「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた 作:富士伸太
シュガートライデント三座を攻略した私たちはとんぼ返りで王都に戻り、カピバラの工房に向かった。
工房では絶賛フル稼働中だ。えっさほいさ、えっさほいさと職人の指示を聞いて弟子たちが右往左往している。
「あら、みんな帰ってたのね。どうだった?」
工房長の部屋に行くと、作業エプロンを着たカピバラがいつものように作業をしていた。
手を止めて皮手袋を脱ぎ、はー疲れた疲れたと休憩用の椅子に掛けるとクライドおじいさんが私たちの分も含めてお茶を淹れてくれる。
おじいさんの淹れる香しい茶の香り。そして周囲に漂う松脂と新品の革の香り。なんだか、帰ってきたなって感じだ。悩ましい気持ちが少し晴れていく気がする。
あと、机にある面白ガジェットがとっても気になる。
すごい面白そう。
「オモチャじゃないわよ」
なんか心を読まれた。
「ごめん、すごい楽しそうだったから」
「まあ、面白いものができたのは否定しないけれど……。ていうか、みんなちょっと気持ち悪い」
「えっ」
ニッコウキスゲがショックを受けた。
花の女子高生みたいな年頃のお嬢様に言われたらショックなのはわかる。
「だって、なんか腹に一物ありみたいな顔してるというか……」
「うん、まあ……実際その通りなんだけどね」
「これはお嬢様に話をしないといけないことになってしまいまして」
ニッコウキスゲとジニー師匠が本当に「微妙」としか言いようのない顔で言った。こういうときに茶化してくれるツキノワも、口を挟むタイミングを見失ってお悩み顔だ。
「え、本当に何かマズいことでもあったの?」
「えーとね……」
私は、シュガートライデントで起きた話をかいつまんで話した。
聖者カルハインが山小屋で修行をしていた話には飲んでいた紅茶を噴き出しそうになるほど驚いていたが、この話が本題の前座であることに気付いて手がちょっと震え出した。
「だ、だいじょーぶ。そんなに凄いことじゃない」
「ウソよウソ! 絶対ウソ! こいつまたとんでもないことやらかしたのね!?」
「だいたい合ってる」
「そうだな」
「はい、すごいことをやらかしました」
「みんなが庇ってくれない!?」
今回は悪いことしてないのに……!
「ええと、誤解を恐れずに言いますと、数十年に一人いるかいないかという、大変名誉なことを成し遂げたという意味であって、不名誉なことや失敗をしたというわけではありません」
ジニー師匠がフォローしてくれた。
でもカピバラは納得してる感じでもない。
「結局、何か重めの対処とか判断が必要ってことでしょ?」
「それは、はい、間違いなく」
「具体的には?」
「代行者、という加護を得ることができます。オコジョさん自身の決断がまだですので、正式に授かったわけではありませんが」
「代行者?」
カピバラも聞いたことがないようで、はて?と首をかしげた。
「えーとですね……精霊魔法の基本は、日々の祈りを捧げること、そして祈った日数の分だけの力を使って魔法を使うことなのですが……」
「うん、それは知ってるわ」
「代行者は、自分に祈ってもらうことで、祈ってくれた人の分の祈りを使うことができます。オコジョさんが後援会やチャリティーイベントを開いて数千人、数万人が集まってくれば、その人数分の祈りをオコジョさんが使える……というわけですね」
カピバラが固まった。
表情がぴくりとも動かない。
理解を拒否した顔だ。
いや、理解してしまったがゆえに固まったのか。
「……え? ちょ、ちょっと待って。わかんないところあったんだけど」
二分くらい経ってようやくカピバラが反応した。
「むしろわかるところあったんだ」
「あったけど理解を超えてるの! え、ウソでしょ? ウソっていうか、かなり誇張してるとか、いわゆるフカしてるってやつでしょ?」
「残念ながら、ない。シュガー様とか精霊は基本、嘘つかないから」
「どーすんのよぉ!?」
「どうしようかわかんないからとりあえず帰ってきた」
