「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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タタラ山に登って温泉付き山小屋に泊まろう 2

 

 

 

 林道を登りながら十分ほど歩いた。

 道幅は軽トラが通れるくらいの広さがあって歩きやすい。

 丁寧に山道が管理されている。ありがたいことだ。

 

「……ここは昔は聖地だった。聖地としての力が枯れて魔物も消えたけど、祈りを捧げるための祠はまだ山頂に残ってる」

 

「でも、祈ったところで何も起きないんでしょ?」

 

「うん。ここじゃなくて、王都周辺の他の聖地が大地を安定させてここの噴火を抑えている。まあ、何か異変があったときのための監視小屋はあるけど……実際の仕事内容は山小屋経営みたい。羨ましい」

 

 訓練に来た冒険者や騎士に宿を提供する方がメインの仕事になってるようで、国からお金をもらいながら山小屋経営をしているといった感じだ。私も老後はそんな生活がしたい。

 

「こんな辺鄙なところのどこが羨ましいのかしら。全然わからないわ」

 

 まだ憎まれ口を叩く余裕はあるようだ。

 それじゃあ、その口を閉じてやる。

 

「マーガレット。そろそろ水飲もう。あと行動食も」

 

「え、早くない?」

 

「早くない。喉が渇く前に水を飲む。お腹が空いて動けなくなる前に食べる。これが基本」

 

 そう言って、私は水筒と油紙に包んだ食事を差し出した。

 

「焼き菓子?」

 

「エナジーバー。ナッツとかドライフルーツを、溶かしたマシュマロに混ぜてまた固めた」

 

 登山ではこうしたものをよく食べる。

 私はナッツ系の行動食が好きで、市販品に飽きて自作をしていた。

 

 レシピは今言った通りで、難しいものではない。ここに蜂蜜やメープルシロップで甘味を足しても美味しい。

 

 しかしこの世界にマシュマロがあってよかった。チョコレートのない世界であってもなんとか生きることができる。

 

「う、うーん……これを食べるのね?」

 

「あれ? こういうの苦手?」

 

 けっこう自信作なのだが、マーガレットの顔はなんだか微妙だった。

 

「なんであんたの手作りお菓子食べることになってるんだろうって……。わたしの好きなものばっかりなのがなんかいやだ」

 

「うるさい」

 

 せっかく作ってあげたものに文句を言うとは、まったくもう。

 

「あんたこそ、わたしの手作りに微妙な顔したじゃない」

 

 ……それもそうだ。反論できない。

 因縁がある相手から何かを贈られる複雑さは私もよくわかるのだった。

 

「それは悪かった。素直に謝るから食べて」

 

「あんたは圧が強いのよ圧が……。わかったわよ……」

 

 マーガレットがぶつぶつ言いながら、エナジーバーを囓った。

 その顔がほころぶ。

 

「水も飲んで。がぶ飲みせず、ちょっとずつ」

 

「うん」

 

 マーガレットが素直に頷く。

 私も食べておこう。

 二人ともげっ歯類のごとく、しばらく無言で食べる。

 

「……あんた、意外とやるじゃない」

 

 食べ終わったあたりで、マーガレットがツンデレみたいな誉め方をしてきた。

 

「このくらいのことはできる」

 

「そう……。と、ともかく、美味しいわ。甘さ控えめで食べやすいし、ナッツもわたし好みだし……」

 

「まだ余裕はあるから、気にせず食べて」

 

「そんなに食べたら太るわよ。あー、でも、いくらでも食べられそう」

 

 くすくすとマーガレットが笑う。

 よし、栄養補給も問題なさそうだ。

 

 真面目な話、お腹を空かせている状態や朝食抜きでの登山は危うい。

 

 人間は動き続けると常にカロリーが消費されるが、カロリーを消費をしている最中に補給をしようとしても胃腸の働きが弱いので上手く消化しきれない。運動をする前に食べる必要がある。

 

 今回は山小屋の営業が確認できているし、朝食をしっかり食べているからそこまで厳しいカロリー管理しなくともよいが、補給できるポイントがない場合も想定しておいた方がよい。

 

 特に山小屋は、水不足とか従業員不足とかで臨時休業することがある。

 古い地図だと存在しているのに、現在では廃業しているということも珍しくはない。

 水、行動食、非常食は常に携帯し、山小屋の営業状況も事前に確認しよう。

 

 山小屋のカフェテラスで雄大な青空と雲海を見ながら、雲みたいにふわっふわのリコッタチーズパンケーキを食べるぞ……! と喜び勇んで登ったときに山小屋が休んでたときのショックはほんともう……言葉に言い尽くせない。

 

「じゃ、さっさといきましょ!」

 

 食事をして元気が出たのか、マーガレットが喜び勇んで一歩を踏み出した。

 

「待ってマーガレット。その歩き方だと疲れる」

 

「あ、歩き方ぁ?」

 

 そんなところまで指示されると思わなかったのか、マーガレットはびっくりしていた。

 

「靴底全体をベタっと地面に降ろす感じで歩く。そうすると安定して転びにくくて疲れにくい。かかとから降ろしてつま先で地面を蹴り出すような動きは転びやすい。あと、なるべく小刻みに歩く。大股だとそれも転びやすい」

 

「へぇ……」

 

「あとトレッキングポールはもっと短くした方がいい」

 

「杖の使い方とかもあるわけ……?」

 

「大事なこと。歩き方とか、杖の持ち方とか、基本動作をなんとなくやるのと意識するのとでは疲労や怪我のリスクが全然変わってくる。靴職人のおじいさんも同意するはず」

 

「う……その言い方は卑怯よ。わかったから教えて」

 

 マーガレットは、靴職人のおじいさんには信を置いている様子だ。

 そしておじいさんがマーガレットの足を心配している以上、私の注意も無視できないというわけだ。

 

「腕を振って歩いたとき、トレッキングポールも自然と地面を突くような感じがいい。持っていることを意識しない。あと、ポールを足より前に突き出すと後ろの方向に推進力が出て逆に疲れる。踏み出した足と同じくらいのところを自然と突く感じ」

 

「ふーん……こんな感じ?」

 

 マーガレットがトレッキングポールを調整して短くする。

 そして私が言った通りに、腕を振るように歩いてみせた。

 

「そうそう。トレッキングポールはそうやって使うだけで体のバランスが取れて、足に無駄な力が掛からなくなる。足腰の力を、ただ前に歩くためだけに使える」

 

「ふぅん……」

 

「ま、小一時間も歩いていけば実感できる」

 

 マーガレットが半信半疑といった様子だ。

 

 この世界における一般的な使い方とは違うから、ピンと来ていないのだろう。

 とはいえ、あると楽なんだよね。

 

 

 

 

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