「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた 作:富士伸太
そんなわけでしばらくの間、ガルデナス家のお屋敷でのんびり過ごすこととなった。
ここはとても居心地がよい。お風呂に入って美味しいご飯を食べて、ストレッチをしたりジニー師匠に魔法を教わったり、カピバラの妹ちゃんや弟ちゃんと遊んだりして健やかな休養を取ることができた。
やはり旅や登山の後、ガチガチに固まった頭や体をやわやわにほぐしていくのはとても気持ちいい。もうちょっと実家の方でのんびりしたかった気持ちもあったが、王都は王都の楽しみがある。あと妹ちゃんがカピバラに似て、つっけんどんに見えてとても優しい子だった。ツンデレの血筋なのだと思う。
というわけで、一週間ほどのんびりほわほわしたところでカピバラが私を応接間に呼び出した。ここはなんだか懐かしい。
「慰謝料請求したのがずいぶん昔って感じ」
いつものようにふかふかの椅子に座ると、おばあちゃんメイドが紅茶とお菓子を用意してくれた。この人の淹れてくれる紅茶って美味しいんだよね。
「思い返してみると……あんたあのとき凄い要求したわよね……。今更ながら騙されたって気付いたわ……」
カピバラが腕を組んですごいジト目でこっちを見てくる。
遅まきながら気付かれてしまったようだ。
明後日の方を見ながらとぼけた答えを返した。
「だ、騙してなんかないし……」
「いーや騙したわよ絶対騙した。カネを払うより安上がりなわけないじゃないの」
「そうだっけ?」
「登山靴もレインウェアもザックもトレポも全部特注品。クライミング用品は貴重な魔道具だし。ていうかもうあたしが手で作るとかじゃなくて専用の工房が建っちゃったのよ! 婚約者10人寝取ったってお釣りが来るわよ!」
「不倫の慰謝料を経営で捻出するファム・ファタールはちょっと面白すぎる」
カピバラがその言葉にけらけらと笑い、私もつられて笑った。
そして笑いの並が静まった頃、カピバラはあるものをテーブルの上に置いた。
「……慰謝料の集大成がここにあるわ。自分で言うのも何だけど、かなりいいものが作れたと思ってる」
私はその逸品を見て、溜息がこぼれた。
私が思い描いていた、厳冬期登山をこなすに足るアルパインシューズだ。
無骨で、質実剛健で、先鋭的なようで、だが確かな頼りがいがある。こないだ工房で見たときよりも完成度がずいぶんと上がっている。というか、もう、完成なのではないだろうか。
「もらって、いいの?」
「その前に足のサイズが変わってないか確認して、最終調整をしてからよ」
「工房でやらないの?」
「最近、泥棒が来るのよ。多分、資材とか商品じゃなくてウチの靴の秘密を探りに来てる」
「うわっ、産業スパイがいるんだ」
いや、だがそれもそうか。私たちの作っているものは、未だこの世のどこにもないものだ。これまでは私が巡礼をするという個人的な功績ばかりだったが、カピバラもまた一躍有名人となった。
そして耳ざとい人は私たちが焔王退治で何かやることを察しているだろう。探りを入れる有力者がいても不思議ではない。
「そういうこと。それにお父様なら団長としてジニーさんを呼んだり、協会の人を呼んだりしても不思議じゃないからね」
「なるほど、ここなら安心」
「というわけで履いてみて頂戴。あ、靴下はこれを使って」
これは雪山……それもシュガートライデントよりも更に標高は高く、寒さも激しい場所を行くための靴だ。となると靴下もまた特注になってくるのだろう。
「あ、この靴下いいね。ウールよりもゴワつかない」
「コルベット伯爵が新しい生地を提供してくれたわ。これもけっこういいわよ」
「するっと履けるのにブカブカじゃない」
「湿気もこもらないの。すぐに乾燥するから冷えないし、逆に熱がこもると適度に外に出してくれるわ」
「これ雪山じゃなくても使えるんじゃない?」
「靴下に10万ディナ払えるならね」
お茶を吹き出しそうになった。
いや、でもオーダーメイド品と考えると不思議ではないのか。
ともあれ、この靴下を堪能するのが目的ではない。
靴を履いてみなければ。
「……どう?」
「ぴったり。凄い」
横幅はぴったりで踵はまったくズレないが、窮屈さはまったくない。爪先部分は適度な空間が確保されている。まさにジャストフィットだ。
軽く室内を歩いてみる。今までの靴に比べたら少し重いくらいで、違和感はまったくない。アルパインシューズとして考えたらむしろ軽い方だろう。
