「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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冒険者たち 4

 

 

 

「無茶苦茶だわ……」

 

「無茶苦茶じゃない。さっきだって5メートルくらいはすぐに登れた。万が一落ちても死ぬことはない」

 

 私はニッコウキスゲの呟きを否定して、岩壁を見つめる。

 

 川の水面から崖の先端までは80メートルほどだが、実際にクライミングで登らなければいけないのは50か60メートルくらいだ。

 上の方は傾斜が緩くなり、足の置き場も増える。

 もちろん油断は禁物だが。

 

「壁を登り切った後は、100メートルくらいダッシュすれば祈りを捧げるポイント……この峠の山頂に辿り着く。そこで祈りを捧げるのに成功したら、サイクロプスは大人しくなる」

 

 無殺生攻略は、通常の攻略では起きないことが起きる。

 祈りを捧げることで一時的に魔物が眠りに付くのだ。

 登頂さえなんとかなってしまえば、下山は格段に安全になる。

 

 無殺生攻略においては普通に魔物を倒す攻略よりも祈りの力が格段に増すとも言われており、魔物が眠りに付くのはその余波である……という説が主流である。もっとも祈りの力を計測する術などはなく、噂話の域を出ない話ではあるが。

 

「本当に無殺生攻略をすると魔物が眠るのかい? 見たことないんだけど」

 

「眠る。幻想の存在に近い高等な魔物は煙みたいに消えることもある。少なくとも文献には確実に記載されているし、巡礼者協会が公式に認めてる」

 

「知らないうちにどっかの冒険者が峠に紛れ込んでて、サイクロプスが倒されてることもあるかもしれんぞ」

 

「それも問題ない。聖地で一切の殺生があったかどうかではなく、パーティー単位で殺生の有無を認定している。土地の精霊様がそこをちゃんと見てるらしい」

 

 ニッコウキスゲとツキノワの質問に答える。

 誰もが疑問に思うところは、私なりに調べている。

 

「魔物が眠るとしても、祈った直後とは限らないんじゃないか? 大事なのは魔物が眠る、眠らないじゃない。魔物の牙や爪があんたの喉元に届いちまうかどうかだ。あんたが殺された後にすやすや眠られても意味がないんだぞ」

 

「それは……その通り」

 

 無殺生攻略が成功したとして、魔物が眠るのが祈った5分後や10分後だったとしたら遅すぎる。ツキノワの言う通り、タッチの差で私は死ぬ。

 

「だから活動が一番鈍くなる時間帯を狙う」

 

「……早朝か」

 

 魔物は人間や他の生物と同じく、睡眠や活動のサイクルがある。

 基本的には夕方から夜にかけてがもっとも活発で、夜から朝になる瞬間がもっとも鈍い。

 

「100メートルの坂道をダッシュして、祈りを捧げて、またここに戻ってくる。5分も掛からない。たまたまサイクロプスが近くにいたとしても木々が邪魔してくれる。そのときはすぐこっちに戻って、糸を使って下降して舟まで戻ることもできる。『上手くいくはず』を元に計画は立ててはいない」

 

「ふむ。まあ、それなら……」

 

「ダメ」

 

 ツキノワが納得しかけていたが、ニッコウキスゲが鋭い否定の言葉を放った。

 

「なぜ?」

 

「あたしたちは護衛に来てるのさ。巡礼者を一番危険な目に遭わせてこっちは指をくわえて見てるなんてことはできないよ」

 

「それはそっちの都合」

 

「わかってる。だからあくまでお願いとして聞いて。却下されても文句は言わない」

 

「なに?」

 

「あたしも壁を登りたい」

 

「おっ、お前、何言ってるんだ!?」

 

 ニッコウキスゲの言葉に、ツキノワが激しく驚いた。

 

「あたしとあんたが一緒に行動すれば、もし万が一サイクロプスと出くわしてもなんとか対処はできる。サイクロプスの一体や二体なら魔法で倒すこともできるし、殺すことなく時間を稼ぐくらいはできるさ」

 

「だがお前がオコジョみたいに壁登りができるってわけじゃないだろう。見たところ、オコジョはここの攻略に向けてトレーニングを積んでる。そうだよな?」

 

「うん」

 

 ウェブビレイヤーをテストすると同時に、私は郊外に出て適当な岩場を探し、何度かクライミングの練習をしている。前世の感覚を完全に取り戻したわけではないが、それでもこの壁を登るくらいなら問題ない。

 

「オコジョは練習をして、さらにあのクモの糸みたいな魔道具があるから壁を登れるんだ。一切の補助や安全装置なしに行くのは、それこそ無茶苦茶だろうが」

 

「昔、騎士団にいたときは木登りとかロープ登りとかはやったよ。あとその道具、もしかして予備があるんじゃない?」

 

「……なんでそう思う?」

 

 ニッコウキスゲの質問に、私は質問で返した。

 

「魔石が小さい。ていうか魔法自体もそこまで強力なものじゃない。だからこそ便利で応用が利く凄い代物って話だけど……それならもう一つか二つ作って、もしものために備えるもんじゃないかなって。魔石は、同じくらいのサイズの魔力を込められる石があれば複製できるんだから」

 

「正解」

 

 私は、ツキノワとは別の理由で驚いていた。

 こんなに思い通りに物事が進むとは思っていなかったから。

 

「ウェブビレイヤーだけじゃない。靴もチョークも、ちゃんともう一人分用意してる。どう言って誘おうか悩んでたから、言ってくれて助かった」

 

「用意周到じゃないか」

 

「ただし」

 

 私は、ニッコウキスゲの目を見る。

 

「今回、あなたがどう動いてどう登ればいいか、一から十まで私が指示する。壁を登りきるまで、私の命令には絶対に従ってほしい。反論も許さない」

 

「……わかった。むしろ、そう言ってくれて助かるよ。巡礼するなら、リーダーシップは必要さ」

 

「よろしく。ええと……ジュラさん、だっけ?」

 

 私はニッコウキスゲの本来の名前を呼び、握手を求めた。

 

「もうニッコウキスゲでいいよ。あたしもオコジョって呼ぶ」

 

「わかった。よろしく、ニッコウキスゲ。ツキノワ」

 

 ニッコウキスゲが手を握り返す。

 それを見たツキノワが、ホッとしたように微笑みを浮かべた。

 

「……なんだかようやくパーティー結成って感じだな。がんばれよニッコウキスゲ」

 

「あんたもあだ名で呼ぶのかい。ま、いいけどさ」

 

 そしてツキノワとも握手をする。

 こうして、サイクロプス峠の無殺生攻略が本格的に始まった。

 

 

 

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