「そーよね! それもそーよね!?」
カピバラが相当いっぱいいっぱいになっている。
いや、気持ちはわかる。
実際問題として私もどうすればいいかわからない。
カピバラがいなければ私がこうなっていた。
「うーん……焔王対策をするなら本当に銀の弾丸みたいな魔法の一手なんだろうけど……相当な問題になるわね……。いや意外と巡礼者協会なら何とかしてくれるかしら……あのおっさんに頭下げて派閥に入るとか……」
「あのおっさん……ああ、ウェグナー総長?」
ウェグナー総長は腹に一物ある難物……に見えて、意外とそうでもない。
単に「一番最初に天魔峰の最高峰に辿り着く」という目標がバッティングしてるから対立してるだけのことだ。話し方や条件次第では心強い味方になってくれることもありえるだろう。
「んんん……気は進まない」
「やっぱりそう?」
色々考えたけど、
「あの人は、敵」
「あら、意外と好戦的」
カピバラが意外そうに言った。
「同じ視点を持っているから、ちゃんと敵だって言える。やることやる前に助けを求めて失望させたくはない。まず対等に話をして、協力とか同盟とか、そういう関係にしておきたい」
「……それって敵って言わなくない?」
「そうかも。でもちゃんと立ちはだかってくれる人だから、友達と言うのもちょっと失礼かなって」
ここが地球だったらいい感じの山友になっていただろうしね。
「わかったわ」
「何かアイディアが浮かんだの?」
「……信頼できる人を集めて相談する。だからここでは保留!」
と、カピバラが叫んだ。
「ここで真面目に考えて立派な答えが出せるのなんてジニーさんくらいでしょ。わたしたち考えたって仕方ないわよ」
「それはそう。私たちには有識者が足りない」
「……お父様かしら」
「それは間違いなく有識者。それにジニー師匠を紹介してくれたわけだから何にせよ報告しないといけない」
「それは確かにそうね」
名門貴族の騎士団長と、その団長お墨付きの魔法使い。
頼れる有識者の味方がいるのは本当にありがたい。
「後は……ソルズロア教の事情に詳しい人がいるといいんだけど……」
「教会内部に友人はいるのですが、派閥などの関係でオコジョさんの全面的な味方をしてくれる保証がないですね……。他にめぼしい有力者はいるのですが私にはツテがなく。オコジョ様自身で説き伏せてもらうしか」
カピバラが腕を組んでうなり、ジニー師匠が頭を悩ませる。
そして私には有力者を説き伏せる自信などない。
ソルズロア教で信頼できそうな人となると……あ、二人くらいいる。
「火守城の山番さんとか、スライム山の女将さんとかなら説き伏せられるかも」
「あんた、公的な場所で山番とか女将とか言うんじゃないわよ」
釘を刺された。
名前覚えるの苦手なんだよね……。
「それはもしかして……火守城の管理者キオ=タタラ様と、スライム山の管理者ユレール=エイジャ様のことですか?」
ジニーさんが身を乗り出して聞いてきた。
「フルネームは今知ったけど、その人たちのはず。色々とお世話になった」
「あ! そうでしたね! カピバ……マーガレット様が感謝状をもらった件がありました! それにユレール様もスライム山の件でお二人とご交流があるならば話は変わってきます!」
「そうなの?」
「私が先ほど言った『めぼしい有力者』とは、そのお二人のことなのです。あの方々は以前、ソルズロア教の集会でオコジョさんを支持なさる発言をしていました。あとは巡礼者協会の支部長さんも」
「えっ、全然知らなかった」
「間違いなくこの耳でしかと聞きました」
「なんで聞く機会あったの?」
「私も神官長会議に出ていましたから」
ジニーさんは従軍神官という神官職の中で、けっこう高い立場にある人間らしい。そのため各神殿を管理する神官長会議に出る資格があるらしく、かなり事情通のようだ。全然そんな雰囲気がしない。
「……ジニー師匠、すごくない?」
「これでもう少し本人の自覚が伴っていれば凄いんだけどね……。これ以上昇進したくないって言って騎士団長に懇願してるし……」
私の言葉に、ニッコウキスゲがやれやれと言った感じで頷いた。