「一応、今の靴に合わせたから合うとは思ってたけど……大丈夫そうね」
「でもこれ、ただ歩くだけじゃないでしょ?」
「その機能はここじゃ使えないわよ。あとで中庭でやってみましょ」
「うん」
フルスペックを発揮するときが楽しみだ。
いや、この靴のデビューを思うと楽しんでもいられないけれど、頼れる相棒であることには違いない。
「色々と機能は付いてるけど、ここでは試さないで。後で中庭とかでやりましょ」
「カピバラ」
「なによ」
「これ、ずっと大事にする」
脱いだ靴を、ぎゅっと抱きしめる。
ここに至るまでにどれだけの苦労があっただろうか。
どれだけの冒険を重ねただろうか。
どれだけの決意と覚悟を秘めているのだろうか。
そのすべてが誇らしく、そして愛らしい。
「……大事にしなくていいわよ。あんたを守るためのものであって、あんたが守るものじゃないわ」
「わかってる。その上で、ちゃんと大事にするから」
これがあればなんだってできる。
そんな風に思えた。
どんなハードルが立ちはだかってこようが、何の関係もない。
すべてを乗り越えられる靴があるから。
「それと、もう一つの話……ていうかこっちが本題ね。シュガー様のご加護のこと」
「うん」
「お父様とジニー様を交えて色々と話し合ってみたんだけど……」
カピバラは、私のために、私以上に私のことを考えてくれている。
だが、正直言って結論は二つしかない。
加護を得るか、失うか。
簡単な二択だ。
そしてどちらがよいかなんてはっきりしている。
お風呂に入り、美味しいご飯を食べて、子どもと遊んで、柔らかく暖かいベッドで寝て得た結論はなんとも当たり前のものだった。
「色々考えてくれたのはありがとう。けど、覚悟は決まった」
「……オコジョ」
カピバラたちが知恵を出し合って考えてくれたのは、私が代行者にならずに済む方法だろう。
だがそれは迂遠で、そして、不確実だ。
焔王とかいう火トカゲが大暴れして数万、数十万人の命と私の保身など、天秤にかけて釣り合うはずがないのだ。
「私は……代行者になりたくないと思ってる。けど、天魔峰の登頂する資格が遠ざかるとか、面倒事が増えるとか、そういうのは本当の理由じゃない」
「……そうなの?」
「だって、山を登る資格なんて、なくたって勝手にやればいい。面倒事が増えるなら断ればいい。おじいちゃんみたいに嫌われ者になる覚悟さえあれば大抵のことは不可能じゃない」
「そ、それはそうだけど」
カピバラがちょっと引いている……というか心配している。
まかり間違えばやるやつだなって目をしてる。
だがそこで、カピバラはふと気付いた。
「じゃあ、なんで嫌なの?」
「山に、純粋な気持ちで向き合えないような気がして怖い」
カピバラはその言葉の意味を掴みかねてきょとんとしていた。
だが、ふと私の言いたいことに気付いた。
「……そうか、たくさんの人の力を自分の山登りだけに使うっていうのが……嫌なわけね?」
「うん」
この世界には魔法がある。
ニッコウキスゲが使うような、火や風を巻き起こす魔法。
私やジニー師匠のように、精霊のような霊的存在と対話したり、自分を霊的存在に近付ける魔法。
あるいはカピバラのように魔法を封じ込めた道具を創り出すのも一種の魔法と言えるだろう。
それらはあくまで、自分の持つ力を具現化したものだ。精霊にお願いするのだって、自分が祈りを捧げた日数を消費しているので、働いて稼いだ金を使うのと変わりない。
だけど代行者は、なんか、ちょっと違う。
深く考えずに誰かを当てにする前提で計画を組んでいる、そんな狡さや甘さを感じてしまう。
もちろんこれはシュガー様が認めてくれた正当な力であることは変わりないから正々堂々と使えば良いのだろうけれど、「イザとなったらこれを使えば良いや」みたいな、自分がフェアではない感覚を持ったまま山に挑みたくないのだ。
「私は、ワガママ。気持ちよくない、すっきりしないから、力が欲しくないって思ってる。けれど逃げ回っている方がすっきりしないって気付いた。力に振り回されない自分自身になればいいって」
「オコジョ……」
カピバラが私の名を呟く。
そして、にっこりとした笑みを浮かべた。
「……私からも一つ言わせて頂戴」
すべてを許すような慈しみの笑顔……ではない。
なんか怒ってる。
めっちゃ怒ってるわこの顔。
なんか間違ったこと言ったかな?
