「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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悪意の代償

 

 

 

 大鬼山での失敗でケチがついて、それ以来、金級から銀級に降格した。

 

 死ぬほど悔しいが、それでも仕方ないことだと納得している。

 受ける依頼のすべてを成功させようだなんて夢を見てるわけじゃない。

 

 だがこの俺……蒼天の風リーダーのブリッツの責任を問われたのは納得がいかなかった。

 

「なんだってあいつだけ活躍してやがるんだ……くそっ」

 

 巡礼で負傷者や死者が出たとき、冒険者ギルドでは「どうして失敗したのか」という原因究明の会議が開かれる。大鬼山の失敗で糾弾されたのは俺だった。

 

 大鬼山は、タタラ山より標高が低く傾斜もゆるやかだが、その分、魔物も活動しやすい。登山道はしっかりと整備されているため、ゴブリンに勝てる力があるかどうかが純粋に試される。

 

 簡単で、無理のない巡礼のはずだった。

 

 護衛対象の巡礼者はまだまだかけだしで、大鬼山での巡礼を済ませて本格的に王都周辺の山を攻略するプランを持っていた。そこで戦闘力の高い俺たちを指名したのはごく自然なことで、俺たちも「ゴブリン程度なら問題ない」と請け負った。

 

 だが、突然の雨によってスケジュールは崩れた。どこか遠くの地で長く巡礼されなかった聖地が魔力を失って大地を鎮める力が消え、その余波で天候予測ができなくなったためだ。

 

 三度目の延期の果てにようやく快晴の日が訪れた。

 

 だが皆、スケジュールが遅れに遅れた焦りから、『魔の新月』と重なったことを確認できなかった。ギルドに一度集合してから出発すれば注意喚起があって気付けたが、現地集合ということになっていた。

 

 こういうときは基本、巡礼者が悪い。天候や暦を見てスケジュールを調整するのは巡礼者の仕事だ。だが今回はかけだしの巡礼者でありフォローするようにギルドの職員からも言い含められていた。だから冒険者パーティーとしての責任も問われた。

 

 だが本当の問題はその後だ。フェルドの野郎は、巡礼者の意向を無視して早々に撤退を提案した。ゴブリンと一度交戦しただけで、すぐに心が挫けた。

 

 巡礼者の方は「初回で何もせずに撤退することはできない」とこだわっていた。撤退するにしてももう少し聖地に踏み込んで情報収集をして、それなりの成果を持ち帰りたいと言った。正論と思った。魔物が活性化する日食だとしても、足を踏み入れた以上は脅威度を調べる義務があるはずだ。

 

 結果的に巡礼者が負傷して撤退ということにはなったが、情報の価値はあったはずだ。だがギルドはその価値を認めず、「巡礼者とリーダーの判断の誤り」と結論を付けた。

 

 その件でパーティー内で口論となり、口論が殴り合いとなって、結局はフェルドがパーティーを出るという形で終わった。

 

 その後、俺たちはフェルドを抜きにした3人パーティーで活動をしている。

 

 不始末を起こして等級が下がった以上、巡礼者を護衛するときの料金は安くせざるを得なかった。きつい仕事を安い単価で請負ってでも実績を重ねて、また金級に昇格しなければいけない。

 

 一方でフェルドはジュラと組むようになった。ジュラは風の魔法使いとしてはギルドで一番の達人だが、女性ということで侮る客もいれば、美人ということで口説こうとする客もいる。

 

 そこであいつの見掛け倒しのいかつい顔が、実力派のジュラとかみ合った。

 

 頭ではわかっている。

 

 俺たちが至らなかったということも。

 

 あいつはあいつなりの居場所があり、人の役に立っていることを。

 

 だが俺たちだって、報われるための努力を重ねているはずだ。

 

「……オコジョ隊の調子はどうなんだ?」

 

【順調に攻略を進めておる。倒されたスライムはおらぬ】

 

