「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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カピバラたちの発明

 

 

 

 タタラ山登山を終えた数日後、私は靴職人のおじいさんの工房へ向かった。

 

「筋肉痛治った?」

 

「まだちょっと響いてるわよ……ったく、無茶させてくれたわね……」

 

 恨めしそうな目で見てくるカピバラが待ち構えていた。

 足首や膝、関節をかばっている様子はない。

 悪いのは口だけのようだ。よかった。

 

「筋肉が痛いのはしょうがない。骨とか筋が痛むとかはない?」

 

「そういうのはないわね。前スネとふとももとおしりと背中の筋肉が痛い」

 

「ならよし」

 

「よしじゃないわよ!」

 

「あなたの作った登山ギアが優秀な証拠。そこは誇るところ」

 

 私の言葉におじいさんがにっこりと微笑み、カピバラがぐぬぬと悔しそうな顔をする。

 

「まさか竜を使わずに登るとは思いませんでした。お嬢様がこんなに健脚とは」

 

「大叔父様も知ってたなら教えてよね……」

 

 靴職人のおじいさんが頭をかきながら苦笑する。

 この人にも来てほしかったところだが、膝の古傷が傷んで登山は難しいらしい。

 だが、カピバラの無事と靴の性能を知ると我がことのように喜んでくれた。

 

「それで、今作ってる道具の相談だけど……クライミングギアってできるかな?」

 

 私の質問に、カピバラが真剣な表情を浮かべた。

 おじいさんも微笑みを消し、仕事人の目つきになっている。

 いいね。

 

「……あれ、本気で使う気?」

 

「ロッククライミングができると活動の幅が広がる。普通の巡礼とか、レベルの低い魔物の出る聖地なら今の装備でも無殺生攻略できるけど、クライミングって選択肢がないと難しい局面が出てくる」

 

「結局、欲しいわけね?」

 

「欲しい」

 

 私の言葉に、カピバラは仕方ないとばかりにため息を吐く。

 

「……一応、確認するわよ。そのクライミングとかいうのに最低限必要なのは、シューズ、ハーネス、色んな種類のロープ、色んな種類のカラビナ、ビレイデバイス、プロテクションね?」

 

「うん」

 

「大まかな流れとして、まずハーネス……胴体とか太ももとかに締める革ベルトにロープを繋げて、それを命綱にする。そして落下事故に備えながら岩壁を登るってことよね?」

 

「そう。岩の裂け目にプロテクションっていう金具を埋め込んで、そこに命綱にしてるロープを接続する。で、ちょっと上に登ってまたプロテクションを埋め込んでロープを接続する。それを何度も繰り返して墜落に備えながら、壁の上にたどり着く。これが私が想定する聖地でのクライミング」

 

 クライミングには色々と種類がある。

 

 登るべき壁の一番上に最初からロープを接続し、それを命綱として登るトップロープクライミング。

 

 だが最初からそれができない場合は、命綱をかける場所を構築しながら登っていく。

 

 リードクライミングという名であり、私が想定しているものだ。

 

 そこで命綱を引っ掛けるのに使うのがプロテクションである。

 

 一番有名なのは、ハーケンという平べったいクサビみたいなものだろう。

 これをハンマーで叩いて岩の裂け目に無理矢理打ち込み、ロープを引っかける。

 最近では岩場の環境を守るためにそんなに使われないけど。

 

「今回だけは言わせて頂戴。どうかしてるわ」

 

「それは自分でも思う。賛同できないとは思ってた」

 

 カピバラの言葉には一切反論できない。

 まったくもってその通りだからだ。

 だがカピバラは、違うと首を横に振った。

 

「……絶対に反対ってわけじゃない」

 

「あれ? そうなの?」

 

「めちゃめちゃ危険なことに対して、できる限り危険を減らすっていう考えで道具を考案してるから非難しにくいわけ。『そこまでしてやる?』って疑問は尽きないけどね」

 

 クライミングは別に、危険を誇示するためのスポーツやアクティビティではない。

 知恵と道具を駆使して可能な限り危険を排除するものだ。

 手足をどう動かしてどう登るかというテクニックはもちろん大事だが、安全の追求、死なないことこそクライミングにおける基本にして奥義だと私は思う。

 

 まあ、一切の器具を使わず手と足だけで登っていくフリーソロというスタイルもあるけど流石にやらない。怖いし。

 

「私は何も危険なことがしたいわけじゃない。魔物を回避して、できる限り安全に攻略するにはこれが一番安全だって判断した」

 

「それ、半分は建前でしょ」

 

