「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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タタラ山に登って温泉付き山小屋に泊まろう 12

 

 

 

 朝食は夕食と同様、配膳されたものをカウンターで受け取る食堂方式だ。

 献立は、大麦のお粥、カブと干しキノコのスープ、たっぷりのレンズ豆の煮物だった。

 

 お粥の中にはカブの茎を炒めたものを混ぜた上で塩コショウで味が整えられており、食が進む。

 

 スープは薄味だが、しっかりとキノコの旨味が溶け込んでいる。カブもスプーンで割れるくらい柔らかく、優しい味わいだ。

 

 レンズ豆とは、平べったい形の小さい豆である。これを煮て、塩で軽く味を調えただけの、ごくごくシンプルな煮豆だ。

 

 ちなみにレンズのような形状をしているからレンズ豆、というわけではない。逆だ。実験器具やメガネに使われるレンズの方がレンズ豆に似てるから「レンズ」と名付けられた。

 

 で、この国ではレンズ豆をよく食べる。

 めちゃめちゃ食べる。

 この食材なくして人々の食生活は成り立たないと言ってもよいだろう。

 

 タンパク質を補給する上で、肉を毎日食べられる人ばかりではない。別の何かで補う必要がある。

 そこで豆だ。安価だし、乾燥させたものは年単位で保存が利く。旅に出たら私は米と乾燥レンズ豆を持っていくことになると思う。

 

 しかしこの朝食を貧しいご飯とはまったく思わない。むしろこうした宿や山小屋の何気ない朝食は、下手に豪勢なご飯よりもありがたいものを感じる。

 

「美味しかった。ありがとうございました」

 

 山小屋の管理人の奥さんにお礼を告げると、奥さんはほがらかに笑った。

 

「どういたしまして。朝早く出てったみたいだけど、朝焼けを拝みに行ったのかい?」

 

「ばっちり。最高の太陽でした」

 

 グッジョブと親指を立てる。

 この世界にグッジョブポーズはないが、奥さんは「なんか若い子で流行ってる仕草なのだろう」と思って真似をしてきた。いえーい。

 

「で、どうするの? ベッド片付けたらチェックアウト?」

 

 食後のお茶を飲みながらカピバラが聞いてきた。

 

「んー……それでもいいんだけど……。朝焼けが綺麗に見えてた……ってことは」

 

 この国の季節は日本に似ている。

 中国大陸と陸続きでつながっていた頃の日本列島みたいなところを国土としている。

 また、北半球側に位置しており、東には大きな海がある。

 

 日本と同じような春夏秋冬があり、偏西風もある。

 雲や空気が西から東へと流れる大きな動きがあるわけだ。

 

 早朝に見た太陽の光は、西にある雲にぶつかっていた。その雲は東に……つまり私たちの頭上を目指してやってくる。

 

「一雨来る」

 

「そんな名探偵が推理してますみたいな顔しなくても、精霊様が雨に注意って言ってくれてたじゃない」

 

「う、うるさい。地図と空を読むのは基本」

 

「はいはい。で、どーするの? 雨が来ないうちに急いで降りる?」

 

「いや……焦らなくてもいい」

 

「は?」

 

 カピバラが正気を疑う目でこっちを見る。

 

「予報だとお昼くらいに降ってくる。空模様もそんな感じ。時間的に余裕はあるし、ふもとのあたりで雨具のテストをしたい」

 

「うぇー……マジでやるの……?」

 

「あなたが繕った服を信じて」

 

「ポジティブな言葉で人を操ろうとするの止めてくれない?」

 

「ちっ……気付いたか」

 

「そもそもレインウェアって念のために持っておくべきもので、喜々として使うものじゃないんじゃないかしら。誰がどう考えたって、雨の日に登山しないことこそベストな選択よ」

 

 その反論にはぐうの音も出ない。

 まったくもって正しい。

 正しいのだが。

 

「で、でも、安全に配慮したうえでやるレイニーハイクは、楽しい」

 

「えぇ~……ほんとぉかしら……?」

 