 裏スライム山の登山口の近くで、俺は密かに精霊を呼び出して進捗を確認した。

 

 大地の精霊は、他人の悪事に加担することはないし誰かを傷つけることもできない。だが、祈りを捧げれば問いかけに答えてくれる。

 

「巡礼者ピレーネに伝えてくれ。予定通り巡礼者が走ってくるから、ぶつかって怪我でもしないように気を付けてくれってな」

 

【うむ、承知した】

 

 

 

 

 

 

 巡礼者ピレーネは貧乏貴族に生まれた末妹である。

 

 子だくさんの両親から女ばかり生まれて、結婚するたびに支度金だなんだと出ていって下の子になればなるほど貧しい生活を送る。だからピレーネはいつもお腹を空かせていた。辺境の寒村よりは豊かではあるだろうが、そこらの商人よりも貧乏で、同い年の子供に交わればそれはすぐに浮き彫りになることだった。

 

 学費にも苦労していた。ピレーネの通っていた学校は商人の子が主に通うような場所で、通年で大きな学費が発生するのではなく科目一つ一つを受けることに学費が発生する。だから課金している授業以外には出席できない。

 

 貴族の生まれなのに半端にしか学校に通えない子。そんな風に嘲笑する子は実のところ少数だったが、子供のピレーネにとって、その少数のいじめっ子こそが天地を揺るがす世界の脅威であった。

 

 だからピレーネにとっての楽園は家でも学校でもなく、神殿であった。

 

 ピレーネにとって神殿は素晴らしい場所だった。奉仕活動に来たと言ってお祈りをして掃除をすれば、貧者でなくとも炊き出しがもらえる。周りの大人からは「貴族なのに奉仕と清貧の心がある」と褒められ、身寄りがなく神殿で世話になっている子供からは「お姉ちゃん本読んで」、「野草摘みにいこう」、「一緒に遊んで」とせがまれる。ここには生き甲斐があった。

 

 こうしてピレーネは心の奥底に貧困への憎しみや鬱屈を抱えながらも、明るさを失うことなく幼少期を過ごすことができた。

 

 そんなピレーネは15歳となり、そろそろ大人としての身の振り方を考えなければならなくなった。結婚するにしても実家の金は11人の姉の支度金で飛んでいった。支度金などいらないという家に嫁ぐのはためらわれた。すべてがすべて悪条件というわけではないだろうが、高確率で奴隷的な待遇の嫁になることが目に見えている。

 

 そこでピレーネは、神殿で友達になったティナという娘から「巡礼者にならないか」と誘われ、すぐに飛びついた。

 

 巡礼は危険だが高額報酬がもらえる。いや、命を張る仕事にしては高いとは言えないが、ピレーネにとっては驚くほどの報酬だ。

 

 ピレーネは幼少期から祈りを欠かしていなかったために、大地の精霊に捧げるストックは千日分を超える。野草摘みが好きで、山歩きの機微も理解している。適職だった。

 

 魔物が強くて撤退したことはあるが、山歩きの難しさの前に撤退したことはない。あと幾つかの聖地を攻略すれば高位巡礼者となり、神殿から支援が受けられる。なんだ、あたしだって、やればできるじゃないか。貧しさゆえになくしたと思っていた自信や自負心がピレーネの心に灯り始めた。

 

 そんなときに、彗星の如く天才が現れた。

 

 たった一人でやってきた少女は、素晴らしい靴を履いていた。ピレーネは他人を評価する上で靴を見るが、ひと目見て「気に入らない」と思った。恐らくはオーダーメイド品で、そこまで使い込んではいない。大事に大事に作られたこの少女のためだけのもの。

 

 少女は「サイクロプス峠に行く」といって皆に止められ、あるいは嘲笑された。

 

「けっ、どーせ金持ちの道楽やろ。なぁピレーネ」

 

「やっぱり、ティナもそう思う?」

 

 ピレーネも同じところを見ていた。

 