なんかこういう大学教授って現代日本にいそうだな。
「だって研究の時間なくなっちゃいますしぃ……って、それよりもオコジョさんのことですよ」
「おっと、そうだった。じゃあタタラ山のキオ様とスライム山のユレール様に相談してみる……って感じかな」
「オコジョを推すってことは、オコジョに『代行者』になってほしい人なんじゃない? オコジョが覚悟決めたなら心強い味方になってくれるとは思うけど……」
カピバラが難色を示した。
それは確かにそうだ。私を支持するということは、私に期待していることに他ならない。
「その心配はわかります。恐らくオコジョ様が代行者になることを望むのは十中八九、間違いないでしょう。……ですがオコジョさんを操って政治闘争をするというような、いわば反カルハイン派というわけではありません」
「……味方顔して近付いてきて、利用しようとする人とは一線を画してる?」
「はい。むしろオコジョさんを抱き込もうとすることへの防波堤となってくださるでしょう」
そう、それが怖かったのだ。
私を利用しようとして味方の振りして近付く人がたくさん現れるだろう。私が代行者という過分な地位を手に入れることで危険視する人の気持ちの方がまだわかる。
……となるとあの二人に相談するのは最上の策のように思える。
「よし、善は急げと言うことでまずはタタラ山に……」
「あ、焔王の一件でお二人とも王都にいます。山に行く必要はありません」
「あっ、残念」
「また遊びに行く理由ができたとか思ったでしょ。今は時間がないんだからちゃきちゃき行くわ」
「はぁーい」
カピバラママは厳しい。
「じゃあ、私が会いに行ってお願いを……」
「それもダメ。一週間くらいのんびりしてなさい」
カピバラは、音が出そうなくらい雄弁なバッテンを手で作った。
そ、そんな……引きこもりだなんて私のもっとも苦手分野なのに……。
「な……なんで?」
「そんなヤバい秘密かかえてフラフラ歩くの止めときなさいよ」
まったくの正論だった。
反論のしようがない。
「せめて身の振り方を決めるまでは外出禁止……っていっても工房もたくさんの人が出入りするから引きこもるのは向いてないわね……。ウチの実家の部屋を貸すわ」
「ですね、オコジョ様はひとまずガルデナス家で休んでいてください。オコジョさんは色んな人に注目されています。具体的な話し合いも、まず本人は動かず、代行者の件が漏れないよう我々だけで水面下で動いた方がいいでしょう」
「そうね……話し合いはわたしとジニーさん、それとできればお父様にも来てもらうわ。どういう立ち回りをするべきか検討して、幾つか案が出揃ったらオコジョ、あなたに決断してもらう。方針としてはこんなところでどうかしら?」
おおー、という賛辞の声と拍手が響き渡った。
「いいね、お嬢様らしい」
「こういうときカピバラは頼りになるな。よっ、聖女様!」
「流石はお嬢様です」
「うん、頼りになる」
皆がカピバラを口々に褒め称える。
「ふふん、もっと褒めていいのよ!」
「ところでカピバラ。もう一つ話がある」
「なによぉ、今日はこれ以上頭使うのイヤなんだけど。ドッと疲れたし……」
胸を張っていたカピバラは一転して、めんどくさーとばかりにテーブルに突っ伏す。がんばれお嬢様と皆が励ます。皆、カピバラの扱いを心得始めている。
「作業机にある靴のこと、教えて?」
そこには、新品の靴が転がっていた。
まだ縫製が途中のようだが、おおむね用途はわかる。
足首を覆うハイカット。つるりとした黄色い革は、その明るい色合いに反してどこか重厚感を感じさせる。何のための形で、何のための色なのか、機能を追求しているがゆえに感じられる用の美があるからだ。
それと、なぜか靴紐がない。靴の内部に何か仕掛けがありそうだ。これみよがしに魔石をはめる穴があるし。
「ったく、もう少しで完成するんだから大人しく待ってなさいよね」
「……というとは」
「あんたの新しい相棒よ」
カピバラの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。