 めちゃめちゃ疑いの目で見てくる。

 

「考えてほしい。雨の日はみんなどういう格好してる?」

 

「そりゃローブとかケープとか……あと傘って手もあるけど……」

 

「そう。ねずみ色か黒の地味なローブで、しかも中までビショビショになるか、水を跳ね返すかわりに汗で蒸れて不愉快かの二択。だけどカピバラが作った雨具は違う。撥水性と透湿性はバツグン。なにより、おしゃれ」

 

「そ、そお?」

 

 口では否定しつつも少し照れている。もう一押しだ。

 

「で、でも、他の雨具よりおしゃれと言えばおしゃれだけど……可愛いとかじゃなくてかっこいい方向っていうか……。上着とパンツでセパレートになっているのもあんまりなー。フード被ったときのシルエットも好きじゃないし……。せめてワンピとかポンチョとかの方が可愛くない?」

 

「作ればいい。裾が広がってるようなファッション性があるものとか、フードが気に入らないなら撥水加工の帽子と組み合わせるとか、自由にすればいい。『可愛いレインウェア』って発想が出てくる時点で、あなたがレインウェアコーデの最先端」

 

「最先端……」

 

 その言葉に、カピバラはぴくんと反応した。

 

「そのためには生地の性能を確認しなきゃいけない……ね?」

 

「ま、まあ……ちょっとくらいなら」

 

 ちょろかった。

 

 

 

 

 

 

 部屋を綺麗に片づけて山小屋をチェックアウトすると、山小屋の管理人の娘に呼び止められた。

 

「おねーちゃん、がんばってね! また来てね!」

 

「うん。また来るよ」

 

「元気でね」

 

 私とマーガレットが笑顔で手を振る。

 父親に抱っこされたちびっこが、登山道を歩く私たちにいつまでも手を振り続けた。

 名残惜しいが、下山するまでが登山だ。

 開けた森林限界から、頭上が木々に覆われる森の道へと入っていくと、「山も終わりか」としみじみ思ったりするが、だからといって気を抜いて歩いてはいけない。遭難の多くは下山途中に発生するのだから。

 

「カピバラ、体は大丈夫?」

 

「んー……ちょっと重いかな。でも下まで歩くくらいなら問題ない」

 

「そっか。じゃあ着よう」

 

 空が曇ってきて、空気も湿り気を帯び始めた。

 私たちはザックを降ろしてレインウェアを取り出す。

 今着ている服の上にそのまま身に付け、そしてザックにもカバーを掛けた。

 雨への準備は万全だ。

 このレインウェアに使われているケルピーの革は薄く、風や寒さを凌ぐものとしては他に幾らでもよいものはある。また、撥水性においてもこれを上回るものは多い。

 

 だが、透湿性と動きやすさを兼ね備えるとなると、現状ではこれがベストだと思う。

 

「うん。よいレインウェア……ていうかこれ、どうやって染めたの?」

 

 私は、上着は水色の生地で、下は黒だ。

 これは野生のケルピーの色と同じだが、カピバラはなぜか薄紫色の生地のウェアを着ている。

 現代地球の化学繊維のレインウェアのカラーリングとあんまり違わない。

 

「さては知らないわね? 水色と黒以外に、薄紫色のケルピーもいるのよ。レアらしいわ」

 

「へえー……赤はない?」

 

「どうかしらね。こういうのって住処の保護色みたいなもんだから難しいんじゃないかしら。それに染料と撥水性の兼ね合いを考えると難しいし……いやでも、雨でもカラフルなのってちょっと悪くないわね……」

 

 カピバラがあれこれと考え始めた。

 こだわりを持っている人があれこれ悩むのは、見ていて楽しい。

 

「ていうか苦労して作ったのに、初めて着てる場面が雨で水浸しになるなんて……」

 

 と、微笑ましく眺めていたらこっちを恨めしそうに睨んできた。

 

「そのためのレインウェア。気にしない」

 

「オコジョはいいわよね、人が作ったのを着るだけだもの。まったく作ってる側の苦労も知らないで」

 

