「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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トレイルランニングシューズを作ろう 2

 

 

 カピバラは話をすぐに理解し、私のほしいものを言い当てた。

 

「そう。軽い靴が欲しいと思ってた。天才」

 

「おだてても何も出ないわよ」

 

 カピバラがふんと鼻息を荒くするが、おじいさんが茶菓子を出してくれた。

 この子をおだてると色んなものが出てくる。

 

「また靴を変えるのか?」

 

 ツキノワが不思議そうに尋ねた。

 

「登山靴はちょっと重くて大きい。クライミングシューズはそもそも歩くためのものじゃない」

 

「そりゃそうだ」

 

「靴の重さは必ずしもデメリットじゃない。大きい荷物を背負ってもふらつきにくくて、転びにくい。小石が入ることもないしうっかり岩を蹴っても爪先を守ってくれる。……でもそれは、『歩く』前提での話」

 

「メリットデメリットは、まあ、あるんだろうさ。でも、全部普通の靴じゃダメなのか?」

 

 ツキノワが、根本的な疑問を出した。

 いい質問ですねと頷きたいところだが、話を促す。

 

「ツキノワ。なんでそう思う?」

 

「なんつーか……登山靴はわかるんだよ。オコジョが履いてるやつは防御力は高いし、見てるだけでもしっかりしてるのはわかる。あと、雨でも水を吸わないんだろ? ハードな山を歩くなら俺もほしいぜ」

 

「だ、そうだよ」

 

「おだてても何も出ないわよ。採寸してあげるから足を見せなさい」

 

「え、いいのか?」

 

「ツキノワ、話が逸れてる。お嬢様……カピバラも、あんまり甘やかさないで」

 

 ニッコウキスゲに呆れられるが、ツキノワが悪びれることなく話を戻した。

 

「おお、すまんすまん。ともかく、裏スライム山は距離こそ長いが、そんなに起伏や悪路があるわけじゃない。普通の靴でいいんじゃないか? むしろ普通の靴で攻略して足を鍛えた方がいいような気がするんだが……」

 

「脚はもちろん鍛える。でも膝や腰は、消耗品。怪我が癖になったらハードな登山はできない」

 

「でも、靴にこだわらなくても健脚なやつっているじゃないか。老人なら足腰に気を付けて杖も持ってもらうが、若い巡礼者は軽装で健脚揃いだぜ」

 

「一つ、よろしいですかな?」

 

「あ、おじいさん」

 

 こほんと小さく咳払いをして、おじいさんがツキノワの疑問に答えた。

 

「走るプロや歩くプロは世の中案外多いものです。郵便配達人であったり、人力車の車引きであったり、あるいは、そうですな……先物取引所のバイヤーなども仕事の中でよく走ります」

 

「そうだな」

 

「その人の多くは、基本的に同じルートの往復が多いのですよ。休憩できるポイントなども心得ておりますし、彼らなりの靴の手入れがノウハウ化しています。まあ裸足で走る者も少なくはないのですが、悪路を避けて怪我を避けられる道を把握した上でのこと」

 

「コツを掴んでるってことか」

 

「ですが巡礼においては、常に行ったことのない道に踏み込むことが多いかと思います。特にカプレー様のやり方ですと、本人も奇想天外な方法を考えつくでしょう?」

 

 そうかな、そうかも。

 と思っていたら、他の人がしみじみと頷いた。

 

「まったくだ」

 

「それは本当にそう」

 

「道具を作る側の気持ちにもなってほしいわ」

 

「なんか非難されてる空気になってる気がする」

 

 私の微妙な文句をスルーして、話が続いていく。

 

「また、走ることが生業の人にとって靴は消耗品です。ダメになったら即座に捨てて買い替える。安全のためには適切な判断ですが……オコジョ様の場合はその靴の調達が難しい状況もありえます。少なくとも聖地の中で靴が壊れた……ということがないように、あるいは壊れたときに応急修理して歩けるよう、できるだけしっかりしたものを用意するのがベストかなと」

 

「ふむ」

 

「それに、一握りの者は一生現役で軽快に走れるのですが、多くは膝を壊して引退していきます。他の仕事とは違って一流の人間ほど引退が早い、皮肉な世界です」

 

 しみじみとおじいさんが語る。

 その声色には、第一線を退いた人にしか出せない重みがあった。

 

「良い靴を履けば健康に歩き続ける寿命が延びる。寿命が延びれば、できなかったことに手が届く。それこそ、一介の少女が聖者になることもありえるでしょう」

 

「確かに、上に行くやつは道具にこだわるもんだしな……。足回りにここまでこだわるのは見たことはないが、膝を壊して引退しちまうくらいならいいものを使った方がいい」

 

 ツキノワが納得してくれて助かる。

 実際、道具なんか頼るなと言うタイプの人は珍しくはない。

 こういう微妙な思想で理解しあえるのは大事なことだ。

 

「で、話はわかったけどさ。それに適した靴ってあるの?」

 

 ニッコウキスゲが疑問を投げかけた。

 

「軽い靴は普通に売ってる。サンダルみたいに硬い靴底のものもあるし、柔らかめの革で包むような走りやすいのもある。けど、もうちょっとプラスしたい」

 

「プラスと言いますと……登山靴のときのように、靴底を工夫しますか?」

 

「うん」

 

 おじいさんの言葉に頷く。

 

「クッションみたいに柔らかくて、膝への衝撃を吸収してくれる靴底にしてほしい。でも方向転換したり坂を下ったりしたときに滑らないよう、靴底のブロックは登山靴より深めにしてほしい」

 

「あんた本当にワガママね……」

 

「どこからその発想が来るのか不思議だぜ。まるで古の聖者様だな」

 

 ツキノワの言葉に、カピバラがおほんおほんとわざとらしい咳払いをした。

 私の出生の秘密を誤魔化そうとしてくれてるのはわかるがちょっと怪しい。

 カピバラはたまに演技力がやたら低くなる。

 こうやって気遣ってくれるのはすごく嬉しいから許す。

 

「こ、こないだ使った泥竜の革とかケルピーの革みたいに、なにかアテはあるの?」

 

「今回は全然ない」

 

 ゴムや樹脂みたいなものはこの世界にはあるが、そこまで一般的ではないし耐久性に乏しい。ていうか、それがあるなら登山靴をオーダーメイドで作る必要もなかっただろう。ゴムがあれば靴や服の文化はもっと発展している。

 

 ああ、切実にゴムがほしい……。

 

「何かないかな……。スライムみたいに、地面をはねたりしても元の形に戻るようなの」

 

「それこそ、スライムはいかがですか?」

 

 おじいさんが唐突にそんな提案をした。

 

 

 

 

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