言ってないよね?
「まずこっちの話を聞きなさい!」
「あっ、ハイ」
とりあえず余計なことを言わずに聞く姿勢になる。
ようやく溜飲を下げたカピバラが話を始めた。
「そもそも、あんたは大事なことを忘れてるわ」
「大事なこと?」
「あんたって代行者なんて名誉職に相応しいと思ってるわけ?」
「あんまり思ってない」
「そこで素直に頷かないでよ!」
「聞いておいて怒るのはよくない」
「それもそうだけど! 真面目な話なの!」
どうやら本当に、「私が代行者に相応しいかどうか」をけっこう真面目に検討したらしい。
代行者とは精霊に認められた者がなる……という話だけでは済まない。
シュガー様はしかもカテゴリとしては邪精霊だ。
『邪精霊に認められたので教会としても全面的にバックアップします』となるとは限らない……むしろ「マジでやるの? 考え直した方がいいんじゃないの?」という助言や、もっと言えば制止や抑止をすることもあるらしい。
本来ならば、「力を行使するときはちゃんと教会が認めるときだけにしましょうね」みたいな契約の縛りと、縛られることで何かしらの名誉や金銭が与えられるわけだ。そして今回、名誉を与えられると逆に困ってしまうという状況である。
だから偉い人たち……具体的にジニー師匠やカピバラパパは考えた。
まだまだ未熟であるということにしてしまえばよいのではないか、と。
「……結局、代行者にはならないってこと?」
私の言葉に、カピバラは首を横に振った。
「違うわ。向いてないとか、間違ってるとか、そういうことじゃない。未熟だっていう評価であれば、それを補う何かがあればいい。サポートがあって初めて代行者となれる。そういう理屈ならいけるんじゃないかって話し合ってるの」
「サポート……」
迂遠な言い回しだが、何となく言いたいことはわかった。
未熟ならば、支える人や導いてくれる人がいればいいのだ。
「監督する人とか後見人みたいな人をつける?」
「あんたにしちゃいい線行ってるわね。ところで、周囲からの覚えがめでたく、身分上の問題もなくて、突拍子もないあんたの手綱を握ることができる人とは誰でしょう?」
ふふんと得意げにカピバラが人差し指を立てる。
そんなの一人しかいない。
いないのだけれど……本当に、そうなのだろうか。
「カピバラ」
「なに?」
「えっと、つまり……私が代行者になるとかならないじゃなくて」
「うん」
「私と、あなたが、代行者ってこと?」
「私も代行者になるって言うより、『あんたが力を使うとき、あたしがいなきゃいけない』みたいな縛りを付ける……って感じらしいけど……対外的にはあんたとあたしの二人で一人前の代行者って感じかしらね」
覚悟を決めたはずなのに、背筋の力が抜けるほどの安堵を覚えた。
着の身着のままノープランでこの屋敷に来て以来、ずっとカピバラと繋がっている気がする。一人でも行くんだと強い決意を持ってこの屋敷の門をくぐったはずなのに。この女なめくさったことしやがってと怒りに燃えていたはずなのに。どうしてつらいとき寂しいとき、心が凍えそうなとき、こうして心を温めてくれるのだろう。
「……カピバラ。私、自分の足で歩けるところだったらどこだって行ける。けれど足を使わない場所を進むのは下手だし、迷うし、だから、その……」
「はっきり言いなさいよ」
「私には、あなたが必要。私とこれからも一緒に来てほしい」
「……わかったわ。ついてってあげる」
その言葉を聞いた瞬間、私はカピバラを思い切り抱きしめた。
「こら、いきなりなによ」
くすくすと笑いながらカピバラが文句を言う。
文句を言うくせに抱き返してきて、私の背中を撫でた。
恥ずかしいからやめてほしい。
震えが伝わってしまう。
「……ありがと」
「どういたしまして」
しばし、静かに抱き合っていた。
名残惜しいと思いながらも手を離す。
そうしないとカピバラの目を見ることができないから。
「これから二人で講演会とかライブとかやってガッポガッポ稼ごう。テーマソングとか作って。ツアーライブして山登ってキャンプして、全国一周とかしよう」
「やるわけないでしょ! 真面目くさった顔で何言ってんのよ!」
「そういう夢を語るためにも、やることをさっさと片付けよう。私たちならできる」
カピバラの手をぎゅっと握る。
彼女は覚悟を見せてくれた。
共に歩むと言ってくれた。
だったら私がそろそろ根性を見せる番だ。
「やってみなさい。見ててあげるから」
明日にもう1話更新します