 ぶちぶちと文句を言うカピバラをスルーしながら登山道を下っていく。

 坂は緩やかで、転ぶ心配はない。

 そんな安心を感じていたあたりで、ぽつぽつと降り始めた。

 

「来た」

 

 木々の葉や枝に雨の雫がぶつかる。

 どこかに沢があるのか、げこげこと蛙の声が響いてくる。鳥もざわついてきた。

 予想より強めの雨になりそうだ。

 丁度、他の登山者が雨はかなわないとばかりに駆け足で私たちを通り過ぎていく。

 大丈夫かな、転ばないといいが。

 

「あららー、雨具がない人は大変ねぇ! おーっほっほっほ!」

 

「使うの渋ってたくせに」

 

「使わないにこしたことはないもの。でも使うって決めたからには楽しむしかないじゃない。ほら、見なさいよ」

 

 カピバラが自分の袖を見せつける。

 そこには、生地の上を玉のように転がっている雨水がある。

 水が生地に浸透していない。

 撥水力が発揮している証拠だ。

 

「……うん。ばっちり。私の言った通り」

 

「わたしが作ったんだからね!」

 

「うん。凄い」

 

 実際、本当に凄い。

 縫い目のところから水が内側に漏れないよう、シームテープのようなもので内側を保護している。どうせ実現はできないだろうと思って雑談レベルで説明したところなのに完璧に仕上げてきている。

 

「オコジョって妙に素直になるときあるわね。変なの」

 

「そっちは鈍感。この凄さがわかってない」

 

 凄まじい魔力を持った魔法使いのローブとかでもない限り、雨の中でこんな快適性を保つことができる衣服など存在していない。それがわかっているのかわかっていないのか。

 

「カピバラ。雨の中で動いてみてどう思った?」

 

「思ったより快適ね……。普通、もっと重く感じるもの」

 

「そう。服が張り付かないから不快感もないし、汗がこもらないから湿度の不快感もない。それに、服が水を吸わないから軽い」

 

「レインハイクが楽しいって話、嘘じゃないわね……ちょっとびっくりした」

 

 まあ、晴れやかな道を歩く方が楽しいのだが、雨の不快感を防げるのであれば十分に楽しい。

 雨だから楽しめる景色というものもある。

 

「あ、でも、注意も必要。岩の上とか木道とかを歩くときは」

 

「きゃっ!」

 

 言ってる側からカピバラがずるっと足を滑らせる。

 だが、尻餅をつく前になんとか体を支えることができた。

 

「転ぶのに注意」

 

「あ、ありがと……」

 

 当然、濡れた道は足を滑らせやすい。

 

 トレッキングポールなども、先端に保護キャップを付けたままだとツルっと滑る。

 とはいえキャップを外して金属部の先端を活用すると木の根っこや木道を傷つけてしまうのでマナー的に使えないため使いどころがなかなか難しい。私は諦めてポールを仕舞い、不安定なところでは手を使って体を支えることが多い。

 

「うーん……坂も緩やかだし、ポールは仕舞うわ」

 

「そうだね」

 

「ちょっと道もぬかるんできたし、楽しくないところもわかってきた……」

 

 カピバラが溜め息を吐く。

 喜んだり悲しんだり、意外と喜怒哀楽を表に出す子だな。

 

「ふふん。アレを見てもつまんなそうな顔をしていられるか見物」

 

「アレ?」

 

「ちょっと5分くらい寄り道しよう」

 

「寄り道……? まあ、いいけど……変なところじゃないでしょうね?」

「大丈夫大丈夫」

 

 登山道をほとんど降りきったあたりで、T字路があった。

 宿場町を示す方向にはあえて向かわず、「タタラ壺」と書かれている方向へと向かう。

 

「こんな立て札あったっけ?」

 

「帰りに見ようと思って説明しなかった。気付いてなかったみたいだったし」

 

「ふーん」

 

「このあたり、雨がなくてもちょっと湿ってると思う。気をつけて」

 

