「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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初攻略

 

 

 

 日が沈むと同時に私たちは就寝した。

 

 それにしても、ニッコウキスゲは予想以上にタフだった。初めてのクライミングでしっかり登り切った上に、ポータレッジかべキャンも渋々ながら納得してくれた。どうしても無理と言われたら、降りてからの再挑戦も視野に入れていた。

 

 とはいえ、流石に慣れてない人に断崖絶壁側に寝かせるのは可哀想だ。壁に近い方はニッコウキスゲに譲って、私は外側で寝ている。

 

 ツキノワは岩壁の下の川岸にいたが、増水に備えて反対側の岸に移動してもらった。私たちのかべキャンを見て爆笑していたが、ちょっと羨ましそうだった。安心してほしい。ちゃんとこの景色を後で味合わせてあげるので。

 

「綺麗だね」

 

 星々がはっきりと見える。

 山脈の一つであったタタラ山とは違い、このあたりは平野部で見晴らしがいい。

 

 もうすぐ朝だ。荒涼さと神秘が混ざり合った景色とは違って、豊穣を感じさせる緑一色になる。

 

「んむ……さむ……」

 

 ふぁーあと間の抜けた声が隣から響いた。

 

「……オコジョ。もうそろそろ?」

 

「日の出まではもうちょっと。コーヒーでも飲もう」

 

「あたしがやるよ。種火の魔法じゃなくて、お湯を直接つくる方がいい。まだ明かりは出さないで」

 

「わかった。お願い」

 

 ニッコウキスゲは魔法が色々と使えるようだ。助かる。

 お湯を直接生み出す魔法は、火属性だけではなく水属性の魔法もある程度熟練していないと難しいのだ。

 

 私はニッコウキスゲが魔法を使っている横で、ザックから豆の入った瓶を取り出して小型のコーヒーミルですりつぶす。

 

「え、なにそれ?」

 

「コーヒーミル。こっちの方が簡単だし豆の味が引き立つ」

 

 この世界には、コーヒーはあるがコーヒーミルがない。

 薬研(やげん)、またはすり鉢のようなもので潰すのが一般的である。だがそれらを持っていくのはめんどくさいし重い。

 そんな愚痴からカピバラとモノ作りの話題に発展し、カピバラが木工職人と鍛冶職人に依頼して部品を作り、コーヒーミルを作ってしまった。

 

「へぇー……」

 

 ニッコウキスゲからお湯を受け取り、カップ2つ分にコーヒーを淹れる。

 そして私特製エナジーバーを添えてニッコウキスゲに分け与えた。

 

「美味いじゃん」

 

「でしょ」

 

 静かにコーヒーと食事を楽しんだ。

 やがて、東の空に朝日が現れた。ほんの少しだけ顔を覗かせただけで景色が一変していく。光に照らされて農村から煮炊きの煙が立ち上っていくのが見える。

 

 米粒のような大きさで、街道を行く人がかすかに見える。向こうからはこちらのことはわからないだろう。もし見えたら、私たちは何と言われるだろうか。それを想像するだけでちょっと面白い。

 

 だが、その面白さに浸っている時間はない。

 

「ニッコウキスゲ」

 

「わかってる。行こう、オコジョ」

 

 朝日の訪れと共に、今日一番の難所へと挑む。

 

 

 

 

 

 

 ニッコウキスゲが私の前を走る。

 流石はプロの冒険者だ。機敏で、傾斜のきつい森の中でも動きに迷いがない。

 だが、50メートルほど走ったあたりで、咆哮が鳴り響いた。

 

「ぐるぅううううぅぉおおおおおおお!!!!!」

 

 お腹の底に反響するような恐怖の声。

 いや、声と認識するのも難しい。

 まるで大いなる稲妻のようだ。

 

「オコジョ! やっこさんに気付かれたよ! 急いで!」

 

「わかった!」

 

 ここはすでにサイクロプスのテリトリーの中だ。

 一つ目の大鬼の目は森を見通し、私たちの存在に気付いた。

 だが、音の発生源は遠い。

 私たちの方が山頂により近い。

 

「もう少しで開けたところに出る! 先に行くよ!」

 

「あ、ニッコウキスゲ!」

 

「わかってる! なるべく殺さない! でもあんたの命が最優先!」

 

 そうじゃなくて一人でサイクロプスに勝てるのかと聞きたかった。

 だがニッコウキスゲの背中に、一切の不安も迷いもない。

 強い魔法使いだという話はツキノワから聞かされているが、その実力の程を目にしたわけじゃない。

 

 だが、ここまで来たら信じるしかないのも事実だ。

 

「よし、森を出たよ! オコジョ!」

 

 地図上では山頂部の祠はすぐそこのはずだ。

 峠道は広く、それこそ身の丈3メートルのサイクロプスが余裕で通行できるほどらしい。

 

