「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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聖者オリーブに勝て

 

 

 

 カピバラたちの新しい工房、カピバラファクトリーに、私一人でスライム素材を届けに来た。

 ここは革に塗るクリームの揮発臭や、工具類の鉄の匂いがほのかに漂う。

 職人の仕事の気配が漂う場所、けっこう好きだ。

 

「いや、カピバラファクトリーとか変な名前つけないでよ」

 

「じゃあ何か名前考えて。クライドおじいさんのクライドファクトリーとかでもいいし」

 

「いやいや、私は結構ですよ。すでに工房は持っておりますし……。しかしマーガレット様の名前を出すのも難しいところですし、はて……。あだ名を付けるのも案外悪くないかもしれませんな」

 

「やめてってば、大叔父様!」

 

 まったくもうとカピバラが恥ずかしがる。

 いいと思うんだけどなぁ、カピバラファクトリー。

 あるいはカピバラワークショップとかカピバラストアとかでもいい。

 

「ともかく、スライムは確かに預かったわ」

 

「シューズは二週間ほどお待ちください。なるべく早く仕上げますので」

 

「え、早くない?」

 

「すでに足の形は採寸してありますからな。登山靴の仕組みを応用できますし……残る問題としましては、スライム素材を想定通りに活用できるかどうかだけです」

 

 そこが一番の問題という気がするのだが、靴職人のおじいさんは不敵な笑みを浮かべている。

 何か考えがあるのだろうか。

 

「……うん。お願いします」

 

 まあ、依頼人としては職人の腕を信頼するだけだ。

 

 それに、靴よりも心配すべき問題がある。

 

「カピバラ。おじいさん。確認したい。二人はこのまま私のための靴や服を作ってていいの? 厄介事になる可能性は?」

 

 私の言葉に、カピバラは露骨に顔をしかめた。

 

「あんた聞きにくいことズバっと聞いてくるわね……」

 

「大事なこと」

 

「ジュラ……ニッコウキスゲから聞いたの?」

 

「うん」

 

 余計な心配して、とカピバラが毒づく。

 

「あの子、意外に心配性だし怖がりなのよ。いや実際、お父様は色々と怖い人ではあるけど……」

 

「旦那様は、一度怒ると誰も鎮めることができませんからな……」

 

 おじいさんがしみじみと語る。

 めちゃめちゃ苦労してる実感がこもっている。

 

「私にできることは?」

 

「言っておくけど、あんたがこっちを気遣って攻略に集中しなくなったら本末転倒だから。あんたは気にしないでスライム山ごとき攻略してよ」

 

「スライム山はちゃんと登ると難しい。実際、怪我人とか遭難もある。いかにも恐ろしい山よりも簡単そうな低山の方が死者数が多かったりする。ナメてはいけない」

 

「そうそう。あんたはそういう感じでいいのよ」

 

「む……」

 

 カピバラは妙に楽観的な態度をしている。

 珍しい。

 いつもならもっと慌てふためいていてもおかしくないのに。

 

「お嬢様、友達が心配なさってくれているのです。からかうものではありません」

 

 と、靴職人のおじいさんが言った。

 

「べ、別にからかってるとかじゃないわよ……オコジョが弱気なこと言うから」

 

「私はあなたのことを心配してる」

 

「それはわかるけど……」

 

「わかってない。カピバラ。おじいさん。あなたたちの仕事は本物。あなたに頼むことになったのは偶然が重なった結果だけど、今更他人に私の靴を預けたくはない。余計なトラブルが起きたら助けさせて」

 

「オコジョ……」

 

 カピバラが、はっとした顔で私を見る。

 もう私とカピバラは一蓮托生なのだ。変な遠慮はなしにしてほしい。

 

 まあ、ジュラの言った「えらくなれ」というのは無茶ぶりだが、何もしないうちから降参などするつもりはないのだから。

 

「カプレー様。過分な評価、ありがとうございます。しかし我々を案じるならば、むしろしっかりと攻略してくれた方が助かりますな」

 

 おじいさんの口から、ニッコウキスゲと似たような言葉がでてきた。

 

「……いいの?」

 

「ジュラが考えているのはあくまで最悪の状況でしょう? 旦那様は確かに一度怒れば鎮められる者はおりません。しかし無殺生攻略を成し遂げたことを迂闊に糾弾するならば、それはソルズロア教との対立を招きます。それをわからぬお人ではありませんよ。そもそも騎士団はソルズロア教から支援を受けているのですから」

 

 ソルズロア教と騎士団の関係は簡単なものだ。

 金を出す側ともらう側である。

 国と宗教という二つのスポンサーによって騎士団は成り立っている。

 その団長ともなれば、個人的な怒りよりも組織の利益を優先するというのはまっとうな予想だ。

 

「そもそも、マーガレット様には無体なことなどしませんよ。ご安心ください」

 

「そ、そうよね……!」

 

