「どこにでもいるつまらない女」と言われたので、誰も辿り着けない場所に行く面白い女になってみた   作:富士伸太

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トラブルが起きたら報告しよう 2

 

 

 松葉杖を突きながら歩いているその子は、私たちが大スライム峠で助けた巡礼者、ピレーネさんであった。

 

「あ、あの……先日はありがとうございました」

 

「ちっ、何の用だい」

 

 ニッコウキスゲはあからさまに不機嫌になって舌打ちを放つ。

 ツキノワも渋い顔をしている。

 露骨に妨害を画策してきた子だからなぁ。

 彼女が無事に助かったことは喜ばしいが、私もちょっと不安だ。

 

 だがピレーネさんは、ニッコウキスゲの悪態に怯むことなく話を切り出した。

 

「私が救助された人間として名乗り出ます。行方不明者や怪我人の協会公報で、私の名前を出させてもらえればと思います。そうすれば他の方々の名前を大々的に出す必要もなくなるはずです」

 

「……スライム山の遭難者の代表になるってことか」

 

「あんた……巡礼者として生きていけなくなるよ?」

 

 ツキノワとニッコウキスゲは、驚いてピレーネの顔を見た。

 だがピレーネは苦笑しながら頷く。

 

「もとより、巡礼者としてはもう生きていけません。汚名でもなんでも使ってもらえるならそれで本望です」

 

 そのピレーネさんの言葉に、コレットちゃんが頷く。

 

「巡礼者協会として、ピレーネさんやブリッツ氏の行動は強制退会処分となるのが決定しており、当人たちも納得しています。後はオコジョ隊の皆さまが妨害行為ということについて訴えを起こすかどうかになりますが……」

 

 コレットちゃんが淡々と告げる。

 でも、裁判とか面倒なのイヤだな……ケヴィンの家とも婚約破棄の件で交渉しなきゃいけないのだが棚上げしてるし、書類仕事が積もり積もっていく。

 

 だが今の本題は、ピレーネさんの行動についてだ。

 彼女は詫びのかわりに、周囲に嘲笑される負のアイドルになろうというわけだ。

 そういうペナルティを求めてはいないんだけど……。

 ツキノワとニッコウキスゲも、「詫びてほしいけどそこまではちょっと」みたいな顔をしている。

 

「……巡礼者やめるの?」

 

「それはまあ……私のやったことを考えたら仕方ないかなって……。あ、もちろん巡礼者を辞める話とは別に、ちゃんとお詫びをしようかなと思いますけど……」

 

「うーん……やめなくてよくない?」

 

「え?」

 

「巡礼って、祈りを太陽神ソルズロア様に届けるのが目的。そして人が祈るのは平和だったり、願いを叶うためだったり、贖罪のためだったりする。贖罪としての巡礼行為を奪うのは、なんか違う気がする」

 

 私の言葉に、ツキノワが悩む。

 

「そりゃそうだ。だけど、巡礼ってのは金を稼ぐ仕事でもあるんだぜ。罰として権利を取り上げられるのは仕方ねえんじゃねえかな」

 

「仕事って側面は確かにある。だから、仕事の報酬で私たちにお詫びをしてもらって、その上で罪を許してくださいと神に祈ればいい」

 

「あ、あのー……それって巡礼者を辞めるより厳しい選択のような気がするのですが……」

 

 と、コレットちゃんが言った。

 そうかな。

 そうかも。

 

「スライム山で遭難した最弱巡礼者って看板を背負って巡礼しろってことでしょ? 冒険者の誰も組んでもらえやしないんじゃないか?」

 

 ニッコウキスゲの怒りの表情が、今度は不安に変わった。

 いい落としどころだと思ったんだけど、確かにまずいかもしれない。「冒険者の誰も組んでくれない」というのは死活問題だ。その考えが抜けていた。

 

「それもそうかぁ……それじゃあ……」

 

「いえ……やります! やらせてください!」

 