「……そ、そんなことはない」

 

「オコジョは山の頂上に行くのが大好きだから巡礼者になるんでしょ。壁を登るのだって、崇高な不殺を貫きたいとかより、めんどくさい壁を見たら燃えてくるのよ。あんたってそーゆーやつよ」

 

 カピバラのじっとりとした目に、ますます反論できなくなる。

 

「楽しいことは楽しい。ただ、自分から危険に飛び込みたいわけじゃない。私の場合は魔物がいる場所に飛び込む方が自殺行為」

 

 私は、戦うための手段を持たない。

 

 巡礼者は冒険者に守ってもらうものとはいえ、治癒魔法、あるいは強化魔法といったパーティーを支援することは何の問題もない。何かしら冒険者にとって役立つスキルもちは重宝される。

 

 だが私にできるのは、旅や登山そのものを問題なくクリアするためのスキルばかりだ。それを考えると、「いかにして魔物との交戦を避けるか」がテーマになり、壁や崖を登るほうが安全だという局面が現れるのだ。

 

 まあ仮に私が何かチートスキルを持ってて戦えたとしても「魔物と戦うなんて避けたほうがよいに決まってるじゃん」と思う方だけど。

 

「……それもわかるのよね。だから、その上で言うわ。ハーネスとシューズは作る。あとカラビナも……作れなくはない。だけど他のは作れない」

 

「作らない……じゃなくて、作れない?」

 

 ハーネスとシューズは作れるということは、クライミングという手法に賛同できない、という意味ではなさそうだ。

 

「鍛冶師が『形状を作るのが難しい』、『作れたとしても、人間一人が落ちたときの重さに耐えられない』って言うのよ」

 

「あー」

 

 カラビナにしろ、プロテクションにしろ、地球で広まっているのは現代の合金を加工する技術があればこそだ。この世界で実現するのは確かに難しいだろう。

 

「えっと……魔法で強化するとかは?」

 

「使い捨てのものにいちいち付与魔法使いに頼んでたら幾ら金があっても足りないわよ。強化しなきゃいけない道具は何種類もあるんだし」

 

「むむむ……」

 

 予算と技術の壁が立ちはだかったか。

 私も流石に、ここまで協力してくれたカピバラに「そんなこと知らない。もっと出せ」とは言えない。

 

 それに、カピバラは金を出し渋っているわけではない。

 継続が難しいという指摘なのだ。

 

「聖地では立て看板や山小屋を後から作ろうとしても、聖地の魔力がそれを弾いてしまいます。聖地となる前まであったものは破壊できないかわりに、付け足すことはできないのです。ハーケンとやらを打ち込んでも、信頼できるほどの強度は保てません」

 

「あっ」

 

 靴職人のおじいさんの言葉に、私は愕然とした。

 

 聖地となった場所は不思議な力で地盤が安定して、がけ崩れや落石の心配がなくなるという話は聞いていたが、逆に言えばそういうことだ。外からの影響をはねのけてしまう。

 

「それは……確かに」

 

「あと、これって岩壁の下で命綱を握って落下を食い止める人が必要でしょ? あなた私以外にそんな仲間いるの?」

 

 リードクライミングとは基本二人で行う。

 

 岸壁を上るリードクライマーと、カピバラの言う通り、ロープを緩めたり引っ張ったりするビレイヤーという役割に分担される。ソロで行うこともできなくはないが、レベルが段違いに上がる。

 

「……これから募集する感じで」

 

「そういうのいいから。いないわけね?」

 

 ぐぬぬと苦悶の顔を浮かべながら私はうなずいた。

 

 こうなれば諦めて、普通の登山として可能な範囲で取り組むしかないか……と思ったとき、カピバラが不思議なことを言い出した。

 

「だから、使い捨てする必要がない道具を用意する。ついでに一人でも活動できるようなものを」

 

「え?」

 

「多分だけど、魔法で強化されたカラビナを使い捨てたり、強化したロープを使ったりするよりはいいはずよ」

 

 そう言って、カピバラは木箱をテーブルの上に置いた。

 その中に、カピバラが用意した虎の子の魔道具があった。

 

「ハーネスに、宝石がついて……って、これ、魔石!?」

 

 魔石とは、魔法が封じ込められた石のことだ。

 火の魔法を封じ込めた石を杖の先端に取り付けて「魔法使いでなくても火を放てる杖」として売ってたりする。

 

 ただし、高い。

 

 光を放つとか、種火を用意すると言った初歩的な魔法を使うものでも五万ディナから十万ディナ。魔物と戦える程度に実用的なものならば最低二十万はする。

 