 同世代の富者への妬ましさを肴にして盛り上がり、さあて次はどこの聖地に行こうかと話をして、その翌日の朝、天空に清らかな光が立ち上った。数十年ぶりに輝いた、サイクロプス峠の無殺生攻略の証であった。

 

 初めての巡礼でサイクロプス峠の無殺生攻略をするなど、それこそ聖者に匹敵する偉業だ。冒険者はもちろん、巡礼者たちは少女……オコジョを褒め称えた。逆立ちしたって勝てない所業にはもはや畏敬を示すほかない。その上、オコジョたちはサイクロプス峠で散っていった冒険者たちの遺品を持ち帰った。評価はうなぎのぼりで、ティナも死に別れた姉の遺品を渡され、むせびないで喜んだ。

 

 ちょ、ちょっと待ってよ、昨日はあいつらの悪口で盛り上がったじゃん。

 みんな、手の平返すの早くない?

 

 ……などとは言えなかった。

 

 鬱屈したものを隠しながらティナの背中をさすり「よかったね」と慰めながら、腹の底ではなんだよなんなんだよ、才能溢れた連中なんてどっか難しい聖地にさっさと行くとか、どっかで失敗するとかしてよと思っていた。

 

 つまんないなと思ってギルドで美味しくもないパンを齧っていると、自分と似たような不満げな顔をした冒険者がいた。ブリッツが率いる蒼天の風だ。そういえば彼らは、フェルドと喧嘩別れしたパーティーで、フェルドたちの大成功は面白くなかったのだろうとすぐに思い当たった。

 

 そしてピレーネは彼らと意気投合して愚痴で盛り上がり、ある依頼を持ちかけられた。

 

「お前は王都側から裏スライム山の宿場町まで、手紙を届けるって依頼を受けるんだ」

 

「うんうん。それで?」

 

「あいつらは裏スライム山を走ってくる。大スライム峠を歩く頃にはヘロヘロだろうよ」

 

「え、もしかして……わざとぶつかって邪魔するとか?」

 

「それも考えたが……ちょっと芸がねえし、バレたら面倒だ」

 

 ブリッツがにたりと笑った。

 ピレーネはその悪事の匂いを感じ取り、「話を聞かなきゃよかった」と思った。

 だがそれでも誘惑には勝てなかった。

 愚痴を散々言ってしまった時点で乗りかかった船なのだと言い訳をして。

 

「お前は怪我人のふりをして助けを求めるんだよ。捻挫したとか何とか言って」

 

「う、うん」

 

「あいつらは、もう少しで成功するってタイミングで諦めたりはしねえ。どーせ見捨てちまうだろ? 一回や二回失敗したところで判官贔屓する連中は応援するだろうが、同業者を見捨てて成功したとしたら……」

 

「神子や聖者にあるまじき振る舞い……ってこと?」

 

 大正解、とばかりにブリッツが人差し指を立てた。

 

「俺たちゃ何も悪いことはしねえよ? ただあいつらの化けの皮が剥がされるだけのことさ。いつかみんなが知る真実がやってくる日がちょっとだけ早くなるだけで」

 

「でも……あいつらが助けてくれたら?」

 

「それはそれでいいんだよ。成功しなきゃ何の意味もねえ。応援するやつはいるだろうが、スライム山の攻略難易度は所詮、最低ランク。無殺生攻略となると難しくなるからって、そこでの失敗を言い訳できるわけじゃない。外野からならいくらでも難癖は付けられるのさ」

 

「な、なるほど……」

 

「あいつらは聖オリーブの初回記録を超えようとしてるらしい。裏スライム山登山口から表スライム山の山頂まで3時間を切るってな」

 

「はぁー。凄いもんだね……」

 

「凄い? バカ言うな。タイムだの記録なんてのは聖オリーブのワガママだ。別に誰かから頼まれたことじゃねえ。すげーよ。けど、すごい速さで攻略できたところで、すげーよで終わる話じゃねえか。大地を鎮める神聖な儀式と何の関係があるんだ?」

