「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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裏スライム山を歩いてみよう 2

 

 

 

 天魔峰に行くこと、それは確かに私の夢だ。

 楽器店のトランペットを見つめる子供のような顔をしてたのかと自分の顔をぺたりと触る。

 

「見透かされるのはちょっと悔しい」

 

「別に悪いとか思ってないよ。あんたなら本気で行くだろうなって」

 

「そのためには、一つ一つの聖地をちゃんと攻略していかなきゃいけない。もちろんこの山も」

 

「その調子だ……って言いたいところだが、しかしここの道を走るとなると意外にキツいぜ。勝算は見えるか?」

 

 ツキノワの心配の言葉に、私は渋々頷く。

 

「アップダウンの連続は体力をもってかれるんだよね……。下り切ったあとに登りが来ると心が折れる」

 

「それはあたしもわかるわ」

 

 ニッコウキスゲもしみじみと頷いた。

 

 登りだけだと足が上がらなくてつらいが、下り切ったあとに登りが来ると心肺がついてこない。起伏のない平地を歩くときの消耗とは段違いだ。

 

「巻き道もございますよ。少しだけ距離は伸びますけど、坂が少ないので疲れないかと」

 

 そこに、店員のおねえさんが助言をくれた。

 

 ちなみに巻き道とは迂回路のことだ。

 鉄騎スライム峠のピークを避けて坂の登り降りをしなくて済む道があるのだろう。

 

「それは他の峠にもあるかい? 熱スライム峠とか大スライム峠とか」

 

「ええ、ありますよ。ただ山頂は見晴らしがいいし、私みたいに茶屋を開いてる人がいますので、巻き道を使うか峠を超えるかは人それぞれですね。それぞれのピークはスライムの出現数も減るから休憩しやすいですし」

 

 ツキノワの質問に、店員のお姉さんが流暢に答えた。

 こういう地元民の情報はとても助かる。

 

「なるほど……楽な巻き道を使うか、あえて峠を行くか、どちらもアリだな」

 

「うーん……休憩ポイントがあるのも捨てがたい」

 

「え、もしかしてスライム山の山頂まで走るつもりですか……?」

 

 喫茶店のお姉さんがびっくりしながら声をかけた。

 

「うん。無殺生攻略のためにはそうするしかない」

 

「うそ……いるんだ……今時……」

 

 えっ。

 ブームに乗り遅れてる人扱いされるの軽くショックだ。

 

「あっ、いや! 違います! 【脱兎】のオリーブ様にあやかるなんてすごいなぁって!」

 

 店員のお姉さんは失言に気付いて、慌てて訂正した。

 そういえば、スライム山の山頂にいたおばあさんも【脱兎】のオリーブについて語ってたっけ。

 

「このあたりだと、オリーブ様は有名なんですか?」

 

「そりゃあもう! オリーブ様の手記に、『スライム山こそ我が故郷』って書き残してますからね。裏スライム山を走破したことがオリーブ様の伝説の始まりにして終着点なのです!」

 

 喫茶店のおねえさんはそこから、聖者オリーブについて滔々と語り始めた。

 

 どうやら彼女はオリーブガチ勢のようだ。

 茶屋のカウンターの奥にはオリーブ様グッズを販売している。似顔絵を描いたものや、名言を色紙にしたものもある。

 オリーブ様はどうやら彫りの深いイケメンのようだ。

 髪が少し天パで、どうみてもローマ人にしか見えない日本人俳優のような雰囲気がある。

 

「どいつもこいつも【畏怖】のカルハイン様ばかりを褒めたたえて他の聖者様を忘れて……! 無殺生攻略の基本は足! そして巡礼の基本は足ですよ! あんな効くか効かないかあやしい聖水を高く売りつけて、たまったもんじゃありません!」

 

「う、うん」

 

 ちょっと話が危うい方向になってきた。

 

「オリーブ様にあやかって裏スライム山を走る人を支えようと思って宿場から出張してきてるのに、街道のショートカットを狙った旅人ばかり……。それはそれで人様のお役に立てるのは嬉しいんですが、誰もオリーブ様の偉業に見向きもせず……。ああ、でもようやく……」

 

 と、店員のお姉さんは演説を始めたかと思うと、ぴたりと止まった。

 

「……いや、でも、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫って?」

 

「チャレンジする人のお役に立ちたいのは山々ですが、かなりキツいですよ?」

 

 それはまったくその通り。

 17キロのトレイルランが簡単なわけがない。

 

 500メートル登って、100メートル降りて、また200メートル登って……みたいな繰り返しが多く、合計すれば2000メートル登って降りるくらいにはなるだろう。

 

 相当つらい。

 

 だが、無理ではない。

 

「キツい、ということは、つまり不可能ではないということ」

 

「そ、それはそうですけど! ……これを見てください!」

 

 お姉さんがカウンターに引っ込んだかと思うと、書物を手にして私たちに見せつけた。

 そこには、【脱兎】のオリーブの記録が書かれている。

 数字情報をいきなり提示するなんてほんとガチ勢だな。

 

「オリーブ様は何度となくここの聖地を走り切っています。全盛期では1時間を切っていて、まさしく人ならざる記録です」

 

「うん」

 

 恐らく何かしらの魔法の補助はあるにしても、近代スポーツ力学がなく、ランニングシューズもないこの世界で、山を平地のマラソン並のスピードで走るのは偉業という他ない。

 

 また、【脱兎】のオリーブは、短い距離であれば短距離選手どころか獣に匹敵するスピードも出せるだろう。走破した聖地の数々を見ればわかる。

 

 無殺生攻略の基本は足。

 それを体現した、聖者の中の聖者だ。

 

「初回攻略時の、一番遅いときでさえ3時間! 行き先を阻んでくるスライムから逃げ切るためには、それだけの速さを出さなきゃいけないんですよ! ただ平坦な場所を走るならできる人もいるでしょうけど、ここ、立派な山ですから!」

 

「もちろんわかってる。でも……不可能な数字じゃないよ」

 

 陸上経験が豊富で長距離の経験がある人や、ハーフマラソンに出場する習慣がある人ならば、山の登り方を習得すれば出せる記録だ。

 

 この私オコジョ、カプレー=クイントゥスがその数字を出すためにはまだまだ練習が足りていないにしても。

 

「今すぐには無理。だけど適切な装備、適切な体力、適切なプランのすべてが揃えば、普通の人間でもオリーブ様の足元くらいには届く」

 

 私の言葉に、店員のお姉さんが絶句した。

 この人は正気なのかという疑念がちらりと見える。

 だが、私が正気であることを察してますます驚いた。

 

「ねえあんた。カウンター奥の棚、もうちょっと詰めといて」

 

「え? 詰める?」

 

 カウンター奥の棚には、オリーブ様グッズが並んでいる。

 回想録の本や似顔絵などなど、店員のお姉さんの趣味満載のラインナップである。

 しかしやっぱりオリーブ様イケメンだな。

 お風呂作りの達人で平成日本にちょいちょいタイムスリップするローマ人にしか見えない。

 

「聖女オコジョのグッズ、そのうち出るだろうからさ。並べてよ」

 

 そう言ってニッコウキスゲが私の背中を叩いた。

 

「聖女オコジョ……」

 

「まだ聖地を攻略してないから聖女は名乗れない」

 

「……聖女オコジョさん、わかりました!」

 

「だからまだだって」

 

 店員のお姉さんが、高揚しながら握手を求めてきた。

 苦笑しながら、私は握手に応じた。

 

 

 

 

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