「でもお高いんでしょう?」

 

「オコジョ、なにいきなりかしこまってるのよ? 高いとか安いとかじゃなくて、市場価値がわからないって意味よ」

 

 うっかり地球の定型句を口にしてしまった。

 それはさておき、カピバラの言葉の真意にようやく気付いた。

 

「……魔法がマニアックすぎて買う人がいない?」

 

「そういうこと。人為的に攻撃魔法を封じ込めたんじゃなくて、魔物が落とした魔石なの」

 

「へえー」

 

 魔物を倒すと、魔石を吐き出すことがある。

 そこには魔物だけが使えるレアな魔石が封じられており、倒した冒険者が自分の武具に付けたり、オークションに出したりする。だが便利かどうかは怪しい。

 

「騎士団がクモの魔物の群れを倒したときに出てきたものらしいの。糸を吐き出すんだけど……って近い近い近い! なんで顔近づけるのよ!」

 

「もっと詳しく教えて。手首に付けて木の枝に引っかけてジャンプしたり、敵を捕縛したりはできる?」

 

 それはつまり。

 

 私が愛した蜘蛛のスーパーヒーローになれるということではないか。

 

 ニューヨークとかムンバッタンとか奥多摩のしだくら橋を縦横無尽に飛び回った、大いなる力をもってしまったために大いなる責任を背負ったヒーローに。

 

「無理よ無理! ていうか手首に付けて飛び回ったら手首折れるでしょ!」

 

「うっ……」

 

 そう言われたら引き下がるしかない。

 カピバラは、まったくもうと呆れながら説明を続けた。

 

「魔物を縛ることはできなくもないけど……爪とか牙で切断されることもあるでしょ。糸をぶつけることはできても、そこから綺麗に縛り上げるとか複雑な動きも難しいわ。ていうかもっと他にいい魔法とか魔道具があるじゃないの」

 

「そっか……」

 

 いや、うん、わかってた。糸を出す能力があったとしても、某クモヒーローは凄まじい身体能力があるからアクロバティックな動きができる、ということだ。

 

 それにロープ自体に伸び縮みする弾力や重量を支えられる強度があったとしても、糸を横から断ち切ろうとする力に抗えるかどうかは別問題だ。

 

「それに、吐き出された糸は魔力で作られているので、時間が経てば消えてしまうのです。それがメリットということもあるのですが、ロープ代わりになるような糸が消えるのはデメリットの方が多いのでしょうな」

 

 靴職人のおじいさんの冷静な指摘に、そりゃそうだよなと納得する。

 

「どれくらい持つの?」

 

「20mとか30mといった普通のロープの長さで30分ほどでしょうか。ロープが伸びて体積が増えると、存在していられる時間は減るでしょう。1メートル以内の短い距離ならば1日以上持つかと思いますが」

 

 なるほど。大盤振る舞いすればすぐ消えて、ケチれば長時間持つというわけか。

 

「いやでも、けっこう便利だと思うけどなぁ……? なんでこんな道具が蔵の中で眠ってるんだろ……?」

 

「だって、なんか中途半端だもの。魔力を惜しみなく使える天才魔法使いだったら空を飛ぶことだってできるし、重力を変化させることもできるわ」

 

「魔力がないなら?」

 

「普通は諦める。諦めない人は、魔力を伸ばすよう修行をする。そういうものよ」

 

「……そっか。価値観の問題か」

 

 手と足で岩壁を登るという原始的なテクニックを突き詰める補助として魔道具を使うのは、この世界では出にくい発想なのだろう。

 

 この世界には「より快適に、より凄いことをしたいなら、魔力を使わなければならない」という感覚がある。

 

 だがカピバラと靴職人のおじいさんは作り出した。

 この世界特有の事情を理解し、私の願望と能力にぴたりと合致したアイテムを。

 

「カピバラ。おじいさん」

 

「なによ」

 

「なんでしょう?」

 

「グッジョブ。天才」

 

 私は、親指を立てて二人を賞賛した。

 二人は私のジェスチャーに首をひねりつつも、誉め言葉と受け止めて同じ仕草を返す。

 

 残る問題は、この素敵なプレゼントがカタログスペックを発揮してくれるかどうかだが、私はサイクロプス峠に来る前に適当な岩壁で使って使って遊びまくって、しっかりと確認した。

 

 その答えは言うまでもないだろう。

 

 本番の聖地巡礼で使っているということは、そういうことだ。

 

 

 

 

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