 そう言っておきながらカピバラは何度か滑って転びそうになった。

 ごろごろと転がっている石を踏みしめながら歩いているので仕方ないが、そろそろ無自覚に疲労が溜まってそうだな。腰がおっかなびっくりになっている。

 

「まだぁー?」

 

「大丈夫」

 

 木々に覆われて視界が悪い。

 道も先程よりは狭く、草をかき分けて歩かなければならない。

 

「ねーえー! まだなのー!?」

 

「大丈夫だって」

 

 文句がうるさいが、水音が大きくなっている。

 ここまで来ればもうすぐだ。

 

「ほら」

 

「これは……滝……?」

 

「そう。タタラ山の滝、タタラ壺。そんなに大きくはないけど、高さがあって迫力がある」

 

 20メートルくらい上から、清らかな水が滝壺へと流れていく。

 離れていても水しぶきが飛んできて冷たいくらいだ。

 迂闊に近寄ればびしょ濡れ間違いなしである。

 

 レインウェアを着ていなければね。

 

「うーん、晴れてるときに見えてたら最高だったけど、これはこれで悪くないわね」

 

「贅沢」

 

「雨を選んだのはオコジョじゃないの。あーあ、一時間くらい早く出発してればなー」

 

「そ、それはそう。ごめん」

 

 カピバラがやれやれと肩をすくめる。

 レインウェアのテストを優先しすぎたのは私の失態なので、ぐうの音も出ない。

 このマイナスイオン漂う清涼感だけで我慢してもらう他ない。

 

「あ、でも……空がちょっとだけ晴れてきた……?」

 

「ほんとだ。きれい……」

 

 雲と雲の切れ目から太陽の光が差した。

 水の冷たさの中に温かな気配が訪れる。

 だが雨雲が去ったわけではなく、小粒の雨がぱらついている。

 天気雨だ。

 このとき滝、雨と、太陽の光によって、あるものが生まれた。

 

「見てオコジョ! 虹よ!」

 

 私はこれが、ただの自然現象であることを理解している。

 雨や滝の水に太陽の光が反射して、波長の長さごとに分解されてしまっただけのことだ。

 だがそれでも、このとき、この瞬間に虹が現れたことには運命的な何かを感じる。

 カピバラは尚更そうだろう。

 この世界において、虹は幸運の象徴だ。

 旅立ちの日に虹が現れることは、その道程が神に祝福されていることを意味する。

 

「カピバラ、ありがとう」

 

 私の口から、自然と感謝の言葉が出た。

 

「な、なによ突然」

 

「これでテストは無事に完了した。登山靴、ザック、トレッキングポール、レインウェア、全部が完璧。巡礼者協会に登録して、正式に巡礼者になれる」

 

 私の言葉に、カピバラはしまったという表情を浮かべた。

 

「……手を抜いておけば、あんたも趣味の登山だけで満足できてたのかもね」

 

「そうかも」

 

「あんたの寿命を縮めちゃったかしら?」

 

「死なないよ。あなたが道具を作ってくれる限りは」

 

「人使いが荒いわ。オコジョってほんと面倒くさい。だいたい、報酬が自慢話って人のことをバカにしすぎよ」

 

「私は面倒くさい。でも、面白い自慢話をすることにかけては、絶対の自信がある」

 

 その言葉に、カピバラはにこやかに笑った。

 

「……ま、期待してるわ。面白い女の、面白い自慢話をね」

 

 こうして、タタラ山の登山が無事に終わった。

 

 そして私の巡礼者としての生活が、本格的に始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 なお余談ではあるが、カピバラは滝を見た後に「体が痛い」と言い始めた。

 しかもその苦痛は、治癒魔法での回復が難しい種類のものだった。

 それは肉体を再生させるための苦痛と言われており、実際に肉体を再生させる魔法を使っても効果が薄い。

 

 その痛みの名は筋肉痛。

 

 下山した直後から二日間ほど、カピバラは人生で初めてというレベルの壮絶な筋肉痛と戦うことになる。

 

 

 

 

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