 

 それは確かに、とピレーネは思った。

 

「聖オリーブ信者は多いが、嫌いなやつは嫌いだよ。はた迷惑なやつだったことには変わりゃしねえんだからな。ぶつかって怪我人が出て、何が聖人だって話だ。鍛え上げた足で速く走りました。バッカじゃねえの」

 

 こいつ案外頭いいなとピレーネは思ってしまい、そして耳を傾けた。

 耳を傾ければ心が動くのを自覚しながら。

 

「だから怪我人を見捨てて攻略したらそいつは聖オリーブを超えたとは言えねえ。迷惑さが何一つ変わってねえからだ。怪我人を助けて攻略失敗したらそれも聖オリーブを超えたとは言えねえ。聖オリーブが持ってた不屈のチャレンジ精神を持ってねえからだ。どっちに転んだってあいつらは聖オリーブを超えられねえのさ」

 

 ブリッツの悪意にまみれた言葉は、悪意ある目線であるが故の本質を突いていた。

 

「過去の聖者を超えるってのはなぁ、駆けっこの1分1秒を競うことじゃねえんだ。目に見える記録を競ったりランキングにこだわるのは冒険者や戦士のやることで、祈りを捧げる巡礼者がやることじゃねえ。世のため人のためになる偉業を意識してねえやつは聖者になんかなれねえさ」

 

 ブリッツがそう言いながら、ピレーネの袖の下に金貨をしのばせた。

 ピレーネは、それを突き返すことができなかった。

 

 ピレーネはこのとき、悪人であることに徹すればよかった。

 そうすればややこしい事態にはならなかった。

 

 当日、表スライム山を登って、偽の手紙を持って裏スライム山登山口を目指すというオコジョたちの逆ルートを取ったピレーネは、ちょっと思ってしまった。

 

「……ただ走るだけなら誰だってできるじゃん。そりゃ距離は長いし大変だけど、あたしだって聖地巡礼で足は使ってるし。あんな道具頼りの連中なんかより、あたしの方が……」

 

 そこでピレーネは大スライム山を走った。

 ピレーネの足腰は一般人よりはるかに強い。体重は軽く、身のこなしは機敏で、またお腹を空かせていた子供の頃の経験則からハンガーノックや脱水症状の恐ろしさを身にしみて理解している。

 

 だから大スライム峠は簡単にクリアした。一匹もスライムを倒すことなく駆け抜けた。

 

「なんだ楽勝じゃん。オコジョ隊なんて大したことしてない……しっ!?」

 

 ピレーネは熱スライム峠に入った瞬間、油断した。

 熱スライムは熱を蓄える性質があり、外からでは今一つ状態がわからない。

 夜から早朝にかけては冷え切っており、昼間の太陽の光をたらふく吸った状態では、中は熱湯のごとく熱い。

 ピレーネはうっかりそれを蹴っ飛ばしてしまった。

 

「あっつ!!!!!?????」

 

 つまさきが火傷になり、その痛みで転んだ。

 しかも足を下ろすときに嫌な方向に足首が曲がった。

 のたうち回りながらも何とか熱スライムのいる場所から逃げて深呼吸して、残酷な現状に気付いた。

 

「……うそ……歩けない……」

 

 怪我をするふりをするどころか、本当に怪我をしてしまった。

 運が良くて捻挫。悪ければ骨にヒビが入っている。

 

 有名な低山では、案外人が死ぬ。

 

 高山やマイナーな低山であれば誰しも緊張感を持つが、みんなが当たり前のように行く山は、普通の山では起きない油断が起きる。酒に酔って転んだり、迂闊にジャンプして転んだり、花や樹木や鳥を愛でようとして身を乗り出してずるっと足を滑らせたり。

 

 そして遭難後の心構えもまた異なる。

 

 怪我をして初めて、自分がどれだけ愚かだったかに気付く。

 

 

 

 

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