 だが、ピレーネさんが決然とした表情で言った。

 

「私がそうしてこそ、どんな場所でも聖地巡礼は危険だってことが伝わると思います。私が真面目に巡礼をすればするほど、『それでも事故が起きる』ってことが」

 

 ピレーネさんのテンションがなにやら上がってきた。

 どうしよう、なんだか止められる空気ではなくなってきた。

 

「あ、でもブリッツにも同じように巡礼で稼がせて、俺たちにお詫びの金を稼いでもらえるならそんなに危険でもないんじゃないか? あいつがピレーネと組めば話はシンプルだろ」

 

 ツキノワ、グッジョブ。ナイスフォロー。

 

「ブリッツさんとは組みません。彼らと一緒に協力したら罰になりません」

 

「そ、そうかな」

 

「申し上げにくいのですが……ブリッツさんはピレーネさんより罰が重いので、一緒に行動はできないと思います。鬼王砦の防壁建築での奉仕作業に組み込まれる予定です。本人たっての希望でして」

 

 と、コレットちゃんが言った。

 鬼王砦とは、王都から北に進んだ先にある広大な聖地に隣接する砦である。

 

 サイクロプスを超える強力な魔物、グレイトオーガやヤクシニーなど、数十人でようやく一匹倒せるかという魔物がゴロゴロしている超危険地帯だ。時折、聖地を越えて街道に現れる事故もあるため、国を挙げて砦を建設して人々を守っている。

 

 だから防壁建設はまさに国防の要であり、同時に死ぬほど危険だ。しかも危険なのは魔物だけではない。そこらの巡礼では稼げないような大金が必要な冒険者や、減刑のための奉仕活動として来ている犯罪者がいるので、治安も労働環境もめちゃめちゃ悪いらしい。

 

「大丈夫かあいつ……? 生きて帰れるかぁ……?」

 

 ツキノワが複雑な表情で尋ねる。

 

「い、一応、本人の実力や賞罰を鑑みて具体的な配置が決まるはずですので……。現地の方からは『安全でアットホームな職場ですからご安心ください』とメッセージは来てるのですが」

 

 コレットちゃんが冷や汗をかいている。

 自分でも信じていない顔である。

 

 まあ、ブリッツ氏はブリッツ氏で反省するところもあるのだろう。

 しかしピレーネさんがそれを参考にする必要はないと思うのだが……。

 

「ピレーネさんは無理しなくていいよ……?」

 

「はい、がんばります……!」

 

 決意した彼女を止める手立ては、私にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ピレーネさんの行動が最適解であったと、この打合せの数日後すぐに判明した。

 遭難者の遺族たち、そして巡礼者協会も納得を示したからだ。

 そのおかげで遺品や遺失物の現金化がスムーズに進むこととなった。

 

「一千万プレーヤーになってしまった……いや、分配すればもうちょっと下がるけど」

 

 ピレーネさんが真面目に活動するならば、そのうち靴でも作ってあげよう。

 そして私はようやく一つの目的を達成することができそうだ。

 これでようやく、カピバラたちに恩返しができる。

 靴だけではなく、工房を新たに作るなどという無茶をした以上、かなりの出費を強いられているだろうし。

 

 私は鼻歌を歌いたくなる気持ちを抑えてカピバラファクトリー(仮)に向かった。

 だが、そこでは少々異様な空気が立ちこめていた。

 

 風呂敷に荷物を包んで、まるで夜逃げしてきたかのごとき姿のカピバラが、カピバラファクトリー(仮)の一室に陣取っていた。

 

「ど、どうしたのカピバラ。おじいさんはいないけど……何かあった?」

 

 光の届かない部屋に、ランプの明かりも何もついていない。

 異様な光景に少し呑まれつつ、カピバラに尋ねた。

 

「あたし、家出してきた。大叔父様はお屋敷でお父様と話をしてる」

 

「何事!?」

 

「あとケヴィンとは婚約破棄するから」

 

「本当に何事!?」

 

 

 

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