 ははは、とおじいさんはオコジョの言葉を笑って否定する。

 カピバラは安心したように安堵の息を吐いた。

 でもまだ、私としては気になることがある。

 

「でも、なんでしっかりと攻略した方が助かるってことになるの?」

 

「あなたがソルズロア教の神官に認められた巡礼神子(みこ)となり、いずれ聖女へ至る可能性が大なり……とでも推薦してもらえるならば、渋々ながらも旦那様もわたくしどもの活動をお認めくださるでしょう。巡礼者協会やソルズロア教に認められるほどの人物であれば、非難などなさいますまい」

 

 ああ、なるほど。

 とてもシンプルな話だ。

 

 偉くなるには結果を出せばいい。

 ただそれだけのことだ。

 レベルを上げて物理で殴る的な。

 

「……巡礼神子って何?」

 

 カピバラが質問した。

 

「巡礼者のランクのこと。巡礼者教会の中で、巡礼者、高位巡礼者、巡礼神子、聖者って4段階に分かれている。普通は、いくつかの聖地を攻略すれば高位巡礼者になれるけど、巡礼神子は無殺生攻略してるかとか、神殿を管理してる偉い神官の推薦状とか色々と条件が付くから難しい」

 

「いずれ聖者になるのであれば必要なことです」

 

「軽く言ってくれる。でも嫌いじゃない」

 

「軽く言いますとも。サイクロプス峠を無殺生攻略したのですから、ソルズロア教の人はあなたに注目していますよ」

 

「そうなのかな? 今のところ、誰からも話はないけど……」

 

 おじいさんの言葉に私は首をひねった。

 コレットちゃんや冒険者たちがバンザイワッショイとたくさん褒めてくれたくらいだ。

 

「ご不安なのもわかります。ですが、より確実にしたいのであれば……」

 

「であれば?」

 

「例えば……裏スライム山における、聖者オリーブの初回攻略記録を超えてみせるというのはいかがでしょう?」

 

「え、ええっ!?」

 

 私の代わりにカピバラが驚いた。

 いや私も驚いてるけど。

 

「それができるのであれば、友人の高位神官に推薦状をしたためてもらいます。あなたとマーガレットお嬢様の仕事が守られるよう、靴職人クライド、身命を賭して働きましょう」

 

「裏スライム山17キロ、アップダウンの累計標高差2000メートル、これを初回で3時間以内のレコードを叩き出せと」

 

「はい。オコジョ様なら2時間半程度でできるのではないですか?」

 

 靴職人のおじいさんの優しい顔の奥底に、鋭い光がある。

 初めて見せるその厳しさに背筋がぞくりとする。

 

「……逆に言えば公的なお墨付きもなく、ただ『すごい巡礼者がいる』と噂が流れる程度では困ります。誰もが認めざるをえない大きな結果を出してくれれば、それでよいのです」

 

 私は今、「あなたなら簡単でしょう」と、挑戦状が叩き付けられている。

 

 なるほど、面白いじゃない。

 

「楽勝」

 

 私の言葉におじいさんがにっこりと笑い、そして今度はカピバラの方に向き直った。

 

「それとお嬢様。お願いがございます」

 

「へ? わたし?」

 

「このトレイルランニング用シューズに関しては、スライムの素材を上手く活用できるかどうかです。私と、知己の錬金術師とで素材を開発してみせます。お嬢様の仕事はその後の、実際に走行してからの調整や、必要になりそうなものの準備ですね。4人分になりますが、よろしいですか?」

 

「4人分? 3人分でしょ?」

 

「うん」

 

 カピバラの疑問に、私が答えた。

 私、ニッコウキスゲ、ツキノワの3人分だ。

 

「お嬢様は登山靴やウェアの最終確認を自分でなされたではありませんか。なぜ今回はおやりにならないのです? 他の皆様のように走破しろとまでは申しませんが、ある程度は経験しなければ掴めないものもあるでしょう?」

 

「…………え?」

 

「ほら、4人分です」

 

 おじいさんがにっこり笑って親指以外の四本の指を立てる。

 

 この人は基本的に優しい。

 だが職人の師匠として、弟子に無理難題を突きつけることも忘れない人であった。

 

「わかった。私も頑張る。カピバラにも頑張ってもらう」

 

「わたしの意思を無視して答えないでよ!」

 

「そのかわりに、靴とは別に調達してほしいものがある」

 

 ここまで要求されたのであれば、私も遠慮を捨てよう。

 実はこれでも遠慮をしていました。

 今後活動する上で必要になると思いつつも、口にするのは憚られるものだ。

 

 登山ではもちろん、日常生活においても非常に役に立つが、他人から誤解を受けることこの上ない繊維技術の結晶。その名は。

 

「なんでしょう?」

 

「ドライレイヤー。アミアミの下着」

 

 おじいさんの表情が固まった。

 

 

 

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