんの師匠になっちゃいました」

 

 これで独身なのが信じられない。

 これは男の人などイチコロだろうに。

 

「……よし! 悩むのは帰ってからにする! おつかれ山でした!」

 

「なにそれ?」

 

 ニッコウキスゲがくすっと笑いながら

 

「登山が無事終わったことの喜びの言葉」

 

「おっさんくさい」

 

「てか喜ぶところ悪いが、山小屋からの下山も気を付けなきゃダメだぜ」

 

 ニッコウキスゲが呆れ、そしてツキノワが釘を差した。

 まったくもって、ごもっとも。

 帰り道ほど気を付けないとね。

 

 慎重に、よく考えて歩けば、きっと無事に帰れる。

 

 そしてもし道に迷ったときは、基本に立ち返ればいい。

 私の人生の道しるべに。

 語り合った友達と、また語り合えばいい。

 

 最初会ったときは私が道案内してばかりだったけれど。

 今は私が道に迷ったとき、カピバラの顔が思い浮かぶ。

 

「お土産、これでいいかな?」

 

「ずいぶんと物騒なお土産だね」

 

 シュガー様を呼び出すための宝玉を見つめる。

 爆弾のようだと思ったけれど、こうして見つめるとひどく美しい。

 カピバラの驚く顔が楽しみだ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。