 森を抜けた瞬間、祠が目に入った。

 岩石をくりぬいて作ったミニチュアの神殿のような場所の中に、太陽神を擬人化した女神像が置かれている。そして女神像は太陽をモチーフにした丸い石を大事そうに抱えている。ここに間違いない。

 

 そして目的地を見ると同時に、見たくもない者……サイクロプスの姿も目に入ってきた。魔物を見たのは初めてではないけど、実際に目にするサイクロプスは想像以上に恐ろしい。

 

「海と空が結ばれる果てより来たる風よ、樹木をしならせ枝葉を刃と化せ! 【風神結界】!」

 

 だが、彼らはその先に進むことはできなかった。

 サイクロプスたちの目の前では風が舞い、地面に落ちている枝や葉が飛び交っている。

 少しでも触れた瞬間にばっさりと斬られ、そして風圧によって弾き飛ばされている。

 まさしく呪文の通り、風による結界だ。

 

「えっ、すご」

 

 しかしあの巨体を押し止められるとは、ニッコウキスゲは想像してたより遥かに強い魔法使いらしい。

 普通こんなことはできない。

 クライミングも初チャレンジで登り切ったし、もしかして凄く優秀なのでは。

 

「こらオコジョ、ぼーっと見てるんじゃないよ! ずっと防げるわけじゃないんだ!」

 

「おっと、ごめん!」

 

 私は駆け足で祠に辿り着き、跪いた。

 

「いと高きにおわします太陽神ソルズロアよ。寄る辺なき空の寒さにその御心が凍てつくことのなきよう我らが日々の歓喜と哀切の薪を捧げます。そして神の愛が炎となり空と海と大地をあまねく照らし、我らの小さな営みをお守りくださるよう切にお祈り申し上げます」

 

 ふう、噛まずに言えた。

 焦ってる状況で祈りの言葉を唱えようとすると間違えるんだよね。

 そんな安堵の息を漏らした瞬間、祠が私の祈りに応え、輝き始めた。

 

「これが……巡礼……」

 

 そして、花火のように激しい輝きが空に昇り、そしてこの聖地全体に降り注ぐ。

 清浄な魔力が大地に満ちる。

 

 この世界において太陽は東から昇って西へ沈むし、一日は24時間だし、春夏秋冬の季節はある。っていうことは地軸の傾きや星の大きさは地球とあんまり変わらないのだろう。

 

 だが文明の速さや年月への感覚は大きく異なる。国は100年くらいで勃興と崩壊を繰り返さず、500年とか1000年とか平気で続いている。もちろんダメダメな破綻国家もあるのだろうが、多分、地球より少ない。

 

 その理由は恐らく、この巡礼によるものだ。

 

 大地震や噴火といった天変地異が少ないのであれば社会は安定し、そして科学技術の歩みは遅くなる。

 神様なのか何なのかはわからないが、その人はお節介なくらい優しいのだろうな。

 つっけんどんな地球は嫌いじゃないが、私も一応、この世界の一員なのだ。

 しっかり祈るので甘えさせてください。

 祈りの言葉のように、あなたにも温もりがありますように。

 

「これが無殺生攻略か……普通の巡礼じゃこんな風にはならないよ……。ここまで眩しい祈りの光、あたしは初めて見た」

 

「ニッコウキスゲ。魔物は?」

 

「見てごらん。無殺生攻略をしたら魔物が沈静化するって、こういうことだったんだね」

 

 ニッコウキスゲが指差す方向では、サイクロプスたちが眠るように倒れている。

 そして少しずつ塵のように消えていく。

 数分もすれば、そこには何もなかったのように空白だけが残った。

 

「……終わった」

 

 ひどくあっさりとしたものだった。

 恐ろしい魔物がこんなにも跡形もなく消えるのは、心が付いていけない。

 いいの? 本当に大丈夫? という気分になる。

 

「なにしけた顔してるの。もっと喜びな」

 

「あ、うん」

 

「……ここは元々、旅人が使う峠道だったらしいね。魔物が消えるとよくわかる」

 

 そう言われて、ようやく景色を見る余裕が出てきた。

 

 確かに、道は綺麗だ。

 

 しっかりと地ならしされていて、岩が転がっていることもない。

 サイクロプスはさぞ歩きやすかったことだろう。

 

 祠の近くにはテーブルと椅子がある。

 テーブルは丸太をそのまま板にしただけの簡素なものだ。椅子もほぼ丸太を横に切っただけで、もはや切り株と変わらない。だがそこではきっと、旅人が腰を休めていたのだろう。

 

 峠道はほぼまっすぐで丸見えだ。

 街から街、国から国への旅の途上で、当たり前に存在する場所が、時を止められたかのような静寂に満ちている。

 私はなぜか、悲しさと温かみの両方を感じた。

 

「……ありがとうございました」

 

 自然と口から感謝の言葉が出てきた。

 こうして、私の初めての巡礼が終わった。

 

 

 

 

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